#860 天邪鬼の女神
俺たちが一斉に振り返ると着物を着た大人の女性がこちらに歩いて来ていた。さっきまであんな人影は無かったはずだぞ。近づいてくるとその女性は天狗の面を被っており、頭からは鬼の角が生えていた。
天逆毎?
? ? ?
ちょっと待って!天逆毎って確かスサノオの体内にたまった猛気から生まれた女神で天狗や天邪鬼の祖先とされている女神じゃなかったか!?
すると謎の声が神鹿から聞こえた。
『私の名は天迦久神。あなた方が天逆毎の瘴気から救ってくれた神鹿を介して語りかけている者です』
今度は鹿の神様だ。というかこれは連続クエストの流れだよな。テスト期間なのに勘弁してくれ。ゲームしている時点で文句を言う権利はないと思うけど。
「天逆毎に勝てますか?」
『残念ながら私では相手になりません。今、援軍を呼んでいます。もう少しだけ彼女を足止めしてください。報酬は私や他の神々が保証しましょう』
インフォが来る。
特殊クエスト『天逆毎から村を守れ』:難易度SS
報酬:結果により、変動
勝利条件:20分経過
天逆毎から村を守りつつ、20分間生存せよ。
受けるしかないよな。
「分かりました。やってみます」
『お願いします』
全員が戦闘態勢になる。遠慮は無用だな。
「レ」
神息を鞘に収めて、レギオン召喚をしようとした瞬間、目の前に蒼雷が落ち、天逆毎が現れる。
「オラ!」
「ぐ!?」
雷速の蹴りをくらい、俺はぶっ飛ばされる。咄嗟に左腕でガードしたけど、それでこの威力かよ。いや、それよりも女性の身体に服装も女物なのにめっちゃ男の声だったぞ。そういえば天邪鬼の祖先ってさっき自分で言ったところだったな。
俺が立ち上がろうとすると左腕が動かない。見ると部位破損となっている。さっきの一撃で折れたってことか。生命力もごっそり持っていかれた。そこで俺は天逆毎の神話を思い出した。
「「「きゃ!?」」」
俺が考えている間に全員がぶっ飛ばされる。
「す…すみまへん。タクトはん」
和狐が召喚石に戻る。進化してない和狐では相手が悪すぎる。それに今のメンバーは戦闘よりも拘束と防御の点から選んだメンバーだ。早くリリーたちを召喚しないとやばいぞ。
そう考えていると天逆毎がまた目の前に現れて、雷速の拳を放ってくる。それを慧眼で躱した俺は右手に待っていた召喚石を投げて、転瞬で距離を取る。
「レギオン召喚!」
投げた召喚石からリリー、イオン、イクス、ノワを召喚する。
「どうしたの? タクト?」
リリーが聞いてくる間に天逆毎が俺に向かって来た。こいつ、容赦がなさすぎるぞ!スサノオの子供と言われたら、納得してしまうけど!俺はフリーとなった右手で神息を抜刀すると天逆毎は腕でガードする。
「かってぇ…っ!?」
神息を見た天逆毎は口を開ける。そこには人間にはない牙があり、神息に噛み付こうとしたがこれは俺が回避した。
やはり天逆毎には武器破壊の能力がある。神話では鋭い武器でもその牙で噛み壊すほどの荒れようだとされている。他にも力のある神をも千里の彼方へと投げ飛ばす怪力の話もあるが今のところはそれは感じないな。もしこれがそうなら俺たちは即死していたはずだ。
俺が神息を食べさせなかったせいか凄い形相で睨まれて、拳を握ると稲妻が走る。やばい!?これを喰らったら、死ぬ!
「ガァアア!」
ゲイルが天逆毎に回転角で襲い掛かり、俺は難を逃れた。そしてセチアとブラン、チェスがゲイルと共に天逆毎に戦いを挑む。状況が理解出来ていないリリーたちは慌てて、駆け寄ってきた。
「タクト!? 大丈夫!?」
「タクトさん!? その腕」
「ちょっとへまをしてな。それに和狐がやられた」
「状況把握。戦闘開始します」
イクスに説明は必要ないから本当に便利だな。俺はリリーたちに説明する。
「武器を狙われるんですか…」
「あぁ…今回は武器に頼らず戦闘したほうがいい。みんなにも伝えてくれ。時間を稼げれば十分だが、そんなことを考えているとこちらがやられるほどの相手だ。今から他のみんなも召喚するから時間稼ぎを頼む」
「任せて! タクト! タクトの腕と和狐ちゃんの仇を取るよ! みんな!」
リリーたちも武器を使わず、戦闘を開始する。その間にリビナ、リアン、セフォネ、白夜、狐子、伊雪を呼ぶ。進化した者じゃないと恐らく太刀打ち出来ないからだ。
その証拠にリリーたちの鎖やイオンの氷など壊せるものはなんでも壊してしまう。光線系は硬い体に弾かれ、魔法系は吸収されてしまう。
何より格闘戦が異常に強い。まぁ、雷速を出せるなら強いのは当然なんだけどね。更には戦闘高揚のせいか徐々に強くなっている感じがする。
「天拳!」
「オラ!」
「きゃあああ!?」
リリーとの拳のぶつかり合いで天逆毎は勝利し、リリーは地面に落下した。更にスピードに乗っているイオンの頭を捕まえるとそのまま、地面に叩き付けた。
「かは!?」
「…影創造!」
ノワが影から剣山を出現させると攻撃するまでに姿が無くなり、ノワが背後から手から伸びる雷の刃で貫かれた。しかしノワはそれを理解していた。
「…けほ! 痛いけど、これで逃がさない」
ノワは雷の刃を握る。
「…獄炎」
雷の刃から漆黒の炎が燃え上がるとそのまま漆黒の炎は天逆毎を包み込んだ。しかし天逆毎は一切動じず、ノワを雷速の蹴りでぶっ飛ばした。雷の刃で腹を貫いた状態でこの攻撃をするかよ。
そして天逆毎は俺たちを見る。
「タクト! ボクらが時間を稼ぐからセフォネとエンゲージバーストをして!」
「私たちのエンゲージバーストでは勝目がありません!」
「分かった。セフォネ!」
「任せよ!」
リビナとリアンはすぐさま状況を把握して、狐子と伊雪と共に天逆毎に挑む。その間に俺とセフォネは指輪を掲げる。
「「エンゲージバースト!」」
セフォネとの初めてのエンゲージバーストが発動する。俺は漆黒の鎧を身に付け、外は漆黒、内は真紅のマントを羽織った吸血鬼の英雄の姿で降臨した。
セフォネが言っていた血が疼く意味を理解した。身体が妙に火照り、物凄い喉の渇きを感じる。でも、今はそんなことより目の前の奴だな。
『セフォネ、剣を頼む』
『任せよ! 影創造なのじゃ!』
俺は左腕を斬り裂くと切り口から血が発生し、手の形になると復活する。これが真吸血鬼の加護の力だ。影の剣なら武器の喪失はない。俺が影の剣を構えると天逆毎は目の前に現れて、俺たちを雷速の拳で殴ると俺たちの顔が消し飛ぶ。
しかしすぐに血が集まり、俺たちは蘇生すると至近距離から魔王波動の体制になる。それを阻止するために天逆毎は攻撃を加えて来るがどれだけ攻撃しても俺たちは蘇生するだけだ。力が溜まり、魔王波動で天逆毎をぶっ飛ばした。
『ふはは! これが妾の力じゃ! 真の吸血鬼となった妾たちに最早敗北はない!』
確かに女神の攻撃でも死なないなら敗北は中々ないだろうな。
「オォオオ!」
これを聞いたせいか天逆毎は雄叫びをあげて、雷化すると俺たちをボコボコに殴ってきた。見た目は女性の人に殴られまくり平気でいる俺は重度なマゾに見えないか心配だ。
天逆毎の雷化が切れると左手を振るう。すると天逆毎から血が飛び散る。これが鮮血爪の力。どんな頑丈な敵にも血があるなら出血させ、ダメージを与えるスキルだ。これが天逆毎にまともに与えた最初のダメージとなった。
そして天逆毎の血が俺たちの口に入る。女神様の血ってどんな味なのだろうか?
「『まっず!! ぺっぺ!』」
ダメだ…こりゃ。今まで色々な飲み物をこのゲームでは飲んできたがまずさではワーストを更新したかも知れない。まぁ、血を飲み物と考えるかは微妙なところだと思うけどね。俺たちが顔上げるとそこには物凄い気を立ち上げて、怒り心頭な天逆毎の姿があった。
自分を傷つけただけならまだ良かったのかも知れないが自分の血を飲み、吐き捨てる行為をした俺たちを許せないらしい。しかし怒り心頭なのは俺も一緒だ。何せこいつは和狐を殺したからな。その仕返しぐらいはさせてもらう!
俺たちは何度も殺されては蘇生を繰り返した。天逆毎が雷の刃を作ると俺たちは魔素刃で魔素の刃を作るとぶつかり合い、天逆毎が大魔法を使おうとすると魔法侵食で阻止する。
「はぁ…はぁ…」
「はぁ…はぁ…おぉ!」
お互いに疲労困憊の中、天逆毎は空に上がると巨大な雷の球を作り出した。
『タクト! 村に被害が出ちゃうよ!』
『私たちも手を貸します!』
『いや、大丈夫だ。そうだよな? セフォネ』
『うむ! 任せよ! 最後の決着、妾たちでつけてやるのじゃ』
俺たちは魔方陣を展開する。描かれるのは蛇座。
「何もかも消え去れぇえええ!」
『やれるものならやってみるがいい! 宇宙魔法! ピラーズクリエーションなのじゃ!』
魔方陣から現れたのは謎の巨大な隕石。これが巨大な雷の球とぶつかると巨大な雷の球を押していく。
『行くのじゃ! 斥力操作!』
更に斥力操作で謎の巨大な隕石が加速する。これを見た天逆毎はあっさり逃げてしまうが空高く上がって行った隕石は雷の球と共に爆散した。ここで俺とセフォネのエンゲージバーストが切れる。
宇宙魔法ピラーズクリエーションは物質を創造する宇宙魔法。セフォネはこれまで自分や倒してきた敵を創造してきたが物質はこれが初めてとなる。
今回の場合だとセフォネは雷の球に対抗するために耐電性が高い巨大隕石を創造することで見事に勝利した形だ。
「おのれ…おのれぇえええ!」
自分の渾身の一撃を負かされたことで天逆毎は怒り心頭だ。そして俺に殴りかかろうとした所に巨大な雷が落ちる。
「この勝負、ここまでだ。なかなか見応えがある戦闘だったぞ。お前たち」
巨大な雷と共に現れたのは腰に注連縄をした大男。上半身は裸で見事な筋肉を披露しており、天逆毎の拳を止めていた。俺が冷静だったのは、クエストの経過時間がとっくに過ぎていたことを知っていたからだ。
そして目の前のこの男の正体はもう見た目と雷だけで予想は付くね。天迦久神が呼んだ援軍と考えると最早確定的だろう。
「俺の名は建御雷神。この国で武神をしている神だ。天迦久神と天照大神の指示でこの暴力女を止めにきた」
天迦久神は建御雷神の父親である天之尾羽張に神様たちの指示を伝える伝達役として登場している。結局この願いは建御雷神が引き受けることになるため、一応関係性はある。
「うるせー! この筋肉達磨が! 手ぇ離せ! 他の女神どもに身体を触られたと言いふらすぞ!」
「がはは! 天誅!」
天逆毎の頭を掴むと見たことがない巨大な雷と共に天逆毎の顔を地面に叩きつけた。どうやら女神たちにセクハラされたと言いふらされたくはないらしい。
すると天から巨大な鹿と天照大神がやってきた。ずっと見てたのかよ。
「終わりましたか?」
「あぁ。こいつは俺がこのままスサノオに返せばいいんだな?」
建御雷神が天逆毎を持ち上げると天逆毎が白目になっており、頭や鼻から血を出していた。これはこれで怖い。
「はい。私から娘の面倒はしっかり持つようにきつく言っておきます」
「そんじゃ、帰してくるか…あー、そうだ。お前さんたち、中々のガッツだったぜ。今度は俺と殴り合おうぜ!」
そういうと建御雷神は雷速でいなくなった。せめて断りの返事を聞いてからいなくなって欲しい。すると天照大神から今回の顛末の説明を受けた。
原因はスサノオが八岐大蛟を倒すために山に放った雷神蒼嵐波。この一撃の中にはスサノオが溜め込んでいた力が宿っており、そこから天逆毎が生まれたそうだ。
「腹に溜まった力を久々に使えてすかっとしたぜ!」
あの時、スサノオは確かにこう言っていた。これが天逆毎のフラグという話だ。わかるか!
その後、山にいた神鹿は天逆毎の気に包まれて、暴走したという流れなんだそうだ。
『あなたには色々迷惑をお掛けしました。神鹿を救ってくれた礼は私から致しましょう』
まずは天迦久神から報酬を貰った。
神鹿の鹿角:レア度10 素材 品質S+
神鹿に生えている黄金の角。桜花では幸福を招くお守りとして知られており、特に肥料としては最高の物が作れる。また武器や兜の素材としても非常に人気がある。
これをなんと二本も貰えた。倒さなかったことがいい方向に向いたようだ。するとセチアが服を引っ張ってくる。肥料にしたい気持ちはわかるが全て肥料は待って欲しい。
「次は私から村を救ってくれたお礼です」
天照大神から予想外の報酬を貰った。
神火石:レア度10 素材 品質S+
神の火が宿った石。通常の場所では手に入ることがない素材で武器の素材としても使えるが主に神の金属を鍛える時に使用される。
お!これで緋緋色金の鍛冶条件が揃ったぞ!そういえば蕎麦に集中していたけど、元々はこのために来たんだったな。
「最後にこの子が迷惑をお掛けしたお詫びです」
俺が貰ったのは、迅雷の素材として使った青生生魂だ。これはもしかしなくても八岐大蛟の蛇石をこれに使えってことだよな。
「これをどう使うかはあなた次第です。ただ神鹿の鹿角は刀の柄に使われていたりします」
つまり刀の素材に使えってことだよな。まぁ、さっきから強く服を引っ張ってくるセチアもいるし、みんなで決めよう。
「それでは私はこれで失礼します。いつか高天原に来た時は他の神たちと共に歓迎しますね。では、帰りましょう。天迦久神さん」
『はい。それでは私も失礼します』
二人は天に帰って行った。その後、村人からは蕎麦を貰い、ホームに帰った。
「えぇ!? タクト殿に皆さん、どうしたんですか!? えーっと…まずは手当を! あー!? とっとっと」
「うぎ!?」
「「「「あ」」」」
ボロボロの俺たちの様子に燎刃が慌てると足を滑らし、けんけんをすると俺の足の小指を思いっきり踏んだ。
「あぁ~!? すみませぬ! タクト殿!」
まさかの止めの一撃を貰い、俺はログアウトした。気持ちを切り替えて午後は予定変更して全部テスト勉強に回すことにした。




