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LEMONAID 〜the Private Eyes〜  作者: 志摩村 いく
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Handymen

 大迫 力は自分の名前が嫌いだった。彼は痩せていて、色白で眼鏡をかけたいかにもなもやしっ子だった。なのに、名前が「大迫力」。皆、彼の名前と彼を見比べてくすくす笑った。男女問わずからかってきた。彼の両親も小柄で貧弱な見た目をしている。人は願いを込めて子供に名前を付けるが、まず自分たちを省みて叶わぬ願いだと分かったら相応の名前を付けるべきなのだ。彼は常にそう思っていた。

「そんなことないさ。男の名前だ。お前はこの名前に負けない強い男になるんだ」

 ある夏の日だった、上級生にいじめられている力を助けた男はそう言った。男は何故かいじめられている力を見てへらへらと笑っていた。無邪気でまっすぐな男で、明るくて軽やかな声をしていた。力に初めて歳の離れた友達ができた。彼の名は八木沢 空という。空と書いて「アキ」と読む。力は自分は利口だと思っていた。そして、大人は信用出来ないし、ずるいとも思っていた。だから、子供のうちは必要以上に大人に関わりたくないし、大人になるのも嫌だった。しかし、空と出会ってからは大人に対する考えも変わった。空は二十歳になる青年だが、顔が子供っぽくて、大人としての社会的な責任を果たしていないのが滲み出たような顔つきだった。また、喜怒哀楽が激しく口も悪い。力にとって空は優しいお兄さんというよりは老けたガキ大将だった。力は夏休みに間、空の仕事を手伝ってお小遣いをもらうために空が営んでいるなんでも屋の事務所に通っている。いつか力の応援する新進気鋭の破天荒ヒーロー、スピットファイアのグッズが発売されたらたくさん買うのだ。そのために働いている。

 彼のなんでも屋は雑居ビルの三階に事務所を構えており、彼自身は屋上のほっ立て小屋に住んでいる。力はエレベータで最上階まで上がり、階段を使って屋上まで上がる。屋上の扉を開けると真夏の太陽の光が目に飛び込んできて眩しい。咄嗟に目を細めて、ほっ立て小屋の日陰に入った。ドアには鍵がかかっておらずそのまま中に入った。

「アキー、起きてる?」

返事がない。十一時過ぎだが、まだ寝ているようだ。

ダイニングキッチンの奥にベッドがあり、そこにパンツとTシャツで大の字になっていびきをかいている空が見えた。

「仕事!もうお昼だよ」

返事がない。力は空の足を掴んでベッドから引き摺り下ろした。空は背中から地面に落ちて大声を出した。

「もうちょっと優しくできないのか?」

寝ぼけ眼を擦りながら空は力の方をむいた。

「優しくしたら君は起きないだろ。さっさと、顔洗ってズボンを履いて」

「お前、可愛げないよな」

空は欠伸をしてから洗面台に向かった。空は顔を洗い、歯ブラシに歯磨き粉をてんこ盛りにして口に突っ込んだ。

「今日の予定何になってる?」

空は力の方を見ずに聞いた。

「菖蒲さんの家で家事手伝いになってるよ」

力はホワイトボードの予定表を見て答えた。すると、空の動きが止まった。彼は早歩きでホワイトボードに近寄り、目をぱちぱちさせながら何度も見ていた。

「ツトム!急げ!時間ないぞ!!」

空は口から泡を撒き散らしながら興奮したように言った。

「予定は14時からだよ。菖蒲さんの家って遠いの?」

 空は答えずに、急いで歯磨き粉を終わらせた。そして、着ていたヨレヨレのTシャツを脱ぎ捨てて新品のボタンダウンシャツを着た。そしていつも履いているジーンズには目もくれず、パンツのままで外に飛び出して干してあるチノパンを履いた。

「アキ、何をそんなに慌ててるの!?」

「あぁ、えぇと…髪を直さなきゃ!?」

空はいつも洗いっぱなしの髪で全く手入れをしていない。そして、伸び放題で至る所が跳ねている。空はそれを一つ一つブラシでとかして、大して生えてない髭を剃った。彼はぺったんこの髪とツルツルの肌を満足げに眺めている。

「清潔感ばっちり」

絶対、何か楽しみなことがあるに違いない。力は確信した。

「なんか楽しみでもあるの?」

「いや、別に」

「アキ、いつも身なりとか気にしないのに今日はやけに気合い入れてるじゃん」

「俺にだってそういう日はあるさ」

「いや、怪しいね」

「いや、まぁいろいろあるんだよ。俺もハタチの大人だろ?」

空は少し動揺しているように見える。わかりやすい性格だからボロを出すかもしれない。力はさらに空を問い詰める。

「菖蒲さんって人に何かあるんだね?」

空は照れ臭そうにそっぽを向いた。

「他の人に言うなよ」

声が小さい。不自然にもじもじしていて奇妙だ。

「菖蒲さんの、お孫さんのキヨカちゃんって子がすげぇいい子でさ。見た目めも超タイプなんだ」

 空は力の方を見ずに窓の外の雲を見つめている。

「それで?」

力は空の視線の先に回り込んで、目を見て聞いた。

「イイカンジになればいいなぁってさ。わかるだろ?お前だって好きな娘くらいいるだろうに」

空はからかうような口ぶりで悪戯っぽく力に言った。しかし、力は冷静に答える。

「僕はまだ好きな娘とかはいないね。クラスの子とかも興味ない」

嘘である。本当は隣の席の水谷さんが気になって仕方ない。ただ、今それを空にばらすわけにはいかない。絶対からかわれる。

「でもさ、この前アキ、一緒にテレビ見てたときに新人ヒーローの娘も可愛いって言ってたよね?キヨカさんて人も好きであの娘も好きなの?」

 すると空は力に向き直り、真面目な顔をした。へらへらした雰囲気が薄れて緊張感が漂う。

「いいか、ツトム。テレビの中の女の子と現実の女の子はまた別なんだ。だから現実に好きな娘がいたとしてもテレビの中の女の子を可愛いって思うのはなんら後ろめたくないんだ」

 力は拍子抜けした。力は少しからかっただけだった。だが、目の前の男は小学四年生の自分でもとうに理解した事象を真面目に語っている。これはどういうギャグなんだろうか。彼はそう考えていたが、空が真面目な顔であまりにも当たり前のことを言うものだから何も言えなかった。

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