召喚されし者
俺は慌てて召喚魔導書に目を通す。
「悪魔は誘惑するためにも見た目を変えることが出来ます。惑わされない様に気を付けろ…か、なるほどな。」
言われなければ、確かに惑わされてしまったかもしれない。危ないところだった。
俺は気を引き締めて悪魔に交渉するために話しかけることにした。
「おい悪魔、交渉だ。」
「え? 悪魔? え?」
女の子はオロオロとしている。くそっ! あざと可愛いな。
魔導書に注意書きが書かれていなかったら、すっかり騙される所だった。
それにしても、この女の悪魔は物凄く匂いがキツイな…汗と腐った生ごみを混ぜた様な匂いだ。
おそらく見た目通りで何日も風呂に入って無い感じなのだろうか?
まあいい…そんなことは些細なことだ。交渉を進めることにする。
確か悪魔の名前を知ることが契約のための第一段階って書いて有ったな。ただ、悪魔が嘘を言ったり、素直に言わなかったりで苦労するとのことだったな。
上手く悪魔の欲しい条件を引き出し、交渉で条件を下げさせて締結する必要があるとのことだ。まぁ、やるだけやってみよう。
「お前の名前は何だ?」
「え? え? 私ですか? アリシアですけれど、此処って何処ですか?」
おい! あっさりと名前を言ったぞ? 苦労するんじゃ無かったのか!?
ま、まあいい、とりあえず名前が分かったんだ、なら交渉を進めることにする。
「では、アリシアよ、契約に従い、俺をこんな人生にしてしまった奴への復讐を行って貰う。対価は何が必要だ?」
「契約? それに復讐…ですか? 多分無理だと思いますよ。」
「何故だ。」
「私には何の力も持って無いからです。」
「えっ?」
「えっ?」
思わず素で返してしまった。じゃなくて、何の力も無い? 悪魔なのにか?
「それは本当か?」
「え? ええ、私はスラムで過ごす家無しですし、日々の暮らしをするのが精いっぱいですから。」
それが本当なら何で悪魔召喚で現れたんだ? もしかして何処か手順で間違ったのか?
俺はパラパラと魔導書をめくって確認してみる。
えっと…魔法陣の模様も呪文の構文も合ってるよな? ってことは、もしかしてパチモンでも掴まされたのか!?
骨董市で見かけたあやしい古物商だとは思っていたが…くそっ!
「もういい。何も出来ないなら帰って良いぞ。」
俺は出来ないことを無理強いさせるつもりは無い。
さっさと諦めることにして、シッシと追い返す仕草をした。
「あ、はい。でも、どうやって帰れば良いんでしょうか?」
「はぁ? お前悪魔だろ? そんなことも出来ないのか?」
「さっきも言ってましたが、悪魔って何でしょうか?」
「はぁ? 悪魔は悪魔だろ?」
アリシアは首を傾げている。本当に知らないのか?
「…お前は何者だ?」
「え? 家無しですけど?」
「それはお前の状況だろ? 種族とか職業とか色々有るだろうが。」
「あっ、種族ですか? えっと、一応人族で15歳です。親は小さい頃に亡くなったので一人ですね。
職業は有りませんが、あっ! 食べられる草を見つけるのが得意です!」
えっへんと得意げに胸を張っている。胸は小ぶりだな…じゃない!
「お前は何処から来たんだ?」
「アルムイベルム大陸にあるビムリウム王国ですけど…そう言えば此処って何処なんですか?」
「アル、アルム…イベルム? それにビビムリウム? そんな名前は聞いたことが無いな。」
「あ、いえ、ビムリウムですよ。」
「そ、そうか。とりあえず此処は日本と言う国の首都で、東京って場所だ。地図で言うと此処だな。」
俺はスマホを取り出し、地図アプリで現在地を見せた。
「わっ、わっ、何ですかこれ? 魔道具でしょうか? 凄いです!!」
スマホを知らない? それに魔道具って…
「な、なぁ、地球って知ってるか? 他にもアメリカ、フランス、イタリア、ロシア、中国って言う国の名前を聞いたことあるか?」
アリシアは首を振って否定した。知らないだと!?
「ま、まさか、俺は悪魔では無くて、異世界から普通の人を召喚してしまったのか!? アリシア!!」
「は、はいぃ!」
俺が突然大声を出したせいでアリシアは飛び上がって驚いた。
「お前がここに来る前、何が有った!」
「え? えっと、お腹が空いたので、何時もの如く街の外で食べられる草を探しに出かけていたんです。
そしたら運悪くゴブリンに襲われちゃいまして、もう駄目だと思っていたら突然足元が光って次の瞬間には此処に居ました。
なので、てっきりあなた様が助けてくれたものばかりと思っていました。」
「ゴブリン…だと!?」
「ええ、そうですけど…」
ゴブリンと言えばファンタジー定番の魔物だ。この世界のどこを探してもゴブリンは居ない。
と言うことは、どうやら本当に異世界から召喚してしまったみたいだ。しかも役に立ちそうな技術も知識も持たない一般人。
さらに元の世界への返し方も分からない。何てこった…