#273 デュエルトーナメントタッグ戦
翌朝、いつものようにログインする。そして見に行きたいというリリーたちを説得する。
昨日はリリーたちを連れて目立っていたがそれはリリーたちを説得するためともう一つ、今日は目立たないためだ。しかし当然何か理由がない説得することは出来ない。
「実は今回はタッグで暗黒召喚師が出るらしい」
『っ!?』
全員が驚く。するとイオンが発言する。
「それなら尚更、私たちも一緒に行くべきです! それとは私たちは邪魔ですか?」
「邪魔なわけないよ。一応説明しておくと今回の暗黒召喚師は俺たちが戦った奴とは別人だ」
和狐がホッとする。やはりトラウマはそう簡単に治らないよな。
「だけどマナーの悪さは飛び抜けているらしい。リリーたちはこれまでたくさんの人と関わってきた。だからこそ俺はリリーたちに人を嫌いになって欲しくないんだよ」
「なるほど…お話はわかりました。しかしタクト様、まだ私たちに隠し事がありますね?」
セチアは本当によく見抜くな…俺がダメなだけかも知れないが…こうなったら、話すしかないな。
「実は暗黒召喚師の一つの能力が判明した。それが召喚師の召喚獣を奪い取るスキルがあるらしい」
『ッ!?!?』
全員が驚く。俺も昨日メルからこっそり教えて貰ったのだ。情報の信憑性を聞くとルークのオークがやられたらしい。今回のタッグ戦ではパーティーの変更は認められていないので、この時点でルークは失格となってしまった。
このルールは遅刻した者などの対策だと思っていたがどうやら暗黒召喚師も関わっていたようだ。
ルーク以外にも多くの召喚師が暗黒召喚師の犠牲になっていた。
召喚獣を奪うことが出来る暗黒召喚師にとって、今回のイベントは最高の舞台となった。何せ召喚師は最強の召喚獣とタッグで出るからだ。通常時は数がいて、負けるリスクが高いがタッグバトルならリスクは少ない上に最強の召喚獣が手に入る。
そんな奴らの狙いにリリーたちはまず間違いなく入っているだろう。幸い隷属化の条件も判明していて、暗黒召喚師が召喚獣を倒す必要があるそうだ。
それなら安全策はそもそも連れて行かないことが最善となる。後は戦わないことだな。
「なるほど…わかりました。今日はお留守番しています」
「セチアちゃん!?」
「リリーお姉様、タクト様は私たちの心配をしてくれているのです。今は私たちは戦えませんし、今日はタクト様の意思を尊重して上げてはどうですか?」
「…わかった」
リリーが折れたことでみんなも不参加が決まった。セチアには感謝しないとな。
その後、俺は獣魔ギルドでレッサーオーガの召喚を狙う。結果は失敗。やはり成功率良くないな。ミライと合流し、共にイベント会場に向かった。
昨日と同じようにトーナメント表が表示される。その中に暗黒召喚師は二人いた。それぞれ別ブロックだ。メルたちが当たるとしたら、準決勝となる。
そしてタッグ戦ではやはり召喚師が多かった。次に多いのが弓術師、魔法使いとなっている。やはりソロで厳しかった強い人たちがタッグ戦に流れているんだろ。
そしてトーナメントが始まった。
まず注目の暗黒召喚師だが、召喚した召喚獣が暴走状態となり、暗黒召喚師も相手も見境なく襲いだした。暗黒召喚師のスキルと思ったが、自分も襲われているところを見ると隷属化スキルの代償か暗黒召喚師の職種の代償と見るべきだな。
和狐は隷属化を受けず、暴走していたし、暗黒召喚師の代償のほうが濃厚だな。
しかしこいつらの戦闘を見て、海斗と佳代姉が言っていた意味を理解した。こいつらは暴走した召喚獣を殴る蹴るをして、完全に虐待しているようにしか見えない。
悪意ある行動は運営の規定で禁止されている。それでもルールに引っかからないのは暴走している召喚獣に襲われているからだろう。武器の攻撃や魔法なども使用していないし、あくまで攻撃一発だ。恐らく過度な攻撃は禁止行為に該当して、出来ないんだろうな。
それでも人から奪った召喚獣を襲われているから殴る蹴るしている光景を見ることは気持ちがいいものではない。運営もそれを理解しているのか観戦するのに年齢制限を設けたくらいだ。
その暗黒召喚師と戦うことになった召喚師はあっさりギブアップしている。自分の大切に育てて来た召喚獣が奪われるかも知れないのだ。戦いを避けるのは当然の判断だが、見ている人からしたら、つまらないものだろう。何度も続くとブーイングが起きたが、ブーイングをした人はライヒ帝国のNPCに連れて行かれて、退場させられていた。
その暗黒召喚師だが、一人はトリスタンさんと当たり、瞬殺された。しかしトリスタンさんが何かをしたわけではない。トリスタンさんのパートナーがカードを引いた瞬間、死んだのだ。
「正義のアルカナ。その正位置よ。意味は善行。効果は闇属性の敵の全滅よ。運が無かったわね」
ひでぇ。なんだあの効果…ミライが説明してくれる。
「…あれは占い師のオリジナルスキルの占いスキル。タロットカードがランダムに引かれて、そのカードによって、色んな効果が発揮されるみたい…今回のイベントのダークホース」
戦闘中に一回しか使えないらしいがこれがかなり凶悪なのだそうだ。今回のように相手を一瞬で仕留めてしまうものがあるからな。ただし今回の正義が普通のプレイヤーに当たった場合は完全に不発となる。他にも自分たちにマイナスの効果もあるので、ギャンブル性が高い。
しかしそれ故に面白く、注目されているのだ。ミライによると古の島では死神の逆位置の味方全員死亡、吊られた男の正位置で全員拘束の状態。色々問題視されていたようだ。この正義の効果を引けていたら、俺のMVPはなかったかも知れないな。
因みに一回戦では恋人のカードの逆位置となり、占い師の人が敵側になっていた。突然の事態に相手が混乱している隙にトリスタンさんの問答無用のアローレインが炸裂し、占い師の人もアローレインをくらい、死んでいた。
メルたちも勝ち進んでいる。チロルは暗黒召喚師と当たり、ギブアップ。あの様子だと戦いたかったみたいだが、ギブアップしたところを見るにルークがギブアップをお願いしたみたいだな。
午前中が終わり、ログアウトしようと街中を歩いていると下品な声が響いていた。
「やれやれ。召喚師どもはどいつもこいつもギブアップしてばかりでつまんねーな」
「そう言うなって、俺たちが強すぎるからだろ」
占い結果で死んだ奴が強すぎるとか何言っているんだか。それにしてもこいつら、指名手配されているのにコロッセオの外に普通に出歩いて平気なんだな。
「この様子じゃあ、噂の幼女のサモナーも大したことないんだろうな!」
その言葉を聞き、ミライが怒りを現わにするが俺が止める。
「怒ってくれたことは嬉しいが弱者の戯言だ。相手にするな」
「…うん」
俺たちはその場を立ち去ると今度は黒髪のチャイナ服を着た女性プレイヤーに声を掛けられる。
「あら? カップルのプレイヤーかしら?」
「そう」
ミライさん、違うだろ?なぜ即答した。
「ごめんなさいね…あたし、そこのお兄さんに用があるのよ。ちょっと話できないかしら?」
このプレイヤー…変だ。チャイナ服があることは昨日知ったが、この人はチャイナ服を普段着にしている感じがする。プレイヤーには結構なお金が入ってはいるが、流石にみんなまだ装備にお金を使っている。もちろん例外はあるかも知れないが…このタイミングといい、怪しさ満点だ。
「出来ないな。俺たちはこれから昼飯なんだよ」
「それならお姉さんがいい店知っているから奢ってあげるわよ」
「…なぜ俺たちがライヒ帝国の者じゃないと知っているんだ?」
お姉さんの動きが止まる。
「それはライヒ帝国で見たことがないからよ」
「見ず知らずの人間に一体どんな用事が発生するんだよ…俺はあんたのような女は大嫌いなんだ。悪いが他を当たってくれ」
「そうも行かないのよね…色々邪魔されるのは面倒だから」
黒いオーラが女性プレイヤーから放たれるとプレイヤーを示すアイコンがNPCになる。こんなことができるのか…厄介だな…そしてこんなことを出来る奴を俺は知っている。
「お前がドゥルジナスか」
「さぁ? どうかしらね」
一発即発の状況の中、見ず知らずの声が響いた。
「やれやれ…折角のイベント中なのに喧嘩はいけないな〜」
俺たちの後ろには個人戦優勝者の侍のプレイヤーがいた。
「お嬢ちゃん、今日は諦めな…じゃねーと俺と戦うことになるぜ?」
それを聞いたドゥルジナスは忌々しげに侍を睨むとその場から姿を消した。
「すみません…助かりました」
「…ありがとうございます」
俺たちがお礼を言うと侍の人は手を振る。
「あぁ、いいっていいって。せっかくのお祭りがぶち壊されたくなかっただけだからさ。俺の自己紹介はいらないか?」
「はい。イベント優勝おめでとうございます。侍の鉄心さん」
「はは、ありがとう」
俺が名前をいうとミライが訂正する。
「…違う。風来坊の鉄心や万物を斬り裂く鉄心が正しい」
「そっちの彼のほうが正しいからね? 掲示板の呼び名は好きじゃないんだよ」
「…残念」
ミライはどうやら掲示板のほうが気に入っているようだ。
「悪いけど、名前を教えてくれないかな? 幼女サモナーの呼び名は知っているけど、プレイヤー名は知らないんだ」
悲しい!俺ももうその呼び名で言われ続けるしかないのだろうか?するとミライが教えてくれた。
「軍師サモナーとかバーニングサモナー、バーサークサモナーとか呼ばれているよ?」
「教えてくれてありがとうな。けどどれも却下だ」
「えぇ〜」
ミライはそういうが俺をいじってくているのは明らかだ。すると鉄心に笑われた。気を取り直して、自己紹介をする。
「召喚師のタクトです」
「恋人のミライです」
ミライさん、既成事実を作ろうとしてないか?訂正させる。
「ははは! 仲がいいな! 改めて侍の鉄心だ。君とは一度手合わせしたいと思っていたよ」
「自分もです。今は満足に戦えませんが機会があれば是非。その時は刀でお相手いたします」
「ほう…それは楽しみだな。魔法剣も気になるがやはり刀の勝負の魅惑には勝てないな」
俺と鉄心さんは意気投合して、午後の試合は一緒に見ることになった。そして昼飯のために一旦別れる。しかし俺たちは帰らず、ライヒ帝国の冒険者ギルドに来た。それで俺は闇落ち職たちの指名手配がイベント中だけ無効にされていることを知った。
ドゥルジナスの登場といい、どうにも怪しいことばかりだ。これは午後からは色々気をつけないといけないな。