#152 海竜の試練
俺が目を開けるとそこは海中だった。様々な魚が泳ぐ、上を見ると日の光が眩しく、下には暗闇が広がっている。
というか海中だったら、俺、死ぬんですけど!?
そう思ったが普通に呼吸が出来ている。どうやらリリーの時と同様、ここは特殊な場所みたいだ。
しかしあの時と違って、イオンの姿がどこにもないな。どういうことだ?
「タクトさん!」
背後からイオンの声がした。よかった。いたんだ…な…
振り向くと擬似竜化状態の中学生ぐらいに成長したイオンの姿があった。しかも胸が急成長して、何故か服装が紺色のスク水だった。名札のところには『いおん』と書かれている。
そんなイオンが俺に抱きついてくる。
「よかったです。私、気付いたら一人で…寂しかったです」
「タクトさん…」
イオンが目をつむり、顔を近づけてくる。俺も目を瞑る。
「随分悪趣味な試練を用意するんだな」
俺がそういうとイオンの動きが止まる。
「何を言ってるんですか? タクトさん」
「誤魔化しても無駄だ。俺の知っているイオンは自分から寂しいなんて絶対に言わない。寂しさを抱えながら俺や周りを気遣い、必死に甘えてくる子なんだよ。そろそろ姿を見せたら、どうなんだ? 絶海龍王様」
俺がそういうと目の前のイオンが泡となって、消える。そして下から声がした。
『流石によく俺様の眷属を理解しているな。絶対騙せると思ったんだが…やはり巨乳にしたのが間違いだったか…』
深海の暗闇を青く照らす蛇のような長い身体のドラゴンは悠々とこの世界を泳ぎ回る。この龍王様、聖輝龍王様より遥かにでかい。既に視認範囲は彼の身体で覆われているが、まだ尻尾の先が見えないぞ。
『そりゃ当然だ。俺様は絶海龍王アブソリュートドラゴン。世界に絶対の理を示すドラゴンだ』
絶対の理を示す?つまり姿が見えないのはそのためか?
『その通りだ。絶対の理とは存在しないものだ。世界は絶対ではなく、相対であるからこそ面白い。俺は紺色のスク水が好きだが、他の色でも好きなドラゴンなのさ』
何をぶっちゃけているんだ?このドラゴン。
『ぶっちゃけもするさ。俺は基本的に人間が嫌いなドラゴンだ。人間は自分たちの都合で海を汚すからな。だが同時にスク水文化も生み出しもする。故に試練で確かめばならん。お前という人間がどんな人間かをな』
「スク水を拒否した俺は失格か?」
『まさか。貴様が興奮したことなど俺にはバレバレだ』
なんだってー!いや、スク水のイオンの破壊力は確かに凄かった。
『そうだろう! だからこそ見た目に騙されず、真実を見抜いた貴様を俺は認めねばならん』
お!じゃあ、試験は合格なわけだ。
『貴様はな。だが、我が眷属がこれではな』
絶海龍王様に握られている水玉の中にはイオンの姿があった。
その水玉の中のイオンの様子はと言うと。
「タクトさん、あーんしてください」
「タクトさん、耳かきしてください」
「タクトさん、膝の上に乗せてください」
なんだ?このダダ甘状態のイオンは?
『甘やかしてばかりのお前の幻影を見せたら、この有様だ。ったくそんなに甘えたいならさっさと甘えればいいのによ。我が眷属ながら不器用すぎて泣けてくるぜ』
イオンをずっと甘やかすとこうなるのか?それはそれでありだと思うが、やっぱりイオンにはダメな俺やリリーを支えて欲しいと思ってしまうな。
『あぁ。それこそがこいつの本質だろうよ。じゃあ、夢の時間は終わりだ』
絶海龍王様が水玉を割るとイオンの夢の時間は終わる。
「タクトさん、髪の毛のブラッシングを」
「したほうがいいか?」
「はい! 是非お願いしま…す?」
『よお。夢から覚めたか? ダダ甘眷属』
「じぇ、じぇっかいりゅうおうさま!?」
リリーと同じリアクションしているぞ。
「あ…あれ? 私…さっきまで…」
『俺様がこいつの偽物を用意して、お前を散々甘やかせさせてもらった。ったくお前の主はお前の巨乳スク水姿に甘えられても偽物と見抜きやがったのに肝心のお前がこの体たらくでは試練は失格だ』
「え…えぇ!? ちょ、ちょっと、待ってください!」
『待たねーよ。あ、ついでにお前のダダ甘の姿はこいつに見てもらったからな。その姿のまま、ずっと甘やかせて貰え』
「な!?」
イオンが顔を真っ赤にして涙目でこっちを見る。まぁ、その…なんだ? 思いっきり見ました。イオンが両手で顔をおおう。よっぽど恥かしいみたいだ。
しかしイオンは絶海龍王様に言う。
「し、試験のやり直しを要求します! リリーがした試験と全然違うじゃないですか!」
『逆に聞く。なぜ俺様が他の龍王と同じ試験をしなければならんのだ? しかも内容を知っている試験をして一体お前の何が試されると言うんだ?』
「そ、それは…」
『覚えておけ。小娘。海は命を生み出し、奪いもする。どちらも海であり、故に海は絶対ではない。だからこそ他の龍王とは違う試練で俺はお前たちを試すのだ』
つまり他の龍王とは違う試練を用意することで絶対の理を示すわけだな。
『そういうことだ。貴様はそこの唸るだけのダメ眷属とは違うな。だが俺様も将来有望な眷属をこのまま潰すのは本意ではない』
「で、では!」
『うむ。このスク水を着て、そこの召喚師に愛の告白をするなら貴様を認めてやろう』
イオンが絶句し、顔が真っ赤になる。
「だからなんですか! その試練は!」
『なんだ? しないのか? お前の覚悟はこの程度も出来ないものなのか? 話になってねーな。光竜に目覚めた嬢ちゃんは自分の今の姿を捨ててまで、主の力になる覚悟をしたんだぞ?』
「な…や、やります! 私だってその覚悟はありますし、告白だって出来ます!」
イオン、絶海龍王様に振り回されっぱなしだな。
『では、俺様からのプレゼントだ。ほれ』
イオンの服装がスク水に変わる。
「くっ…た、タクトさん…あまりこっちを」
『ダメだ。ガン見しろ。でなければ試験は失格だ』
言われた以上、イオンを見るしかないよな。
そこでふと疑問に思った。なぜスク水にこのドラゴンはこだわるんだろう?水着なら他にもたくさん種類があるだろうに…
俺がそう思った瞬間、告白をしようとしたイオンを遮り、絶海龍王様が俺の目の前にきた。
『き、貴様…今、何をイメージした!?』
「え? 何って、スク水以外の水着を」
『そんなものがあるのか!? この世界には水着はスク水しか存在しないはずだぞ!?』
…大丈夫か?この世界。
詳しく聞くとどうやらこの世界の水中装備は女性はスク水、男性が褌なんだそうだ。男の情報は知りたくなかった。
そもそもスキルやアイテムが存在している以上、服を着たまま水中で行動できるからわざわざ水中装備をする利点があまりないそうです。ただ水中装備が作られていないならどんな能力が付くか謎ということになる。
『そ、それで…ごくり。お前はどんな水着を知っているんだ?』
「どんなってそりゃ…」
「あの〜。そろそろ私、本気で怒っていいですか?」
告白を突如邪魔されたイオンは爆発寸前だ。
『まぁ、待て。物事には順序がある。まずは他の水着の話を』
「待ちません! タクトさん!」
「は、はい!」
真剣なイオンについ変な声がでてしまった。
「最初に召喚してもらった時からずっと好きでした! 弱い私を励ましてくれたり、頼ってくれるタクトさんが大好きです! 愛してます!」
「俺もイオンのこと、好きだよ。大切に思っている」
「今はその答えだけで十分です。タクトさんには色んな人がいます。リリーやセチア、恋火もみんなタクトさんが大好きだと思います。でも私、負けませんから!」
イオンは本当に強い子だと痛感するな。
『ふん。少しはましな面構えになったな…いいだろう。我が眷属の覚悟と思い、確かに見届けた! 求めに従い、イオンに竜の血を覚醒させてやる!』
イオンの体が青い光を放つ。そして進化が始まった。
進化が終わるとそこには最初に出会った中学生ぐらいに成長した擬似竜化状態のイオンが立っていた。
服装は青を基準にした黒も入っているドレス姿。これだけでだいぶ大人っぽく見える。自慢のツインテールも少し伸びたな。胸の成長している。急成長じゃないけどね。
「あ、あの…タクトさん…」
『ほい。進化が終わったお前さんは用無しだ。あばよ。せいぜい精進しろ』
イオンが光りだす。
「えぇ!? なんなんですか! もう!」
イオンがいなくなった。あちゃ〜、このあとのフォロー、俺がしないといけないんだよな。
「俺を残したのは水着の話の続きですか? それともイオンの背中を押してくれたことに感謝したほうがいいですかね?」
イオンが不器用なように絶海龍王様も不器用なようだ。告白は確かに試練の1つだし、相当な覚悟が必要だろう。それをしたイオンは凄いと思う。でも実際は絶海龍王様がイオンを煽り、告白させている。
つまりイオンは既にリリーの試練を聞いて竜の血を覚醒させる覚悟が決まっていた。覚悟が出来ているのを試しても意味がない。ならば不器用な眷属の背中を押すことにしたと言ったところだろう。
『ふん。俺様も王だ。不器用な眷属の面倒位は見てやるさ。だが水着の話は聞かせてもらうぞ』
というわけで俺が知っている水着のことを教えると絶海龍王様は大満足する。そして絶海龍王様から歴史を少しだけ聞くことが出来た。
なんでも彼は大昔にスク水を女性の眷属たちに義務化しようとしたらしい。だが王も絶対ではないのが真理。
男性の眷属たちは大賛成したが、女性の眷属たちからは大反対にあった。賛成した男性の眷属たちは女性の眷属たちにボコボコにされ、結果的にスク水ハーレム計画は実現出来なかったらしい。
『だが、これらの水着なら行ける! 俺は新たな歴史の一歩を踏み出すぜ!』
「頑張ってください」
『任せておけ。それとあいつのことを導いてやってくれ』
なんだかんだでこの龍も王なんだと認識した。聖輝龍王様とはだいぶ違う王だけどな。
俺は元のフィールドに戻る。すると進化したイオンが体育座りで蹲っていていた。
「あぁ〜…イオン」
「…しばらくほっといてください」
だいぶ落ち込んでいるようだ。
「なんなんですか…あんな格好で…告白させられるなんて…ふふふ…私は一生の笑い者です…」
イオンが闇落ちしそうになってる気がする!だ、大丈夫か?とりあえず進化したイオンを見てみよう。
名前 イオン ドラゴニュートLv30→ドラゴニュート・エンベロープLv1
生命力 40→60
魔力 62→82
筋力 33→53
防御力 22→32
俊敏性 84→104
器用値 70→85
スキル
二刀流Lv23 槍Lv1 投擲Lv6→投擲操作Lv6 飛行Lv4 水中行動Lv10→遊泳行動Lv10
水刃Lv11→氷刃Lv11 連撃Lv1 水魔法Lv1 蒼波動Lv1 竜技Lv4
擬似竜化Lv5→竜化Lv4 海竜の加護Lv1
エンベロープは封筒などの意味だが、ここでは恐らく包み込むものという意味だろう。俺たちを優しく包み込む存在。そういう意味で名付けられた気がする。
強さは間違いなく強くなったな。初見なのは槍、投擲操作、遊泳行動、氷刃、蒼波動、海竜の加護だ。
槍はケーゴが使ってるものだな。水中戦でも銛は有能みたいだし、騎乗戦闘でも便利だ。
そしてその槍をカバーするのが恐らく投擲操作。投擲したものを自在に操れるならかなり強力な気がする。
遊泳行動は泳ぐスピードが上がるんだろうな。遊泳は主に魚で使われる言葉だからな。イオンの水中戦闘が強化された感じだ。
氷刃はなんだろう?水刃の進化だから氷の斬撃を飛ばすのかな?蒼波動は光波動の水バーションだろうな。
地味に気になるのが海竜の加護。果たして聖竜の加護と効果が一緒なのか謎だ。
俺がステータスの確認が終わるとメルたちがくる。
「あー! やっと帰ってきた!」
「兄ちゃん! 勝手にいなくなったら、ダメだよ!」
「兄様。逃げ出すの禁止」
え?どういうこと?
メルたちによるとあの後、祝勝会をする流れになったそうだが、俺の姿がどこにも見当たらなかったらしい。結局俺なしで祝勝会をしたが、作戦立案者不在ではいまいち盛り上がりにはかけてしまったらしい。
あちゃ〜、全員に訳の説明と謝罪のメールを送る。
メルたちは俺の無事を確認したので、ログアウトする。後で謝ろう。
俺はイオンと共に今日見つけた花畑に向かおうとするとイオンが言う。
「…腕組み」
「え?」
「腕組みしてくれないとここから動きません」
我が儘言うようになったな…ご機嫌取りも兼ねて腕組みで移動する中、いつもと違う笑顔を見せるイオンが印象的だった。
スク水イオンの登場回でした。
聖竜の試練とはだいぶ違う試練にしました。同じ試練で暴走するイオンをタクトが抱きしめて、暴走を止めるのも考えましたが、同じ試練にするとずっと使い回しになりそうなのでやめました。
絶海龍王は変態親父だけど影から子供を支えるタイプを意識して書いてます。