Shibuya Rampage 2025/07/24
一九九九年の十二月、二十一世紀を目前にして人類は史上最大の脅威に直面した。アメリカ西海岸に30メートルを超える怪物が出現し、サンフランシスコに上陸した。最初の怪獣「ディザスター」である。
2025年7月24日 16時42分
東京都渋谷区 渋谷駅前
地獄が顕現した。日本のカルチャーの中心は燃え上がり、都会の喧騒は悲鳴に変わって、その悲鳴も爆発音に掻き消された。やがて、悲鳴も少なくなって、銃声があちこちで鳴り始めた。5.56ミリ弾の銃声は映画の効果音よりも安っぽく聞こえるような淡白な破裂音だった。私は足が震えて立てなかった。
「渋谷スクランブル交差点付近にて怪人ニ体と交戦中。負傷者多数、増援を要請する」
黒い戦闘服を着た戦闘員が倒れていて、その戦闘員の肩に着いた無線から何度もそんな内容の通信がながれていた。スベンソン&ウェンブリー財団の戦闘員たちは倒れた仲間を引きずってトラックに乗せている。私は助けを呼ぼうとしたが、恐怖で声にならない。助けて、と言おうとしたが声にならず、断片的なうめき声が溢れるだけだった。
私はうずくまって膝を抱えた。怖い。逃げ出したいけど、体が動かない。誰かが助けてくれるのをじっと待った。私には今日、渋谷には一緒に来ていた恋人がいた。彼は大学の先輩で、今日がはじめてのデートだった。混乱の中、私は彼とはぐれてしまった。
地鳴りのような音が一定のリズムで響き、こちらに近づいてきた。大きな足音である。体高三メートルはあるカイジュウは巨大な体躯を揺らして、大気を引き裂くようなけたたましい咆哮を上げてスクランブル交差点を直進し、車や道路標識を押し除けながら進んで来る。
「夢ならば醒めてくれ」と何度も頭の中で念じた。だが、悪夢のような光景は一向に消えない。私はカイジュウに見つからないように、びっくり返った車の影に精一杯身を縮めた。このままカイジュウをやり過ごそう。私はカイジュウが通り過ぎるのを待った。
「おい、お前?生きてんのか?」
見覚えのある男が私に問いかけた。S&W財団所属のヒーロー、炎使いのフレイムストーマーだった。
私は必死の思いで彼にしがみついた。ヒーローが来てくれた。安堵の気持ちでまた涙が溢れた。
「悪いな。単騎でアレを相手にするのは流石に骨が折れる。俺は増援がくるまで引くとしよう。お前は運が悪かった」
フレイムストーマーは必死にしがみつく私を蹴飛ばし、ため息混じりに言った。私は車の物陰から転がり出てしまった。
希望と絶望が一辺に現れたせいで私は混乱し、何が起こったか理解出来なかった。しかし目の前にカイジュウの顔があり、複数あるぎょろぎょろしたそれの目が私に向いていることに気づくと、私は死ぬのだと直感的に理解した。私は地面に縮こまり、動けなくなった。その時だった。
「あんた!大丈夫か!?」
気がつくと私は誰かに抱き抱えられていた。
「怪我はないか?歩ける?」
怯えた私は首を横に振って、彼に答えた。
「じゃあ、ここで待っててよ。俺はあいつをやっつけてくるから」
彼は私を物陰へと隠してそう言った。煤や土埃で汚れていて気づかなかったが、私を助けてくれた男は真っ赤なアーマースーツを着ていた。マスクは割れていて左目のあたりの素顔が露出していた。
「絶対、あんたを助けるから。このスピットファイアを信じてくれよな!」
私を励ます彼はひどく怯えた目をしていた。彼は私を励まじてくれたのか、自分を鼓舞していたのか、私はわからなかった。彼は私の手を強く握り、小さくうなづいた。
スピットファイアは立ち上がり、カイジュウの前に躍り出た。そして、拳を握り、小さくステップを踏んでカイジュウを睨み付ける。カイジュウは縦横無人に暴れていたが、スピットファイアに気づくと、再び咆哮を上げて威嚇した。生き物は怯えている時にたびたび威嚇をするが、このカイジュウの威嚇はまさにそれだった。
「俺の戦い、見晒せやぁ!」
スピットファイアはカイジュウの咆哮に負けない勢いで叫び、カイジュウ目掛けて駆け出した。カイジュウはすっかり怯えて後退りしたが追いつかれてしまった。スピットファイアは自慢の怪力でカイジュウの下顎に強烈な右フックを見舞った。怪人は弾き飛ばされ、建物の壁を壊して中に転がり込んだ。
スピットファイアはカイジュウを逃すまいと尻尾を掴んで引っ張り、建物の外に引き摺り出した。そして尻尾を掴んだままグルグルと振り回し、投げ飛ばした。カイジュウは地面をバウンドして転がり、血の泡を吐きながら、複雑に折れた四本の脚を引きずってなおも逃げようとした。スピットファイアはすかさず道路標識を引っこ抜き、それを持って飛びかかり、カイジュウの脳天に突き刺した。カイジュウは死んだ。彼は私の方を見て拳を突き上げて、親指を立てて見せた。隠れていた人々は彼に拍手をおくり、歓声を上げた。
しかし、歓声は間もなくして悲鳴に変わった。群衆の指差す方に翼の生えた新たなカイジュウが飛来しているのが見えた。
「なんなんだ!あれは!?」
絶望は終わらなかったのだ。