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令嬢、剣を持つ

8歳対12歳。

 訓練を初めて10日目。回復できる回数が順調に増えてきている。最初はほんの数回で気分が悪くなり、庭の草に吐き出していたが、今では10回連続で回復できるようになった。吐き気がおさまるのも早くなってきているし、着実に私は強くなっていると実感する。


「とはいえ、やはり魔法だけでは冒険者にはなれませんわよね……やはり、体が資本ですわ」

「お嬢ー。ちょっとお話があるんだけどー」


 振り返ると、この屋敷のメイドのアンナがこちらに歩いてくるのが見えた。シワがついた制服とろくにカットもしていないボサボサの髪が特徴のアンナさんは、一言でいうと怠け者である。


 掃除をしない。洗濯をしない。料理は作らない。たまーに本家の方から送られてきたお菓子をパクパクと頬張り、本家に『一生懸命働いています。お嬢様は元気です』と毎月報告をすることが彼女の仕事である。正直解雇したい。


「アンナ。私、今訓練中なんですの。この時間は邪魔をしないでと言ったでしょう?」

「いやー、邪魔するつもりはなかったんだけどさー……というか、お嬢はこんなところでなんの訓練をしてるの……?いや、まあそんなことよりもね。グレア様がお呼びだよ。今日は5人も連れてきてた。お嬢も大変だねー」

「まあ!お兄様ったら、5人も連れてきてくださったの!?」

「え……うん」

「ふっふっふっ!ありがたい話ですわ!いったいどんな歯応えがある相手なのでしょうか、今から楽しみですわ!」

「へ?」


 アンナが首を傾げているが、それどころではない。待ちに待った戦闘訓練の時間なのだ!月に何回あるかわからない貴重な機会、絶対に逃せない。急いで軽装に着替えてこなければ!


「お兄様にすぐに行くと伝えてくださいましー!」

「あっ、ちょっとお嬢!?」


 アンナの返事を待たず、わたしは部屋に駆け出した。



☆☆☆


「お待たせしましたわお兄様!思う存分、今日もやらせていただきますわー!」


 ぶおんぶおんと、手に持った子供用の木剣を振るうと、家の玄関にずらーっと横に並んだ男たちの足が1歩引く。先頭に立つ私の兄上ことグレア・フォーベルトに、取り巻きの1人が近づいていく。


「……な、なぁグレア。俺たち、今日遊びにきたわけじゃないんだよな。なんであいつ、あんっなニッコニッコなの?」

「だーもう!来る前に言っただろ!?ド変態なんだよあいつは!」


 ガリガリと頭をかきむしりながら、私を罵倒する兄上は私と同じ金色の髪と緑の瞳が特徴の美男子である。しかしそんな見た目と違い、中身は大の女好きでかつ弱いものいじめが趣味という貴族界屈指の超ド変態だ。まだ12歳なのにもかかわらず、夜な夜な町に出かけては酒を飲み、そこで出会った女を拐っては家に連れ込んでいるとアンナから聞いた。


 一言でいうとクズ。家族として恥ずかしい限りである。我が家の面子とか考えて、もうちょっと節操のある暮らしをしてほしいものだ。



「僕がもう3年で成人になるって言うのに、こいつはちっとも変わりやしない!兄である僕に敬意も持たないし、性格も変態のまま育ってしまった!」

「あーらあら、兄上にだけは言われたくないセリフですわね!毎晩毎晩果敢に女性の方にアタックを仕掛けておられる様ですが、彼女はできましたのかしら?『フォーベルトの色豚男』ことグレアお兄様!」

「グッ!?お前、それをどこで聞いた!?この前のパーティーでか!」

「いえいえ、違いますわよ。どこに行っても、ご高名なお兄様の名前は聞こえてきますもの!街を歩けば誰もが知っていること、私が知っていってもなーんにも不思議なことはないのですわー」

「こ、このクソ」


 顔を真っ赤にさせてプルプルしている兄上は本当に面白い。堪えようと思うのだが、思わずクスクスと笑ってしまう。


「や、やはり、この駄目妹をそのままにしておくと、嫁がせた家で何をしでかすかわからない……そろそろ仕置きして、まともにしてやらないといけないな!覚悟しろ、クソリサ!俺は最後に行くから、まずクレイ!お前行ってこい!」

「え、えぇ!?ぼ、ぼく?い、いや、僕は3番目くらいでいいよぉ」

「びびんな!相手は4歳下の女だぞ、男だろうが!」


 行けと、蹴り出されてきたクレイはビクビクと私を見ていた。兄上の言う通りだ。いくらなんでも、8歳の少女にビビりすぎである。


「うってきませんの?それなら、こちらから行かせていただきますわ!」

「ひ、ひぃ!?」


 私が走って近づくと、クレイと呼ばれた気弱な男は目を瞑ったまま木剣を振り下ろしてきた。そんな振り下ろしが当たるはずもなく、私は最小限の動きで剣を避け、思いっきり膝に木剣を叩きつけた。


「いっ、いたいぃぃぃ!?」

「さあ、つぎはどなた!?」


 ゴロゴロと膝を抱えて転がる男から距離を取ると、次はなんと取り巻きが2人がかりで迫ってきた。


「嬢ちゃんには悪いけど、女が良い気になっている姿を見ると泣かせたくなるんだよね」

「悪いけど、思いっきりやるからな。せいぜいこらえてくれ」


 私を囲むようにして立った男たちは、同時に剣を振り下ろす。


「そうこないとですわ、ね!」


 一本を両肘をクッションにして木剣で流し、一本は力を抜いた肩でうける。チリチリとと痛みが広がるが、それを無視して、剣を流された男に体を回転させて力を乗せた木剣を足の小指へと叩きつける。


「ぎっ、ぎぃやあ!?こ、このガキ!っざけんなぁ!」

「なっ!?」


 私から距離を取った男に、剣をぷらんぷらんと指で垂らしながら挑発すると、顔を真っ赤にして向かってきた。大上段に剣を振りかぶった男の顔面に、ほうきを吐くような挙動で回転させた木剣を投げつける。


「げぶっ!」

「きゃはー!鼻に当たりましたわね今の!気持ちいいですわー!」


 落ちた木剣を拾い上げ、こちらに近づいてきた男に投擲すると見せかけ、さっきと逆に回転させて再び小指。


「っ!!!」

「あっとふったりー!」

「死ねや!」


 いつの間に後ろに回っていたのか、剣を既に振りかざした男がいた。避けられないので力を抜いた左腕で受け、木剣の流れる方に体を動かしゴロゴロと転がるように飛んだ。


「うっ、ううっ」

「え、ど、どうした。そんな強くうったつもりじゃ」


 左腕を垂らし、顔を右手で覆っていると男が腰を下ろしながら近づいてきた。


「死ねやーですわー!ふっふっふっ!」

「は?」


 右手に握っていた木剣で鼻を思いっきり突くと、男が顔を覆ってうずくまった。こんな手に本当に引っかかるとは、随分と甘い男。1番目の男は私を警戒しすぎだったが、この男は私に対して油断しすぎである。


「あ、あーらら。すごいなーお嬢。あっという間じゃない」

「く、クソ。何をしているお前ら。たかが女だろうが!」

「そう思うのなら、お兄様もぜひこちらにですわ!今日こそ、決着をつけましょう!」


 これが、兄上による『駄目妹のための性格矯正訓練』である。最初は兄上が1人で始めたもので、4歳の私を木剣でぶつところから始まった。兄上はなぜか、私が生まれた時から私のことを嫌っていたらしく、私をぶつ理由が欲しかったようだ。そのために訓練と称し、私に剣を持たせ模擬戦というものを行わせた。びっくりするくらい最低だ。


 当然私は何もできず、兄上の気が済むまで木剣と罵倒をあび、びゃーびゃーと泣くことしかできなかった。


 だが、私はそこで折れずに、衝撃や痛みを出来る限り少なくするための体の動きと剣の使い方を、絵が多い剣術用の本とやたらしなやかに動くアンナとの模擬戦で学び、毎日体を鍛え続けた。その結果、6歳の頃には兄上の鼻を打ち、気絶させることができるようになった。

 それからさらに訓練を続け、私は剣を学んでいないちょっと年上の男程度なら、1人で気絶させることができる強さを身につけたのだ!

 私が強くなってからも、兄上は人を増やしたり、武器を剣から槍に変えたりして私をこらしめようとした。だが、普段から遊び呆けている兄上と毎日訓練をし続ける私では勝負になるはずもなく、私は兄上に勝ち続けている。


「お兄様には感謝しておりますわー。私はこの家から出ることが出ることができないので、娯楽というものがほとんどありませんもの。良い訓練相手を用意してくれるお兄様、いつもありがとう。お礼として、木剣の一撃をさしあげますわ」

「くっ」


 後ろの男たちに襲いかかる気がないことを確認してから、私はゆっくりとお兄様に向かって歩き始めた。


「……さすがに、と思ったんだ。いくらなんでも、大人げないから、使うつもりはなかったんだ……お前が、お前が悪いんだからな!いつも僕を馬鹿にするお前が悪いんだ!リサ!」


 ぱちん、と兄上が指を鳴らす。なんだろう、と思い立ち止まると、向こうの門から誰かが走ってくるのが見えた。




無双しているようにも見えますが、相手が毎日遊び呆けている腹が膨らんだ貴族相手だから、というところもあります。次回が本番。


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