#866 アラネアの試練
帰ってきた俺たちはホームで休憩をする。
「すー…はー…すー…はー…」
「リリーは何をしているんですか? タクトさん?」
どうやらリリーはずっと訓練をしているようだ。いきなりこんなことをし出したら、疑問には思うだろうな。
「気持ちを落ち着かせる訓練かな?」
「はぁ…それはリリーにはいい訓練かも知れませんね」
「どういう意味!? イオンちゃん!」
リリーがイオンに飛びついてくる。
「こういう意味です! 気持ちを落ち着かせる訓練じゃなかったんですか!」
「え? そうなの?」
「…タクトさん?」
「俺に聞かないでくれ」
どうやら恋火たちの真似をしただけだったようだ。一緒に練習しだしたら、遊びとは思わないだろう。
リリーのおかげでいい感じに脱力したところで獣魔ギルドに向かう。受けるクエストはこちら。
ギルドクエスト『蜘蛛女の試練』:難易度S
報酬:蜘蛛女の宝珠
女神アテナの試練を攻略せよ。
今まで和系だったのにいきなり変わったな。うちのギルドでは戦国武将、松永久秀が持っていた平蜘蛛という茶釜からいきなりメカ化するとか普通に蜘蛛神という名前になるなど憶測が出ていた。
ただこれはもう女神アテナで蜘蛛女というと一人しかない。もちろんこの進化先も予想には入っていた。ゲームで蜘蛛女と言えば真っ先に挙がるほどの有名モンスターらしいからね。
問題は試練の内容だな。神話ではアテナと織物対決をしている。そんなことされたら、こちらに勝目はないだろう。まずはどんな試練かだな。
試練を受けると俺は転移する。転移した場所は森だ。いきなり予想外だな。隣にはアラネアがいる。
「やっほー! アテナちゃん、参上!」
今日は気が楽なのかノリが軽いな。
「お久しぶりです」
「今日はその子の試練を受けたんだね」
「はい」
「それじゃあ、早速試練を始めようか。試練の内容はあいつの討伐だよ」
アテナ様が木の上を指差すとそこには蛾の羽に蛾の顔をしている蛾人間がいた。持っている武器は二叉槍だ。
バランクス?
? ? ?
これは酷い試練だな。バランクスは恐らくアラネアの進化先として登場する蜘蛛女の弟の名前だ。この蜘蛛女はアテナとの織物勝負の神話が有名だが、別の話も存在している。それがこの弟と恋に落ちた結果、罰として弟が蛾に姉が蜘蛛になったという話だ。
つまり進化する蜘蛛女の弟を討伐しろというクエストなわけだ。このゲームではどんな解釈をするのかな?
「準備はいいかな?」
俺は装備を選ぶ。選択したグランアルヴリングとクルージーンの二刀流。相手が槍ならブリューナクでもいいと思ったけど、今までの進化クエストを見ても結構癖が強い。ブリューナクが通用すると分かったなら次で瞬殺すればいいし、ここは二刀流を選択した。
ファミーユも展開して準備完了。
「いつでもいいです」
「じゃ、始めよう!」
バランクスが二叉槍を構えて突っ込んでくる。アラネアは鋼線で攻撃する。鋼線がバランクスに命中するとバランクスの姿が鱗粉となる。やはり普通の敵なはずはないよな。
第六感が発動し、俺はアラネアのガードに向かう。アラネアの後ろで鱗粉が集まり、バランクスが現れると二叉槍でアラネアに攻撃する。それを俺が受け止めるとバランクスは雷放電を使い、俺は諸にこれを受けてしまった。
「ぐぅぅ…らぁ! 光熱刃!」
俺は感電しながらも二叉槍を弾き、クルージーンをバランクスに向けて、光熱刃を使用するとバランクスを貫くが鱗粉となり、逃げられる。
「ぐ…これじゃあ、キリがないな」
膝をついた俺にアラネアが心配してくれた。
「大丈夫だ…アラネア、周囲に粘着糸の罠を設置してくれ」
アラネアが頷き、罠設置に向かうとバランクスが現れ、二叉槍から雷波動を撃ってきた。
「空間歪曲!」
雷波動が空間歪曲に吸い込まれ、バランクスに向けて放たれる。それを回避した所を狙い、レールガンを撃ち込んだが、やはり鱗粉となり、姿を消す。
「俺があいつを押さえ込むから、アラネア。頼むぞ」
アラネアは頷くと使役で蜘蛛たちを召喚し、蜘蛛の巣トラップを仕掛けに入る。蛾の攻撃を止めるのはやはり蜘蛛の巣だろう。
ただそれぐらいは分かっているのか。バランクスは蜘蛛の巣や蜘蛛たちを鎌鼬で倒して来た。アラネアの呪滅を食らうがそんなこと、気にしない様子だ。ダメージを食らっても蜘蛛たちは倒したいわけだな。
これはやはり蜘蛛の巣を設置しても引っ掛けるためには仕込みが必要と感じた。俺が作戦を考えていると突如アラネアがバランクスに向かっていく。
不思議に思っていると花の甘い香りした。しまった…花蜜を使えたのか!まずい!
『テレポート』
「らぁ!」
俺がアラネアより先にバランクスに斬りかかるとバランクスは鱗粉となる。そして第六感が危険を知らせる。誘い込まれた!?
バランクスの鱗粉に包まれた俺は防具などの効果を無視して、麻痺と致死毒の状態異常になり、墜落する。
すると花蜜から解放されたアラネアが俺を抱き抱えてくれた。しかしバランクスはアラネアが使っていた粘着糸を鎌鼬で切断し、アラネアは俺を庇い、木に激突した。
俺は自分の状態異常を治し、追撃に来たバランクスを迎え撃った。
「お前…いい加減にしろよ」
こいつは完全にアラネアを狙っている。バランクスだからか知らないが流石に頭にきた。
『アラネア、土潜伏してくれ。そこで蜘蛛たちと一緒にチャンスを待て。俺が絶対にチャンスを作るからあいつにきついお仕置きをしてやれ』
アラネアが頷くと土の中に潜る。これで恐らくバランクスは手出しが出来ないだろう。セチアやミールにはきっと怒られるだろうけど、今回は勘弁して貰うとしよう。
「「「「ハブーブ!」」」」
森全体が巨大砂嵐に包まれる。突然の暴挙にバランクスは対応出来なかった。そもそもこいつの生命線である鱗粉化はこの砂嵐の中で出来るものじゃない。鱗粉になったら、砂嵐の風で吹き飛ばされてしまうからだ。
結果バランクスは砂嵐の風で次々森の木々にぶつかり、地面に墜落した。ハブーブが収まるとバランクスは身体についた砂を落とす。この隙が致命的となった。
「ルーンスキル!」
俺のルーンスキルが決まり、これで鱗粉化を完全に封じた。これを合図に地面に潜んでいた蜘蛛たちから粘着糸を掛けられた。そして繭玉化したバランクスの目の前に覚醒を使った蜘蛛の大妖怪姿のアラネアが登場した。
バランクスはさぞアラネアを怒らせたことを後悔したことだろう。そう思ったが倒されたバランクスは最後に言葉を残した。
『姉さんをよろしく頼む』
俺が振り返るとバランクスがいた所には蜘蛛女の宝珠が落ちていた。
「試練、クリアだね。おめでとう」
「ありがとうございます。あのさっきの言葉は?」
「この宝珠で進化する召喚獣はバランクスの姉になるんだけど、禁断の恋をしたことでボクがそれぞれに罰を与えたんだ。その罰を受けてもバランクスの姉への恋心は変わらず、姉を任せられる召喚師を選ぶために蜘蛛女の宝珠の守り手となったんだよ。つまり君はバランクスから姉を任せられる召喚師だと認められたわけだね」
アラネアを執拗に狙っていたのはそれを確認するためだったってところか。
「そうなんですね…なんかプレッシャーだな」
「そんなプレッシャーなんて魔神と戦うことに比べたら、微々たるものでしょ。でも、ボクとしてはそのプレッシャーを忘れないでいて欲しいかな?」
「肝に命じておきます」
「うん。それじゃあ、頑張ってね」
アテナ様がそう言うと俺は獣魔ギルドに戻った。




