パーティ解散からはじまる危険人物の放逐2 ~大体は環境が悪いと彼は言う~
悪魔の斜塔。古い遺跡がダンジョン化した場所である。
巨大な船舶に似た鉄の塊が地面に突き刺さったような造形をした塔。学者の中には「かつて星々を渡った偉大な船の残骸」という突飛な学説を提唱した者もいるが、現在は魔力溜まりの一部として取り込まれたこと今となっては定かでない。
斜めに傾いだような、空から墜落して半端に突き刺さったような。
そんな造詣の中を、縦横無尽に部屋や通路が走り回っている。
空間も次元もダンジョン化の影響で捻じ曲がっているので、外見通りの通路などは既に存在しないようなのだが。
このダンジョンで収集できるのは、機械部品を内蔵したゴーレムや、住み着いた結果、ダンジョン内の魔物として取り込まれてしまった悪魔や魔獣達の素材である。どれも生半可な実力では討伐どころか撃退も困難な相手であるが、そのおかげで実入りはいい。
かつて遺跡となったこの塔に、どこからか機械式ゴーレムを持ち込んだ人間達がいて、その動力源である魔石を狙って悪魔や魔物が襲来、それを撃退や研究する悪魔研究者が湧いて、そこにダンジョンの深化が引き起こされて全部が取り込まれた。
研究者達の意見はこんなところである。
さて、ここにそんなダンジョンを目指す悪魔統率者。年齢は数えて15歳、年若いが既に冒険者パーティとして年単位で活動を行った実績をもち、職能を十全に使いこなす実力を備える。
名をタウロと言い、農村出の三男坊、小柄で黒髪、黒い革装備を着た凡庸な見た目の若者だ。
扱える悪魔は現在4体。火の悪魔、影の悪魔、鳥の悪魔、巨人の悪魔。
そんなメンツに加えて、新たな眷属を手に入れようと画策しているわけだったのだが。
現在。
近場の街であるイシュハーンの冒険者ギルドに入った途端、仲間というか、恋人というか、そんな間柄のグンダリンティーヌ嬢が大暴れして地元冒険者を叩きのめしている。
これにはいろいろな経緯があるが。
簡単に言えば態度の悪い若手が絡んで来たところから話は始まる。
■ ■ ■
そんな冒険者ギルドで大暴れしている彼女についても、少しばかり語っておこう。
甲冑組手。騎馬兵や重装歩兵など全身鎧を纏う相手に素手や軽武装で対処する為の技術である。
グンダリンティーヌ・アーエンシェマ嬢は、かつてその技術における皆伝の腕前から兵隊狩りという異名を誇った冒険者であった。
商家の次女と産まれるも、取引先の国が事実上の財政破綻から実家が倒産の危機になったのが14歳の春。騎士学校への入学を断念した彼女は、冒険者として希少素材の収集に奔走することとなる。
幸か不幸か、元々の商売上の付き合いから各素材の入手経路を熟知していたこと、そして冒険者ギルドの指導員に、甲冑組手、そして歩兵武装のプロフェッショナルがいたことによって、彼女の実力と名声は天を昇る竜が如く伸びていく。
実家の立て直しに目途が立ち、冒険者としての立場が俗に言う銀等級にまで上がった頃には、彼女が冒険者を生業として既に4年近くの歳月が過ぎていた。18歳となった彼女は己の役目を終えたことを悟るも、今後に対する理想もなく、付き合いのあった冒険者ギルド長の誘いから冒険者の引退と共に受付嬢として働くこととなった。
元々、4年目の最期の方は初心者講習や技術指導員として働き、冒険者活動にも消極的になっていた頃であり、足を洗うならいいタイミングだとグンダリンティーヌはすぐに転職を決めてしまう。
当時、駆け出しの冒険者パーティーだった『イリシャの赤草』もその時の縁で後輩として面倒を見ていたのだが、突然の冒険者引退を惜しむと同時、その潔い姿に対し「いつかは自分達も冒険者を辞めるタイミングを誤ってはいけないな」と、心のどこかに刻むきっかけになった。
そのままかつて名の知れた冒険者として受付嬢を務めることとなるグンダリンティーヌは、その仕事ぶりから現場の責任者に近い立場になっていた。多少粗暴な冒険者が受付嬢に圧をかけようとしても、背後に怖い怖い彼女が控えているのである。少しでも理性が残っていればそっと踵を返すことになった。
そこに現れる白馬にも乗らず、痩せた一人の少年。
黒髪に汚れた足、まだ幼いとさえ言える彼こそがタウロだった。
そこからイリシャの赤草を通じての関係であった二人であるが、リーダーであるイエナンとアリーシャが正式に交際することとなり、二人の家に居候していたタウロが今後の身の振り方を彼女に相談したことをきっかけに、今度はグンダリンティーヌ彼を面倒見ると二人を説得して引き取ることになる。
家族から追い出された少年と、家族を救う為に一人を選んだ女性。
どこか似通った孤独という傷と、お互いの善良さに救われた日々。
小さな愛情と、少しだけの感傷、そして一人でない安心感。
その後、とある事件を契機に、恋人、などという関係性に至ったのは必然と呼ぶべきか、運命と呼ぶべきかは定かではない。
そんな彼女にとある街の冒険者ギルドでちょっかいかけてきた相手がいたとしよう。
グンダリンティーヌの外見は美麗である。
女性的でありながらしなやかな四肢、豊満な胸元、意志の強さを示すようなはっきりとした目鼻立ち。
花に例えるなら間違いなく薔薇か芍薬といった大輪の花。
そんな相手の恋人と言うのが、まぁ黒髪に使い古された黒い革装備に棍を携えた少年。
絡んで来た相手は彼の事を馬鹿にした言動を何のためらいもなく口にした。
その次の瞬間、この話を聞いた人の御想像通りだったと言っておこう。
目にも止まらず相手の手首関節が捻じ曲がって膝が圧し折られていた。
慌てた仲間が割って入ろうとした瞬間、投げ落とされた男が仲間、その足の甲に叩きつけられる。
足指の何本かと甲を砕かれた男が悲鳴を上げる間もなく、叩きつけられた肘が喉を潰した。
急所攻撃から鎧という重装を着た人間そのものを武器に使う甲冑組手の技法そのものの手業だ。
鎧自体を破壊することは難しい。
その所為で一時期の戦場は魔術か打撃武器が主流になった時代や地方もある。
だがしかし、重たい武器でぶん殴らずとも、地面に叩きつけられれば大抵は中身が先に潰れるのだ。
鎧は拘束具となり、兜は呼吸を塞ぐデスマスクに早変わり。
ナイフ一本で兜の中や鎧の腋をかき回せば豪奢な鎧は狭い棺桶となる。
そんな技術を体得しているグンダリンティーヌは、戦場に出たこともないが、多人数戦で傭兵団を叩きのめし、盗賊を殺戮せしめたことさえある。ありていにいえばそこらの銀等級なりたてや万年銅等級、いきがっているだけの若手が敵う相手ではない。
近くの席で炭酸飲料を飲んでいたタウロであったが、周囲を軽く一瞥して実力を測ると、続けて軽食を注文する姿勢に入った。
■ ■ ■
少年の名はタウロ。
教会の祝福にて悪魔統率者なる職能を得た農村の三男坊。ささやかな倖せはその職能の会得に影響を与えたとある封印されし悪魔竜の存在によって儚くも壊れることとなった。自分と同じく農民としては異才な預言者なる職能を得ていた長兄カール、その職能がもたらした残酷な現実とは『三男を排斥することで悪魔竜の復活を遅延できる』という予知。
職能の不吉さを理由に村から追放を測ることで、悪魔竜の影響を抑えようとしたのだ。
そのことから街へ逃れ、冒険者パーティの荷物持ちとして生き延びたタウロは、そのまま職能の習熟と、その異能に導かれるよう何体もの悪魔、悪霊の類と関わることとなる。
そんな危険な日々も、彼に数多くの師がいたことで乗り越えることが出来た。
まず、教会にて読み書きや基本的な算数、そして道徳を説いた神父。
次に、その小さな身に天文学を始めとした数多くの知識を宿した炎の悪魔たるキーン爺。
更に、農村出という自分と同じ境遇、冒険者として経験を備えるイエナンを始めとしたパーティの面々。
そして、戦場教義、兵士の流儀を教えた影の悪魔たるスカシャランドゥ。
そして、天からの視野、別のイキモノの視点を伝えた鴉の悪魔フローキ。
そういったものを覚え、学習していき、この年齢、出身に比例しない学識を手に入れていた。
かつてあって神代の時代についての昔話。
生前の散り散りになっていた記憶からの思い出話。
これまで活躍してきた冒険者としての経験談、笑い話。
そういったものを始めとし、本という存在に出会い、冒険者ギルドの資料室に籠ることもあった一人の少年は、それこそ一般の学生や商家の子供などでは計り知れないほどの実体験や知識を得てしまったのである。
ここらへんはかつてのパーティの仲間であったり、同居生活の長居グンダリンティーヌ、そして悪魔達くらいしか知らない話ではあるが。
「古代遺跡か。また珍しいものがあるんじゃのう」
気付けば隣の席でエールを手にしている小柄な老人、肌の色や角といった特徴もあるものの、そこらの亜人にしか見えない炎の悪魔、一番付き合いの古いキーン爺の言葉にタウロが視線を向ける。
「あれって元は何の施設かな?」
「おそらく飛空艇の一種じゃな。どこを飛んでいたかはまぁ、想像しか出来んの」
「例えば?」
「空よりずーっと高い場所かの」
「空の更に上か。天界とか?」
「似たようなもんじゃの。星の外、そっから落っこちたのじゃろ」
「大きな船が墜落して、それで悪魔の斜塔と」
「まぁ、そんなところじゃろ」
元々は然したる能力も発揮できない小悪魔でしかなかったキーン爺は、偶発的にタウロの前に現れ、そこで契約を果たして以来、ずっとタウロの面倒を見ている。現在はいくばくかの力、普通の悪魔よりも格の高い姿を取り戻しているらしいが、そういったものを見せることはあまりない。
ただし、その知識、深い見識には幾度となく救われ、タウロにとって頼れる知恵袋であり、保護者役でもあった。
さて、彼が軽食を腹におさめる頃になり、やっと冒険者ギルド関係者がグンダリンティーヌ達の喧嘩を止めに入った。少なくともグンダリンティーヌは素手で他のメンツが武装を抜いているが、素手の方が無傷なのでまぁ、喧嘩という範疇でもいいのだろう。
事情聴取したギルドの護衛役と思しき人間が渋面をするも、引っ張られていったのは手足を圧し折られた男達だった。3対1で武器まで抜いているのだから当然だろう。
まぁ、素手でも対人戦におけるプロフェッショナルであるところのグンダリンティーヌに勝てるはずもないのだが。
止めに入るのが遅れたことに対する陳謝に対し、口元だけ笑ったグンダリンティーヌが何かを喋っている。おそらく遅れたことに対する文句だろう。傍目にはそう見えないが、おそらくタイミングを計っていたことに対して痛烈な単語がぶつけられたのだろう。
護衛役の顔が僅かに引きつっていった。
しかし、それ以上は悪印象を助長するだろうと、支払いの終わったタウロが合流する。
「グンダリンティーヌ、そろそろ」
「………そうね、もういいわ。あの三人に伝えておいてもらえる? 次はないぞ。って」
「伝えておこう」
無精髭の巨漢の言葉に、タウロも一礼してその場を立ち去る。
タウロとグンダリンティーヌは本来の目的であるダンジョンアタックの為に冒険者ギルドを出る。
然したる情報も入手できなかったが、収穫がないわけでもなかった。
■ ■ ■
停滞した冒険者ギルドは管理状況にもよるが、大抵が環境が悪くなる。
地元出身者や古参による派閥が生まれ、新人や外部の人間に対して排斥や弾圧を始めるようになれば末期と言えよう。自身の権益を守っているつもりなのだろうが、大抵は環境の先細りによる冒険者総数の減少と質の低下を招く。
地元出身者として最初に接触してきたのがあの三人だったことから、いわゆる停滞影響が出始めている可能性が高いのではないかというのがグンダリンティーヌの見解。
ダンジョンが主な狩場であるここの場合は、攻略の停滞がそのまま原因となっているのだろう。
低層、および中層での狩りだけとなった場合、狩場の数は限られている為に他所の者に対する排斥が強くなる、というわけだ。
「今の段階だと地元出身者は信用出来ない」
「………パーティ内で不和を抱えるくらいなら二人だけで行った方が安全だね」
そういった結論から悪魔の斜塔へ入った二人は、内部の光景に思わず息を呑む。
真っ白な明かりが照らす妙に無機質な通路。
それでありながら、気配がする。獣の爪痕、機械による油と鉄の臭い。
「機械式ゴーレムと、住み着いた従魔の類が、主なリポップ対象だったっけ?」
「然様じゃの。事前情報だと他にはダンジョンに取り込まれた悪魔も出るらしいの」
タウロの問いにキーン爺が答える。
彼は既に棍を抜いているし、グンダリンティーヌは大振りなダガーを手にしている。
加えて棍の他はスカシャランドゥによって影による武器を一時的に形成できるし、グンダリンティーヌは適時他の武器への持ち替えを行うので、今は、という但し書きがつくのであるが。
先行したキーン爺が掌から灰を飛ばすと、まるで意志がある様に灰が空中を流れていく。
キーン爺の権能である火に関わる力の応用で、燃焼した存在、この場合は灰を支配下に置くことで探知に利用しているのだ。広がって飛んでいく灰によって通路全体を探り、接触する相手や遮蔽物となるものがないかなどの探知を行う。
「おったぞ。ヌーンが3体」
「………あれ、嫌いなのよね。気持ち悪いから」
「とは言ってものう、通路の数が限られているから迂回は無理そうじゃぞ?」
「仕方ないわね」
曲がり角から走り寄ってくるのは白い獣。
全身が天然ゴムのような皮膜に覆われており、一見すると四足歩行のサメを思わす。
しかし、その粘液に濡れた身体に備わる頭に目はなく、あるのは牙の並んだ巨大な口だけ。
悪魔の眷属、地獄の生物と言われている化け物、ヌーンだ。
獰猛、悪食、そして表皮が硬く打撃などの効果が薄い。
それでもドタドタとしたやや鈍重な動きと噛みつき以外の攻撃手段がないことから、魔物としてそう強いわけではない。あくまで中堅でも下の方、といったイメージを冒険者にはもたれている。
「スカシャランドゥ」
「あいよ」
影から突如として現れる兵士姿の骸骨。
影の悪魔スカシャランドゥ、影より出でて戦場を彷徨う存在。その手に幅広のブロードソードを握ったかと思うと、噛みつこうと跳びかかってきたヌーンの咥内へ剣先を突き刺した。
その後ろからグンダリンティーヌが前に出ると首元から切り上げて後続の一体を仕留める。
「巨人の手」
残った一匹は、棍を横薙ぎに振り払ったタウロが吹き飛ばす。
巨人の膂力が再現された一撃は、打撃に強いはずのヌーンがひしゃげて壁に激突するほどの威力を示した。おそらく即死である。
「凶悪ね」
「僕はとりあえずで手首折ったりしないよ?」
「そういうこと言わないの。もう」
軽口の応酬の間にも三体は光の粒子となって消え、残ったのは一つまみほどの魔石だけだった。
ダンジョン産のモンスターは全身が魔力によって構成される為、死亡と同時に魔力同士の結束が失われ、ダンジョンに還元される形で消えていく。残るのは、身体の中枢であった魔力の残滓であるところの魔石か、元々の魔物に関わる素材や道具が因果律の関係からアイテムとして残されていく。
そうやって魔力の循環運動によってダンジョンという一つの空間が保たれているのだ。
副次的に出てくるアイテムや魔石が持ち出されようと、ダンジョン全体を循環する魔力が一定量保たれる限り、その存在が失われることはない。ダンジョンとはそういったものである。
だが逆に、魔力の循環が長時間滞ると、ダンジョンが魔力の循環を取り戻そうと反応することがある。
俗に言う魔物の集団暴走や、低層からの高位魔獣の出奔だ。
そうなると周辺被害が拡大するため、この循環管理が出来ないダンジョンは冒険者ギルドによってダンジョン討伐作業が行われ、ダンジョンの核およびその周辺を完全に破壊し、再構築を不可能とする必要がある。
その際、ダンジョンは完全に枯れる。
そうなれば冒険者の多くはまた別の場所に移るか転職でもしなければ飯の種が無くなるわけだ。
「この程度なら問題なさそう」
「そうね。いまのところは」
同じ会話がそのまま10層近く進んでも繰り返されることとなる。
十層を守護するダンジョンボスと呼ばれる存在、六腕を備えた巨像の脛をタウロが引っ叩き、よろついたところを下からグンダリンティーヌの突きが喉元を突き破った。それでも致命傷にはならず、六腕で這うような姿勢になった巨像であったが。
「チェックメイト、じゃのう」
不意に地面から吹き上がった黒炎が喉の傷から侵食し、巨像の内部を焼き尽くした。
十層も難なくクリアした二人組と悪魔達は、そのまま何の問題もなく更なる下層へ降りようとした。
その時だった。
どこからともなく鴉の鳴き声が聞こえると同時、振り返ったタウロの影から、幾体もの影の兵士達が迎撃の構えをとっていた。
「スカシャランドゥ」
「あいよ」
多にして一。我らは群体。我らはスカシャランドゥ。
影の悪魔として分体を十体ほど出現させたスカシャランドゥ。
槍兵4、弓兵2、軽歩兵2。
そして。
重装歩兵、2。
「炙り出せ。キーン爺」
「任された」
一瞬だけ熱波が吹き上がる。
肌にちりちりとした熱風程度のものだが、その一撃でおそらく隠蔽の魔術を使っていたのであろう一団が現れる。
魔術師1、剣士が2、僧侶が1。
スタンダートな五人組の男達だが、そのうち剣士達は既に抜剣していた。
「オーダーは?」
「半分殺せ」
スカシャランドゥの問いに躊躇なく答えるタウロ。
既にグンダリンティーヌを庇う位置に身体を割り込ませ、自分と影の重装歩兵のうち1体によってカバーするよう位置取りを行っている。
同時、槍兵達によって攻撃が加えられ、躱しきれなかった魔術師が肩を貫かれる。
僧侶が即座に回復に動こうとするが、弓兵達により既に膝と肩を射抜かれている。
味方へ続けて行われた攻撃に浮足立つ剣士達であるが、両手に剣を構えた双剣使いが先んじて動く。
距離を詰めて悪魔使いと見えるタウロを襲おうとしたが、影の軽歩兵達が盾とロングソードという標準的な装備で道を塞ぐ。
一体を即座に切り払う双剣使いだが、その間に槍兵に囲まれ手足を突き刺された。
膝上や二の腕など防具の薄い場所を狙うあたりえげつない。
そのまま確認したところ、槍が深く刺さった魔術師は失血死していたが、他は生きていた。
動けなかった年若い剣士らしき男は、震えたまま座り込んでいた。
「三人か。まぁ生きている分は別にいいか」
「………むしろ死んでた方が楽だった気もするのう」
キーン爺の呟きに対し、タウロは視線を巡らせ、まず拘束された僧侶の腹を蹴る。
「襲撃しようとした目的を言え。言わないなら見せしめにする」
ガシャガシャと槍兵達が集まってくる中、僧侶の男は真っ青な顔のまま口を開いた。
目的は予想通り外部からの新人を潰そうという意図だったらしい。
地元クラン、その名を『尖塔潜り』。
冒険者ギルドとの関りも深いそうだが、そのうちの幹部による独断と。
「見慣れぬ美女がいるから、そいつを捕らえてこいって、言われて」
「よし、そいつは殺そう」
「いやん。私ってば愛されてる」
「茶化しとる場合か嬢ちゃん」
僧侶の言葉に殺意を漲らせるタウロと、それにくねくねと喜ぶグンダリンティーヌ。
冷静なキーン爺の言葉に舌打ちしたタウロであるが、頭は冷えたらしく、三人の拘束を外すようスカシャランドゥに目線で指示する。
「とっとと帰れ。ダンジョン内での死亡なら、運が良ければ蘇生できるだろ?」
「す、すまない。俺達はもう敵対しない」
ポーションなどで最低限の治療を行った彼等は、剣士が魔術師の死体を担いで逃げ去っていった。
溜め息を一つ、影に戻っていくスカシャランドゥが消えたことを確認し、タウロが再び歩き出す。
「周囲を探っているフローキが戻ってこない。おそらく目的のものが近くにある」
「じゃ、それが手に入ったら早々に別の所いきましょ。あんまり居心地のいいところではないし」
しかし。何時だって、そう都合よく進まないのが彼等の運命かもしれない。
■ ■ ■
目的の魔導書、そして悪魔研究の資料を見つけた二人は、長時間のダンジョンアタックの疲れを癒す為に、魔物の発生が抑止される安全地帯、魔力濃度の低い小部屋の中で焚き火を囲んでいた。明かりの消えた薄暗い部屋で、スカシャランドゥが周囲を自らの分体に警護させており、タウロは既に外套に包まり寝息を立てていた。
それを眺めるグンダリンティーヌは、同じように彼を見守りながら茶を飲むキーン爺に視線を向ける。
「貴方は眠らないの?」
「儂も悪魔じゃからな。そもそも眠るのは娯楽以上の意味はない」
「そう」
興味なさげに言葉を返すグンダリンティーヌは、あどけない寝顔のタウロを見て微笑む。
年齢相応の顔はこんな時にしか見られない。
タウロは戦闘時を除いて自己主張が少ない。むしろ、他人に意見を言ったり積極的に関わろうとしない。それはキーン爺曰く「逃げ出した時からそうであったよ。自分を押し殺して生きて来た。だから、自分から動こうとすることが減ってしまった」と。
グンダリンティーヌも、タウロの解らない部分は多い。
一緒に居たいと思った。けれども、いつまで一緒にいてくれるのか、いつかは離れてしまうのではないか、それは同居を始めた時からずっと思っていた。
そんな人と距離をとるタウロが、何か憑き物が落ちたように、少しだけ自然に笑えるようになったのがつい最近なのだ。自分が村を追放されるきっかけになった悪魔竜、その討伐に成功したあのあとから、やっと肩の力が少し抜けるようになった。
そうやって、自分の人生を歩き始めたばかりなのだ。
少しだけバランスを崩したタウロの傍に移動し、隣に座るグンダリンティーヌ。
自分より少しばかり背の低い少年の身体は、焚き火に近かったからか、柔らかく、とても暖かかった。
「………おそらく、坊にとっても幸運だったのだろうな。嬢ちゃんと出会えたことは」
そんなキーン爺の言葉は、焚き火の爆ぜる音にまぎれ、誰が応えるわけもなくダンジョンの暗闇に溶けていった。
■ ■ ■
さて、今回の手に入れた魔導書についてだが。
これもまた、悪魔についての書物だった。
基本的に悪魔という存在は、力を持ち、独自性を備え、癖が強い。
キーン爺やスカシャランドゥのような協力的な存在の方が珍しいのだ。
炎の悪魔であるキーン爺は、タウロの魂に惹かれて契約を行い、タウロを家族として尊重し、彼自身を守護する為に一緒にいる。そこにあるのは孫を見守る古い先祖のような、そんな優しさと協調の心だ。
影を司る悪魔のスカシャランドゥは、群霊、戦場で死んだ多くの人間達、その魂が入り混じって生まれた半精霊、半悪魔のような特殊な存在。種族名として呼んでいる影の歩兵も、契約の際にタウロとスカシャランドゥが相談のうえで決めた名前だ。
彼としては既に失われた過去も、悪魔としての現在も等しく受け入れており、気ままにタウロの面倒を見ながら生活していることを気に入っている。タウロが死ぬまで数十年くらいは付き合ってもいいか、と思っている程度だ。
鴉の悪魔であるフローキは偵察や探索役としての報告がなければタウロにも寄ろうとせず、空を飛んでいるか離れた場所にいる。人間でいう職人気質のように、仕事はするが慣れ合わないといったスタンスを出会って以降ずっと貫いている。それでも契約解除を言わないあたり、少しはタウロを気に入っているのだろうが。
巨人の悪魔である『死せるカブラカン』は、戦い以外は一切協力しない。
名誉ある戦いを望み、それ以外には興味も関心もまったくない。
気位が高いというより、それこそそういった考えしか頭にない存在なのだ。
今回現れた呼び出された悪魔もまた、実に癖が強そうな存在だった。
「あれ嬉し。かわいいかわいいこの子が私の契約者?」
怠惰の悪魔ブーシュヤンスター。
眠りと怠惰を司る。
実際、魔法陣から現れたその女性も異形の姿であった。
常人の倍近い手足は、それこそ蜘蛛を思わせるほどにしなやか。
微笑む顔はあどけなくさえあり、黄色の模様や青い刺青に彩られた肌がなければ悪魔とは誰も思わないだろう。
しかして、怠惰の悪魔が、一体何を望むのか。それはタウロにも想像がつかなかった。
「こーんな暗い場所ばっかりはもう嫌なの。私を、あったかい日の光に連れ出して。そうしたら一緒にお昼寝しましょうよ」
陽だまりの中で昼寝。
幼い頃を思い出し、タウロの頬が少しだけ緩んだ。
それを見たグンダリンティーヌは口を出そうになった言葉を飲み込む。
これではまるで。
悪魔達を通して、失ってしまった感情を集めているようだった。
そう思い、思わず黙り込む。
だとするなら、運命というのはどれだけ皮肉なのだろうかと。
「では、誓約を成す。悪魔ブーシュヤンスター。汝が力を我に委ねよ」
「誓います。我が権能たる怠惰を貴方に預けましょう」
たったそれだけの文言で、悪魔と契約者の間には魂の契約が結ばれた。
契約者の死せる時、または悪魔の拒絶がなければ破棄が行われぬ絶対の楔。
それでいてタウロも、ブーシュヤンスターも笑っていた。
「長いからシューさんでいい?」
「いいわよー。じゃ、用事があった時だけ呼んでね。あとは、任せたから」
光の粒になって消えていくブーシュヤンスター。
それを見送るタウロが無手、棍もナイフも用意してさえいなかったことに遅れてグンダリンティーヌは気付くと「あらやだうちの彼氏ってば出てくる悪魔と戦闘にならないのも見越してたの? かっこよすぎない?」とか勝手に浮かれてたりした。
ともかく。
当初の目的を果たした二人は、ダンジョンから帰還することを選択した。
■ ■ ■
ダンジョンからの脱出に成功したのは翌日だった。
ダンジョンは外部との魔力の流通経路、人間でいう呼吸器系の通路を備えている。一般的にいう脱出口や転移装置と呼ばれるものだ。元々はダンジョン内の循環機能の一部であったが、その機能を利用して冒険者は出入りしている。
しかし、ダンジョン規模や構造によってそういったもの使用可能な範囲や条件が異なるので、今回のタウロ達は徒歩で再び出入口まで戻ってきた為にこの程度の時間がかかったわけだ。帰還時に魔物の再ドロップは確認できなかったので、リポップ時間はやや長めのようだ。
悪魔の斜塔から出ると、日差しの眩しさに思わず目を細める。
真上に届きそうになっている今の時間はおそらく正午前だろうとタウロは予想し、ダンジョン離脱後の手続きの為にダンジョンを囲む壁にある唯一の出入り口、石の門へ歩み寄っていく。
ダンジョンの監視と管理を担うギルド職員の提示するダンジョンの入出管理書面へ記帳し、ダンジョンアタックが終了したことを申告。これによってダンジョン攻略者の安否確認と現状を把握しているのだ。もっと大きなダンジョンになると、冒険者証とは別にダンジョン攻略者個々人に入出を管理する為の信号を発信する魔道具を持たせたりする地域もあるらしいが、記帳管理の方が一般的だろう。
そのまま探索で手に入れた素材を売りに行こうと冒険者ギルドを二人は目指す。
なにやら周囲が騒がしい気もしたが、見知らぬ街なので何かの市でも出るのだろうと気にしなかった。
ただし、そのうちの何人かが冒険者ギルド方向へ走っていったことに同道していたキーン爺が眉を潜める。
「坊、ちっとキナ臭いぞ」
「………さすがに、そんな馬鹿とは思いたくないなぁ」
「犯罪は阿呆がやることだぞ?」
「そうかぁ」
「つまり、そういことかしら?」
背中の棍を外し、杖代わりに使い始めるタウロ。
背中の槍と、腰の剣帯の位置を直すグンダリンティーヌ。
そのまま冒険者ギルド前に辿り着くと、太った巨漢と針金のように細い壮年の男が背後に冒険者と思しき男達を並べた状態で待ち受けていた。
「私はここでギルド長を務めるアルタニンだ。冒険者タウロ、グンダリンティーヌ・アーエンシェマ、二人にダンジョン内での意図的な強盗殺人の嫌疑がかかっている。悪いが拘束させてもらうぞ」
「お断りします。まず証拠の提示と論拠をご説明いただかない限り抵抗、または逃亡しますが?」
丁寧な口調と共に棍を構えるタウロと、剣を抜くグンダリンティーヌ。
その様子にぎょっとした様子のギルド長であるアルタニンは腰が引けたように退くが、隣に立っていた太った巨漢が前に割って入る。
「ガキが粋がるんじゃねぇ。お互いに無駄な怪我ぁしたくねぇだろ?」
「どなたか存じませんが、応えは同じです。嫌疑の経緯と、その証拠をまず提示してください。でなければ虚偽看破をお持ちの僧侶をここに呼んで証明してください。拘束より前に」
戦闘態勢を解かないタウロに巨漢が舌打ちする。
「俺は冒険者クラン『尖塔潜り』でクランの副長を務めるデボンだ。うちのクランメンバーがな、お前達に襲撃を受けたと言って這う這うの体で戻ってきた。その証言が疑いの元だよ」
「そうですか。それでその被害は?」
「一人が死亡、それも蘇生済だが、蘇生費用と治療費、傷付いた防具代ってところか。幸いにもダンジョン内の取得物は奪われずに済んだがな」
「それを我々がやったと?」
「ダンジョンの入出タイミング的にお前等しかいねぇんだよ。あいつらに手出し出来るのは」
「なら、ダンジョンの入出記録を見ればこちらが先に入ったことはすぐに解るはずです。特定の相手を狙えるタイミングなんてない」
「先に入って待ち伏せをしていたんだろう? 特定のターゲットを狙わず無差別にやるつもりだんだろ?」
「初見のダンジョンでいつ来るかも分からない相手を待ち伏せ? それも、無差別ということであれば相手の力量も見定めずにやったと? 言いがかりじゃないか! 証言はそのクランメンバーのものだけという状況で拘束は不当ですね。やはり現状のお話だけでは応じられません」
「………面倒だな。それに時間をかけるのもよくねぇ。お前、何か用意してるだろ?」
「さぁ? ただ、お互いに無駄な怪我はしたくないですよね?」
冒険者ギルド内に入らせないのはここにいない該当のメンバーの所在をぼかしておきたいから。
外でやっているのは正当性の主張したかったのだろうが、論戦では確実にタウロに負けている。
あとはまぁ、諦めるか、もしくは。
「構わねぇ。ギルド長にも許可をとってる。こっちにもメンツってもんがあるからただじゃ退けねぇんでな」
「そうですか、では、こちらも抵抗しますね」
その言葉と同時、タウロが全身を循環していた魔力を地面へ流し込む。
魔力の流れによって地面へ刻まれていく光の線は、瞬く間に魔法陣を描き出していた。
魔法陣の自動展開。そう珍しい技術ではないが、先行を譲ったのはまずかっただろう。
悪魔五体分の魔力や権能と呼ばれる固有能力による増幅、制御、出力により、その影響範囲全てに周囲の人間を捉えていた。
「虚脱」
怠惰の悪魔たるブーシュヤンスターの権能だ。その力を流用することで放たれたのは虚脱、筋力低下によるデバフ効果を対象にもたらす。
魔力抵抗の高い魔術師の大半が後ろに控えていたのもまずかった。デバフによって全身の筋力が弛緩し、膝から崩れ落ちる戦士達によって射線が開いた瞬間、突如として閃光が弾けた。キーン爺による目潰しの術であり、そこで魔術師職達は敵の視認を外してしまう。
その瞬間にタウロとグンダリンティーヌは既に躍り込んでいる。
魔術師数人がまとめて空に舞い上がる。グンダリンティーヌによって投げ飛ばされたのだ。
そのまま味方への被害を懸念した数人が拘束呪文に切り替えようとするが、そんな隙を見逃すはずはなくタウロが容赦なく棍で残ったメンツの胴体を引っぱたく。反撃のタイミングを外されたことで、次々と吐瀉物を吐きながら呼吸の詰まった魔術師達が崩れ落ちていく。
職能か、個人の技能か、または装備か、数人の戦士がデバフの効果への抵抗に成功したのか、タウロ達に追いすがって攻撃しようと動き出す。
しかし、無効化された魔術師が道を塞ぐよう投げ飛ばされてきた。
彼等にとって最も不運だったのは、グンダリンティーヌの専門である対人戦、それも多人数戦を仕掛けたことだろう。
味方を切り払うことなど出来ない戦士職が身を躱すと、低い姿勢から放たれたグンダリンティーヌの前蹴りで一人が顔を凹ませ地面を転がる。その軌道上にいた他の戦士職がぶつかってバランスを崩すと、横薙ぎの棍が兜ごと動きの止まった戦士を殴り倒す。
そのまま集団から離れて距離をとるグンダリンティーヌとタウロ。
相手の反応を確認するように武器を構えたまま集団から離れていたギルド長とデボンを見た。
「クランメンバーを退かせてください。次からは殺すつもりでやりますよ?」
「糞餓鬼が………!」
そもそも、かつて冒険者として有名を馳せたグンダリンティーヌだけでなく、タウロとて殴り合いは不得手ではない。そもそも、悪魔統率者の宿命か、彼が望むまいと悪魔とは関わらざるえないのだ。多少の無茶は先日の悪魔竜に限ったことではない。かつて所属していた『イリシャの赤草』では同じパーティのメンツに鍛えられ、現在は相棒であるグンダリンティーヌの薫陶も受けているのだ。有象無象では相手にもならないだろう。
「無茶なことを言っているつもりはありません、まどろっこしい話をしたくないなら真実神の僧侶を連れてくればいい話でしょう」
「出来ねぇな。脅されねぇ、なんて保障もない」
「仕方ない。ではさよなら」
その言葉に眉根を寄せたデボンだが、真っ青な顔のギルド長が叫ぶ。
「ばっ! 馬鹿! そいつの足跡を見ろ!」
「遅い」
足裏から魔力を伝わせ、歩き回った場所に魔法陣を描いていく。
それによって展開された図形の群れが魔力を集積し、召喚を行う為の『渦』を作り出す。
次元と時間の境界を乱す渦。
それによって空間が揺らぎ、気付けば頭上に大きな影が現れていた。
仮面をかぶった巨人による攻撃。
冒険者ギルドごと踏み潰そうと落下してくる巨体を前に、その場の誰もが悲鳴を上げた。
■ ■ ■
半壊した冒険者ギルドから怪我人が運び出されていく。
ギルドの防犯警報が鳴り響き、連動した警報から近隣のギルドの人間が駆け付けた時には僧侶をはじめとした治癒術を仕える者達によって被害者や冒険者ギルド職員は治療を受けていた。
「こらぁ、どういうことだ?」
巨大な騎乗用斧槍を担いだ男は、イシュハーンの冒険者ギルドの惨状に思わず唸る。鎧と武器を除けばほとんど用意もできない状態で駆け付けたのだが、破壊された冒険者ギルドの傍では、捕縛された男達と、残った紐を片付けている二人組の男女がいた。
「あぁ、その、そこの君、悪いがここで何があったのか教えてもらえないか?」
「構いませんが、貴方は?」
「隣町の冒険者ギルドで警備部門を取り仕切るジェイスタンと言う」
「僕はタウロ、隣はぐんちゃ、ううん、グンダリンティーヌ。同じパーティなのですが、突然言いがかりと共に襲われたので、抵抗したところご覧の有様で」
「………詳しく話を聞かせてくれるかい? あ、他のものは念の為、あっちのギルド長からも話を聞いて」
騎乗用斧槍を手にした美丈夫は、近場に腰掛けるとタウロの話に真剣な眼差しで耳を傾けた。
ダンジョン内での襲撃。
帰還後に一方的な措置として拘束されかかったこと。
複数回にわたり戦闘の中止を進言したものの断られたこと。
虚偽看破持ちの宗教関係者を要請したものの断られたこと。
「なるほど。了解した。まず君達は私の権限で自由を保障する。なおも拘束を強行する場合は冒険者ギルドの一員として対処させてもらおう」
「いいんですか?」
「話の流れに矛盾はないし、むしろ、あっちのギルド長が、なぜ地元ギルドに頼んだのかがさっぱりわからない。俺達みたいなギルド側の戦力が出張るのが普通なんだけどね」
「でしょうね」
元冒険者ギルド受付嬢は、ひどくつまらないものを見る眼差しで『尖塔潜り』の幹部とやらと、冒険者ギルド長を見ていた。そのうえ、今も腰の剣の柄に手を置いたままなのだから、きっかけがあれば即座に斬り捨てるつもりだろう。
「あー、そっちの彼女さんって、あのグンダリンティーヌ嬢?」
「どのグンダリンティーヌさんかは知りませんが、通り名は兵隊狩りだったグンダリンティーヌさんです」
「………対人戦のプロフェッショナルじゃないか。だいぶ加減してもらったようで申し訳ない」
「あ、建物を壊したのは自分です。ごめんなさい」
「君も何者だい!?」
結局、このジェイスタンが奔走したことによって事態は収束を迎える。
二人の聴取内容は後から連れて来た虚偽看破持ちの神官により全て再確認。
そこらの加護や職能では防げない真実神の加護による審問は、全ての罪を白日の下へ晒す。
冒険者ギルドイシュハーン支部ギルド長であるアルタニンは解雇、および逮捕。
冒険者ギルド内の公的権力を悪用による職権乱用罪、私的な地元クランとの付き合いによる賄賂から贈賄罪、通常は第三者として治めるべき冒険者同士の諍いを助長したということで治安維持法違反、一部業務を不当に放棄していた業務上過失まで含め、冒険者ギルド長としての立場を失った。
冒険者クラン『尖塔潜り』の自称幹部デボンも、同じく冒険者ギルド長と共謀しての他冒険者への嫌がらせ、威圧的で強権的な行為、今回と同じような恐喝、強盗、冤罪詐欺などを行ったことから逮捕。こちらは悪質性から冒険者資格の永久剥奪に加え、被害者指定刑罰という制度を使って鉱山奴隷となるようグンダリンティーヌが正式に申請を出していた。
「被害者指定刑罰?」
「冒険者や傭兵、商人など、広域で活動する職業の人間が犯罪を犯した場合、一部の刑罰は被害者の要求に則って所属するギルドの権限で決められるの。国や地域が違うからって、刑罰が軽くなるようなことにしたら信義に悖るからね」
「へー」
「まぁ、指定しなくても罪状から情状酌量の余地もないから同等くらいの罪にはなるだろうけど、変な介入が防げるから」
タウロへにっこりと微笑むグンダリンティーヌは実にいい笑顔をしていた。
その隣、受け取った申請書の不備が一切ないことに戦慄するジェイスタンは、これは下手な庇い立てしようものなら敵対認定されるだろうなと、なるべく関わらない方向に舵を切ろうとしていた。
その様子を見て不服そうにデボンが舌打ちした瞬間、即座に反応したタウロが地面に座らされたデボンの腹を蹴りつけた。
「おっ! ごぅ………!?」
「一つだけ確認しておこうと思う」
「なっ、なんだよ!? 罪人とはいえ拘束された人間に暴力なんざ」
「余計なことを喋るな」
改めて腹を蹴るタウロ。能力こそ使ってないが、冒険者の筋力で無防備な腹を蹴られているのだ。吐瀉物を吐いた不健康そうなデボンは、怯えた目で少年を見上げる。
「そもそも、なぜ執拗に僕達を狙った? 被害が出たとはいえ、初手で諦めていれば報復するつもりもなかった」
「そ、そっちの女はあのグンダリンティーヌだろ? て、手駒に出来ればいい思いが出来るだろうがよ! 人殺しのプロだからな! それにまぁ見た目もいいしな!」
「そうか」
掌をゆっくりとデボンに向けるタウロ。
その目に宿った冷たい敵愾心に、思わずデボンは自分の失言を悔いた。
「まるで、俺が欲しかったものを誰かが用意してくれたみたいだが、まぁいいや」
「な、なにを」
「虚脱」
おそらく残っていた魔力の大半を使っての弱体化魔術式。
悪魔の異能を介した力に対し、抵抗に失敗したデボンは、全身から力が抜けていくのを感じた。
「呼吸さえ苦労するだろうが、鉱山で働かなければ死だ。精々、頑張れ」
倦怠感どころの話ではない、全身が水を詰めた革袋で押し包まれたような異様な感覚に覆われていた。
タウロが口にした通り、呼吸すら意識しなけれ辛く、全身を動かすだけでも異様な重労働だった。
このまま鉱山へ行けば、解呪の機会さえ恐らく失われる。
「あ、くま」
呟きすら掠れたことに戦慄する。
自ら死ぬことすら阻害され、おそらく重労働で力尽きるまで続く呪い。
殺し合いに破れ、なにもかも奪われたのだと。
絶望感に苛まれる中、デボンはいまさらに気付いた。
■ ■ ■
騒がしくあったイシュハーンの街の夜。
聴取や事後確認が終わり、やっとの思いで宿屋に泊まる二人は、タウロはキーン爺と共に共同浴場へ向かい、グンダリンティーヌは部屋に残って武器の手入れをしていた。単純な打撃武器である棍と補助としてしか他の武器を使わないタウロと違い、こういったところは剣の方が不便だ。
そうしていたグンダリンティーヌの背後へ、不意に気配が現れる。
「ねぇ、お話しない?」
「いいけど、二人だけで?」
まるで邪気のない様子で現れたのはブーシュヤンスター。
タウロからシューという渾名を名付けられていた女悪魔である。
長い手足を飾る腕輪や足環、多種多様な飾りがゆらゆら揺れていた。
「ねぇ、貴方はあの子の何処が好きなの?」
問いかけられた言葉は無邪気なようで、詰問のような鋭さがあった。
「どこって」
「甘えさせてくれるやさしさ? 一緒にいてたのしいとこ? あたたかさ?」
「どれも、だって」
「じゃあ、どれが無くなったらあの子のことが嫌いになるの?」
息が詰まる。そんなこと、考えたこともなかった。
一緒にいたのだって偶然からだった。
面倒見ていた冒険者パーティの子。それが、たまたま面倒見ることになって。
それでも、一人でない、居てくれると嬉しい同居人で。
そのままずっとと思ってたら、別れることになって。
そこからまた一緒になって。
ずっとこれからは共にいれればって。
「足りない子、欠けてる子」
「なにを」
「あぁいう、痛みを知っていて、それでも前向きな子を私達って大好きだと思うわ」
私達。それは悪魔達ということか。
小さい頃に村から追い出された哀しい子。
それでいてくじけなかった強い子。
家族との別離、迫害の怖さ、一人っきりの孤独感。
そう、おそらくあの子は誰もが持っているような寂しさも、哀しさも、多くを識っている。
だからこそ、悪魔達はその孤独と気高さに惹かれるのだろう。それこそ神代の残滓たる巨人でさえ。
「ずっと、あの子と一緒にいるなら、そういった存在と関わることになるわ。絶対に」
「それが」
「それに、耐えられるの?」
悪魔が善良なはずはない。彼等は感情のカリカチュアだ。
かつて存在した人でない存在の残滓。
かつてから今も続く戦争の記憶の化身であったり、獣から化け物に変わった存在。
それらと、ずっと。
深淵から覗くような者達に囲まれ続けるという運命。
「上等よ」
だからなんだというのか。
恋人がたまさかそういったさだめの下にいるというだけだと、グンダリンティーヌは言い切った。
「悪魔だろうが地獄だろうが、そっから引っ張り戻すのが私の役目よ。死によって別たれるまで、それまでずっと、私が繋ぎ止める」
口に出してすっとした。
そうだ。離れていくことを考えるもんじゃない。離れていかないように手を握りしめるのだ。
私がそうやると決めたのだから。
嫌がって離してなんてやらないのだ。
「あら、じゃあ、一言だけ言っておくわね」
それでも悪魔は笑っている。おそらく、彼女を含めた彼等にとって、こんな虚勢はばれているのだろう。
「貴方が本当の意味で彼の手を離した瞬間、私がもらっていくから」
それが最後だった。
彼女は痕跡すらなく唐突に消えていた。いなくなっていた。
残されたのは震える唇をかみしめたグンダリンティーヌだけ。
「………上等よ」
タウロの乾いた、どこか遠くを見るような顔を思い出す。
あんな姿のまま、一人になんて絶対にしない。
どんだけ悪魔が増えようが離れたりするもんか。
「………けど、これから先も増えたらどうなるんだろうかとはちょっと心配」
こてんと首を傾げたグンダリンティーヌは、女悪魔だけはなんとかして遠ざけるべきか悩むことになる。
■ ■ ■
そうして彼等は再び旅立つ。
次なる目的地は、遥か遠く辺境にある山岳都市。
時に理想郷とも呼ばれた場所であるという。
そう呼ばれた場所でなにがあるかは、まぁ、その時になればわかるだろう。
冒険者ギルドに借り受けた馬車はガタガタと進んでいく。
「ぐんちゃん、動き辛い」
「いいから抱き着かせない嗅がせないいいでしょうが!」
「いいけど」
「やれやれ、かしましいのう」
いつだって冒険者は止まらない。
目指す場所は今も尚、どこかにある。
- 完 -