船に乗って渡る
短編小説です。よろしくお願いいたします。
今日は霧の濃い不思議な日だった。この時期に霧ができるなどそう聞いたことがないのだが。朝早く起きすぎて、特に理由もなく家近くの港に来ていた。目に入るのは一隻の船。蒸気船が主流になりつつある世の中で人力で動かす大きなガレー船。他の蒸気船は丁度出航をはじめ、ボーと大きな音を立てて一斉に水平線へ向かっている。その中でこのガレー船だけは出航する気配もない。まだ、出航時間ではないのかもとも思えたが、この船はもう海に対して口を開かないとも思えた。
しばらく横目にガレー船を入れながらタバコでも吸っていると、ガレー船から何かが出てきた。人型の何かであること、それは決して人間ではないことは分かった。兎にも角にも、知らないふりをしようと思い、先ほどやっとすべての船が落ちていった水平線をじっと見つめるふりをした。ただ、すべての神経が好奇心が奴に向いているのは確かだった。
「兄さん、早起きだな。」
奴が少し離れたところから話しかけてきた。
「ちょっとな。」
と、そう返すしかなかった。想定外の塊に対して、自分ができることはこの程度だった。
「この船に興味は無いかい。」
正直興味はある。煙草を地面にこすりつけながら相対する。
「少し興味があるな。」
「なら来な。」
正直、この時変な汗が流れていた。胸も少し苦しかった。それでも並々ならない好奇心が無理やり突き動かした。
ガレー船の中はよく見るものだったが、誰一人として乗組員がいなかった。船の先頭に立って、
「もうこの船は動かないのか。」
「いや、動くよ。今日も出航の予定がある。」
どこへ、と聞こうと思ったが聞かない方が懸命のように思えた。すぐそこまで出かかった言葉をゆっくりと飲み込んだ。少し緊張がほぐれた気がした。そして、ゆっくりとガレー船は動き始めた。
「驚かないのかい。今までは皆下ろしてくれって言う奴がほとんどだったのに。」
「どうせ下ろしてくれないだろう。あんたが目の前にいる時点で、こんな不思議なことがあっても可笑しくないことも分かってる。」
「そう言う奴も少なからずいたな。あんたはどっちだい。」
「どうでもいいって方かな。」
徐々に日が明け始めた。気づくとガレー船は宙に浮いている。この先はどんなとこなんだと奴に聞くと、「なんてことはないさ。ここと一緒だよ。」
と答えた。
霧が晴れはじめ、ついさっき水平線に消えた船たちが眼下に見えた。宙船はゆっくりと昇り行く太陽に消えていく。