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コンメルキウム  作者: こいで まいや
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使えるもの 使えないもの

アイクは緊張した面持ちでミノルの後に続いて店の外に足を進めた。

周囲は濃い霧が立ち込めていて、前を歩くミノル以外に見えるものがない。

さっきは所狭しと人や獣や、化け物が行き交っていたのに。

気がついたら石畳の広場にいた。

周囲は薄暗く、隅にはガス灯らしいものが見え、微かに瞬いていた。

音のない静寂な世界に1人取り残されたような不安に襲われて周囲を見渡した。


ここはどこだ?


自分は生まれ故郷に戻って休暇を過ごしていたはずなのだ。

都市部では原因不明の伝染病が猛威を振るい、通っていた学校の閉鎖が決まったからだ。

事態が沈静化するまで…という先の見通しがたたない期限付きで。

取り組んでいた自分の研究は中断せざるを得ず

持ち出したい品の大半は伝染病を理由に禁じられた。

果樹園が多い片田舎の長閑な地元で、暫く読書をして過ごそうかと考えていたところだったと思う。


そんな記憶がおぼろげで頼りない。


そもそも、自分が認識していた姿が全く変わっている。

小さな自分の手のひらと、来ている服を見て思った。

自分はこんなに小さな少女ではなかったはずだ。

しかし、先ほどの煌びやかな場所でとても美味しいソーダ水を飲んで会話していたことを思い返すと

むしろ今が現実で、長い夢から覚めたような気分にもなってきた。



「きみの呼び名、変えない?」

立ち止まると、ミノルは真面目な表情でアイクに話しかけた。

「きみ、ここの初心者でしょ?

本名じゃないにしろ、それに近い愛称を覚えていたから

すんなりアイクを名乗ったんだと思うんだよねぇ。

でも、ここでは本名を知られる事は危険なんだよ。

本名に繋がる些細な情報も出さない方がいい」

「そう言われても…なんだかよく分からなくて。

でも、別人の記憶が頭の中にあるみたいな気がする。

それは今の自分とは全然違ってて。

それが本当に自分なのか…」

ミノルには思うまま伝えても分かってくれるという安心感があったので、掴み所がなく整理も追いつかない頭で説明を試みた。

「わかる、わかるよぉ。自分も最初はそうだった。

でも、本名を悟られるのは危険だと分かったんだ。

危ない目に遭う前に、自衛できる事はしておいた方が良いと思うんだよねぇ」

酷い目にあった先輩のアドバイスだよ、と付け加えた。

(そういうものなのか…)

アイクという呼び名にこだわりはないので変えることに対する抵抗はないが、代わりが簡単に出てくるものではない。

どうしたものかと思案したが、突然脳裏に閃いた。

「ハナ。

だったら、ぼくの名はハナにする」

「うん。良い呼び名だね。

いいと思うよ。きみをこれからはハナと呼ぶことにするねぇ」

その言葉に黒猫が同意するかのように長い尻尾を振ってにゃあ、と鳴いた。

「お兄さんもタナカ ミノルっていうのは本当の名前じゃないの?」

「もちろんさ。

ぼくのような使い手は、特に知られる訳にはいかない。

下手をすると命を持っていかれるからねぇ」

「どうして? 名前が命に関わるの?」

「う~ん…。それは説明が難しいんだけど…」

と、腕組みをして目を閉じた。

「発現する術は個人の能力が土台になっている。使う道具は補助的なもの。

 ここまではOK?」

「うん」

「例えば一本の剣があるとする。

ぼくたちが認識している剣は殺傷能力があり、良く切れる刃は切れる。

なまくらは切れない。当然だよね」

「もちろん」

「でもここでは、そうならない。

持ち主の能力が、切れ味に反映されるんだ。

どんなに立派な剣であろうと、剣の力は手にした相手のパワーに比例して引き出される」

そんな当たり前の事を、わざわざ説明する意図をわかりかねて首を傾げると

「例えば、ぼくとっては切れ味の良い素晴らしい名刀が

きみにとってはペーパーナイフにすらならないって事がある」

「名刀なのに?」

「そう。

名刀として作られた剣を名刀として扱えるか否かは、持ち主の力量に左右される。

持つべき者ではない者が持つのは無意味だ。一切使い物にならない。

その法則は、ここに存在する多くのものに当てはまる。

剣に限らず、鎧や衣服、書物や食器など日常的に使うほぼ全てのものが該当する。

食事でもね。

さっき飲んだ祝福の水がそうだね。相手によって内容が変化する。

もちろん、人を選ばす使えるものや食べるものも多く存在する。

ただし、そういうモノは全て大した性能や効果が期待できない。

良いものであればあるほど、人を選ぶんだよ」

そう言って、ポケットからハンカチを取り出した。

「人気もないし、実演してみせようか」

そう言うと、黒猫がミノルの足元にやって来てちょこんと座った。

白いハンカチを猫の頭に乗せ、背中を撫でた次の瞬間、猫の大きさが5倍以上になった。

「うわっ!」

ハナは思わず二、三歩後ずさった。

「きみもやってごらん」

にこにこ笑いながら、手招きした。

「このコは大人しいし、噛んだりしないから大丈夫だよぉ」

そこで自分が握りしめていたハンカチの存在を思い出したが、手の汗で少しシワが出来ている。

大丈夫なのか?

恐る恐る巨大な黒猫の後ろ足辺りに近づいた。

そっとハンカチで撫でてみると、黒い毛がごっそり抜けてきた。

「うおええええ!」

サイズが変化するかと思っていたので驚きで変な声が出てしまった。

「おぉ〜!やっぱり生産系だねぇ、きみは」

ミノルは感心した様な声を上げて、ハンカチから抜けた毛を数本摘み上げた。

「凄いなぁ。

 式神の毛を抜くなんて初めて見たよ。しかもこれ、使えそう」

「そ、そうなの?」

「そうなのだよ。これは本当に凄いことだよ。偉大な能力だ。

そして今、きみはとても貴重な素材を手に入れた」

「素材?これが? それに撫でただけなのに?なぜ?」

理解が追い付いていないので、質問も少し支離滅裂だ。

「うん。それがきみの能力なんだよ。

ぼくは使用する事に関して特化しているから、何らかの事象や現象が発動する。

きみは生産特化型だから、素材を入手して加工に関連した現象が起きる。

人によって、同じものを同じように使っても起こることが違う。

そこがこの世界の特徴というか、ルールみたいなもんなんだよね」

「でも…」

手にしているハンカチを見て、ミノルの手元を見た。

「試しに、交換してやってみる?」

と言うので、もちろんと答えた。

ハナの使ったハンカチを手に、ミノルが黒猫の尻尾を撫でる。

サイズが一気に小さくなり、毛色が白に変わった。ふさふさな毛並みで先程と似ても似つかないタイプの猫だ。

「どうぞ」

と、促されて先ほどミノルが持っていたハンカチでその白猫の背中をハンカチで撫でた。

ずるり、と白い毛が皮ごと剥ける感触があった。

実際ハナの手には猫の毛皮が握られていた。

「うわぁあ!」

と驚きの声を上げて猫を見ると、猫はふさふさの毛皮のまま澄ました顔で座っている。

「え? へ? は?なにこれ?」

「素晴らしい!」

拍手をして、ミノルはキラキラした笑顔をハナに向けた。

「きみは素晴らしい才能を持つ新人だ!

ぼくのパートナーになってくれないかなぁ。

護衛も引き受けるし、色々フォローするよぉ!」

事情が飲み込めていないハナは、返事に困ってぽかんとするしかなかなった。

「よぅし! 皆に自慢してやろう。

ぼくたちの素晴らしい出会いを祝って、乾杯しようじゃないか!」

そう言って、両手でハナの背中を押した。


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