令嬢、ゲロを吐く
訓練開始
「おえええぇ!ゲボッ、ゲボッ!?ま、魔法を使うのって……こんなに辛いものだったのですね」
翌朝、早速冒険者になるために魔法の練習をしようとした私は、フォーベルトの家の庭園の隅で誰にも見つからないよう回復魔法の訓練をしていたのだが、ここで思わぬ壁に当たってしまった。
自分の腕をナイフで傷つけ、回復魔法で治す。それを二、三回繰り返したところで、がぐんと、頭に衝撃が来たと思ったら視界がぐるぐると回りだし、酔った私は胃からこみ上げてきたものを吐き出してしまった。
少し木陰で休んでいたら回復したので、もう一度試してみようと思って魔法を発動したら、再び嘔吐。
そこで私は、お母様に言われていたことを思い出した。人が持てる魔力の量には限りがあり、それを超えて魔力を使おうとすると身体が危険信号を発っするようになる。だから魔力なんて使わない方が安全よ、と余計なことまで言われた。
危険信号は人によって様々らしいが、私にとってはこの嘔吐がそれということになるのだろう。
「おえぇ……し、しかし、この程度で訓練をやめるわけにはいきませんわ」
吐き気をこらえ、再び腕を切りつけ回復魔法を行う。途端に嘔吐を起こし、しばらく動けなくなる。しかししばらく我慢していれば、魔力が再び身体に満ちてくる感覚とともに体調が回復するので、同じことを何度か繰り返した。魔力は使えば使うほど、吸収量と放出量は高まると母から聞いていた。
物語の聖女は、死にかけの勇者は一瞬で回復させていた。たかが手首の傷一つを治そうとするだけで吐き気を催す私では、あの聖女のようにみんなから褒められることはないだろう。
「で、ですから……何十人もの人を治療することを想定して……手首ぐらいならせめて千回ぐらい治しても、吐き気がしないようにしなければなりませんわね……」
もっといえば、腹とかかっぴらいて治すのが一番実戦的だとは思うが、失敗したら死ぬので流石にそこまではしない。
私がこうして、無理をしてまで訓練を行うとするのには当然理由がある。成人となる15歳になるまでに、もし誰とも婚約をしていなかった場合、お母様は自身が探してきた相手と私を、無理やりにでも婚約させると言うのだ。つまり私は15歳になる前には、冒険者になれるだけの実力を身につけ家から逃げださなければならない。
少しの時間も無駄にはできない。家庭教師からの淑女としてのマナーや立ち振る舞いについての勉強、兄上からの無茶苦茶な課題に対応するための肉体訓練、家の掃除や服の洗濯などなど、私がやることは多岐に渡る。とてもではないが、休みをとっている暇などない。睡眠は4時間までに絞り、可能な限りの時間をこの訓練に注ぎ足さねば!
「あと一時間はありますわね……やってやりますわよこのやろー!」
ザシュザシュと手首を刻みながら、私は回復魔法の訓練を続けるのだった。
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