#912 被害状況と誘拐されたサラ姫様
俺たちは役割分担をする。まずは町の火消し。これはイオンたちが雨を降らせて、後は各自で水系のスキルで消火していく。
次に怪我人の治療。ここで大活躍したのがエアリーとコーラルだった。慈雨を町全体に降らせて、傷ついたみんなの怪我を癒してくれた。しかしここで慈雨の弱点が判明する。当たらなければ効果がないのだ。
ということで建物の中にいる人たちは各自で治療することになった。うちからは聖療を覚えているリリー、セチア、ブラン、グレイ、ロコモコ、ジークが三組に分かれて中央から離れた人たちの治療に向かった。
ひと段落したところで俺はサバ缶さんから被害状況を伝えられ、愕然となる。まず敵に真っ先に狙われたのはフリーティア城と俺たちのギルドを含む獣魔ギルドなどの大ギルドだった。
どこのギルドも死者が出たが生命の木の精霊により、蘇生したことで人的被害はなかった。しかしどのギルドも焼失したらしい。
「現在は大型テントを使っていますが、ギルドの作戦会議はタクトさんのホームを使わせてくれませんか?」
「それがいいでしょうね。ウィザードオーブのプレイヤーたちはどうなっていますか?」
「宿はほとんど狙われなかったので、泊まる場所の心配はありません。ただお店が狙われたので、サポートが行き届くのかは不安に感じています」
「お店の被害はやはり相当なのでしょうか?」
「お店は失いましたがそこまで深刻なダメージは受けていません。事前にフラグがあったので、インベントリにしまえるものはしまいましたからね。ただNPCに任せているお店は食材や器材などのダメージを受けました」
うん。それはリープリッヒの被害を見たので、分かっている。因みにリープリッヒの店員たちはホームで預かることにした。一応店長だからこれぐらいの店員のフォローはしないとね。
「セチアさんのお陰で人的被害が出なかったことは不幸中の幸いでしょうね」
「エルフは料理の勉強をしに来ているだけですし、他の種族もフリーティアの戦争に巻き込まれて戦死したことになればどうなるか分かりませんからね」
「少なくともエルフとは関係が悪化していたかもしれません。今後はそう言うところにも気を付けないといけませんね」
対策としてはお店に治療薬を手配する感じか。サバ缶さんからの報告が済み、実際に被害を確認しに向かった。ある意味、一番被害が出たのが市街地のお店がたくさんあるエリアだった。
多くのお店に火が放たれて、市民にも死者が出たらしいが同じく生命の木の精霊の蘇生と不死の霊薬のお陰で人的被害は無し。
ただこちらもお店が焼失し、サバ缶さんの報告の通り、俺のギルドに所属してくれている生産職のほとんどが被害を受けた。そして襲われたNPCたちは最初にセチアを褒め称えると次に出て来たのはウィザードオーブへの恨み言だった。
俺はこの日、初めて本当の戦争という物を経験したのかもしれない。殺して、殺し返して、恨みが積み重なっていく。恐らくこの恨みは戦争が終わった後も残り続けて、新たな戦火となり、戦争は繰り返される。
これはゲームの世界だから戦争を語るにはまだ生易しいんだろう。実際の戦争はこれよりも更に悲惨なことを考えると吐き気すら感じてしまう。ここで一緒に回っていたリリーたちが感想を言う。
「タクト…みんなが怖いよ~」
「無理もありませんよ。いきなり宣戦布告されたと思ったら、一方的に攻撃を受けたんですから」
「あぁ…この理不尽な現実の前では恨みを言うことがせめてもの気話になる。今は言わせてあげてくれ。リリー」
「うん…これからどうするの? お店もギルドも無くなっちゃったよ」
俺は安心させるようにリリーを撫でる。
「通信でも言ったけど、お店もギルドも無くなったならまた立てればいいんだよ。俺たちならきっと前よりいい町を作れるはずさ」
「そ、そうだよね!」
「…リリーが元気になった。にぃ、ノワは落ち込んでいるから一緒に寝るのを希望」
「えぇ!? ずるいよ! ノワちゃん! そういう事ならリリーも落ち込んでいるよ! タクト!」
元気いっぱいに言われてもね。みんなが騒ぐと暗い空気が吹き飛ぶ気がするな。これもみんなの魅力の一つなんだろう。案外俺が暗い気持ちになっているから気を紛らわせてくれているのかもしれない。
するとフリーティアの騎士がこちらにやってきて、俺たちは城に呼ばれた。そこでリリーたちは国王様からお礼を言われて、俺たちは町の被害状況の報告を国王様たちにする。
「なんということだ…まさか市民にまで手を出すとは…そこまで落ちてしまったのか。ウィザードオーブは」
「お城からも見えてましたけど、それよりもずっと酷い被害だったんですね。セチアちゃんの精霊や皆さんの薬が無かったかと思うとぞっとします」
「お父様、これは重大な国際違反行為です! 大量殺戮兵器の二度の使用に警告無しでの市民への攻撃! 許されることではありません!」
「分かっておる。アンリよ。即刻抗議をするつもりだ」
ただこれで事態が好転するとは思えないんだよな。
「グラン国王様、抗議の際に大量殺戮兵器の破壊に限定してエクスマキナのバトルシップの使用要請をしていただけませんか?」
「兵器には兵器で対抗するつもりか?」
「よくない事だとは分かっています。しかしいつまた撃たれるのかわからない状況なのも確かなのです。もし連射でもされたら、この国は持ちません」
黄龍の再召喚まで時間がかかる。それは恐らくシルフィ姫様の麒麟も同様だろう。チャージする時間と再召喚までの時間が同じなら決め手にはならないけど、もしチャージする時間が早ければフリーティアはかなり危うい状況となる。まぁ、俺には最後の手段として竜化して体でとめるという手段が残されている。起死回生で死んでも生き残る戦法だ。出来れば使いたくはない。
「…そうだな。こちらの抗議が届かなかった場合は申請を出そう」
「ありがとうございます」
これでバトルシップが使えればとりあえず謎の魔導砲攻撃の危険は排除する作戦は立てやすくなる。この承認がされないとなると俺たちはどこにあるかもわからない兵器を探して破壊することになるだろう。
ある程度の方角はイクスのおかげでわかっているけど、それは勘弁して欲しいな。俺がそんなことを思っているとボロボロになっているホークマンがやって来た。
「で…伝令。賢者の草原の砦が謎の悪魔とウィザードオーブ軍によって、陥落しました!」
「なんじゃと!?」
「サラは!? サラはどうなったんですか!?」
「サラ姫様は謎の悪魔と交戦し、敗北。そのまま連れ去られました」
城の騎士たちに動揺が一気に広がる。
「そんなサラ姫様が…」
「ブラス騎士長はどうなったんだ!?」
「滞在していた部隊は! 全滅してしまったのか!」
サラ姫様がフリーティア騎士団のトップだから仕方がない。それにシルフィ姫様たちも相当のショックを受けている。これでは話がとても聞けない。
「ここはアリナに任せてほしいの。お兄様」
「え? どうするつもりなんだ? アリナ」
「こうするの。すー…質問は手を挙げてから言うの~!」
お城の中でアリナの絶叫が炸裂した。おかげで静かになったけど、何人か騎士が耳を抑えて倒れる。シルフィ姫様たちは危険を察知して、耳を塞いでいた。流石だ。
「あ、やりすぎちゃったの」
「おい…すみません。うちの子がご迷惑をおかけして」
「状況なだけに多めに見るが注意しておくようにな」
「ありがとなの」
反省していないな。これは帰ったら、お仕置きだ。
「タクトよ。何かあるか?」
「はい。お聞きしますが悪魔はサラ姫様を連れ去ったんですよね?」
「は、はい。サラ姫様を連れ去った悪魔は我々に『もっと強い奴を呼んで来い。砂漠で待っててやる』と言いました」
この報告にひとまずシルフィ姫様たちは安堵する。
「そうですか…サラが人質と言うならひとまず命は大丈夫ですね」
「私も誘拐されそうになりましたし、どうして悪魔は姫ばかり攫うんでしょうか?」
アンリ姫様の質問に答えるとファンタジーのお約束だからかな?
しかしこうなるとシルフィ姫様もいつか誘拐されるんだろうか?だとするとシルフィ姫様を誘拐できそうな存在がサタンぐらいしか思いつかない。ゲームの中とはいえ、死んだ父親が誘拐犯になるところを見るのは嫌だな。
その後、アリナの訴えの通りに質問されていく。まず滞在していたフリーティア騎士団の安堵は不明。伝令の彼が最後に見たのは謎の攻撃で砦が一撃で破壊されたことだけだった。これを聞いた俺は敵の正体に当たりを付ける。
俺が知る限り、ケルト神話で人間が持つ武器として砦を一撃で破壊出来る剣を二つ知っている。一つは俺が持っているクルジーン。そしてもう一つが三つの丘の頂を切り落としたと言われているカラドボルグだ。
カラドボルグはアーサー王が使っていたドリルのように回転する剣カレドヴールフと同一視されている剣でフェルグス・マク・ロイヒが使っていた剣として知られている。
まぁ、ブリューナクが登場しているし、神様の武器を使ったというなら俺の考えは崩壊するけど、相手がアルスターの戦士ならばフェルグスがいる可能性が高いと思う。
騎士たちの安否不明を受けてエアティスさんの部隊が大至急向かうことが決まった。流石にシルフィ姫様は行くとは言わなかった。しっかり姫様をしているね。
質問が終わり、伝令役のホークマンは下がる。
「さて、どうしたもんかの」
「まず現状を整理しましょう。地図はありますか?」
「はい! すぐに用意します!」
あるんだ。どうやらゴネスとの戦争を受けて、地図の重要性が上がり、冒険者ギルドが作ったものらしい。俺たちは地図を見る。
「敵は現在、三つの場所にいます。一つはウィザードオーブ内の魔導砲発射施設。ここは場所、戦力が不明となります」
俺は地図に石を置く。こうするとだいぶわかりやすくなる。
「次に謎の悪魔が指定したサンドウォール砂漠。ここにも魔導砲発射施設があると思われます。戦力は少なくともサラ姫様に勝った悪魔がいる」
石を三つ置く。
「最後に賢者の草原の砦。ここにはウィザードオーブ軍がいて、滞在していたフリーティア騎士団の安否は不明です」
石を二つ置く。ここでシルフィ姫様が質問してくる。
「この石はなんですか? タクト様」
「この石は俺たちがやらなければいけないことを示しています。まず最初のところは魔導砲施設の破壊です」
「敵部隊の始末はいいのか?」
「それはそこまで重要じゃないですね。そこにいる部隊は魔導砲でしか攻撃出来ない人たちの集まりでしょうから、魔導砲さえ潰せば引くでしょう。その代わり守りは堅いと思います」
あくまで俺の予想だけど、他の攻撃手段があるならとっくに使っているはずだからそこまで外れてはないと思う。
「次にサンドウォール砂漠です。ここはサラ姫様の奪還と魔導砲施設の破壊、出来れば悪魔の撃破となりますね」
「サラの奪還が一番に来るんですね」
「何か変ですか?」
「いいえ。全然変ではありませんよ。ふふ」
くそ。何故かおちょくられている気がする。
「そうですか。それでは話を続けます。最後の賢者の草原の砦はウィザードオーブ軍の撃破と無事のフリーティア騎士団の保護となりますね。これを踏まえて今後どう動くか考えましょう」
全員が頷く。まずサラ姫様の奪還は俺たちが担当することになった。理由がサンドウォール砂漠を超えられるのが俺たちだけだからだ。まぁ、悪魔というか運営はあからさまに狙った形と言える。
次にもう一つの魔導砲の破壊。これはバトルシップで承認が下りたら、真っ先に狙うことが決まった。砂漠より悪魔がいない分、破壊がしやすいからだ。もしバトルシップの承認が下りない場合は獣魔ギルドと召喚師の部隊が担当することが決まった。
一番距離があるし、最悪目視確認が必要となるからどうしても召喚獣頼りとなる。ただカインさんなどの主力は動かせないということになった。理由がオイフェだ。またいつここが襲われるかわからない状況だからある程度、部隊はここに足止めされてしまう。それはガルーさんも同じで動きたくても動けないといった感じだ。
そうなるとウィザードオーブ軍と戦うのは第三騎士団以降の部隊となる。これを聞いた騎士たちは動揺する。相手が主力級の部隊だと考えると動揺するのも無理はない。よってこの戦いにも俺たちは参加することになった。
俺たちのギルドから選ばれるメンバーは俺たちに一任され、お城から帰った俺たちはこれを協議することになった。
「砂漠に行くのはやっぱりタクト君がいいかな?」
「いや、ここはクラチェンした俺が行くぜ」
アーレイの一言で誰がサラ姫様の救出するのか揉める。まぁ、ここでサラ姫を助けることが出来れば結婚の可能性がかなり上昇するからな。みんな必死だ。
「そんなにサラ姫様を救出したいなら俺はウィザードオーブ軍のほうに回るか」
「兄ちゃんがカラドボルグを狙っているよ!」
「ストーップ! 私たちもクラスチェンジしたんだから、ウィザードオーブ軍は私たちが戦います。タクト君はウィザードオーブの魔導砲の方に向かって」
「へーい」
ギルマスなのに決定権がない俺である。ホームに帰った俺はシルフィ姫様とアンリ姫様がロコモコに埋もれているのを見た。
「先ほど、賢者の草原に向かったエアティスからウィザードオーブ軍の侵攻が確認されました。生存者はいるのは絶望的だそうです」
「そうですか…」
名持ちのNPCで死者が出たのは初だな。
「アラネア、悪いけど、手伝ってくれ」
「はい」
俺はアラネアの協力の元、簡易的な天灯を作った。
「なんですか? それは?」
「天灯といって、本来はお願いことをするもんなんですけど、今回は死者の魂を弔うということで上げようと思います」
日本で言うところの灯籠流しは出来ないから苦肉の策だ。俺は着火すると天灯が空に浮かぶ。
「凄い! 浮かびました!」
「これは火の力で浮かんでいるんですか?」
すると紙が燃えて落下した。どうやら火力が高すぎて、紙の大きさも足りなかったようだ。消火!
「えーっと…タクト様?」
「失敗ですね。おやすみなさい」
俺が家の中に入ろうとすると二人に止められる。
「えぇ!? ちょっと待ってくださいよ!」
「この終わり方はあんまりだと思います! 最後までしてください!」
「これはとても高度な技術が必要なんです。それに大切なのは死者の魂を弔う心ですよ」
いいこといったぞ。俺。
「騙されませんよ! 失敗して面倒臭くなっただけでしょう!」
「死者の魂を弔う心があるなら最後までちゃんとしてください!」
二人に言われたので、最後までちゃんとやることになった。
「綺麗ですね」
「本当です。ところでタクト様、あれは最後、どうなるんですか?」
「火が消えたら、落下しますね」
「そうですか。それなら安心…あ!? 燃えましたよ!」
「消火だ! コノハ!」
コノハが消火して、撃ち落とした。悲しい最後だ。
「これは危ないので、使用禁止ですね」
「はい」
完全に死者の魂を弔う心が無くなってしまったな。それでもやることに意味があったと思うとしよう。今日は色々あったから、みんなと一緒に寝ることになった。




