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「なに、この人間。何でヴァルトリに抱っこされてんの。俺だって最近はしてもらえないのに。おい、さっさと降りろ。二度とヴァルトリに触るな。ねぇヴァルトリ、何でこんな女抱いてんの、俺のことはもう抱っこしてくれなくなったのにもしかして脅されてるのだったら俺が」

「エティ、静かにしろ」


 目を開けた先には、これまた系統の違う美形。

 異世界すごいな、と感心していた直後、猛進してきた彼に冒頭の通りに詰め寄られ、ヴァルトリの腕から容赦なく叩き落された。

 美形に詰め寄られて顔面蒼白になるなんて初めての体験だった。

 いや、美形に詰め寄られたこともないけど。

 お陰で浮遊感による吐き気も引っ込んだよ。メンヘラってこわい…。


「きたか、ももやまなでしこ!」


 ニーミャの呼びかけに、明後日の方向に飛んでいた意識が戻ってくる。

 怒涛の展開に気付くのが遅れたが、広間には異様な光景が広がっていた。

 広間一帯を覆うように植物の蔓が這い、床や蔓にぶら下がるように大勢の人が倒れている。

 日の光も遮断した空間の奥に目をやると、数段の階段の上に豪奢な椅子が見え、その椅子にしがみつく黒い影が揺らめいていた。

 目に飛び込んできた悲惨な状況に思わず息を吞む。


「我が国の姫君フィロメーラ様だ。今は昏睡状態にある。魔王様が行方を眩ましたら、姫様が後を追うと言い出すことは想像に難しくなかったが、それはもう大変だった。」

「師匠は大して何もしてないでしょ。ほとんど俺達に押し付けてたじゃん」

「ばかたれ。お前、あの怪力を抑えるのにどれだけニーミャが苦労したと思ってんだ。ニーミャはその頃毎日のように満身創痍だった。もうダメだと思った時、その女はまた現れたのだ」


 高等な幻影魔術で写された女の側には複数人の男達が寄り添っていた。

 諄い見目の女に寄り添う男達をよく見ると、各国の王や王子といった国の重要人物ばかり。

 姫様にとっては残念なことに、錚々たる顔ぶれの中に我らが魔王様のお姿も拝見できた。

 空気が張り詰める中、『ごきげんよう、お姫様』とおもむろに女が言葉を発し始めた。


『そちらの国の魔王様ったらね、私に夢中になっちゃって、もうそちらに帰りたくないんですって。毎日私に愛を囁いてくださるのよ、とーっても情熱的にね。あなたのことは、もう好きじゃなくなったみたいなの。なんだかごめんなさいね。でも、しょうがないわよね。今のあなたとーっても醜いもの。美しい私のそばにいたいと思うのは当然じゃない?取り返したければいつでもいらっしゃい。あなたのその醜い容姿でできるならね』


 一方的に話し終えた後、もう用はないと言わんばかりに幻影は閉ざされそれと同時に、ニーミャたちの制止も間に合わぬまま姫様の魔力は暴走した。


「そうしてこの有様だよ。城全体がこの茨で覆われている。姫様よりも魔力の高いヴァルトリとエティでさえ数日間眠っていたからな。こやつらが目を覚ますのは、姫様の意識が戻った時か、はたまた姫様が死ぬ時か。エティでも理解できるくらいのまずい状況だ。一刻も早く魔王様を連れ戻さねばならないが、悲しいことに冴えてるニーミャの頭脳をもってしても手詰まりだと認めざるを得なかった」


 ニーミャが大げさに肩を落とす。

 どうやら件の国には既に他国も進軍しようとしたが、強大な結界魔法で覆われているらしく、ニーミャ達魔族でもどうすることも出来なかったらしい。

 

 なるほど、ある程度は理解できた。

 魔王様奪還とか不穏な語呂を並べられた時は、魔王を復活させて人間どもを蹂躙するのだ!!とか命令されるのかと寒心したけど、要は悪女から王様を取り戻して、お姫様を目覚めさせて、ここにいる人達とお姫様の命を救えばいいってことね。

 なかなかの大役なんじゃないの………???

 嘆く私を余所に、話はまだ続くようだ。


「絶望の淵に立たされたニーミャを見てようやく、ヴァルトリがこの禁術書をだしてきたんだ。はなから出せば良いものを」

「魔王様から有事の際の最終手段としてのみ使用が許されていた。併せて、ニーミャのような狂人には出来るだけ見せたくないとも言われていた」

「強者にはいつの時代も妬み嫉みが付き纏うものだ。覚えておけ、ももやまなでしこ」


 いや、たぶん強い方じゃなくて狂ってる方の『きょうじん』って言われてますよ。

 嫌味を言われた当人は、気付いているのかいないのか、どこか誇らしげな顔をしている。

 あ、これ絶対気付いてないやつだ。

 エティに抱き着かれているヴァルトリがまた深いため息を吐いた。


「事はもはやこの国だけの問題ではない。国の枢軸がいないせいで各国も混乱を深めている」

「そこで!ニーミャはこの禁術書に書かれている隣人召喚なるものを発動したのだ!」

「正確には師匠の魔力じゃ足りなかったから、俺とヴァルトリと三人掛りでやったんだけど」


 そうして私の登場というわけか。

 ようやく長い話の終わりが見えてきた。



「それで私が召喚されたんですね…」

「いや、我らはお前を喚んでいない」



 どういうことーーーーーー!?!?!?

 完全に私を召喚したって話の流れだったじゃん!!

 ここにきてまさかの手違い!?もっと強そうなイケメンとか全てを浄化するような美少女とかを召喚する予定だったってこと!?

 悪かったわね、凡人で!!!!


「ニーミャ達は既に隣人の召喚に成功している。禁術とあって頻繁に発動できる術ではない。禁術の存在を知っていて、且つ無謀にも試そうと思うやつはニーミャが知る限り唯一人。とても信じがたいことだがな」



「ヴァル様ー!やっぱりコーセーが犯人だったー!」


 寂寞たる空間に似つかわしくない溌剌とした声には聞き覚えがある。

 確か寝ている私に跨っていた女の子の声だ。


「ご苦労だった、ツィピ。航晴、本当か?」

「ああ、そいつ召喚したのたぶん俺。着地点ミスったみたいで失敗したと思ったけど、まーじでできちゃったよ。すごくね?」


 女の子と一緒に上から降ってきたのは、すらっとした体躯の男。

 色白の肌にピンクベージュのふんわりとした髪、耳にはピアスをつけ、着ている学生服は適度に着崩している。

 軽薄そうな男は「なんか悪かったな」と全く悪びれる様子も見せず、むしろ半笑いで謝ってきた。




 ▽▲▽▲▽




「何で召喚された人が更に新しい人を召喚できるのよ……」

「そんな難しくなかったから撫子もすぐできんじゃね。今度教えてやろうか?おい、てめぇさっきから人の皿に芋ばっかよせんな。バレてんだよ」

「遠慮するな。まさか大魔術を一人で成功させてしまうとは、なかなか見込みがあるぞ!ささきこうせい!これはニーミャからのご褒美だ。ありがたく受け取りたまえ」

「師匠ー!我も今日新しい術を覚えたよ!わえふぁむあむぐまぐまふぁふ」

「ツィピ、食べてから話しなさい。」

「俺のあげるよ、ツィー。いっぱい食べて明日の体術で航晴のことボコボコにしような〜。ねぇヴァルトリ、俺の口元も拭いて」



 うるせぇ。


 さっきまでの重々しい話は嘘かってくらい騒がしい食卓には、ヴァルトリ特製の食事が一人分ずつに分けられ用意されていた。

 知らない土地でほぼ初対面の人達との食事は、最初こそ緊張で進みが遅かったものの、頭を使ったからか、料理の美味しさも相まって普通に完食できてしまった。

 存外私は図太くできていたらしい。

 ヴァルトリが持ってきてくれた食後のデザートも、今の私の胃袋はなんなく受け付けられそうだ。


 つるんとした白い箱に数種類の果実を散りばめたひんやりスイーツを味わいながら、私の隣に座っている男に目をやる。

 ヴァルトリ達が召喚した人こそ、目の前でニーミャとスイーツ攻防戦を繰り広げている航晴らしい。

 この男、大して事情も聞かず、帰れるならと二つ返事で協力に同意したそうだ。

 魔法に興味津々だった航晴はすぐにニーミャに魔法を教わり、短期間でめきめきと頭角を現したらしい。

 ひとしきり魔法に熱中した航晴は、「魔王様いつ帰ってくるんだろうね」というツィピの言葉にはっと当初の目的を思い出した。

 そして、思った。もう一人くらい召喚したら早く解決するんじゃないか、と。


「んで、ヴァルトリの部屋にあった本拝借して、試しにやってみたらお前がヒットしたってわけ」

「何勝手にヴァルトリの部屋に入ってんの?勝手に入っていいの俺とツィーだけなんだけど」

「我はちゃんとノックしてから入ってるよ!」


 人を釣り餌に引っかかった魚みたいに言いやがって……。

 実際は、あなたが禁術とやらで作った穴に落っこちたんですけど。

 なんて、ネオヤンキー然とした男にいえるわけもなく、ほんのちょっとだけ怨嗟の念を込めて睨んでやった。


 帰るためには魔王奪還がほぼ必須条件らしいが、この国のトップクラスに入るだろう人達でさえ手詰まりの状況なのに、私なんかが何の役に立てるんだろう。

 航晴は必要とされて召喚された人だ。

 期待に応えるように魔法の才能もあった。

 対して私は、航晴の好奇心に巻き込まれただけ。

 なんの能力も持ち合わせていないかもしれない。

 自分の人生を顧みても、選ばれるような理由が見当たらない。

 天涯孤独でもなければ、数百年に一人の美少女でもないし、何か特定の分野に秀でているわけでもない。

 ニーミャに言われた凡人という言葉がしっくりくる。

 私に何の能力もないと分かった時、この人達も私に関心を失うのだろうか。


「で、撫子は協力すんの?しないの?まぁ俺の責任でもあるし無理強いはしないけど、じっとしてるんだったらなんかしといた方がいいと思うぜ。黙ってるだけじゃ状況は変わんねーからな」


 航晴が話をふってきたおかげで、底まで落ちていきそうだった暗い思考を断ち切れた。

 無理強いしないとは言ってるけど、協力しろって聞こえるのはたぶん気のせいじゃないと思う。

 でも、帰るためには選択肢が一つしかないことくらい私だってわかっている。


「あの、ヴァルトリさん。私も出来るだけ協力はしたいと思います。でも、何の役に立てるか……」

「敬称は良い。撫子の能力に関しては明日調べよう。今日はもう疲れただろうから休むと良い」

「え、あっ、ありがとうございます」


 再度エティに絡まれているヴァルトリに決意表明すると、意外にも優しい言葉が返ってきた。

 実は少し瞼が重くなってきていたのでありがたい。

 今日は色々ありすぎて疲れた。

 休めるとわかったら、無性にふかふかのベッドにダイブしたくなった。


「さて、ある程度話はまとまったみたいだな。ニーミャはもう寝るから先に湯浴みをさせてもらうぞ。エティ、洗髪を手伝ってくれ」

「はいはい。ツィーも行く?」

「うん!」


 賑やかな三人は入浴しにいくようだ。

 お風呂もあるのか、私も後で入らせてもらえるかな。


「何かあれば我に言え。此奴でも良い。隣人同士わかることもあるだろう」


 ヴァルトリは見かけによらず、オカン気質なのかもしれない。

 子供はもちろん、メンヘラやおっさんにも懐かれているところを見ると面倒見がいいんだろう。


「撫子の部屋は航晴の隣に用意してある。航晴、案内してやれ。我はここで失礼する」


 言うや否やヴァルトリもその場を立ち去り、静かになった部屋に二人取り残されたと思ったら、横から伸びてきた手にがっしりと腰を掴まれる。

 「じゃ行くか」と言われてすぐに視界がぶれ、次に目を開けた時には扉の前に到着していた。

 先程ヴァルトリ達が使っていた瞬間移動的な魔法だろう。

 いや、お前も普通にできるんかい、というつっこみはもちろん口には出さない。


「撫子の部屋はここな。トイレとシャワー室は部屋ん中にあっから。風呂に入りたいなら、風呂場まで連れてくけどどーする?」

「シャワー室があるなら今日はシャワーだけにしようかな」

「じゃあ風呂場の場所は明日でいいな。明日起きたら迎えに来るけど、なんかあったら俺の部屋に来て」

「うん。あの、色々とありがとう。迷惑かけると思うけど、しばらくの間よろしくお願いします」


 会話も早々に、それぞれの部屋へ。

 素早くシャワーを済ませ、一人ベッドに横になると、考える間も無く意識は深く沈んでいった。



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