#1316 シーターの救出
洞窟の階段を下り、第三階層に到達すると一行の目の前に今までと全く違う光景が広がる。
「「「「おぉ…」」」」
「「「「綺麗…」」」」
そこは地下世界とは思えない外の世界のように光に照らされており、風に乗って、黄色やオレンジ、白、桜の花びらがみんなに届くとジャスミンのような匂いもしてきて、この世界がどれだけ平和な世界が視覚と嗅覚で理解させられる。
そしてこの世界には家があり、農作業をしているアスラの姿があった。
「くく…今さっきまで戦っていたアスラとは思えないだろう? これがマハ―バリの力だ。魔王や魔神、悪鬼羅刹の誰もが戦闘を望んでいるわけではない。この事はよく覚えておくんだな。そうでないと余計な敵を作り出す事になるぞ」
これはヴァンパイアたちのことを言っているんだろう。リリスについてはよく分からないから敵になるのか冷静に見定めないといけない。
「さて、マハ―バリとシーターがいるのはあそこに見えるマハ―バリの家だ」
「お城とかではないんですね」
「あいつはそう言う奴だ。玉座に座るよりも同じアスラと共に地面に座り、語り合うことを是とする。異国の王女よ。お主も王族ならあ奴から色々学べるところは結構あると思うぞ」
「そ…そうですね」
これはシルフィにとってはかなりショッキングな事だった。ずっと王族はお城に住む者だと思っていたからだ。結婚して他所の有力な貴族や英雄と結婚することもあるがそこにはやはり階級制度や立場から見て、常に国民からは上の存在というのがシルフィにとっての王族だった。
しかしマハ―バリは違う。彼は神話では公正で献身的な王とされている。このゲームでの公正で献身的な王とは国民と同じ家、同じ財産を持ち、国民の声に耳を傾けて国民のために動ける王だと設定されていた。
これは現実でも相当難しい。考え方的には社会主義に該当するんだけど、経済の事を考えると社会主義は相当難しいものだと歴史が証明しているのだ。何故なら誰もが平等で公正な社会というのは一般市民の俺からするといい事のように聞こえる。なぜならそんな社会が実現するならそこには貧富の格差は存在しないからだ。
しかし貧富の格差がないということは逆に言うと頑張った人が損をしてしまう社会と言う事になる。何故なら頑張って稼いだ人のお金が貧しい人に流れて、自分はどれだけ頑張ってもお金持ちになれないというのが社会主義の悪いところと言える。
そうなると国民はどうなるのか自然と分かるだろう。頑張るのを止めてしまうのだ。何故なら自分は頑張らなくてもお金が貰えるから。それが国全体に広がるとその先には経済の破滅が待っている。
だから現実の全ての国で貧富の格差がない国は恐らく存在していない。限りになく減らすようにすることしか出来ないのが現実なのである。ただマハ―バリの世界のようにお金という概念がなく、みんなが育てた野菜を共有して生きている世界だったら、貧富の格差がない世界はあり得たのかも知れない。
ここでシェーシャに急かされて、一行は歩き出すがラーマが気になることを言う。
「本当に襲撃は受けないのか?」
「アスラからは絶対にない。ただラークシャサたちだけは分からない。マハ―バリからは村の中での戦闘は禁止されているはずだから本来ならそのルールは守るはずだ。もし破られたらマハ―バリの逆鱗に触れる事になるからな。ただ一応警戒はしておいた方がいい。どこぞの小娘が気が狂った行動をするかも知れんからな」
シェーシャの警告を聞いたレイジさんはこの後の展開が完全に分かってしまい、イオンたちに襲撃の警戒を指示してくれた。
「「「グゥゥゥ…」」」
「シャー…」
ハーベラスとスキアーが家の影に隠れているラークシャサたちを見つけるがこちらからは手を出さない。そうでなければこちらが約束を反故にしたことになるからだ。こんな平和な世界でお互いに牽制をし合っていることで関係がないアスラたちが怯えてしまうことに申し訳なさを感じてしまう。
シルフィはラーマたちはなるべく友好的にアスラたちに振る舞う事にした。
「きゃ!?」
ここでラーマの目の前で一人の女性のアスラが転ぶ。
「ん? 大丈夫か? そこの娘」
「はい…ラーマ様!」
「その人はやらせないぞ! シュールパナカー!」
娘が鞭でラーマを捕まえようとするとヴィビーシャナがラーマを突き飛ばして、鞭に叩かれる。その間にラクシュマナがラーマと娘との距離を取る。
シュールパナカーLv50
通常モンスター 討伐対象 アクティブ
娘を識別したレイジさんが脳内で思う。
『よっわ。普通にラークシャサたちのほうが強いやん』
このゲームではシュールパナカーはラーマを手に入れるためにシーターの誘拐をラーヴァナに薦めて戦争の引き金を引いたラーヴァナの妹という設定のようだ。
「兄上! 無警戒にも程があります!」
「いや、娘には弱くてな」
「そうですか…では、この事はシーター姫に伝えなければなりませんね」
「何!? それはいかんぞ! ラクシュマナ! 俺がシーターに怒られてしまう!」
「だから話すんですよ」
ラーマも大変だ。そしてこれを聞いてしまったイオンたちは言う。
「なるほど…私たちもタクトさんにもっときつく怒るべきかも知れませんね」
「先輩も女性には基本的に優しくしちゃいますからね。それが悪い事ではないんですけど、私たちからすると悪い事なんですよね」
リアンの言っていることは矛盾しているが彼女たちの気持ちを表すとこうなるのだ。愛する人には自分だけを見て欲しいという気持ちはそれだけ愛が深く無ければ発生しない。しかしその性格に恋をしてしまったなら否定することは出来ない。愛や恋というのは本当に難しいものだ。それにしてもラーマのミスが俺にまで普及するのはやめて欲しい。
「く…私の邪魔をしてるんじゃないよ! この兄弟殺し!」
シュールパナカーの鞭がヴィビーシャナに迫るとレイジさんが掴んで止めた。
「そうは言い過ぎやで」
「何よ! 人間! ラーヴァナの娘である私がすることに意見しているんじゃないわよ!」
どうやらシュールパナカーはぼんぼんの我儘お姫様らしい。それが分かったレイジさんはレベルの低さに納得がいくのだった。
「お前たち、この裏切り者諸共、殺しておしまい!」
ラークシャサたちが一斉に弓矢を放ってきた。全員が迎撃態勢になる中、シェーシャが言う。
「何も手出ししなくていいぞ。お前たち」
イオンたちが不思議に思っているとみんなに当たる前に弓矢が黄金障壁で止められる。普通の黄金障壁では防げない攻撃なので、何者かの技だろう。
「戦争の引き金を引いたばかりか約束まで反故にするとは本当にどうしようもない馬鹿娘だな。お前は」
「なんですって!」
「俺に噛みつく暇があるのか?」
シュールパナカーの前に光の柱が発生すると袈裟を着た僧侶のようなアスラが現れた。
マハ―バリ?
? ? ?
このアスラがマハ―バリ。この冥界第三階層のボスにして、インド神話ではインドラ率いるデーヴァ神族を掃討して、三界を掌握したアスラだ。何より特徴的なのがアスラの中で治世が非常に良かったことで有名だと思う。恐らく全てのアスラの中で一番いいアスラは誰かと言う質問の答えに真っ先にあげられるアスラなんじゃないかな。
ここからは余談だが、負けたインドラたちは天界から追放されて、それを不憫に思った神々の母アディティがヴィシュヌにお願いすることでマハ―バリは地下世界の王になり、インドラたちは天界に戻っている。
そんなマハ―バリがシュールパナカーに問いかける。
「これはどういうことですか? ラーヴァナの娘よ。私の世界で戦闘する行為は禁止したはずですが?」
「そんなこと言ったかしら? そもそも言ったとしても私のほうがあんたより偉いし、聞く必要なんてないわよ。それとも私に歯向かうのかしら? 魔神ラーヴァナが黙っていないわよ」
「愚か…あまりにも愚かすぎる。生ある者は死ぬまで平和に暮らしていきたいと願っているだけと言うのに。それを壊して何が楽しいんですか? 世を乱して一体何になると言うんです?」
「あぁ…もう! どいつもこいつも五月蠅いわね! そんなこと知らないわよ! 魔王波動!」
マハ―バリにシュールパナカーが魔王波動を放つと片手で止められる。
「は?」
「私の世界の平和を乱し、世の乱したものたちよ。お前たちは私の逆鱗に触れた。もはや生かして返す道理はないぞ」
マハ―バリからとんでもない仙気が放たれる。これを見て、自分も魔素解放を使うがシュールパナカーは自分の魔素が仙気に呑み込まれていることに気付いていない。もう負けることが必然の状況なのだが、それすら分からないほどシュールパナカーは弱かった。
一番の被害者はラークシャサたちだ。こんな奴のために盾となるべく、前に出て来るしかない。何故なら妹を守り、シーターをラーマたちに奪われないようにすることがラーヴァナからの命令だったからだ。
「仙人技ウシャナークラッシャー!」
仙人の巨大な魔力のパンチがシュールパナカーたちを決まり、全員が遥か彼方に消えて行った。イオンたちはインド神話の仙人の強さを肌で感じて、恐怖を覚える。それほどまでにインド神話の仙人は強い存在だった。
そして今度はマハ―バリがラーマたちを見る。
「ラーヴァナとの約束は破られました。世に安寧をもたらす為にシーター姫の元に案内いたしましょう。付いて来て下さい」
マハ―バリに案内されると森の家の一軒家に牢屋があり、そこに一人のサリーを着たお姫様がいた。
「シーター!」
「え…ラーマ!」
牢屋越しに二人は再開を果たす。
「すまない…だいぶ迎えに来るのが遅くなってしまった」
「いいんですよ。こうして助けに来てくれたのですから」
「うぅ~。よかったですね。ラーマさん」
シルフィが感動しているとシーターはようやく色々な人がいることに気が付く。
「え? あなたたちは?」
「話はまず牢屋から出てからにしましょう。イオンちゃん、お願いします」
イオンが鍵を開けるとラーマが手を差し出し、シーターと手を繋いで外に出る。
「あれ? 抱き着かないんですか?」
「ふぇ!? いや、それは…その…人前でするのは恥ずかしいといいますか…」
「う、うむ。流石にな…」
二人して真っ赤になって照れている。それを聞いたシルフィが追い打ちをかける。
「なるほど。では、早く抱き着けるようにこの戦いを早く終わらせないといけませんね」
「あ、あぁ…そうだな! 早くタクトの元に行こう! シェーシャ殿! マハ―バリ殿! 協力感謝する!」
「獣神化! ひとっとびで世界の一つや二つ飛び越えてやるぜ!」
ハヌマーンが巨大な猿になるとみんなを抱きしめるととんでもない速度で姿が消えた。それをシェーシャとマハ―バリは見送る。
「頑張りなさい。ヴィシュヌの化身よ。あなたが現世に安寧をもたらすことを切に祈りましょう」
「俺はさっさと原初の海に帰るとしよう。ラーヴァナよ。状況は詰んでいるがせいぜい魔神らしく最後まで戦いを楽しむことだ」
そういうとシェーシャは地面に潜り、消えるのだった。




