令嬢、冒険者と戦う②
泣き言を言っても変わらない。私は真正面に木刀を構えた。
「く、来るならきやがれ、ですわぁ!」
「ふふっ。手が震えているくせによく言う。お礼として、痛みがないように一撃で終わらせるとしよう」
一歩ずつ、ゆっくりとベルダが向かってくる。剣すら構えないその姿勢からは余裕が伝わってくる。それでいい。油断してくれないと勝ち目がない。
タイミングは間違えてはいけない。力を入れすぎてはいけない。目的がバレてはいけない。全力で騙しきる。
そうやって気をまっている間に、もう残り3メートル。これ以上はもう待てないというのに、相手が隙を見せる様子はない。終わりだ。体をガチガチと震わせる私を、女がかわいそうな物を見るような目で見ている。
(お、終わりましたわ……。もう、こうなったら……)
私はゆっくりと、木刀を下ろした。そして女から距離を取るように後退りを始める。それを見て、女は再びニンマリと笑った。その時だ。兄上が声を上げたのだ。
「お、おいベルダ?た、確かにその妹は駄目でどうしようもなくて仕置きが必要なやつだが、こ、殺すのはまずいんだ。そんな奴でも他家と関係を繋ぐのには使えるし、なにより死んだなんてお母様が知ったら僕がなんて、」
「あら、ふふふっ。グレア様、安心してください。さっきのは冗談なのですよ。もとより、峰打ちですませるつもりでしたから……ただ、こちらの剣の方が使い慣れているので、慣れていない木刀よりも、加減ができるかなと思いまして……」
「そ、そうか!そういうことだよな!?い、いや、当然わかっていたぞ!お前が本当は峰打ちを狙っていることくらい、もちろん知っていたさ!た、ただ、確認で聞いただけだ!」
「わかっておりますよ、グレア様」
ベルダが、ほんの少し兄上に顔を向けた。
それに反応しながら、私は思う。彼女の話は本当だろうか?
嘘だ。武器は真剣ではなく、木刀の方が良いに決まっているだろう。加減ができなくても、木刀の方なら打撲程度で済む。だが真剣は最悪、人を殺すのだ。
それなのにわざわざ真剣で相手をするということは、相手を怯えさせたい、もしくは斬り殺したいと、心のどこかで思っているからだ。本当に、本当に!
「どうしようもない大人、ですわっ、ね!」
思いっきり、木刀を相手の顔めがけてぶん投げる。近づいたら負けるのなら、遠くから投げて剣を当てるしかない。当てればいいとしか、私は言っていませんのよ!
ベルダが再び顔をこちらに向ける頃には、木刀はもう目の前にまできていた。右腕を振りかぶり、勝利を確信した。
「ふん。バカめ」
スパン、という音とともに木刀が真っ二つに切断され、ベルダの顔の真横を通り過ぎていった。
「……。これで終わり、か。ちょっと期待したのだが、全然面白く」
ざくっ。
「なかった……え?」
「びっくりしたのはこちらですわよ。あの棒立ちの姿勢から一瞬で真っ二つで切り落とすとか、あなた、どんな瞬発力と筋力してますの?それとも、その剣のおかげなのかしら?」
見えなかった。剣を当て勝ちはしたが、勝った気が全然しない。普通に勝負したら100回やって100回殺されていたと確信してしまう、恐ろしい剣撃だった。近づかなくて本当によかった……あと兄上、ありがとう。あなたが隙を作ってくれなかったら、間違いなく負けていましたわ。
「なに、今の音……」
「あら。気づいていませんの?太もも、ご覧になって?」
「太もも……なっ!」
ぐしゅり、と肉をちぎるような音ともに私のナイフが引き抜かれる。いつも私の血でドロドロになっているそれは、今日は彼女の血で濡れていた。血がボタボタと流れるのも気にせず、ベルダはそれを、青ざめた顔で見つめていた。
「……なに、これ?」
「なにって、ナイフですわ。私のお気に入りでしてね?いつも肌身離さず持ち歩いている、私の武器であり剣ですのよ」
誰も、武器を二つ持ってはいけないとは言ってない。なら、私がナイフを第二の剣として使用しても、何も問題はないでしょう。ナイフは短剣、とも言いますからね。ふっふっふっ。
「……私の、服は、全部特注だぞ……インナーだって魔物の皮を使った物で……こんな小娘が持つ武器程度で傷つくはずが……」
「あ、それ私がプレゼントしたナイフじゃん、お嬢。5歳の時、リンゴの皮むきに苦労してたから買ってきたやつ」
「そうね。より正確に言うなら、切れ味が鋭すぎて使い物にならなかったナイフが正しいわね、アンナ」
なにせ、リンゴを切ろうとしたらまな板ごとぶったぎってしまうほどの切れ物ナイフだったのだから、料理にはとても使えなかった。明らかに異常な物なので、誰が作ったのか気になってアンナに聞いてみたが、路地裏のマーケットで買ったから誰が作ったのかは知らないらしい。主人のプレゼントに、そんな得体の知れない物を選ぶなと言いたい。
「うっ。で、でも、役に立ったじゃん、今。まさに命がけの戦い、って時に役立つ物を送ったあたしって、主人の危機を救ったことにならない?これは私の給料アップ間違いなし、じゃない?」
「するわけありませんわよ!?都合がいいところだけ拾うんじゃないですわ!こんな危険な物を渡す時点でメイドとしてはアウトですわよ!」
「いやいや、役に立たない安全物より役に立つ危険物こそ、貴族社会では重宝される物なんだよ、お嬢」
「では、毎日家でぐーたらしているだけの貴方よりは、このナイフの方が価値が上ということかしら?そういうことなら、あなたの扱いはもっと下に見てもよろしいですわよね?」
「……そんな危険な物、早く捨てた方がいいよお嬢」
「手のひら返しが早すぎませんこと!?」
ぐっ、と声が聞こえてきた。ベルダからだ。今更になって痛みが襲ってきたのか、足を抱えてうずくまっている。
「……お嬢」
「わかってますわよ」
もう勝負は終わった。なら、相手との遺恨を残さないためにも、傷の手当くらいはした方がいいだろう。呆然としているベルダの脚に手を当て、いつものように回復魔法で治癒を施す。
「なっ、なにを」
「なにって、治癒ですわ。私の家系のことは知っているでしょう。もう勝負はついたのですから、あなたの傷を治してあげようかと思いまして」
「……負けたのか、私は?」
「ええ。先に当てたのは、こちらですわ」
治癒はほんの数十秒で終わった。さて、これからどうしよう。口を馬鹿みたいにあけて呆けている兄上のフォローでもしようか、それとも捨てゼリフでも吐いて家に帰ろうか、本家の方に殺されそうになったことでも伝えに行く、とか。
「信じてもらえ……ない気がしますわね、ふん」
「……ぐっ……ううっ……!」
「え、な、なんですの!?」
私が考え事をしていると、ベルダが急に立ちあがった。あまりの勢いに押され、思わず尻餅をついてしまう。
「負けた……負けた……しかもこんな小娘に施しまで……認めん……認めん……!」
ワナワナと震える手からは、彼女の怒りが伝わってくる。少しきっかけがあれば爆発しそうな様子だ。
ま、まさか!負けたのを認めずに逆ギレして、私を斬りつけてくるつもりなのでは!?
「負けた負けた負けた負けた負けた負けた」
「お、落ち着いてくださいまし。今回はまぐれ、というかルールに助けられたのですわ。あなたがルールを認めてくださらなければ私は負けていたというか」
「認めない認めない認めない認めない認めない」
「ですから、その、どうか落ち着いて……くださいですわぁ」
後半からは声が震えるのを抑えられなかった。怒気がオーラになって、彼女に張り付いているような錯覚さえ見えてくる。回復してあげるのはもう少し待った方がよかったかなと、後悔し始めた、その時だった。
「う、ううっ、うぇん」
「……え?」
「うわぁぁぁぁん!まけたー!こんな、こんなこどもにー!」
子供のように……というか私の喧嘩に負けた兄上のように、私の2倍以上も背丈がある大人が泣き喚き始めた。
「しょうがないじゃない!だって、だってふつうぶきはいっこじゃない!ふつうみんなそうおもうじゃないのよー!そもそもなんでナイフなんてあぶないものもってるの!?いみわかんないわよー!うわぁぁん!」
「……」
「せ、せんぞくきしになって、ぐれあさまにいいところをみせようとしてたのに、とびらのじゃんぷだってれんしゅうして、いめーじとれーにんぐもなんじゅっかいもしたのにー……ううう!もういやー!はずかしくてしにそう!おうちかえるー!」
きた時の倍以上の速度で走りだし、扉を再びジャンプで乗りこえ、ベルダと呼ばれた騎士は走り去っていった。
「ま、まてベルダ!ぼくをおいていくなー!」
兄上が扉を普通に開け、走り去ってから数分後、ようやく脳がさっき見た映像を処理し終わった頃に、アンナが話しかけてきた。
「お嬢。なんか……かわいそうだったね」
「命のやり取りをしたのですわ。私はなにも、悪いことはしていません」
「でもあの人、本当に殺す気はなかったんじゃないかな。ちょっと、演技に熱が入りすぎていただけで……」
「言わないでくださいまし。ちょっと、胸が痛くなるのですわ」
真剣さえ向けられていなければ、わざと負けてあげることもできたのになぁ、なんてみみっちいことを考えながら、私とアンナは屋敷に戻るのだった。
ベルダ・ネル。Cランク冒険者。
ベルダさんは身体が丈夫という長所を生かし冒険者になったのですが、その役にのめり込んでしまう性格が災いし、誰ともパーティを組めず基本ソロで活動していました。冒険者になって5年。人恋しさが募り、いっそ冒険者を辞めて誰かの元で働きたいと思い、彼女はフォーベルト家の門を叩きました。
まずは自分が仕える主人に、自分のかっこいい姿を見てほしい。そんな強い思いが暴走した結果が、これです。合掌。
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