#1 バイト青年
俺の名前は近衛 誠吾。高校二年になったばかりの高校生だ。
そんな俺は始業式が終わった後、生活指導室という拷問部屋に閉じ込められ、こっぴどく怒られていた。春休み中にバイトのしすぎで倒れたのが原因だ。たかが春休みの間、ずっと二十四時間掛け持ちバイトをしただけで倒れるとは思ってもみなかった。
そんな言い訳にもなってないことをいえば、お叱りタイムが長くなるので、そんなことは言うはずがない。この手のものは適当に謝っておけば釈放されるのだ。
そして釈放され教室に戻ると、悪友の真中 海斗がにやにやしながら、声をかけてきた。
「兄貴、おつとめご苦労さんです」
大事なことなのでもう一度言うが、こいつは一年の頃から友達付き合いをしている男だ。決して血縁関係があるわけではない。
「うるさいぞ。モナカ」
「俺の苗字は真中だ! アイスにするんじゃねーよ」
「アイスと決め付けるな。本来は伝統的な和菓子なんだぞ? 少なくともお前より知名度は上だ」
悲しいことだ。モナカと聞いてアイスを連想するとは……和菓子のモナカ美味しいのに。
「いやいや。そんな商品と知名度を比べられても困るんだが……それよりどうだった? せんこー達は」
「絶賛お怒りモードだったよ。スマホで録音したが聴くか?」
「録音したのかよ……一年の頃から付き合いがあるが、いまだにお前のことはよくわからん」
「暴行されたら、金取れるだろ」
まぁ、先生達も暴行をすると首が飛ぶくらいのことは理解しているので、怒鳴るだけだ。
「こえーよ! 高校生の発想じゃねーだろ」
「そうか?」
「そうだよ。それでバイトはどうなったんだ?」
「当分の間、禁止だってさ」
ま、学校に言われなくても家族から禁止令が出てるんだけどね。
「ま、当然だわな。バイトのしすぎで緊急搬送されるってどんだけバイトしてたんだよ」
「最大で四つ掛け持ちでずっと二十四時間休みなしでしてたら、倒れた」
正確に言うと休憩時間やバイト先への移動時間があるから働き詰めではない。
「お前……。馬鹿だろ」
なんてことだ……。海斗に馬鹿と言われてしまった。
「俺とお前の学力の差を知ってなお、そんな言葉が出るとは尊敬に値するな」
「ぐ……。いつも宿題見せてもらっているだけに何も言い返せない」
「しっかしバイトなしだと暇だな。どうしたもんか」
実際俺の暇つぶしは現在皆無と言っていい。暇な時間は全てバイトを入れていたからな。
「お! それならゲームしないか? VRゲーム」
「VRゲームって色々ニュースで出てるあれか」
二十四時間ダイブしっぱなしで脱水状態になって死んだ話やリアル割れからストーカーされたり、ゲームでのトラブルから殺人事件に発展した話も聞いたことがある。
「それは悪い例だ。政府もゲームの運営側も色々手を打っているから大丈夫だって」
「へーそれは知らなかった。それでどんなゲームなんだ?」
「お! 興味ありか?」
「暇だからな。暇つぶしにゲームするのも悪くないだろ」
まぁ、俺はVRゲームにはあまりいい記憶がないんだが、久々にするのも悪くない。
「わかるぞー。その気持ち。そんで俺が薦めるのがこれだ!」
海斗がスマホ画面を見せてくる。そこにはElysion Onlineと書かれていた。
「エリュシオン・オンライン?」
はて、どこかで聞いたことがあるような……。マンガ喫茶のバイトをしているときに聞いたのかな?
「そうだ! 今、話題沸騰中の注目VRゲーム。MMORPGはいくつも出ているが、このゲームの特徴はプレイヤーが人間の設定でいろんな職業があって、面白いって評判なんだよ。何よりリアル重視で戦闘のラグがほとんどなくて、登場するNPCも凄く可愛い。会話も自然体らしいぜ? ベータテストの感想でファンタジー世界に転移してきたみたいだって感想があったほど、完成度が高いらしい」
「お前は可愛いNPC狙いだな」
「当然だろ。リアルに可愛い女の子と戯れる。これこそVRゲームの真髄だぜ!」
話を聞く限り、かなり良さげなゲームみたいだが、俺には問題がある。
「なぁ、海斗」
「なんだ?」
「俺、VRゲームの機器もソフトも持ってないんだが?」
海斗に沈黙が訪れた。
帰宅中、海斗が金には余裕があるんだから買えと言っていたことを真剣に考えていると、自宅に着く。
俺の家は二階建ての普通の家だ。俺は現在ここに一人で暮らしている。理由は両親を事故で亡くしたからだ。俺が小学六年生の時だった。
両親を亡くしたショックから当時は相当マイナス思考に囚われていた時期があった。反抗期や中二病が発症していたのかわからないが、目に映るもの全てがゴミに思っていたほどだ。
そんな精神的に危ない状態だった俺が今も生きていられるのは俺の父の父。つまり俺からすれば爺ちゃんということになる人と俺の義理の姉妹のおかげだと思っている。
詳しい話は省くが俺は小学生まで爺ちゃんのところで暮らし、それからは義理の姉妹のところである近衛家の養子となり、中学生まで暮らしていた。
その後、義理の姉妹の親の勧めで俺が本当の両親と暮らしていた家で一人暮らしをするようになったのだ。
お金は両親が残してくれたお金があるのだが、なんとなく使いづらく、バイトをすることにした。結果病院送りとなり、義理の姉妹の両親から説教を受けた。俺の両親とは深い関わりがあったそうだから、怒って当然なのかもしれない。
そんな俺の自宅の前に見知らぬ車が停まっていた。警戒をしたが車から降りてきた人は俺の知っている人だった。
「小柳さん」
「久しぶりだね。誠吾君」
小柳さん。高校一年の冬休みの時、ゲームのデバッグのバイトで俺の教育指導係だった人だ。
「どうしたんですか?」
「今日は誠吾君にプレゼントを持ってきたのさ」
「プレゼント?」
はて? 誕生日は随分先だが……。
「誠吾君が開発に携わったゲームが明日発売されるんだよ。無事に発売されたお礼に関わった人達に初回限定版のこのゲームを配っているんだよ」
小柳さんが取り出したゲームはエリュシオン・オンラインだった。え? このゲームに俺、関わってたの?
「えーっと。お気持ちは嬉しいんですが、VRゲームの機器持ってないんですけど」
「流石にそれはプレゼントできないな……。まぁ、そのゲームを売っても別にいいよ。判断は君に任せる。個人的には君達が関わったゲームの世界を味わってもらいたいとは思うけどね」
そんなこと言われたら買うしかないじゃないですか……。
「それじゃあ、僕はこれで失礼するよ。今度は正社員で来てくれると嬉しいかな」
「考えておきます」
そして小柳さんは車に乗ってどこかに行ってしまった。俺はVRゲームの機器を買うために私服に着替えて、財布を持ち、家電量販店に向かうのだった。