#772 エステルイベント最後の防衛戦
俺たちが戦っている頃、砦でも偵察隊から襲撃の知らせを受けて、邪竜の住処に向かわなかったプレイヤーが集結する。
「巨大迷宮の完成が間に合って良かったわね」
「ですね。土の魔法スキルが結構上がったみたいですよ」
「その結果がMPポーション酔いなんですね」
今回は敵との距離が近く、作戦のために事前に巨大迷宮を作製して貰った。MPポーションを飲みまくった魔法使いたちには感謝したい。そして全体指揮をしているサバ缶さんが言う。
「あれが最後の新しい敵ですか…」
アグリィ・スプリガン?
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アグリィ・スプリガンはアグリィ・キマイラと同じサイズの岩の巨人だった。武器に岩の戦斧を持っている。
「ゴーレムのように見えますね」
「スプリガンってこんなのでしたっけ? 確か妖精の名前じゃなかったですか?」
この質問にルインさんが答える。
「スプリガンはドワーフの一種と考えられている妖精ね。財宝を守っていたり、他の妖精を護衛をしたりする妖精と知られているわ。戦闘するときは巨大化すると言われているからあれがそうってことなんでしょうけど…状況が合わないわね」
「ドワーフより入電! あのスプリガンは死んだドワーフを闇落ちさせて、復活させた存在らしいです」
「ま、そういうことでしょうね。ルインさんの話では防御特化。恐らくあれを倒さないとまともに他のモンスターたちに攻撃をすることが出来ないでしょうね」
「どうしますか? サバ缶さん」
聞かれたサバ缶さんが決断する。
「ギルマスではありませんが先手を取って、相手の作戦を潰します。タスラムでアグリィ・スプリガンを狙ってください」
「了解!」
サバ缶さんの司令を受けてシリウスさんが砦からタスラムを構えると先にアグリィ・スプリガンが動いた。戦斧を地面に突き立てると五枚の金属壁が作られる。
『く…中止しますか?』
『いいえ。そのままで大丈夫です』
『わかりました。タスラム、撃ちます!』
タスラムが放たれると全ての金属壁を貫き、アグリィ・スプリガンに着弾するかと思われた瞬間、何枚もの障壁が展開される。タスラムの砲弾は止まってしまったが超爆発は残った障壁ごとアグリィ・スプリガンを呑み込み、見事に倒した。
タスラムはマーリンが作った結界を破壊している。そこらの結界ではタスラムは止めれないことをサバ缶さんは知っていたから問題無しと判断したんだ。
「改めてこんなのを生身で受けたんですね…私たち」
「死んで当然ですよね~」
シリウスさんたちはプレイヤーで唯一タスラムを受けた人たちだ。色々思うところはあるだろう。するとアグリィ・キマイラたちから光線が放たれ、作った迷宮と砦に襲いかかる。更にネクロオーガたちの姿が消える。
アグリィ・キマイラの攻撃は満月さんと帝さんたちがガードし、砦にいる賢者たちから邪光石を投げられて、光のルーンを発動されるとネクロオーガたちが砦の前に姿を現す。
「砦を壊してくれた怨みだ! 気合いを入れろ!」
「「「「おぉ!」」」」
クロウさんたち、鍛治職とドワーフたちが砦の城門の上から一斉に熱鉄の黒縄を投げて、ネクロオーガたちを拘束する。そして与一さんと砦で魔法使い部隊を指揮している人が指示を出す。
「全砲門、目標ネクロオーガ! 撃て!」
「レールガン! 目標ネクロオーガ! 撃て!」
砦に設置された大砲と魔導師たちのレールガンがネクロオーガたちに容赦なく撃ち込まれるとマールス・ゲニウスたちが助けるために現れる。それをシリウスさんの部隊が撃つとシリウスさんが狙われる。恐らくアグリィ・スプリガンを倒したせいだろう。
シリウスさんが集られる間にネクロオーガたちを倒し、マールス・ゲニウスは神官の手で一掃する。
「助か…っ!?」
神官プレイヤーとシリウスさんがマールス・リーパーに狙われる。鎌で斬られると即死してしまう。すると銃士たちがマールス・リーパーを狙い、倒すとミライが二人を蘇生させる。
「油断した…ありがとうございます」
ミライはお礼を言われて、まんざらではなさそう。
本来ならマールス・ゲニウスたちより地上部隊やネクロオーガが助けに向かいたかったはずだ。しかし巨大迷宮が邪魔して助けられない状態を作っている。
徒歩での助けは当然巨大迷宮を突破しなければならず、他のネクロオーガが霊化で助けにいこうとしてもレイジさんたちが向かわせない。
こうなると敵は主力であるアグリィ・キマイラで迷宮突破を図ってくる。一方こちらは太陽のチャリオットとヒポグリフに乗ったアストルフォを先頭に敵の空中部隊の掃討に向かう。
アグリィ・キマイラの攻略法は俺が実演した。当然みんなも同じ方法を取るわけだがブリューナクを持つ満月さんは氷魔法が使えない。他の魔法使いたちが氷魔法を使うと呪滅撃で死ぬことになる。
ということで呪滅撃が効かないダークエルフたちに氷結係を頼んだ。
「宝玉解放! 凍てつく地獄で眠れ。氷獄!」
アグリィ・キマイラと地面にいる雑魚がまるごと氷結する。完全にやり過ぎだが、文句は言わず満月さんがブリューナクを投げていく。そして他のアグリィ・キマイラにはランスロットとモルドレットが挑む。
雑魚を蹴散らしても彼らの鎧が呪滅撃を弾いてる。
「アロンダイト! 聖剣解放! 聖剣技! ラウンドテーブルレイク!」
「クラレント! 聖剣解放! 聖剣技! キングス・カリバー!」
二人の攻撃はアグリィ・キマイラを両断するがアグリィ・キマイラは復活する。
「話に聞いた通りですか」
「いいぜ! いいぜ! 望み通り死ぬまで斬り刻んでやるよ! あん?」
二人に無数の弓矢が飛んでくる。ランスロットの剣の振った風圧で吹き飛ばし、モルドレットは全く動かず弓矢に当たるかに見えた瞬間、弓矢が突如向きが反転し、弓矢を撃った奴に帰っていった。
「俺に弓矢を当てたいならトリスタンぐらいのことをするんだな」
更に周囲の敵が襲いかかるが不自然に動きが止まると全員が吹っ飛ばされる。モルドレットが使っているスキルは反転。全てのベクトルの向きを反対にしてしまうスキルだ。
これでは攻撃は通らないが使うには知覚しなければならない弱点がある。全ての弓矢や敵の動きを把握し、反転させるモルドレットは流石円卓の騎士だろう。
そしてランスロットもまた雑魚に群がられていた。
「ウンディーネ・ロンド」
ランスロットが技を言った瞬間、周囲にいた敵がバラバラに解体された。
「おーおー。相変わらずえげつねーな。時間遅延を組み合わせたお前の技は」
ウンディーネ・ロンドはランスロットの周囲の時間を遅くし、その間に通常速度のランスロットが敵を斬る技。この時間遅延は知覚する時間まで遅くなるからモルドレットは苦手だったりする。
「あなたも大概でしょう」
「そうかね?」
そういうモルドレットにアグリィ・キマイラが爪を振り下ろすが反転させられ、アグリィ・キマイラの巨体が空中で回転する。
「遊んでんじゃねー!」
「あなたがしたんでしょう…」
二人と満月さんがアグリィ・キマイラの相手をしていると次はヘル・ドラウグルとヘル・ドラウグルビーストが迷宮の破壊に動く。これに対してサバ缶さんも迷宮入口に展開しているほぼ全てのプレイヤーに迎撃を指示し、遂に敵部隊とプレイヤーの部隊がぶつかる。
「さぁて…昨日の決着をつけるとしようか!」
鉄心さんはヘル・ドラウグルと刀の斬撃の撃ち合いになる。ぶつかる度に衝撃波が発生して普通なら近づきたくはないだろうが、モンスターたちにそんなのお構いなしだ。
「近付き過ぎると巻きこまれるぞ!」
「雑魚を鉄心さんに向かわせるな!」
カイと侍たちが鉄心さんの援護をしているとヘル・ドラウグルは両手で太刀を持つと諸刃の一撃を使い、振り下ろしてくる。
「面白い! 受けてたつ!」
『ワイフ!』
『任せて! パワーマキシマム!』
「闘気爆裂!」
ワイフさんがパワーマキシマムで鉄心さんの筋力を跳ね上げ、更に鉄心さんの闘気が一気に膨れ上がった。その結果、鉄心さんはなんと諸刃の一撃の太刀の攻撃を受け止めて弾いた。
「神刀滅却!」
最後はヘル・ドラウグルを両断して、倒した。
「いい勝負だった…っ~!?」
鉄心さんに激しい筋肉痛が発生する。闘気爆裂の反動だ。するとゴブリンたちに襲われるがカイと仲間の侍たちが助けに入る。他のヘル・ドラウグルは勇者や英雄、聖騎士のプレイヤーたちが中心となって、押している。
一方ヘル・ドラウグルビーストたちはドワーフたちの謎の鎖に拘束され、プレイヤーたちにぼこぼこにされている。この鎖はロイヤルデュラハンの攻撃でも壊すことができなかった。普通ではないだろう。
そんな戦闘をしている間にアグリィ・キマイラの討伐に成功し、空中部隊も太陽のチャリオットとヒポグリフの活躍でほぼ全滅している。
一方で地上の敵部隊の次々迷宮の中に入っていく。流石に大型のモンスターを抑えていたら、戦線を維持するのは難しい。ま、みんな本気で止めようとしてないんだけどね。
迷宮は以前と違い、プレイヤーの姿も壁での分断も何もない。以前と違うのは迷宮の中に大量にばらまかれた俺が見付けてた石炭だ。
これだけではなんの意味もない物なんだけど錬金術を使うとこれがとんでもないものになることをニックさんたちが発見したので、今回作戦に使うことにした。
敵は巨大迷宮の出口を探すがそんなものは実はない。迷路の全てに出口があると思ったら、大間違いだ。
『そろそろ敵がいっぱいです』
『了解。入口を封鎖! ニックさん、よろしくお願いします』
「了解!」
『やりますよ! 大規模錬金術です!』
ニックさんたち、錬金術師が迷路の上で一斉に錬金術を使うと迷路を覆う錬金術の魔方陣が展開される。
『物質変換! 石油!』
石炭が石油に変化する。似ているがこの二つは全くの別物。
「石油って、石炭を水で溶かせば作れるんじゃないのか?」
アーレイのびっくり発言には心底驚かされる。もちろんそんな簡単に作れるものじゃない。石油がそんな簡単に作れるなら世界中で作られているだろう。
石炭は大昔の植物が分解されず炭素化したもので石油はプランクトンなどの死がいが海底などにたまり、分解されたものだ。どちらも地中の圧力や地熱が関係して作られているが完全に別物。
因みにアーレイの質問に答えると石炭を粉末化して水に混ぜたという意味ならそれは石炭水だ。アーレイの中では石油、石炭、天然ガスの関係が水、氷、水蒸気の関係と同じだと考えていそうでちょっと怖い。
この全く別物の石炭と石油をゲームの錬金術を使えば石炭が石油になるのだ。流石は錬金術。物質を全く異なる物質に変える魔術といったところだろう。
そしてレッカが仕上げをする。
「ブリーシンガメン!」
ブリーシンガメンの炎が石油に迫る。雨を降らして防げるものなら防いでみろ。
出口が完全に無くなった迷路は石油の効果で一瞬で地獄と化す。この結果、呪滅撃が発動するのだが、レッカは甘じて受けた。呪滅撃が発動した後に蘇生して貰えれば問題ないからだ。
地獄の迷宮をロイヤルデュラハンなどが壁を破壊して外に脱出するが既にプレイヤーたちが迷宮を包囲している。残念ながら勝負ありだ。俺たちからすれば呪滅撃を使う雑魚さえいなくなれば遠慮する必要が無くなる。
出てきた敵は銃や弓矢、投擲した槍で狙われ、生き残りは勇者などが始末した。最後は迷宮ごとぶっ壊す上級魔法で終わった。
防衛が終わり、みんなが砦に集まると俺はチロルたちに怒られていた。理由はグレイの進化。神狼の宝珠をホームに置いてきたから進化させることが出来ないのが原因。だって届くと思ってなかったし、終わってから進化させればいいと思うじゃん。
結局ジークの進化も先送りにして、少ない料理でお疲れ様会を開いて、俺たちのイベントは終わった。
現実に戻った俺たちは俺が姫委員長、海斗が副委員長を家まで送っていく。夜は危ないし、深夜だからね。俺が姫委員長を家に着くと意を決したように姫委員長に声を掛けられた。
「せ、誠吾君! 休憩時間、私と文化祭を回ってくれないかな?」
「ん? 別にいいけど?」
「へ? いいの?」
「うん」
別に誘われたことはないからな。
「そ、そうなんだ…あ、送ってくれてありがとう」
「あぁ。おやすみ」
「おやすみ~」
俺は自宅に帰るために引き返す。
「やったぁあああああ!」
「うお!?」
姫委員長の絶叫に驚くと周りの家の明かりが付く。ここで慌てて逃げ出す俺ではない。もしそんなことをすれば俺は怪しい犯人だ。ここは無関係な様子を貫いて、歩いて帰った。
これはゲームの中の話ですので、絶対に現実では真似をしないでください。




