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LEMONAID 〜the Private Eyes〜  作者: 志摩村 いく
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Handymen②

「まぁ、とにかく仕事だ。きっちりこなしてラーメンでも食いに行こうぜ」

 二人は事務所に三階の事務所に向かった。空は階段を一つ飛ばしに降りて事務所へ向かっていった。力も彼を追いかけて行く。力が事務所のドアの前で空に追いつくと下の階から黒い長い髪の女性が上がって来るのが見えた。

「咲間さん、こんにちは」

力があいさつをすると女性はにっこり微笑んだ。空はそれに気づくとこっくり頭を下げて小さく会釈した。

「ツトムくん、今日もアキちゃんのお手伝いなのね。偉いわ」

「いえいえ。僕が好きでやってることなので」

咲間は空の方を見てくすっと笑った。

「アキちゃん、今日はおめかししてるから菖蒲さんのところに行くのね」

空はばつが悪そうに顔を赤らめた。お見通しだ。

「菖蒲さんだから特別ってわけじゃないっすよ。俺だってきちっとした格好する時だってありますから」

 咲間は微笑んで空の髪の跳ねた部分を直した。当の空はいきなり髪を触られて面食らった様子だった。この咲間 梅雨乃という人は不思議な人だった。しなやかな黒い髪で、整った顔立ちからは気品を感じる。また、甘く喘ぐような声をしていて美しい貴婦人のようであり、怪しげな魔女のような魅力もある。年は三十代くらいだが、空のなんでも屋「レモネード」の事務所がある雑居ビルのオーナーで私生活や収入源など謎の多い人物だ。力は咲間が好きだった。だが空に咲間の話をすると返事は大抵、「ツユノさんは危ない人だから深入りしない方がいい」だった。力にはそれがますます魅力に感じた。

「ところでアキちゃん、今月のお家賃がまだなんだけどお金大丈夫?もう少しまってあげようか?」

空は話半分に聞いている。そして半分上の空で答えた。

「今週末、こないだの仕事の報酬が入るからそれで払います。いつもすみません」

咲間は一歩前に出て上目遣い気味に空を見上げた。

「じゃあ、待ってあげるからお仕事頼んでもいい?」

「まぁ、長引く案件じゃないなら大丈夫だと思います」

「良かった。じゃあ、今夜九時に私のマンションに来て。待ってるわ」

 咲間の誘惑するような話し方に力は心をぐっと掴まれた。何気ないことでも咲間がいうと甘美な響きがする。咲間のマンションで空は何をするのかとても気になる。上の階に上がって行く咲間に釘付けになりながら力はそんなことを思っていた。

「ねぇ、アキ。咲間さんってアキにどんな仕事を頼むの?」

空はため息をついて、メモに先程頼まれたことを書き加えていた。そして、一瞬力を憐れむような目をして彼に向き合った。

「いいか、ツトム。ああいうエッチな雰囲気のするお姉様に惹かれるのは分かるが、腹の底が見えない人は危険なんだぞ。人間は素直で正直が一番だ」

素直と正直の意味が微妙に重複している。空は咲間について何も言及しない。それどころか、力を咲間から遠ざけようとしている。

「アキは咲間さんが嫌いなの?」

「好きでも嫌いでもないけど、あんまり関わりたくねぇ」

「そうなんだ。ふーん」

「大人にはいろいろあるんだよ」

「アキも大人なんだね」

力は嫌味を言ったつもりだった。

「子供でいられなくなっただけさ。好きでなったわけじゃねぇ」

「そっか、僕もいつか子供でいられなくなるのかなぁ」

「お前、老けてるからなぁ」

空は車の鍵を指先で回しながら階段を降りて行く。力は彼の後についていく。少し間が空いて力が空に問う。

「君も、僕も歳をとっていけば、面白くない奴になっちゃうのかな?」

「さぁな。そんな先のことは知らねぇ」

「君は楽観的だね。僕はこの先、僕がどんな人間になるのかなぁって思うと不安なんだ」

「ツトムはどんな人間になりたいの?」

空の問いに力はうまく答える言葉を探した。ヒーローになって弱い立場の人々を守りたい。スピットファイアみたいになりたい。でも自分には超能力もないし、パワードスーツを買う金もない。体育の成績も酷い。力は自分に自信がない。

「わからない。何になれるかもわからないし」

何もない自分がヒーローになりたいなんて言えば馬鹿にされてしまう。それが怖い。故に、力は自分の夢や情熱を語れない。でも、いつか親や空に胸を張ってその話をしたい。だからこそ、彼は勉強も運動も諦めないのだ。

「お前なら頭もいいし、なんでもなれるよ。父ちゃん母ちゃんにカッコいい名前をもらったんだから大迫力な男になれよ」

「名前のことは言わないで」

空さえ驚くような男になってやるんだ。力はそう意気込んで、空を力強く見つめた。

「わかったよ。悪かった」

空は相変わらずヘラヘラしていたが力の中に強いものを感じた。

 一階まで階段を降りて、裏口から駐車場に出るとシルバーのボディに赤い字で「なんでも屋 レモネード」と印されたミニバンが停めてある。言わずもがな、空の自家用車兼業務用車である。空は後ろのドアを開けて、詰め込まれた道具が全て揃っているかざっくりと確認した。そして、車両に不備がないかを軽く確認して運転席に座った。遅れて力が助手席に座る。

「じゃあ行こうか、相棒」

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