5th plan いつか夢見た世界に
それは、初めて師と出会った日の記憶。
『イーディス。お前の夢は何だ?』
『えっと……この国の人々を守る立派な騎士になること、です!』
『そうか。じゃあ、その為には今、お前は何をすべきだと思う?』
『強くなること、です!』
『よろしい。では、お前にとっての強さとはなんだ?』
『強さ? 力だけじゃないってことですか?』
『ああ。例えば、お前の祖父であるハンデルク王は、歴史に優和王としてその名が刻まれている。どうしてか知っているか?』
『亜人と争うことを止めて、一緒に国を作ることを目指して、実現させたからです』
『そうだ。彼の武術の腕は決して国随一と呼べるものではなかった。
けれど、人々の心の安寧と平和ために尽くそうと決め、志し、誰よりも心を砕き、そしてどんな困難があっても諦めず、抱いた夢を実現させるための知恵と努力を誰より傾けていた。
だから、あいつは優和王と呼ばれているんだ』
『武術の腕だけではなく、意志とも力となりうるってことですか?』
『時と場合によって、になるがな』
『それでは、私は国と人々を守る騎士になるために、武術だけではなく知恵や努力も重ねます!』
『……良い心掛けだ。お前が守る国を、私も見てみたい』
『では、師匠の夢は何ですか?』
『私か? そうだな……私の夢は――』
あの時、師匠はどう言葉を続けたのだっただろうか。覚えているのは、師匠の表情がどこか寂しそうだったということ。
どうしてそう感じたのかは、今となっては曖昧なのだけれど。
「よっ、イーディス」
記憶を思い出そうとして、私は自分を呼ぶ声で我に返った。
「お前、今日は休暇のはずだろ。なんで制服着てるんだ?」
振り向くとそこには、同じ部隊に所属している同期で竜人族のフロンが立っていた。
「フロン」
私より頭二つ分ほど高い身長の彼は、私服姿だった。暖色系の鱗によく映えた服装をしている。
「用事の前に、少し市内を見て回っていたんだ。今から宿舎に戻るよ」
「ホントに、お前は仕事熱心だな」
尊敬というよりも呆気が強い口調でフロンが言う。
「そういうフロンは、ずいぶんとご機嫌のようだけど?」
「あはは。わかる? 実は俺、これからデートなんだよ、デート」
口元の緩みと語尾にのろけが感じられる。さぞ楽しみなのだろう。
「最近『前からすごく気になっていて』コクられちまってさぁ。いやあ、モテる男は辛いな~」
全然そんな素振りには見えない様子でフロンは頭をかいていた。
友人兼同期の祝い事の話に乗ってやることにする。
「そうか。それはおめでとう。お相手は?」
「素直で面倒見がいい娘だよ。あと、めっちゃ俺のドストライク」
ということは――とフロンの趣味を普段の会話から察し、考えるのをやめた。野暮なことは言うまい。
「めっちゃ胸がデカくてさ~」
「フロン、それ以上の発言はキミの沽券に関わるから止めた方がいい。それと、他人の外見を褒めるのはよいことではあるけれど、反対に当人は気にしている場合もあるから慎重にね」
「そうか? 俺たちは鱗とか尻尾の形とか褒められたら嬉しいけどな」
「まあ、結局は人に寄りけりだよ」
それだけ外見をほめてくれるのは、見た目を気遣う女性には嬉しいことではあるとは思うが。
「ともかく、今度、私にも挨拶させてくれ」
「ああ、勿論。彼女もお前に会いたがってたぞ」
「私に? どうして?」
「何言ってんだよ。お前、この国じゃ『金獅子姫』って有名らしいな」
「それは実に光栄だな。会えるのを楽しみにしているよ」
不意に頭に過った言葉を、つい口にしてしまった。
「……なあ、フロン。お前にとって、この国は亜人に優しいと思うか?」
「どしたんだよ、急に」
少し考えて、フロンが言った。
「そうだな。少なくともアースワードやゼルカでは、亜人(俺)たちの尊厳はほぼないに等しいだろうし? それよりはずっと快適な場所だとは思うぜ」
どっちにも行ったことないけど、と肩を竦めるフロン。
「俺だってドリメル団長に憧れて騎士団に入団したけど、入団当初は色々あったし。お前も覚えてるだろ? だから両手広げて『その通りだ』って言える立場じゃないが、反対に亜人のなかにも人間嫌いの奴らだって多少はいる。
けど、そんなこと言い始めたら人間同士だって同じだろ? 誰にだって好き嫌いはあるもんだ。強制できねし、させるもんでもねえよ」
「……そう」
他国では、未だに亜人を奴隷として扱う国もある。先の二カ国がその例だ。
かくいうこの国も、五百年程前までは亜人との関わりは稀だった。それが変化したのは、四代前の王の御代に突如発生した、魔獣群による都市部侵攻の時と云われている。
国は討伐隊を編成したものの、魔力や攻撃力が共に高い魔獣の群に防戦一方を強いられていた。そこに現れたのが亜人族たちだった。彼らは自分たちも討伐隊に加えて欲しいと国王に談判に訪れたのだ。
もともと彼らの住処は、大陸の南西部に位置していた森林地帯だったという。しかし魔獣により各地の集落が壊滅し、その生き残りの一部が我が国へと流れ着いたのだ。
そこで当時のハンデルク王は彼らと盟約を結び、彼らの討伐隊への編成を認めた。
住処を追われた憤りと仲間の仇を取りたいという願いから亜人族が加わったことで状況は好転し、魔獣も次第に駆逐されていった。
亜人族たちは人間よりも体力や膂力、瞬発力に長けており、彼らと力を合わせて魔獣を討伐したことで、街の人々とも信頼関係が生まれるようになったという。
だから魔獣の発生が落ち着き、残党を北方の山脈へと追いやってからも、多くの亜人族たちが国内へ移り住むようになり、以降友好関係が結ばるようになったのだ。
(優和王のようになるのは、難しいことよね……)
人間と亜人の優和を築いた祖父のように、今度は私がなせるだろうか。
けれど、問題はこの国だけのものではないのだ。もっと、大きな規模で考えなければ――
「なんだよ。もしかして、誰かになにか言われたのか?」
「いや、そうじゃないよ。ただ、この国はどれだけ亜人たちに寄り添えているのか、知りたかっただけだから」
「ふーん。まあ、俺は生まれも育ちもこの国だし、外の連中から見たらどうかまではわからねえけどよ。少なからずこの国は、亜人が普通に生きていける国だとは思うぜ」
「そうか。ありがとう、フロン。彼女とのデート、楽しんで」
フロンと別れ、宿舎への帰路に着く。
歩きながら、先ほどのユウト様との会話を思い出した。彼の意見は、とても納得できるものだった。
『誰しもが幸せに生きる権利があるはずだ』
生まれがどうであれ、この世界に生まれ落ちたのならば、それは等しく〈友愛の神〉に愛されているという証左だ。
そして、グブレルトという魔族も、己の危険を顧みず私に直接話をしに来たと言っていた。
リクリオ卿の紹介とはいえ、私がそこまで買われている理由は一体なんだ?
(誰しもが、幸せに生きる……)
その方法とは何か。そう考えていた、その時。
「すみません……っ! そこの衛兵さん!」
寮への帰路の途中で、誰かに呼び止められた。
振り向くとそこには、十代半ば十五、六歳ほどの少女が息を切らしてこちらへ走ってきているのが見える。
肩で息をしている彼女を見ながら、私は尋ねた。
「どうかされましたか?」
「お、お兄ちゃんが、怖い人に絡まれてて……助けてくださいっ!」
非番とはいえ、少女の必死な表情に私は首を縦に振ってこたえる。
「わかりました。その場所まで案内してください」




