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ガルディシア王国は土地の性質上、魔族しか住めない国である。
魔族は他種族よりも魔力量が高く、扱いにも長けているため、代々の王は他国からも魔王と呼ばれていた。
魔王様には最愛の姫君がいる。
創造主の最高傑作と謳われる程の容姿は種族や性別を超え、多くのものを魅了した。
特に白く透き通るような肌を魔王様は甚く気に入っていた。
この大陸には、ここの他に五つの国があるが、特に大きな争いもなく、種族にはそれぞれの役割があり、どの国も対等な関係を築いていた。
平和な日々はたった一人の女の訪問で一転することになる。
この頃、他国の姫君が立て続けに原因不明の病に臥しているという知らせが届いていた。
魔王様は姫の不安を取り除くように片時も離れようとせず、そんな魔王様に心配をかけさせまいと気丈に振る舞う姫を皆が守ろうとしていた。
大陸に不穏な空気が漂い続けていたとある日、怪しい者を捕らえたという報告が入り、近衛に捕縛された女が魔王様の前に連れられてきた。
女は薄淀れた外套に身を包んでいたが、長く垂らした白緑色の髪は美しく、外套から覗く手足は見窄らしさなど一切感じさせなかった。
少しの静寂の間を割いて女が何か呟いた瞬間、姫が短い悲鳴を上げて蹲った。
誰も動けないまま、直ぐに異変は起き、姫の美しく白い肌は全身真っ黒に変色していた。
魔王様が真っ先に女に斬りかかろうとしたが、女は高笑いを残し、近衛共々忽然とその場から姿を消してしまった。
「他国の姫君の件も奴が原因だろう。魔王様は姫を元の姿に戻すため奔走した。そのせいで姫に添う時間も減り、自分が醜くなったから魔王様は愛想を尽かしてしまったのではないかと、姫は毎日不安がっていた」
「だからニーミャが、この機会に別の奴で気を晴らせと折角薦めてやったんだ。だのに、魔王様でないと嫌だとしか言わない。全くもって面白みに欠ける姫様だよ。」
別の男の声がした。
そう、男の声だ。
もう少し詳しく言うなら、屈強なおっさんといった感じの声。
なのに、顔を向けた先にいたのは、なんとも儚げな美少女。
「お前また拘束されるぞ」
「バレなきゃいいんだよ」
信じたくないが、やはりこの儚げ美少女からしゃがれたおっさんボイスが発せられているようだ。
更に頭が痛くなってきた…。
「退屈しのぎに続きはニーミャが説明してやろう」
他国との情報交換も頻繁にしていく中、日を追うごとにとある国からの連絡が遅滞するようになった。
その国は先代が侍女に毒殺されるという椿事が起こった愉快な国だ。
運悪く次代のみ生き残ってしまったが、王座に就くには素養も品格も人望も何もない程に幼かった。
しかし、王の素質は継いだようで「成人するまでに国を背負える者になる」と生意気にも宣言し、次代が成人するまで彼の国の王座は空席になっていた。
先代と一緒に儚くなられた王妃と仲が良かった姫様は、それはそれは次代を気にかけており、自ら筆をとって書状を交わす程だった。
「ちなみに、魔王様は逐一その書状にさえ目を通していたんだよ!なんとも器が小さく陰険な「ニーミャ」はいはい。話が長いからユーモアを入れてやったんだ。お前はもう少しユーモアというものを学ぶべきだぞ、ヴァルトリ」
「お前は反省というものを知れ、いい加減」
連絡が滞り始めてからしばらくして、やっと彼の国から一通の書状が届いた。
魔王様はその書状を見てすぐ、その場で燃やしたかと思うと心配する姫様を残し、少数の護衛を引き連れて彼の国に旅立っていった。
「入国したとまでは報告が上がったんだが、その後一切連絡がつかなくなってしまってな。魔王様のことだ、何か考えがあるんだろうが、あいつはどうも多くを語らない俺かっけーみたいなきらいがある」
「そう思ってるのはお前だけだが」
「ニーミャの洞察は大方当たるんだ」
「いやお前は見る目がない」
「ああ、心配しないでくれ、凡人。ニーミャは冴えてるからこいつの好意に気付いている」
「だから見る目がないと言っている」
「かまってほしいのはわかったがまだ話の途中だ、ヴァルトリ。もう少し待っててくれ」
人外美形ことヴァルトリさんから発せられる怒気には目もくれず、おっさんボイス美少女ことニーミャさんが話を続けてくれるらしい。
ていうか、凡人って私のことか。
「ときに、凡人。名はあるのか?」
「えっ、あ、桃山撫子です!」
急に話を振られて、ついバカ正直に本名を名乗ってしまった。
そしてやっぱり凡人って私のことか!いや、凡人だけどさ…
「ももやまなでしこ。うんうん、やはりいい響きだな!ももやまなでしこ、気に入った!場所を移すぞ、ももやまなでしこ、見た方が説明がしやすいからな」
「あの、『なでしこ』でいいです…」
フルネームを何度も連呼しないでぇ!
未知の体験に恥ずかしいやら気まずいやらでじんわりと汗が浮き出てくる。
新手の嫌がらせだ。
「ヴァルトリ、玉座の間にももやまなでしこを持っていってくれ」
「断る」
「そんなに拗ねるなよ。分かった、今夜はニーミャが一緒に寝てやろう」
「何を理解したらそうなる」
また始まったと思っていたら、満足げな顔をしたニーミャが一瞬で散り散りになった。
忘れかけていたが、ここは異世界、魔法がある世界だ。
今のはたぶん魔法を使ったんだろう、見たこともない光景に少し心が躍ってしまった。
目の当たりにした不可思議な光景に目を輝かせていた私に近づく影が一つ。
「おわ…っ」
すばやく私が被っていた掛布団を剥ぐと、手慣れた様子で私の膝裏に手を入れ、背中を支えられたまま一気に持ち上げられた。
俗にいうお姫様抱っこというやつだ。
間近に寄った端正な顔に更に汗が噴き出す。
先ほどから急激な展開速度についていけず思考もショート寸前だ。
「少し揺れる」
「はっ、う、ぎゃあああああああああああああ!!」
撫子の絶叫もろとも、二人は空間に溶けるように消えていった。