#942 呪われし海の精霊
俺たちはグリフォンたちの島にやって来た。そしてノアズ・スクナを出すと決まったメンバーが全員が乗り込り、それぞれ持ち場に付く。舵はシャローさん、指揮はサバ缶さんがしている。
「出航!」
サバ缶さんの号令で俺たちはスキュラの海域目指して出発した。
「風向きが変わったぞ!」
「各員へ! これよりスキュラの領域に突入しますよ! エレメンツシールド展開!」
「エレメンツシールド、展開します!」
エメラルドグリーンのシールドが展開される。そして暫くすると海が荒れだして、ノアズ・スクナはとんでもないハリケーンに突入する。
「凄いな」
「はい。海がこれだけ荒れているのに揺れがほとんどないなんてありえませんよ。漁師にとっては夢の船ですね」
「でも、シャローさん。流石にハリケーンの中、釣りは出来ないでしょ」
「はは。確かにそうですね。というか魚が釣れる気がしません」
シャローさんも漁師仲間と会話出来るほど余裕がある。しかしこのハリケーンの中、全員に女性の声が聞こえた。その瞬間、全員に激痛が走る。
「これは呪歌!?」
「違う! これは呪歌の上位スキルの怨歌だよ!」
スキュラを召喚したチロルが説明する。このゲームのスキュラはラミアと似ていることがチロルによって判明している。ただし下半身は蛇の尻尾ではなく、六つ魚の尾に先が狼になっているモンスターだった。
この下半身は自在に伸縮し、攻撃を加えて来る。斬っても復活するため非常に厄介だ。しかも本体は怨歌と杖を使った魔法で攻撃してくる超攻撃型の召喚獣であることが判明した。
「ミライちゃん!」
「分かっている! 遮断結界!」
聖女に進化したミライが船全体に遮断結界を貼り、怨歌を打ち消す。すると全員が下からの攻撃を察知する。
「「「「来るぞ(よ)!」」」」
海中から現れたのは狼。その狼たちが一斉に暗黒ブレスを放ってきた。しかしこれはエレメンツシールドが防ぐ。そして側面の大砲が一斉に攻撃を加え、吹き飛ばす。
「凄い威力だな」
「これぐらいは当然さ!」
ノアの声がパイプから聞こえて来た。ただこれはボス戦。簡単に行くはずが無かった。スキュラの狼たちが海中から一斉に側面に体当たりをして来ると船が傾く。
「「「「きゃあああ!?」」」」
「「「「うぉおおお!?」」」」
するとほぼ全員がエレメンツシールドにぶつかる。因みに俺はリープリングのアリエスマントの効果で空を飛び平気。
一方セチアたちに連絡を取ると木で自分たちに向かって来た人たちをガードしたようだ。中々に酷い。
『木の船で助かりました』
『マスター以外の人間に触られることは断固阻止しました』
そこまで拒絶された男子プレイヤーには同情してしまうな。まぁ、俺としては被害が出なくてよかった。そう思っていると歌声が響き、全員にダメージが発生する。
さっきの攻撃はミライの遮断結界の無効化を狙ったのか。賢いな。そして俺はここである懸念が頭を過った。
もしこの船が飛行して攻撃する場合、大砲は基本的に側面にあるから船体を横に傾ける必要性が出て来る。そうなると今の状況の再現になってしまうんじゃないか?
エクスマキナの船全てにはシートベルト付きの椅子があるからこの被害は発生しないわけだけど、これは考えないといけないな。
慌てて、ミライが再度遮断結界を貼ると再び船が揺さぶられる。飛べない人たちは大変そうだ。船内の人に至っては飛んでも人を躱せない有様だ。
「船酔いが発生しないだけかなりマシだな」
「そんなこと言っている場合じゃないよ! どうしよう。狼の顔を攻撃しても意味ないし…」
「本体は海かな?」
「狼が海から現れているから間違いないだろう」
そこでぶっつけ本番となるがノアズ・スクナの海中モードを試すこととなった。ポセイドンの像の効果が発生し、ノアズ・スクナは海に潜る。するとボスのスキュラを確認した。
スキュラ・アヴェンジャー?
? ? ?
まぁ、普通のスキュラではないよね。スキュラはキルケーから受けた一方的な仕打ちからキルケーに復讐心を持ち、凶暴化したという話がある。復讐者という意味のアヴェンジャーが使われたのはそのためだろう。
「アァアアアア!」
スキュラ・アヴェンジャーは口から強烈な暗黒ブレスを吐き、ノアズ・スクナは押されるがエレメンツシールドには傷一つ付かない。大したものだ。そう思っていると狼たちがノアズ・スクナを縦に巻き付いて来る。何をするつもりか警戒していると独楽のようにノアズ・スクナを回して空に投げ捨てて来た。
「なるほど。側面だと大砲があるから縦に巻き付いたのか」
「タクト君は余裕ありすぎ!」
メルがそういうとハリケーンの雲から黒雷とレッドスプライトがノアズ・スクナに降り注いできた。しかしこれを受けてもエレメンツシールドは無傷で海面に叩きつけられても無事だった。
「黒雷は結界やシールドでは防げないはずなんだけどな」
「うぅ…それは…地の精霊のエレメンツシールドの効果だろうね」
「…大丈夫か? ノア」
「体中ぶつけて痛い…」
俺はちゃんと他の所で試すように言ったもんね。もし揺れや船の傾き対策でシートベルト付きの椅子を準備していればこんなことにはならなかった。そういうリスクを承知で挑んだバトルだ。それぐらいの痛さは我慢しないといけないと思う。
みんなが攻撃態勢を整えて再びノアズ・スクナは海に潜るとスキュラ・アヴェンジャーを補足し、一斉攻撃を加える。
しかし狼たちが魔力枯渇を使用し、魔法は消滅。大砲やハープーンガンは本体が念動力で全て止めると返してきた。
「第五進化レベルはあるな」
「こんなの私が知っているスキュラちゃんじゃない~!」
チロルがそういうとスキュラ・アヴェンジャーは複数の魔方陣を展開する。
「シースパウドだ!」
「止めろ!」
レッカたち魔法使いたちが防ぎに掛かるがスキュラ・アヴェンジャーの阻害無効で止めることが出来ず、魔法が発動する。しかしレッカたちは魔力支配で水の竜巻をスキュラ・アヴェンジャーに返す。
「「「「どうだ!」」」」
魔法使いたちがそういうと海面に何かが落ちて来た。それは巨大隕石だった。
「「「「嘘…」」」」
「宇宙魔法を同時詠唱していたのか。しかも第六感が発動しなかったぞ」
危険予知系のスキルを無効化した上での宇宙魔法。しかも海中から空中に展開された魔方陣を察知するのは難しい。これは認めるしかないな。滅茶苦茶強く賢い!流石カリュブディスと共に語られる怪物なだけはある。
「破壊するぞ!」
鉄心さんの号令でみんなが大技を使う。するとその間にスキュラ・アヴェンジャーが動く。
「スキュラ・アヴェンジャーが接近してきてますよ」
「えぇ!?」
「このタイミングで!?」
「任せて! 枠を一つ分貰っている分は仕事するよ! みんな!」
チロルたちがポセイドンから獲得した召喚獣たちを呼び出す。俺は彼らの戦闘を見学する。まずチロルが召喚したのはアリオンドルフィンの進化先であるデルピーヌス。
デルピーヌスは海豚座だ。アリオンドルフィンも海豚座と関係があるだが、どうやらこのゲームではいるか座の話を二つに分けたらしい。アリオンドルフィンはアリオンという人物が音楽会の帰り道でアリオンの報酬欲しさに船員に殺されそうになるという話だ。
アリオンは死ぬ前に琴を演奏するとそれを聞いた海豚が集まって来た。演奏が終わったアリオンが身を投げると海豚たちはアリオンを乗せてアリオンを故郷に送ったという話だ。これがアリオンドルフィンの名前の由来と考えられている。
そしてデルピーヌスはポセイドンとアムピトリーテーの恋物語が由来だと思う。何せポセイドン本人から宝珠を受け取っているからね。神話ではポセイドンの妻になることを拒んで逃げたアムピトリーテーを連れ戻したのが海豚とされている。
どちらが強いのかは正直微妙な所だが、実際の戦闘を見ると強さの格はやはり違う。まず速度は当然速く光速激突を使っている。他の召喚獣と違うのは機動性だろう。光速激突を使った状態で普通に横や縦に動いている。
この結果、デルピーヌスは光速激突を常時発動させて、連続攻撃が可能なようだ。しかも激突する度に星虹と空振のダメージを与えている。そしてデルピーヌスはグレイの群狼と同じ海豚群というスキルを持っていた。効果内容は同じだが、これが強い。
ただ攻撃を受けてもスキュラ・アヴェンジャーは止まらない。ここで他の召喚師の召喚獣が襲い掛かる。スキュラ・アヴェンジャーに真っ向からぶつかったのがリュウグウノツカイの進化先であるバハムート。
見た目は完全に巨大なドラゴンなのだが、尻尾が魚の尾となっており、鱗もドラゴンというより魚に近い。ただ手があり、鋭い爪もあるから正直ドラゴンなのか魚なのか分からない召喚獣だ。
強さだけは疑いようはない。スキュラ・アヴェンジャーに噛みつき、スキュラ・アヴェンジャーの動きを止めた。スキュラの狼たちがバハムートに噛みつくが鱗が硬すぎて噛めていない。
「いいぞ! あ」
バハムートに攻撃は効かないなら当然バハムートの頭に乗っていた召喚師が狼たちに狙われる。しかしここで擬態で隠れていた巨大なタコ足が狼たちに襲い掛かった。クラーケンの進化先であるデスクラーケンだ。このタコ足の筋力が凄く、狼たちをつぶしてしまった。
「助かったぜ」
「おう! って逃げろ!」
「へ? うお!?」
スキュラ・アヴェンジャーは噛みつかれた肩を自分で斬り落とし、バハムートの頭に杖を叩き付けた。そして斬り落としたところを復活されるとバハムートの頭に触れ、ゼロ距離の冥波動でバハムートを下に落とした。
更にデスクラーケンに復活した狼たちがタコ足に噛みつき、強引に下へ押し出した。狼たちは再びデスクラーケンに潰されるがその瞬間にバハムートと共に水圧操作を受ける。
「まずい!」
スキュラ・アヴェンジャーがチロルの攻撃を受けながらエレメンツシールドに手で触れて来るとそのままノアズ・スクナを押し上げて来た。
「このまま宇宙魔法にぶつけるつもり!?」
これは面白い試みだと思った。ただ落下を待つより、持ち上げてぶつけたほうが間違いなく速い。しかしこれには当然リスクがある。レッカが素早く反応する。
「しめた! ブリーシンガメン!」
レッカのブリーシンガメンの炎がスキュラ・アヴェンジャーの手を燃やし、そのまま全身を炎に包まれる。するとスキュラ・アヴェンジャーは悲鳴を上げて、手を放す。これはチャンスだな。
「シャローさん、面舵! 船の側面をスキュラ・アヴェンジャーに向けてください!」
「はい! 面舵!」
「右側面! 一斉砲撃用意!」
俺の意図を把握したサバ缶さんが与一さんたちが指示を出し、みんなが準備をする。そしてまだ燃えているスキュラ・アヴェンジャーを完全に捕られた。
「てーーーい!」
一斉に放たれた大砲が全て命中し、更に連続で撃ち込まれる。ここに来て、ノアズ・スクナの火力を実感することになった。しかし死んだスキュラ・アヴェンジャーは逆鱗を発動されて、凄い形相で向かって来た。
「てーい! てーい! てーい!」
「いかせねーよ!」
デスクラーケンに体を潰されても前へと進み、大砲を諸ともしないスキュラ・アヴェンジャーがかなり急接近した時だ。海の中に光が発生し、スキュラ・アヴェンジャーを照らす。
「…安らかに眠って。神撃!」
ミライの神撃がスキュラ・アヴェンジャーに直撃した。回復役のまさかの攻撃にドン引きだ。まぁ、ジャンヌは先が槍になっている旗を使っていたんだから同じ聖女なら攻撃手段を獲得していても不思議ではないだろう。
黒焦げになったスキュラ・アヴェンジャーに大砲の連打が浴びせられ、スキュラ・アヴェンジャーは沈黙したところでインフォが来る。
『スキュラ・アヴェンジャーの討伐に成功しました。『イフェスティオ海域』が解放されました』
「「「「やったー!」」」」
「「「「よっしゃー!」」」」
船でそれぞれ歓声が上がる。解体はミライの保護者であるメルがした。
「姉ちゃん、何もしてないのに…」
「指揮してたし、隕石の破壊も頑張ってたでしょ!」
「ほら。喧嘩するなよ。この後、先に進みたいんだろう?」
メルが解体した結果は大量のキルケーの変身薬だった。
「えーっと…鑑定したところは普通だね」
「…でもこれは使うのに勇気がいる」
ミライの意見には全員が同意するしかなかった。何故ならスキュラが化け物になった原因の薬だろうからだ。まぁ、キルケーの変身薬が無くなって来たし、フィールドボスには他の人も挑める。貴重なアイテムが手に入ることが分かっただけ成果だろう。それじゃあ、みんなが楽しみにしている次のフィールドにノアズ・スクナを進めた。




