#701 ダメ兎と宝の在り処
俺は休憩中、メルたちに気になったことを話してログインする。すると再びリリーたちのお腹の虫の大合唱。
『…』
「そんなにお腹が空いているなら仕方ない。変えるか」
『なんでそうなるの!?』
当然だろう。ということでメンバーをイクスはそのままで和狐、ブラン、ファリーダ、ユウェルを選んだ。イクスはカプセルで魔力をあげればお腹いっぱいだからな。
俺は和狐たちに事情を説明する。
「まぁ、食べる量が減ったから物足りないのは理解出来ますが…」
「そこは我慢しやなあかんところどす」
「それで私たちの目的は食料も追加ってことね」
「あぁ。悪いが頼む」
因みに現時点で団子粉を交換すれば団子は作れるがこのままでは折角集めた秋の七草が無くなるから我慢させた。
俺たちは山から時計回りで探索することにした。女将さんの話では森があり、クマや猪、鹿が出るらしいのだ。山の反対には川があり、海に出れるらしいので、この順番にした。
森の中に入るとイクスに索敵を頼む。
「巨大な存在とわたしたちと同じぐらいの存在を見つけました」
また何かのクエストか?
「どこだ?」
「正面です」
俺たちは空から敵を確認する。すると森の中で巨大な茶色の塊が動いている。あの毛は猪か?めちゃくちゃでかいぞ。
すると識別出来た。
猪神?
? ? ?
…おいおい。俺は地上に降り、決断する。
「退くぞ!」
「え? でも猪ですよ?」
ブランの疑問に和狐が答えてくれた。
「猪神はあきません! 猪神は山の神様で怒らすと手におえないんどす!」
流石、和狐。よく知っているな。因みに日本では古事記や日本書紀に登場する草薙の剣で有名なヤマトタケルを死に追いやったのが伊吹山の荒ぶる神とされる白い猪だ。
日本の歴史の中でも伝説級の英雄を倒した猪神を相手にしたくはない。ということでユウェルを担ぎ、俺たちは逃げ出す。
しかし音が近付いてくる。
「なんで追ってくるんだよ! 直線で逃げてないだろう!」
「恐らく猪神が追っている存在がわたしたちを追いかけていると思われます」
なるほど。なんて傍迷惑な奴だ。全く…どんな奴だよ。俺たちは立ち止まるとその存在を捉えた。
「助けてウサ~!」
巫女姿の兎のセリアンビーストだった。
「断る! 追ってくるな!」
「酷いウサ!? でも、助けてくれないとずっと追いかけ続けるウサ!」
なんてウザい兎だ。同じ巫女の恋火や和狐を見習え!
「マスター。猪神、止まりました。魔力が上昇中です!」
何か来る!
「「「フライ!」」」
ファリーダとユウェルに飛行魔法をかけて俺たちは空に逃げる。
「空に逃げるなんてずるいウサ! ウサ? 止まったウサ? さては疲れたウサね! 遊兎の逃げ勝ちウサ!」
力を貯めた猪神が力を解放すると一瞬で直線上に走り抜け、全てをぶっ飛ばした。当然油断した兎のセリアンビーストはあえなく引かれた。空には飛んでいないから地面に埋まっていることだろう。
「フゴ!? フゴーーー!」
すると猪神が突如急ブレーキをした。なんだ?なんで急ブレーキしたんだ?
その後、猪神は山の方に移動していく。どうやら、俺たちには興味なかったらしい。まぁ、狙いは兎のセリアンビーストだったみたいだし、当然か。
俺たちは地面に降りると引かれた兎のセリアンビーストを見に行くと地面に埋もれていた。
「おーい。生きてるか?」
俺が杖でつつくが反応なし。屍のようだ。それを見たユウェルはお願いしてくる。
「タクばかりずるいぞ! わたしもやりたい!」
「いいぞ。思いっきりするんだぞ?」
「任せろ! せーの!」
「ウッサー!?」
兎のセリアンビーストが両手を地面に叩きつけ、飛び上がることでユウェルの攻撃を躱した。随分身軽だな。
「何考えているウサ! 思いっきり地面に刺さっているウサ!」
「お前が死んだフリをしているのがいけないんだ」
生命力が残っていたから、死んだふりをしているのが丸分かりだった。それにしても丈夫な奴だ。俺たちなら間違いなく死んでいたぞ。
「そもそもなんで猪神に追われていたんだよ」
「さぁ? 遊兎は祠にお供えされていたお饅頭をお腹が空いたので、食べただけウサ」
「それは怒って当然だと思います」
和狐の言う通りだな。こいつはダメ兎で決定だ。
「遊兎というのは名前か?」
「その通りウサ! 遊ぶ兎と書いてゆうと読むウサ! そういえばみんなの名前はなんというウサ?」
俺たちは自己紹介を済まし、遊兎を回復させたお礼に遊兎の村に行くことになった。その道中でファリーダが警告される。
「タクト、リリーたちにそういうことをしたら、ダメだと教えておかないとダメよ」
「流石にそんな非常識なことはしないと思うが、一応言っておくよ」
信じたいところだが、リリーはレオナルドの時に真っ先に置いているお肉に飛びついたからな。ちゃんと話しておこう。
「凄い言い草ウサ! 食料が尽きた所にお饅頭があったら、食べて当然ウサ!」
まぁ、死ぬほど腹ペコならわからなくもない…か?まぁ、最終手段だろう。その時はちゃんと神様に許可を貰うなり、感謝の言葉を述べるのが流儀だと思う。間違いなくこいつはちょっとお腹が空いて、祠に饅頭あったから食べたみたいなノリだ。それでは弁解の余地はない。という訳で村までお説教をした。
その後、俺は遊兎の案内で兎のセリアンビーストの村に到着する。兎のセリアンビーストは合掌造りの村だった。合掌造りは白川郷が有名だな。
すると夫婦と思われる兎のセリアンビーストが来た。
「遊兎! あぁ…良かった」
「無事にお役目が出来たんですね! 本当に良かった」
どうやら遊兎の両親らしい。それにしても遊兎は何か仕事をしていたんだな。
「お役目って、なんのことウサ?」
「「…」」
時間が止まった。
「山の社に秋の七草を飾って、月見団子をお供えするように言いましたよね!?」
「お団子ウサ? そんなもの無かったウサ」
「いやいや! お前の風呂敷の中にちゃんと入れて渡したぞ」
「あぁ! そのお団子ならお腹が減ったから食べたウサ」
お説教のため、暫くお待ちください。
「酷いウサ…お尻が痛いウサ…」
「お前が神様へのお供え物を食べるのがいけないんだろうが!」
「あなた…どうするの? このままでは私たちは神様のお怒りに触れてしまうわ」
「あぁ。今年の団子粉はもう無い。困ったぞ」
あぁ…そういう流れになるのか。納得した。
「あの…俺たちも山の社に月見団子はお供えしようと思っているんですが」
「ん? 君たちは人間だな。遊兎が連れてきたのか?」
「そうウサ! でもこの人たちは猪神に襲われている遊兎を放置したウサ」
俺は怒りが頂点に達し、遊兎の兎耳を強く握る。
「痛いウサ!? 遊兎の兎耳を握るとは神をも恐れぬ所業ウサ!」
「猪神を怒らせたお前が言うと説得力があるな! このダメ兎! 俺たちは完全にお前に巻き込まれた被害者だろうが!」
「「猪神を怒らせた?」」
恐怖に震えるご両親に俺は事情を説明すると遊兎の母親と思われてる人は俺から遊兎の兎耳を受け取ると家まで遊兎を引きずっていく。
「このお馬鹿さん! お馬鹿さん!」
「ウッサーーーーーー!?」
気持ちがいいお尻を叩く音が家から聞こえてくるがスルーしよう。自業自得だからな。
「うちの娘が迷惑をかけてしまい、本当に! 申し訳ない!」
良かった。この人はかなりの常識人っぽい。
「いえ、別に被害を受けたわけではないので、お気になさらず。それよりも先ほどの話なのですが」
「あぁ。気持ちはありがたいが、月見団子は我々が作ったものをお供えしないといけないんだ」
「それはお団子がですが? それとも団子粉もここで作られたものでしかダメなのでしょうか?」
「ん? いや、決まりでは我々が作った月見団子を月に行く者がお供えするというものだ」
この話なら秋の七草の交換して手に入る団子粉を彼らに渡して、ここで月見団子を彼らが作れば問題ないわけだ。まぁ、イベントならこうなるとは思っていた。俺は提案する。
「…それしか手がないか。すまないが頼めないか? 代わりに何か手伝えることがあったら、なんでも言ってくれ」
よし!俺は事情を説明し、領主様から依頼された宝がどこにあるか質問する。彼らはここに住んでいる。知っている可能性が高い。
「それはまたかぐや様も無理難題を言ったものだ」
「あれ? 彼女を知っているんですか?」
「ん? あぁ、人間は知らないのか。彼女は我々、月兎の眷属が仕える神様、帝釈天様の娘だぞ」
なるほどね。月の兎の伝説と竹取物語を上手くくっつけたな。
月の兎の伝説は月で兎が餅つきをしているという有名な話だが、仏教の話で帝釈天が登場する。簡単に話すと猿、狐、兎の三匹が、山の中で力尽きて倒れている老人に出逢い、助けることにしたのが物語の始まり。
その後、猿と狐は食料を調達できたけど、兎だけは食料が用意出来ず、自分を食料として捧げることにした。これを見ていた倒れていた老人が帝釈天で、兎の慈悲深い行いを後世まで伝えるため、兎を月へと昇らせたという話だ。
一方、竹取物語では月から迎えが来て、かぐや姫が月に帰るという話が有名だね。この迎えに来た天人が無敵でかぐや姫を月に帰さないために用意した部隊はあっさり負けて、かぐや姫は月に帰ることになったというのが本当の竹取物語。子供向けの絵本では戦闘とかは書かれていないと思う。子供の教育上良くないからね。
天人を天部と解釈するならその中には帝釈天が入ることになる。そりゃ、帝釈天に普通の人間が勝てるはずがない。なぜなら帝釈天は仏教の二大護法善神の一人でヒンドゥー教ではインドラという名前で知られている。雷霆神、天候神、軍神、英雄神として知られている神だ。
はっきり言って、神様の中でもかなりの実力者だろう。そんな神様ともし本当に戦おうとしていたのだとしたら、平安時代の人たちを俺は尊敬する。
因みに帝釈天に娘がいるという話はないはず。インドラならあるかも知れないが詳しくは知らない。言えることは日本の着物は間違いなく着ていないということだ。しかしかぐや姫のことを知っているなら彼女が要求したアイテムのことも知っている可能性はかなり高い。聞いてみると教えてくれた。
「仏の御石の鉢はこの村にあります。ただしあれはお釈迦様が許可した者でしか持つことが出来ない鉢です。山の祠までは持っていけないでしょう」
釈迦は仏教の開祖だ。つまり最初に悟りを開いた人。お釈迦様は生まれてすぐにいきなり七歩歩いて、上と下を指差すと天上天下唯我独尊と言ったことで有名。
昔、天上天下唯我独尊の意味を知りたくて、偶然知ってしまった驚愕の物語の一つだ。そんなお釈迦様を探して、許可を貰えというのか…都の中にまさかお釈迦様がいたのか?するとどうやら俺の心配は無駄だったようだ。
「幸い遊兎はお釈迦様に仏の御石の鉢を持つことを許可されています。遊兎もあの山の社にお供えしないといけませんから出来れば一緒に向かい、見張っていただけるとありがたいです」
心配は無くなったが変わりに負担が増えた。あのダメ兎を連れて、山を登らないといけないなんて!しかしクエストクリアのためにはやるしかない。残りの宝についても説明を受ける。
「蓬莱の玉の枝は今はこの森に住んでいる仙人が持っていると思われます。残念ながら具体的な居場所についてはわかりません」
山といえば仙人のイメージだったが森にいるのか…今はということは以前は山にいたのかな?いずれにしても見つけるのは苦労しそうだ。町で情報を集めないとな。次は火鼠の皮衣の話。
「火鼠はこことは反対にある草原に生息しています。火銃花の近くに出るらしいですよ」
また火銃花が出てくるのか…まぁ、厄介ではあるがうちには火銃花キラーのぷよ助がいるから問題ないな。そう思っていると別の問題が発生した。
「ただ中々出会えず、火鼠から得られるのは火鼠の皮でここから火鼠の皮衣を作らなければいけません」
都で注文するのはさっきの視線のことがあるから回避したいところだな。
「それならこの村で火鼠の皮衣を作られせてくれませんか?」
「構いませんよ。妻が作るのが上手なので、素材さえ頂けたなら遊兎がお迷惑をかけたお詫びに火鼠の皮衣を作りますがどうしますか?」
そういう流れで来るのね。俺は和狐を見ると頷く。俺たちの服ではないし、時間が限られているなら頼むのが正解な気がする。
「そういうことならよろしくお願いします」
「わかりました」
次は恐らく難易度がCの理由である龍の首の玉だ。
「龍の首の玉は驪竜という黒竜が持っています。夜の山に現れるそうです」
こいつは火鼠と同じ討伐みたいだな。苦労しそうだ。最後は一番簡単そうな燕の子安貝。
「燕の子安貝は山の反対側にある海の岬で手に入ります。ただこれを作る燕は警戒心が高く、巣は岬の岩肌にあるので、取るのがかなり難しいです」
家にある燕の巣から取るんじゃないんだね。竹取物語では確か人の家にある燕の巣に燕が卵を産むのを待って取りに行くという話だったはず。
なかなか燕の子安貝が見つからず強引に手を伸ばして、取りに行った結果、手に入ったのは燕の糞で挙句の果てにはバランスを崩して屋根から落下して死んでしまうんだよな。流石にこれにはかぐや姫も悲しさを感じたそうだ。
飛行が可能なら楽なんだけどな。そんな簡単ではなさそうだ。今から向かうとしたら、海だな。あ、リリーたちのお肉取れていない。先に食料調達をしてから向かうとしますか。




