パートナー成立
「今年の始まりは素晴らしいね。楽しみだ」
ミノルは満面の笑顔をハナ向けた。
「これは外の世界で変化が起きる予兆だと思うよ。
ここにいるぼくらだって
本来は外の世界で生きる人間なんだから無関係じゃない。
大きな変化が起きる時って、わくわくするよね」
「はぁ…??」
この短時間で起きている出来事で頭の中が混乱しつつあるハナはミノルの言葉があまり頭に入ってこない。
アイクが持ち込んだ素材を、カウンターの奥で丁寧にチェックしているドミニスの姿をぼんやと眺めていた。
「ねえ、ここの世界で拠点が見つかるまで、ぼくんちに住まない?」
突然の申し出にアイクは
「は??」
と目をぱちくりさせてミノルに目を向けた。
「うちは広いから部屋はいくらでも余りがある。好きなところを使ってもらっていい。
使用人がいるから色々便利だし楽だよ。
この世界で暮らすために必要なモノが一通り揃っているし、安全快適。
自分ちだと思って好きに過ごしていいからさ」
「いや、だから何故?
さっき会ったばかりの相手にお前は何を言っているんだ?」
「だってさぁ、キミをこのまま放っておけなくて」
確かに今の自分に行くあてはない。
かといって
今までの出来事やミノルからの説明推測すると、この世界では住む家は必要なんだろうか?と思う。
ましてや食事や睡眠がこの世界で生きる上で必要とも言えないのではないだろうか。
ここまで容姿が変化し、目の前で考えられない事象が次々起こっている。
今まで生きていた世界と明らかに違う。
全く次元が異なる世界だとしたら自分の常識が通用するとは到底思えないのだ。
ぎゅっと握った手を口元にあてて考え込んでいると
「ねぇ」
ミノルがすっと右手を伸ばして、ハナの肩を指でとんとんと叩いた。
はっとして顔を上げると、穏やかな笑顔を向けた。
「今、キミは色々な可能性を考えているよね?
ここに招かれた初心者にしては落ち着きがあるし、洞察力も素晴らしいと思う。
でもさ、焦って結論出そうとしなくても良くない?」
ミノルは自分の思考が読めるのか?
と驚いた。
「ここでの生活上、衣食住がなくても困らないのは確かなんだけどね。
拠点と仲間はあるに越した事はないと思うんだけど」
ミノルはここに長くいるという事だから彼はここについての知識は豊富だ。
「ハナは魅力的だし貴重な能力持ちだから狙う人が多いんだよね。
キミの争奪戦が起きる前にぼくと組んじゃお?
そしたらキミの安全は保証できる。
この世界について知りたいなら、ぼくの知ってる事を教えるしさ。
それに、1年後には関係がリセットされちゃうんだよ?
来年はキミもぼくもこの世界にいるとは限らない。
限られた時間なのは間違いないんだから、悩んでるのはもったいないよ」
自分が魅力的だのと言われても全くピンとこないが
この世界について詳しく知っている相手が身近にいるのは、有難いことだと思う。
1人で放り出されて途方に暮れているよりマシだ。
「わかった。世話になる」
そう答えると、ミノルは満面の笑みを浮かべた。
「即断即決いいねぇ。そういうタイプ好きだよ。
パートナー成立祝いにプレゼント送っちゃう!
ここで扱ってるバングル欲しいなぁ。在庫ある?」
「え?バングルですか?」
パウル少年が驚いたような声を上げたが
ドミヌスからたしなめるように見とがめられ、慌てて取り繕うように姿勢を正した。
「ぼくとハナの2つ分。宜しくね」
1つではなく2つも?
ぽかんとしているパウルを横目にドミニクが
「わたしがお持ちしますよ。
お待ちいただく間、パウルはお客様に祝福の水を」
「はい!」
新年祝い以外に振舞う祝福の水は上客に振舞う特別な飲み物だ。
新年早々にそれを運ぶ役目を担うのは、ここで商売をするにあたって幸先がいい。
これは気合を入れて運ばないと!
パウルはぎゅっと拳を握りしめてキッチンに足を向けた。
2人には特別製のグラスを運び、祝福の水で彼らが望むものを楽しんでもらうことを考えよう。
その気持ちと行動が、この1年のパウルにとってプラスとなる力になる。
マグナコピアで扱っている商品は上級術者や上位能力者向けが多い。
ミノルが今回欲しいと述べたのは特殊効果が付与されたマジックアイテム。
ドミニスは店の奥にある倉庫からバングルが入っている木箱を取り出した。
こういう時のミノルは金払いが良い。
値引き交渉すらせず言い値で買う。
他店が彼のひいきにしてもらおうと躍起になっている人物だと実感できるのは
今のように高価で希少アイテムを躊躇なく買う、と言い出した時だ。
この買い物は半年分の月商と同等の価格になる。
年明け早々に大きな取引の成立だ。
コンメルキウムにとって、特にこのマグナコピアにとっては縁起の良い幕開けとなる。
長い付き合いで慣れているつもりだったが
希少な買い物を何のためらいもなくできてしまうミノルは
ここの住人の中でも最上位クラスの使い手だと改めて思い知る。
それから、少女がここに来た時に名乗った「アイク」が「ハナ」という呼び名に変わっているのは
ミノルのアドバイスからだろうと推測した。
本名からより遠い名を名乗るとここでの見た目の印象がさらに変化していく。
最初ここに来た時よりも、より少女らしく見えるのはそのせいだろうなとドミニクは推測していた。
「どうぞ」
銀色の幅5センチほどあるバングルが紺色のベルベット生地に乗せられ、ミノルの前に置かれた。
「こちらはハナさん用です」
ミノルより半分の幅のシルバーのバングルが、同じくアイクの目の前に置かれた。
バラの花が全体に彫り込まれ、その凹凸ラインが光と影で浮かび上がり美しく咲き誇っているように輝いている。
一目見て明らかに高価な品だとわかる。
こんなものを受け取っていいものか?
ハナは戸惑った。
(これをもらうのはちょっとまずくないかな?
全体が淡く虹色に光ってるけどこれは一体なんなんだろう??)
身体を固くしてバングルを見つめるハナに
「どうしたの?」
とミノルは、それを手に取るように促した。
「いえ、これ…全体的に不思議な色で光ってるみたいだ。
細工も細かいし、すごく高価な品にみえて…。
これを受け取るのはちょっと…気が引ける」
「マジックアイテムに付与された術式の効果が視えちゃうタイプ?
さすが生産特化型。
素材の特性がわかるんだね」
「えっと…。その辺りについてはよくわからないけど
貴重な品だとはわかる。さすがにこれを受け取るわけには…」
「何言ってんの!
受け取ってもらわないとぼくが困るよ。
これの使い時がなくなっちゃうし!」
そう言ってベルベットに乗っている自分用だと言われたバングルを手に取った。
「裏側に専用の刻印を付ければパートナー同士で念話が可能になるし
組んだ相手を近場に召喚できるっていう超便利なマジックアイテムなんだよ。
とはいっても召喚は1日に1回しか使えないし
使わない回数は累計されないのが残念な点だけどね~。
他にも使い道があるんだけど
まずはその辺が使えれば危険回避になるから安全対策には良いかなって思うんだよね」
「これで、そんなことができるのか?」
「できるよ~。便利でしょ?
使い手じゃないハナ単独では使えないけど
ぼくとパートナー関係になれば、できるようになる。
組んだ相手の能力を引き継げるのがこの世界のパートナー制のメリットなんだ。
いいでしょ?」
ここでいうパートナー関係は単純に人と人との結びつきではなく
持っている能力を分け与えることが出来る関係性なのか。
それは便利だ…
ということは…
「そしたら、ミノルさんは僕の力が使えるようになる?」
「もちろん!」
極上の笑顔を浮かべていった。
「自分仕様の素材採取が自分でできる日が来るなんて
夢のような気分だよぉ」
目がキラキラしていてとても嬉しそうだ。
(なるほど、そういうことか)
今までぐいぐい迫られてくることに困惑していた。
何が目的なのか読めなかったからだ。
しかし、パートナーになればミノルにも相応のメリットがあるのだ。
そういうことかと納得し、同時に安心した。
そんな二人のやりとりを横目に
(この子は今まで来ているタイプとは明らかに違う。
本来の姿は何者なんだろう?)
パウルは疑問に思いながら、ハナの正体を探っていた。
ミノルは当たり前のように話しているが
マジックアイテムの効果を引き出すためには、相応の術者の力量が必要だ。
ハナは神力持ちでも魔力持ちでもない。
ましてや術者ですらない。
そうなると術式を展開して発動させるにはパートナーであるミノルに全面的に依存することになる。
そんな風に一方的に相手が持っている能力をマジックアイテムに乗せる上に
相手の力を奪って術式を発動させるなんて常識外だ。
本来力を振るうべき者の力が分散されてしまうのでリスクが高い方法なのだ。
対等が本来のパートナー関係なのに、相手の能力に依存するような偏った関係性なんて考えられない。
そんなのものは隷属に近い力関係だ。
だが、ミノル自らが進んでそれを提案している。
彼ほどの力の持ち主であれば、一人や二人に力を分け与えても問題がないからだろう。
そうでなければ対価に釣り合わない危険な使い方を提案するはずがない。
この世界で最上位の使い手であるミノルに、ここまでしてもらえるなんて羨ましい限りだ。