#952 ウィザードオーブ侵攻開始とアテナのスキル
翌朝、俺は下に降りると姫委員長たちが朝食の準備をしてくれていた。
「おはよう。ふぁ~…」
「ふふ。おはよう。誠吾君。眠たそうだね?」
「昨日アテナの試練をクリアしていたら、終わったのが深夜だったからな」
「クリアしたんだ!? どうだった?」
海斗が来るまで説明していると神によって、解放されるスキルに違いがあることが判明した。
「分からないのは叡智と空間索敵だね」
「俺も能力まで確認してなかったから戦闘中に確認するよ。さて、またあいつを起こしてくるか」
「母親のような台詞ね」
「それだけは勘弁してくれ」
海斗に決戦の朝だと言うと飛び起きたので、助かった。その後、朝食を食べ終えた俺たちは準備を整えて、ゲームにログインした。
まずは昨日捕虜にしたディルムッドだ。彼は無事に正気に戻ると一緒に戦ってくれることになった。彼はやはりフィンとの戦いを希望する。これを聞いたフェルグスは任せることにした。
その後、俺は生産作業をしてからクッキーや新作プリンを作製しているとアテナがやって来た。
「早速来ましたね」
「正式契約したからもう遠慮することが無くなったからね。というわけで二つずつ、ちょーだい」
「はい。どうぞ」
俺が渡すとそれを見ていたリリーたちも行動を起こす。
「「「「ちょーだい!」」」」
「これからウィザードオーブに侵攻するんだからみんなはその時にな」
「「「「はーい」」」」
食べれるなら文句は言わないリリーたちである。こうして準備を整えた俺と地上部隊はエルフの森に集結する。今回の戦闘にはランスロットとモルドレッドは不参加だ。一応彼らはパラディンロードの騎士だからね。流石にウィザードオーブに攻め込むのは不味いとのことだ。これはしょうがない。ガルーさんたちの代わりにフリーティアを守ってくれると言うだけでもありがたいと思わないとな。
全員の準備が整い、シルフィ姫様が俺に声を掛けて来る。
「では、タクト様。号令をどうぞ」
「え!? 俺がするんですか!?」
「はい。隊長命令です」
シルフィ姫様に指定されてしまった。なんで俺ばかりさせられるんだ?ディアドラ姫とかぴったりの人がいるはずなのに…運営の罠か。
「俺が言うのもなんだが、諦めろ」
「頑張ってね! タクト」
「タクトさんの格好いいところを見せてください」
ガルーさんの発言とリリーたちの応援で詰む。朝から号令するのはきついな。しかし腹をくくるしかない。
「はぁ…んん! これより悪魔の乗っ取られたウィザードオーブを解放する! あいつらは国際条約を破り、フリーティアに大量殺戮兵器を撃ち込んだ! 更にはフリーティアの町とエルフの森に火をつけ、たくさんの罪なき人々を苦しめた! この戦いでこれ以上の暴挙を終わらせるぞ!」
「「「「おぉ~!」」」」
「全軍進軍開始! ウィザードオーブを攻め落とす!」
皆が武器と旗を掲げて一斉に雄叫びを上げるとエルフの森の結界から飛び出して進軍を開始した。
「あぁ~…本当に向いてない」
「ふふ。とてもそうは見えませんでした」
「うむ。中々の号令であったぞ。タクトよ」
「お二人とも笑ってるじゃないですか…」
スカアハ師匠たちもにやついているし、本当に嫌だ。
「さて、では私たちも行きましょうか。手がかかる妹を助けてあげないといけません」
「それは私も同じだ。この戦いで妹と影の国の奴らと決着をつける! いくぞ! クーフーリン!」
「おう! 全員この剣でぶった切ってやるぜ!」
意気込んでいるが俺と有名NPC、シルフィ姫様、生産職、支援職は部隊の後方に配置されている。夕凪の背に乗っているのは俺、リリーたちの他に有名NPC、シルフィ姫様、ミライ、ルインさんたちだ。
これは安全性と有名NPCになるべく暴れさせないようにすることと有名NPCを投入する指示の速さなどを考えた結果である。
その安全性である夕凪の護衛にはグレイたちに足が遅いゴーレムやヒュドラ、亀の召喚獣たちが配置している。これらを突破されるとリリーたちの出番となるがそれは至難の業だろう。
ということで俺は出番が来るまでのんびり旅がほぼ確定しているので、昨日確認しなかったインフォの内容を調べる。
まずスキルのデメリット減少はどうやらスキルの使用で倒れることが無くなったようだ。最もステータスの減少は発生するから戦闘には出れなくなる。逆に言うと生産作業は出来るようになったわけだ。
これで神威解放やマリッジバーストなどを使うことにだいぶ抵抗が無くなった。更に神威解放のステータス減少は無くなり、再使用期間は三日となった。これはコノハも同じ。グレイに申し訳ない。
封印石召喚も同じでステータス減少が無くなり、再使用期間は二日になった。今までデメリットが大きくて使えなかったシンクロバーストは再使用期間が三日になっただけ。だいぶ使いやすくなった。まだ使っていないユニゾンバーストの再使用期間も三日となっている。
通常のマリッジバーストのデメリットは完全に無くなり、シルフィ姫様が言っていた特殊なマリッジバーストには五日間の再使用期間があるのみとなった。
これでデメリットの減少の確認は終わり。気を付けないと行けないのは減少したのは俺とコノハに関わるところだけと言う事。リリーたちの影響は残るようだ。この事実にリリーたちは不満げだ。
いよいよ次はアテナ様から授かったスキルを試す。
まずは恩恵。これは俺のスキルかステータスを指定した人に一定時間与えるスキルだった。このスキルで与えられるスキルは一つでステータスもどれか一つという制限があった。しかもこのスキルを使うと与えたスキルは俺の中から無くなり、ステータスの場合は1になる。
これを喜んだのはリリーたちだ。自分たちが強化されるんだから当然だな。スキルとしてはかなり使いどころが難しいのは間違いない。特に筋力や俊敏性を渡すと敵に攻撃されたら、絶対防御を使わない限り俺は助からないだろう。
いいところは同じスキルを恩恵で与えた場合、スキルが上乗せされる所だ。これで一番生きるのは魔法スキルだと思う。強引にスキルのレベルを上げて上位の魔法を発動させることが出来るからだ。注意点は上乗せと言ってもスキルレベルがそのまま足し算にはならないと言う事。あくまでスキルの経験値による上乗せということが判明している。
というのも恩恵はルインさんの話では神様と契約した人が全員覚えているらしい。全員のステータスを一人に集中させることが可能であることを考えると恐ろしい強化が実現するかもしれない。
次は空間索敵。これが凄かった。使用すると俺の前に3Dのフィールド映像が展開され、部隊の様子と敵の様子が表示された。
「これは酷い…伏兵で待機している敵まで丸わかりだぞ」
「これが知恵と戦略の女神アテナの力なのね…確かにこれがあると作戦のたて甲斐があるわ」
「取り敢えず森に潜んでいる伏兵は空爆…はまずいですね」
「そうね。森にこれ以上、被害を出さないためにも奇襲で仕留めましょう」
ルインさんが早速銀たちと火影さんたちに連絡し、敵の位置と作戦を伝え、動き出す。その彼らの動きもはっきりバレている。これにはイオンとアリナが興味津々だ
「おぉ~。気付かれずに背後を取ったな」
「こうして見ていると銀たちも速いですね」
「あ。敵が逃げ出したの」
「いや。少し止まっていたから罠を設置していたと思う。ほらな」
俺がそういったところで一斉に敵の数が減った。罠に引っかかったようだ。流石に罠までは表示されないのか。この辺りは注意が必要な所だな。そういえばイクスの装備で罠感知レーダーがあったな。これをシンクロビジョンで合わせたら、戦場の把握は完璧と言っていいんじゃないか?
まぁ、敵の強さや装備は分からないところはどうしよもないところだな。敵からしたら、最悪といっていい能力かも知れない。
次に叡智を確認する。これは出張版図書館と呼ぶべきものだった。叡智を発動させると風向きや自然トラップの位置を理解することが出来、ネットでよく見る検索ボックスが表示される。
「召喚獣の進化先」
これを言うと召喚獣の進化先の一覧が表示された。ただしこれには問題があった。
「(ネタバレを喰らった)」
知らない第五進化まで表示されて、完全なるネタバレを喰らう形となった。他のも図書館で知れるフィールドのモンスター情報や薬の調合などを知ることが出来た。その結果俺は知ってはならないものを知ってしまった。
キルケーの変身薬:変化草、マザー・オークの尻尾、キマイラの血、ドッペルゲンガーの毛
マザー・オークの尻尾飲んでたの!?それにドッペルゲンガーの毛ってなんだ!キマイラの血も!変化草だけで良かっただろ!全部残さず飲んでたぞ!
「おえ~」
「大丈夫ですか!? タクト様」
「大丈夫だ。ちょっと吐き気がしただけだから」
みんなが知るまでこのことは黙っておこう。知らない方が幸せなことってきっとあると思う。他にも叡智で知れることは沢山あった。衝撃だったのがタロスの作り方。ただこれは青銅製のタロスだった。俺たちが作ろうとしているのは青銅ではないタロスなのでちょっと素材をいいものに変える必要があるかもしれない。
他にもチャリオットやオリハルコンのことなど、実に多くのことが知ることが出来た。まさに叡智の名に恥じないスキルだ。
最後に軍略。これは指揮スキルの能力アップの上昇の他には通信妨害の無効化、俺が持っている加護の能力を軍略の効果を受けている全員に付与する力があると叡智で判明した。
通信妨害を無効化出来るのはありがたい。今までかなり不憫だったからな。効果範囲は俺が入っているパーティー全てだからこのスキルを封じられない限り、少なくとも俺の戦闘において通信が切れることは無くなった。
更に巨人の加護とアテナの加護で近接戦闘職と魔法職の力が大幅に上昇した。見方によっては全員が巨人の筋力を得たようなものだ。バランス崩壊どころではない。流石は神様の力となったところか。
俺がスキルをチェックしているといよいよ森を抜けた。すると魔方陣が無数に展開され、悪魔たちが現れた。いよいよ本格的な戦闘が始まり、そこで叡智の別の能力が判明する。
相手が使うスキルや魔法、技が分かるようになったのだ。これも便利。いつも知らないスキルや技とかは知ってから対処しているからね。それを知ることが出来るようになったということは戦闘にだいぶ余裕が出来たことになる。
ここでロコモコを堪能しているシルフィ姫様が言う。
「皆さん、強くなりましたね。王女として鼻が高いです」
「ですね」
ゆっくりみんなの戦闘を見る機会が無かったけど、やはりクラスチェンジしたみんなは目立っている。それこそ一人で戦況を変えてしまう程の強さはあるだろう。その戦闘をしているみんなは軍略の効果を実感する。
「武器や体が軽いぞ!」
「うわ~…なんだこれ? 魔法の威力が尋常じゃないほど上がっているぞ」
「軽い…軽いな! お前らの攻撃はこんなもんか!」
全員にこの二つの加護はえげつない組み合わせだ。そんなみんなの相手をすることになっている悪魔を見ていた俺は昨日のブラスさんのことを思い出した。シルフィ姫様に質問してみる。
「そういえばブラスさんってどうなったんですか?」
「対処法が分からないので取り敢えず檻で拘束してからフリーティアに運び、遮断結界に閉じ込めることにしました。その後のことはエリクサーラピスに相談する感じですね」
そういえば彼らもキメラのことには詳しいんだったな。でもブラスさんだけでなく、一緒に死んだとされている騎士たちまで縛り上げることを考えると大変な作業になりそう。しかも扱いが動物か犯罪者のようだ。ならば叡智で助ける方法を調べ見よう。
「悪魔と融合した人間の助け方」
『検索がヒットしませんでした』
いら。まぁ、これは俺の説明不足かも知れない。するとルインさんに協力して貰って検索を試しているとようやくヒットした。
「案外手段があるんですね。ミライ、聖遺物について何か知っているか?」
この説明によると聖遺物を使うことで助けることが可能なようだ。
「…このゲームでは聖杯、聖骸布、聖十字架、聖槍、聖釘の事。ゴネスに私たち限定のクエストで手に入るけど、聖槍ロンギヌスと聖釘は見つかってない」
「難しいのか?」
「…本気のミカエル、ラファエル、ガブリエルと戦闘に勝たないと手に入らない」
回復支援職になんという仕打ちだ。つまり運営はジャンヌのような聖女を求めているってことだろうか?するとシルフィ姫様がいいことを教えてくれる。
「聖杯でしたら、アーサー王が持っていると聞いたことがありますよ」
やっぱり持っているんだね。アーサー王と聖杯の話は有名だからな。しかしそうなると聖杯は複数存在することになる。つまり一つしかないアイテムじゃないわけだ。
「聖杯の製作方法」
やはりヒットした。聖杯の他にも聖骸布、聖十字架は自作出来ることが判明する。ただし聖人の血が必要だったり、見たことがないアイテムや国宝級のアイテムが表示されている。そんな中、ディアドラ姫が教えてくれる。
「コーリ・イン・ダッダならウィザードオーブの城にあったはずだぞ」
「本当ですか!?」
コーリ・イン・ダッダはダグザの大釜のほうが知られているかもしれない。食べ物を無限に出す大釜として知られており、これが聖杯のモデルとなったとされている物だ。因みにブリューナクと同じダーナ神族四秘宝の一つでもある。つまり国宝級の宝なわけだ。
「うむ。確か非常時以外は使うことが許されていない代物だったはずだ」
「何故ですか?」
「なんでも大昔の国王がこの大釜を使って、歩けなくなるほど太って死んだことが原因だと聞いたな」
無限の食糧庫を悪用するとそうなるわな。更にスカアハ師匠が追加で教えてくれた話では、経済の停滞を招いてしまったという。これを聞いたルインさんが説明をしてくれる。
「食料がタダで手に入るなら農家などは全滅するでしょうね。それにデフレが起きるわ。食材費がタダになると料理も値段を下げることになる。そうなると収益が減る。最後はお店が潰されることになるはずよ」
飲食店が潰されるとそこに食材を運んでいる運送業などがダメージを受けて、負の連鎖が始まる。タダより高いものはないとはよく言ったものだ。しかし折角コーリ・イン・ダッダが手に入る可能性があるなら聖杯の素材である黄金の盃と聖人の血を揃えれば作製出来る。
「ミライ、聖人の血に心当たりはあるか?」
「…ある。確かゴネスの通常クエストにあったはずだよ。兄様」
「それなら後はクロウさんに黄金の盃を作製して貰えば完成するわけか。黄金の盃の製作方法」
オリハルコンが五十個必要らしいです。鍛冶方法がまだ見つかっていないことはこの際置いておいて、この為にオリハルコンを提供出来る人がどれぐらいいるだろうか?悪いけど、俺は嫌だ。生産出来るとかそういう問題じゃない。俺やリリーたちはオリハルコン武器を楽しみにしているんだよ。
これを見ていたクロウさんが言う。
「この流れからするとこの戦争中に手に入りそうだがな」
「可能性が一番高いのはマモンでしょうね。何と言っても強欲の悪魔だから持っていても不思議じゃないわ」
「やめてください。戦うの俺なんですよ」
「頑張ってください。タクト様」
シルフィ姫様、絶対に面白がっているよ。これを見たら、サラ姫様やブラスさんたちはどう思うんだろう?俺が疑問に思っているとここで空間索敵に新たな敵が表示される。俺たちの背後からだ。
「イクス」
「敵影捉えました。ウィザードオーブの騎士のようです。マスター」
悪魔に正面を任せて、自分たちは転移魔法を使って背後からの奇襲かよ。まぁ、自分たちの命が大事なら当然の選択肢だな。これを聞いていたリリーたちが反応する。
「「「「行ってきていい?」」」」
「まだダメ」
「「「「ぶー」」」」
「左翼と右翼の部隊に伝令。後方に敵部隊が出現した。部隊の半分を使って、敵部隊を囲い込む」
「「了解」」
伝令係の生産職たちが指示を出す。するとウィザードオーブの騎士たちは当然のように俺たちに向かって来る。左翼と右翼の部隊の動きには全く気付いていないようだ。後はグレイたちに敵部隊を足止めをお願いして、敵部隊を完全に包囲した。
「か、囲まれました! 隊長!」
「何だと!? えぇい! 撤退する! 一点突破するぞ!」
慌てて逃げ出そうとする彼らだが、判断するのが遅かった。空からはヒクスたちの攻撃、地上には鎧を纏った重騎兵部隊と彼らを指揮しているレイジさんの部隊だ。突破はしようとしていたが、重騎兵の部隊にも巨人の加護が与えられている。突撃しても吹っ飛ばされて、踏まれて終わった。
「容赦ないのぅ」
「この空間索敵。戦場での戦い方が変わるスキルだな」
「このスキルを持っている人同士が戦うと大変な戦いになりそうですね」
持っていそうなのが諸葛亮や司馬懿などの軍師キャラ。こうなるとお互いの動きが分かるようになるから作戦で勝敗を決めるのが難しくなる。そうなると兵の熟練度や指示の速さが勝敗に直接影響しそうだ。
案外ワントワークの戦争が長引いた原因の一つがこのスキルのせいかもしれない。諸葛亮たちと戦うつもりはないけど、悪魔にも知恵に長けた者はいる。対策は考えておいた方がいいのかも知れない。
ここでセチアとイクスが敵の空間索敵では見えない先での襲撃を知らせる。
「この先にある村から人が飛び出してきました。タクト様」
「槍から旋風刃を出して、突っ込んできます。マスター」
俺はブリュンヒルデさんを見る。
「間違いありません。スコグルです」
「この軍に一人で突っ込むつもりなのか? 中々面白そうな女だな」
「面白がるな。馬鹿者。これは無謀と言わざるを得ない命を捨てる行為だぞ。何か作戦でもあるのか?」
「いえ。恐らくありません。あの子はとにかく突撃が大好きな子なので…」
俺たちは自然とリリーを見てしまった。
「どうしたの? みんな?」
「「「「何でもない」」」」
とにかく一人で突っ込んで来てくれるのはありがたい。俺はウィザードオーブのプレイヤーたちにこのことを知らせて、勝負を見守ることにした。




