#180 囚われの巫女と反省会
俺は檻の鍵を開け、中に入る。
恋火の仲間の手錠の鍵を外し、彼女を解放する。まずは回復させないとな。
俺がヒールを使うと彼女が目を覚ます。よかった。大丈夫そうだ。
そう思った時だった。彼女の様子が急変する。顔が怒りに染まり、歯が牙になり、手の爪が急激に伸びる。これはまさか暴走!?
「がぁああ!!」
彼女の両手の爪が俺の肩を貫き、彼女は俺の首に噛みつく。リアルなら致命的だ。
どうしたらいいか考えるよりも先に体が動いた。俺は彼女を優しく抱きしめ、頭を撫でる。
「大丈夫…もう大丈夫だ。怖いやつは追い払った…だから…もう大丈夫だ」
俺の言葉が聞こえたからか。彼女の暴走は静まり、意識を失ってしまう。
「タ、タクトお兄ちゃん!? 大丈夫ですか!?」
「あぁ…大丈夫だ。彼女を連れて、フリーティアに戻ろう」
その前に俺は牢屋の鍵をかけ、牢屋の中にアンカーポイントを設置する。これなら安全確実にここに来れるからな。
俺の生命力は残り僅かだった。これで死に戻っていたら、割りに合わないな。俺が彼女を抱き上げるとリリーたちが抗議の声を上げるが今はそれどころじゃない。
リープリッヒに戻ると彼女を二階のベッドで寝かせる。
「安心したように寝てます。タクトお兄ちゃん、ありがとうございます。彼女の暴走を止めてくれて」
「いいよ。恋火の仲間なんだ。これぐらいはするさ」
「でもタクトお兄ちゃんのローブに穴が空いちゃいました」
「ミュウさんに直して貰うさ。それよりも恋火、俺はさっきの戦闘で怒らないといけない」
俺がそういうと恋火は垂れ耳になる。
「ごめんなさい…つい、かっとなってしまって…タクトお兄ちゃんの指示なしで動いちゃいました」
「確かにそれはいけないことだが、仲間があんなことをされたんだ。誰でも怒る。当然俺もな」
アーサーの時、俺もマジギレしたから恋火のことを怒れない。むしろ仲間のために本気で怒った恋火を俺は評価したい。けど、怒った後が問題だ。
「重要なのは怒りに支配されないことだ。あの召喚師なら本来の恋火なら倒せただろう」
「い、いえ! そんなことは! 倒せたのはタクトお兄ちゃんのおかげで!?」
「俺はあいつと戦ったんだぞ? その俺の言葉を疑うのか?」
「そ、そんなことは…ありませんけど…」
すっかり自信喪失状態だな。
「いつもの恋火ならあいつに捕まるヘマはしなかったはずだ。未知数の敵に対して恋火も最初は様子見をするだろ?」
「…はい」
「ならきっとあいつの能力と弱点に気付いたはずさ」
俺がそういうとイオンが聞いてくる。
「タクトさんはあの人の不可思議の能力がわかったんですか?」
「あぁ。全部正解かわからないが、ある程度は合ってると思う。また戦うことになりそうだから情報を共有しておこうか」
俺は敵の能力について説明する。まずは恋火の初撃とリリーの攻撃についてだ。
「まず敵の能力は俺たち召喚師と召喚獣に対して、何らかの強化が発生しているのは間違いない。恋火とリリーの攻撃を止められていたからな」
「はい…まさか素手で止められるとは思いませんでした」
「リリーの光波動もドラゴンクローも効かなかったよ…」
そう。リリーのあの攻撃を無傷でいたのは、異常だった。だがこれで説明が出来る。
「それは召喚獣のスキルに対して無効化できる能力があるからだろうな。ただしそれは一つのみだと思う」
「それは…リリーお姉様の錬気とドラゴンクローを止めた時、無効化されたのがドラゴンクローのみだったからですか?」
「セチア、正解だ。もし全部無効化出来るなら、そうするはずだからな」
「何それ!? ずるい!」
まぁ、リリーの言う通り、かなり卑怯なスキルだ。しかし便利なだけのスキルではないようだったんだよな。
「確かにずるいスキルだけど、発動には多分条件がある」
「条件ですか? あ」
やはり恋火は気づくよな。答えを言わせる。
「あたしたちの攻撃の全部を素手で止めていたのはそのためですか?」
「正解だと思う」
そう、奴は全て手を使っていた。恐らく発動条件は手で触れることだろう。そこでイオンが疑問を口にする。
「私の攻撃を防いだのはなんだったんでしょうか? 完全に決まったと思ったんですが」
「俺も決まったと思ったよ。完全な背後からの攻撃だったからな。いい攻撃だったと思うぞ」
イオンは褒められて嬉しそうだ。
「でも決まらなかったのはちゃんと理由がある。俺も戦って、その正体に当たりをつけたよ」
「なんだったんですか?」
「恐らく危険察知となんらかの直感系のスキルだな」
「直感ですか?」
まず危険察知はグレイたちで知っているが言葉通り危険を察知するスキルだ。イオンの背後からの攻撃を察知したのはこのスキルがあるからだろう。だけどそれだけではイオンの攻撃を防ぐのは不可能だ。
なぜなら背後から攻撃が来ると分かっても、それがどこを狙った攻撃でどういう攻撃が来るかわからないからだ。
「恐らく発動条件は自分の命の危険が発生したときだな。その際にどんな攻撃が来るかわかるんだと思う。だけどそのスキルは一人に対して一回のみの発動だろうな」
「それで…でも一人に対して一回のみの発動なのは本当ですか?」
「それについては確信がないな。ただそういう制限か発動までのタイムラグがあるのは間違いない。奴が俺との戦いでそれが発動したのは一回だったからな」
奴の謎スキルが発動したのは俺の投擲の後の攻撃だ。首を狙うフェイントまで入れての腹を両断する攻撃を奴は避けた。戦ったからわかるがあいつならフェイントに引っかかっていたはずだ。
そして奴はイオンと同じ背後から攻撃を対処出来なかった。だからこういう予想に行き着いた。
全員が感心した様子で俺を見る。そしてリビナが俺に聞いてくる。
「今までの話を聞くとタクトはあいつと戦う前から戦術を組んでいたように聞こえるけど?」
「そうだよ。最後のダサいオチだけは予想外だったな」
リビナは絶句する。それはつまり敵は完全にタクトの手のひらの上で踊らさせられていたことに他ならないからだ。
「強いとは思ってたけど、これは予想外だよ。ボクは本当に運がいいみたいだ」
「どうかしたのか?」
「なんでもないよ」
リビナがそういうとノワが入ってくる。
「…たくさん人が来た」
どうやらルインさんが来たみたいだ。
下に降りるとみんな大盛り上がりだ。どうやら無事に倒せたみたいだ。
「タクト君のほうが早かったのね。お疲れ様。そっちも上手くいったみたいね」
「はい。ただ敵のNPCが予想以上に強かったです」
「タクト君がそこまで言う相手だったの?」
「リリーたちが負けてしまうほどの相手でした」
『えぇ!?』
全員が驚く。ここにいる人たちはリリーたちの強さをよく知っている人たちだからこの反応は当然かもしれない。
「どんな敵だったの?」
「フードを被った俺と同じくらいの身長の男でした。識別すると暗黒召喚師となってました」
俺の言葉に全員が驚く。ミュウさんがルインさんを見る。
「ルイン姉。これって」
「えぇ。闇落ちの職業でしょうね。確かイベントでも異常に強いソロプレイヤーがいた話があったわね」
闇落ちの職業?なんじゃそりゃ。
「それなら私も見ました。いくつかのサーバーで確認されたみたいですけど、話しかけても無視されるとかマナーが悪かったって掲示板で書かれてましたね」
「…姉様。兄様が付いてこれてない」
「あ、えーっと。タクト君はPKは知ってるよね? このゲームはPKを認めているけど、PK行為は当然悪いこととしてカウントされてるんだよ」
まぁ、プレイヤー殺しているんだから当然だよな。メルが説明を続ける。
「当然利点と欠点があって、欠点の一つにNPCへの好感度のダウンがあるんだよ」
「これは掲示板でも報告されててね。PK以外にもストーカーや追い回したりするとか迷惑行為をすると衛兵NPCを呼ばれて牢屋にぶち込まれた報告があるんだよ」
そんなシステムがあったのか。初耳だ。
「で、そういうことを繰り返していると闇落ちをする話が掲示板にあったの。闇落ちは他のゲームにもあってね。色々なマイナスの効果が発生する代わりに他の職種より高いステータスや特定の職種に有利なスキルが与えられるの。タクト君の敵はどんなのだったの?」
「俺が戦った敵は対召喚師用の敵って感じだったな。召喚獣に対して筋力が上がったり、スキルを無効化とか他にも謎のスキルを使っていたよ」
「そんな敵によく初見で勝てたね…召喚獣は使ってなかったの?」
「そういえば召喚師なのに召喚獣を使ってなかったな」
俺がそういうとルークたちが反応する。
「じゃあ、やっぱりその職業の条件は」
「間違いねーな。召喚獣に対する虐待か」
なんだと?そういえばあいつもあの娘に酷いことをしていたんだったな。チロルと雷電さんが話す。
「ちょっと心配になるよね」
「いずれプレイヤーにも出てくることは間違いないでしょうね。認めたくはないですけど。ただタクトさんが情報を先に手に入れてくれたのは幸いですね」
ん?どういうことだろう?ルインさんが説明してくれる。
「掲示板で警告を出せるということよ。弱点とかも公開されるとプレイヤーの心理からそういう職種にはなりたくなくなるでしょ?」
あぁ。なるほど。そういうことか。それなら頑張って情報を提供しないとな。やっぱり人の召喚獣でも虐待されるというのは気持ちがいいものじゃない。
俺はみんなにリリーたちに聞かせた話をする。その後、ログアウトして、食事と風呂を済まし、保護した彼女が目覚めるまではと粘ったが結局時間が来て、ログアウトする。
次回は掲示板回です