#918 フェルグスの作戦と無敵となった男
時間は少し進み、俺たちが出陣する同時刻。メルたちはエアティスさんとフリーティア騎士団のグリフォン部隊と共に一向に動く気配がないフェルグス・マク・ロイヒの部隊がいる賢者の草原に向かうことが決まっていた。
ただ出撃前にホームでひと悶着あった。
「フェルグスのところに行くなら妾も一緒に行くぞ!」
ディアドラ姫が行きたがったのだ。メルたちが説得をする。
「行くと言ってもまだフェルグスさんがいるか分からないから落ち着いてください。ディアドラ姫」
「今回は偵察の意味合いが強いですし、もしいると分かれば僕が転移ですぐに運びますよ」
「むぅ…わかった。約束じゃからな」
「はい」
メルたちが出発前にキッチンにいる俺に声を掛けた時にある物が目に留まる。
「タクト君、これ貰っていい? 何が起きるか分からないから」
「そうだな。全員分、持っていてくれ」
「ありがとう。それじゃあ、行ってくるね」
「あぁ」
こうしてメルたちは賢者の草原に出発した。すると問題なく敵部隊の結界を発見する。
「見えた。あれだね」
「はい。一応警告しますか?」
「そうだね」
しかし返事はなかった。
「ディアドラ姫の名前を出しても無反応…不気味だね」
「はい。ずっと動かないところも妙です」
「とにかく警告したんだしさ。攻撃してみようよ」
「そうだね。エアティスさん」
「はい! 攻撃開始!」
グリフォンたちの攻撃や爆撃は強力な多重の精霊結界に阻まれる。ウィザードオーブの軍事力はこの結界と上位魔法使いの多さ、そして魔法技術の三つが知られている。
「やはり結界の強度は流石というしかありませんね」
「結界の破壊は私たちがやります。降ろしてください」
「わかりました。ご文運を。メル殿」
メルたちが地上に降る。
「なんかあっさり降ろしてくれたね。お姉ちゃん」
「…空を飛んでいる時も変だった。攻撃しているんだから魔法で攻撃してきてもいいのに」
「この多重精霊結界から攻撃出来ないなら外に出て攻撃すればいいだけですからね」
「けど、それだと攻撃を受けることになるんだから仕方ないんじゃないか?」
「私もそう思うけど、これじゃあ戦争には勝てないよ。きっと何かを狙っている。それを知るためにもあの結界を突破しないとね。みんな、やるよ!」
メルの指示で全員が攻撃を開始する。クラスチェンジをしたメルたちは精霊結界を次々破壊していくが破壊する度に内から新たな精霊結界が貼られて、なかなか突破出来ない。
「うざったいな!」
「本当だよ!」
「あからさまな時間稼ぎですね」
「大技で一気に破壊するしかないわね…あたしがやるわ。気力爆発!」
ユーコが魔剣メガロリュカオンを構えて、ユーコの気が爆発的に上がる。
「行くわよ! 覇轟!」
ユーコが魔剣メガロリュカオンを地面に叩きつけると覇撃を超えるとんでもない衝撃波が多重精霊結界に直撃し、跡形もなく消し飛ばした。しかしデメリットでユーコは倒れる。
「流石デストロイユーコ! 行くぜ!」
「…あいつにはいつかこれをぶつけてやるわ」
「あはは…それじゃあ、私たちも行ってくるね」
メルたちと空からエアティスさんたちが敵に襲い掛かったその時、敵の部隊が一斉に転移する。
「なんだよ! もう! 折角戦えると思ったのによ」
「設営していたテントを残して撤退しちゃったよ!?」
「なんだろう…この胸騒ぎ。みんな! 急いでテントを確認して! 何か変なものがあったら、報告してください!」
「「「「はい!」」」」
フリーティアの騎士たちと一緒にテントを確認していく。するとケーゴが何かを発見した。
「おーい! このテントに大きな穴があるぞ!」
「穴?」
メルたちがそのテントに入ると人が通れるぐらいの謎の穴があった。この穴の正体にいち早く気づいたのはミライだった。
「…姉様、まずい! 急いでトレントの森の砦に戻らないと!」
「え? どういう…っ!?」
その場にいる全員がステータスが激減する。更に魔法も封じられる。
「罠!?」
「…遅かった」
「ミライ、何がどうなっているか説明してよ!」
「…たぶんこの穴はトレントの森の砦に繋がろうとしている穴なんだと思う」
そこでメルとレッカも気が付いた。
「まさか地下からトレントの森の砦を攻略するつもり!?」
「イエローオッサ山を迂回してくると思っていたけど、地下ならほぼ直線でもしかしたら、地下は山じゃないから九尾の勢力圏から外れている可能性もあるのか」
「え? それってやばいんじゃない? あの砦にいるのは騎士たちじゃなくて獣魔ギルドの人たちだよ」
騎士たちの数が足りず砦の守りには臨時でアウラさんたちが担当していた。
「それはいいことを聞きました」
謎の声がするとユーコがテント内に投げ込まれた。そして火魔法が次々放たれる。これをケーゴがガードするがユーコは死んでいた。
「ユーコ姉ちゃん!?」
「技の反動で動けないユーコを放置した私も間抜けだけど、動かないユーコを攻撃するなんて許せない!」
怒るメルだが、ミライは冷静に蘇生アイテムをユーコに使う。
「ユーコ!」
「ぐ…助かったわ。ミライちゃん。ってなんで燃えるテントの中にいるのよ」
「敵に放り込まれたんだよ」
「殺した後に? 最低! それよりも敵の部隊が展開されていたわ」
メルたちがテントが燃え尽きるとウィザードオーブの部隊が展開されていた。そしてその部隊を率いていたのは俺が知っている人物だった。
「ほぅ…蘇生アイテムを持っていたか。我が名はフェル・ディアド。フェルグス団長がお前たちの砦を一撃で破壊するまで相手をさせて貰おう」
インフォが来る。
緊急クエスト『フェルグスの攻撃に対処せよ』:難易度S
制限時間:三十分
フェルグスのトレントの森の砦への攻撃に対処せよ。
以前俺がスカアハ師匠に弟子入りする際に戦ったフェル・ディアドがメルたちの前に立ち塞がった。空を確認したメルが言う。
「随分姑息な結界を使うんだね」
「この戦いに勝つためならばなんでもするつもりだ。それに我々を姑息というなら化け物たちと仲良くしているお前たちはなんなのだ?」
「可哀想な人だね。あなたたちは」
「何?」
メルの言葉にフェル・ディアドは怒りの目を向けるがメルは続ける。
「私たちはみんな知っているよ。亜人も召喚獣もテイムモンスターたちもいい子ばかりだよ。フリーティアには笑顔が溢れているのがその証拠。それが理解出来ないなんて本当に可哀想だよ」
「うんうん。モフモフ天国を知らないなんて人生損しているよね」
「悪いけどよ。お前らのしていることは単なる嫌がらせにしか見えねーんだよ」
「本当にね。同じ魔法使いとしてあなたたちのことを僕は軽蔑するよ」
「ふん。負け惜しみにしか聞こえんな。全軍攻撃開始!」
魔法が降り注がれる。
「ケーゴ!」
「わかっている! キャッスルガード!」
ケーゴが大盾を構えてそういうと透明の城が出現し、中にいる全員をガードする。
「凄い…なんて頑丈で大きな守りだ」
「感動しているところ申し訳ないけど、状況は最悪だよ。なんとかして砦に危機を伝えないと。砦を落とされると今度は私たちが挟み撃ちにされちゃうし、砦にいるアウラさんたちにまた砦を一撃で破壊する攻撃が放たれちゃうよ」
「そ、そうですね! でも結界に閉じ込められては」
「見たところ内側に大規模な遮断結界、外側に我々を弱体化させている結界を貼っていると思われます。我々ではどうしようもありません」
フリーティア騎士の言葉にリサが自信たっぷりに答える。
「それなら今度は私が壊すよ! あ、でも弱体化しているのがまずいかも知れないな~姉ちゃん」
「そんな風に言わなくてもここは時間もないし、切り札を使うよ。リサちゃん」
「「「「切り札?」」」」
メルが切り札を取り出す。それは俺が作成していたロコモコとエアリーのクッキーだった。出撃前に俺が渡したものだ。
「「「「なんじゃこりゃ!」」」」
フリーティアの騎士たちは驚く。しかしエアティスは当然心当たりがある。
「これはタクト殿が作ったクッキーですか?」
「うん。ちょうど出陣する時に作っていてね。切り札として貰って来たんだよ。これなら弱体化効果分を取り戻せるだろうし、グリフォンたちもスピードも格段に上がるはず。私たちが彼らと戦うからエアティスさんたちは急いでトレントの森の砦にいるアウラさんたちとお城に危機を知らせてください」
「分かりました」
全員がクッキーを食べるとバフが発生する。
「行くぜ!」
ケーゴがキャッスルガードを解除すると全員が一斉に動いた。リサを除くメルたちはフェル・ディアドの部隊に向かい、リサとエアティスたちは後ろに向かう。
「ふん。愚かな。この結界が壊せるものか」
「陽気! 陰気! 気力融合! 超集束!」
リサの拳に超危険な気が宿る。
「奥義! 太極崩拳!」
一撃でウィザードオーブが誇る結界が崩壊する。恋火たちが覚えた太極ブレスの拳バージョンと呼ぶべき技でその特徴が崩拳と同じ壁や建物の破壊。あらゆる攻撃を防ぐ遮断結界も結界の魔力を崩壊させられては維持など不可能だった。
「な!? 結界が!?」
驚いているフェル・ディアドの前にユーコが姿を見せる。瞬転だ。
「さっきのお返しよ! カラミティカリバー!」
フェル・ディアドの弱点である股間にカラミティカリバーが決まる。全員がこれは勝ったと思ったがユーコはフェル・ディアドの反撃を喰らってしまう。
「く…そんな。直撃だったはずよ」
「ふん。私の股間が急所だと思ったのか? 確かに以前の私ではどうしてもここの弱点を克服することが出来なかった。しかし私は遂に克服することが出来たのだよ。無くすことによってな!」
フェル・ディアドの衝撃発言に全員が絶句する。
「ちょ、お前。正気か? 自分の弱点を無くすために男を捨てたって言うのかよ」
「何を言っている? 私は男の戦士だ」
「へ? でもさっき」
「なぜここがないから男じゃないと決めつける? 私が男だといえば男なんだよ!」
論破されてしまうケーゴとレッカ。そんなことを堂々と言われたら、何も言い返すことはできないだろう。
「ここを捨てた私はウィザードオーブの第一騎士団副団長までになった! さぁ、この無敵のフェル・ディアドを殺せるものならば殺してみろ! 魔法使いたちは上級呪文で逃げたグリフォンたちを撃ち落とせ!」
「させない!」
「煽動! ふふ、君たちはいかせん!」
「うざったいな! こいつでも食らいやがれ!」
ライラプスの槍をケーゴは投げるがフェル・ディアドの体に弾かれる。
「無駄だ。今の私は誰にも殺すことはできない! さぁ、お前たちの騎士たちが死ぬところをその目で見るがいい!」
エアティスたちは全体攻撃の上級魔法を浴びせられるがロコモコのクッキーの効果で蘇生し、領域を抜けた。
「何!?」
「残念だったね。フリーティアの力は何も召喚獣だけじゃないんだよ」
「自動蘇生のアイテムか何かか! これはしてやられたがどうやら君たちはフリーティアの中でも主力のようだ。君たちにはここに留まってもらう」
メルたちがフェル・ディアドと戦うが無敵となってしまったフェル・ディアドにどんな攻撃も通用せず、タイムオーバーを迎えた。
『トレントの森の砦が破壊されました。なおクエスト成功により、被害はありません』
どうやらエアティスさんたちは間に合ったようだ。
「どうやらこちらの目的は達成したみたいだな。今日のところはこれで引かせてもらおう」
フェル・ディアドたちが転移でいなくなる。これでメルたちは落とされたトレントの森の砦を落とさないとフリーティアに帰ることも援軍として向かうことを封じられることとなってしまった。
しかしテントを使い、各絨毯は使うことが出来たので、ルインさんに現状を報告することができ、すぐにルインさんたちは迎撃と情報収集を行うのだった。




