#1222 ヴァルハラと死した勇者軍団
俺たちは雲の階段を登ると登り切る前にメンバーを変更する。俺はセチアとルーナ、蒼穹、コーラルを変えて、リリーとブラン、スピカ、リースを選ぶ。相手が勇者たちならこのメンバーで挑みたい。
シルフィはジルニトラに変えてスプリームペガサスで挑む。そして俺は事前情報でどうしても倒したい敵がいることを伝えて、許可を貰う。
「タクトは食材になると戦闘とは別の空気になりますね」
「確かに食材狙いではありますが経験値も良さそうな敵なんですよね」
何せプレイヤーたちからすぐに逃げられると言われているモンスターだ。こういうモンスターは経験値が高いのはゲームのお決まりらしい。
「そんなこと言っても無駄だよ! タクトがお肉狙いなのはバレバレだからね!」
「リリーと一緒にしないでくれるか? 鶏と聞いて、涎出していたのを見たぞ」
「だ、出して無いもん!」
「ふふ。仲良しさんですね」
シルフィに笑われてしまった。二人で非難の顔で見つめ合うとそこもまた笑わてしまう。最後にはリリーまで釣られて笑う始末だ。そんな中、一人神剣グラムを眺めているリースがいた。
「大丈夫か? リース」
「ふぇ? あ、はい! 大丈夫です! あぅ」
「俺は悩みを抱えているなら話せとは言わない。言いたくないことなんてたくさんあるだろうからな。もちろん聞かせてくれるなら相談には乗るつもりだ」
「主様…」
この様子だと何かを抱え込んでいるな。言いたくても言えない苦しそうな顔をしていた。こうなると俺が言えることは少ない。
「…これだけは言っとくぞ。リース。俺はリースの信じて神剣グラムを託した。リースは神剣グラムを託せるほど強くなったと思ったからだ。そしてリースは神剣グラムでヴリトラと戦い、証明した。自分は神剣グラムを使える程に強くなったってな。自信を持って行こうぜ」
「…はい!」
神剣グラムを見たリースは覚悟を決めた顔で俺に返事をしてくれた。どうやらいい事言えようだ。それじゃあ、行こうか。俺は天羽々斬を装備して、仕掛ける準備をする。
「アクセラレーション! 頑張って下さい。タクト」
「ありがと。シルフィ。それじゃあ、行ってくる」
「はい」
「雷化!」
俺は雷化の状態で雲の階段から飛び出すと目の前にかなり大きい白く輝く館が見えた。あれがこのゲームではヴァルキリーに選ばれたエインヘリヤルとエインフェリアが住んでいる館ヴァルハラだ。そして俺の目当ての敵はヴァルハラの屋根の上に風見鶏のようにいた。
グリンカムビ?
? ? ?
グリンカムビはヴァルハラにいるエインヘリヤルとエインフェリアたちに朝を告げる鶏だ。つまりこいつを倒すことが出来たら、ワンチャンエインヘリヤルたちとの戦闘を回避できる可能性がある。
「コケ? コ」
「神速! 転瞬! 英雄技! 霹靂閃電!」
俺の最初の攻撃が回避される。しかし霹靂閃電は連続攻撃技だ。
「コケ! コケ! コケ! コ…ゲ!?」
四回も逃げられたが五回目の攻撃がヒットし、そのまま残りの攻撃も加えると蹴り飛ばす。
「リリー!」
「任せて! タクト! お肉!」
リリーの王撃が炸裂し、地面に激突したグリンカムビは伸びる。俺たちが勝ったと思った瞬間、いきなり声が響き渡る。
「コケコッコー!」
「流星一文字!」
グリンカムビの首が斬り落とされて、今度こそ倒される。起死回生持ちだったのか。油断した。グリンカムビの号令が成功したことでヴァルハラ内に複数の男女の声が聞こえて来た。
「敵襲だ!」
「館の外よ!」
「武器を持て! 行くぞ! オーディン様のために!」
「「「「オーディン様のために!」」」」
俺たちはシルフィたちと合流し、陣形を整えるとヴァルハラから沢山の武装した勇者たちが現れた。
エインヘリヤルLv70
召喚モンスター 討伐対象 アクティブ
エインフェリアLv70
召喚モンスター 討伐対象 アクティブ
彼らの代表と思われる人物が聞いて来る。
「何者だ! ここはオーディン様に選ばれた勇者たちのみが入ることを許された神聖な場所! 選ばれてもいない人間は即刻立ち去れ!」
「嫌だと言ったら、どうする?」
「無論実力で排除させてもらう。ん? ふ…無論そこの出来損ないの女勇者と一緒にな」
「なんだと?」
リースが出来損ないだと?これは許せない発言だね。しかしぶちギレている俺の様子を見たエインヘリヤルは続ける。
「その様子では何も知らされていないんだな。いいか? 召喚獣のエインフェリアたちはオーディン様に選ばれることが無かった出来損ないの勇者だ。そいつはさぞかし惨めな最後を迎えたんだろうな。案外人を殺すことなく、ただ死んだ可能性がある」
「っ!」
「図星か? これは傑作だ! おーい! みんな! そこの惨めな勇者を笑ってやろうぜ!」
「「「「あははははは!」」」」
なるほど。確かに一言で勇者と言っても色々ある。もちろんドラゴンを退治して人々を救うのも勇者だし、国のために武器を取り、戦地に赴いて例え一人も殺さなかったとしても勇気がある者として勇者と呼ばれることがある。彼らの主張が正しいなら彼らはドラゴン退治側でリースが後者という事だろう。
俺は今にも怒りで飛び出そうなリリーとブラン、シルフィを手で止める。そして俺は笑っている勇者たちに言う。
「お前たちはリースのどこを見て、笑っているだ?」
「はぁ? どこを見てと言われても全てを見てだが?」
「なるほど。それならお前らが勇者止まりなのも納得がいったよ」
「なんだと?」
今度は俺の言葉に彼らがカチンと来る。そんな彼らに俺は告げる。
「どんな人でも国や民のために武器を手に取り、戦った者を俺は称えるよ。そんな人間を笑えるはずが無い。それがどれだけ勇気が必要な決断か俺は知っているからな」
「主様…」
俺はまだ死んでも大丈夫なゲーム内でしか経験がないから俺が言うのは正直正しくないとまで言ってもいいくらいには感じている。現実の戦争で戦う人には俺の想像を絶する重みがあるはずだ。ただ死ぬだけでも相当な勇気が必要なのを俺は知っている。そこに家族や友人、恋人、国の命の事まで考えて、武器を手にする決断をするのは本当に凄い覚悟だと思う。それが理解出来ず、笑う彼らは勇者であることを疑うレベルだ。
まぁ、人を殺し過ぎて初心を忘れてしまっているかもしくは人をたくさん殺すことが偉い事だと錯覚しているかだな。どちらもありそう。そんな彼らに俺は宣言する。
「来いよ。その腐った性根を俺たちが叩き直してやる」
「その侮辱! 万死に値する!」
エインヘリヤルたちが一斉に向かって来た。これを見たリースが神剣グラムを構えて、前に出る。
「な!? その剣は!?」
「爆風」
「カラミティカリバー!」
「「「「ぐわぁあああああー!?」」」」
リースがぶっ飛ばそうとしたところだったがリリーが乱入し、ぶっ飛ばしてしまう。その光景に流石に俺たちは目が点だ。そこは流石にリースに任せる所だろう。リリー。
「えーっと…」
「リース…リリーお姉様ですから。その…諦めて下さい」
「…」
「シルフィは笑いを我慢しすぎ」
「す、すみません。面白くて…」
リリーの行動はシルフィの笑いのツボに入ったみたいだ。一方でリリーは首を傾げる。
「? 倒していいんだよね? タクト」
「あぁ。みんなもやるぞ。このままだとリリーに全滅させられる」
「な、舐めるな!」
「「「「はぁああああ!」」」」
両軍が激突するが数で劣る俺たちが滅茶苦茶押していく。彼らは装備がそれぞれ違っているがあまりいい装備はしていない。その癖に武技や大振り攻撃が主軸となっている。これならフリーティアの騎士たちのほうがずっと強いだろうな。
「くそ! なんだよ! その装備は!」
「神剣グラムを使うなんてズルいですわ!」
「神剣グラムのせいで負けにしている時点で勝ち目はありません」
リースは普通の剣術で相手を圧倒していた。それに気付けない時点で色々ダメだ。最も俺たちの戦い方を見て、自分たちの戦いを変える奴らもいるけどね。そんな賢い彼らはフリーになっている俺を狙って来た。
「お前さえ倒せば俺たちの勝ちだ!」
「考えはいい。ただ」
俺は振り落とされた剣を掴んで止める。
「な…この! 離せ!」
「あぁ、離してやるよ。ほら、どうした? 掛かって来いよ」
「ぐ…うぉおおおおお! が!?」
剣を振りかぶったところで俺の蹴りが炸裂する。
「星震!」
「「「「ぐわぁあああああ!?」」」」
「やべ…やり過ぎた」
「星震!」
しかもそこにリリーが追い打ちした。一方でシルフィの召喚獣たちもエインヘリヤルたちをボコボコにしている。というか俺の訓練を再確認する場になっているようだ。
「俺もこいつらのような戦い方をしていたが…ここまで酷かったのか」
「夜叉殿は剣術をしっかり使ってましたからここまで酷くはないでありますよ?」
「あぁ…いや、進化前は結構武技を乱発していたんだ。夜叉になってからは今の戦闘スタイルになった形だな」
「そうだったんでありますね。意外であります」
まさかの夜叉はリリータイプだったのか。そこからよく今のスタイルに変えたな。恐らく敵が強くなるにつれて、スタイルを変えざるおえなかったんだろう。逆に言うとエインヘリヤルたちはまだその壁に当たっていないだろうな。
因みに二人は会話しながらエインヘリヤルたちを返り討ちにしています。残りがあっという間に少なるなるとブランがリースに言う。
「残りは私たちが引き受けますから彼と戦って来たら、どうですか? リース」
「はい! 行ってきます!」
「行かせるか! ぐわ!?」
「リースの邪魔は私がさせません。石化の魔眼!」
アイギスの石化の魔眼でエインヘリヤルが石化する。ブランもリースのことになると容赦がなくなるね。そしてリースがリーダーと思しきエインヘリヤルと対峙する。
「あなたの相手は私がします!」
「オーディン様に選ばれなかったエインフェリア如きが調子に乗るな!」
エインヘリヤルが剣で攻撃してくるがリースは全ての攻撃を盾で防いでいく。俺たちと訓練して来たリースだ。この程度は当然だね。
「こ、この! っ!?」
エインヘリヤルが大振りした瞬間、彼の目にグラムの斬撃が見え、咄嗟に避けようとする。しかし避けた方向からパッラースの盾が来て、顔にクリティカルヒットした。巨人の加護も加わっているから見事にぶっ飛んだな。そんな彼にリースはグラムを突きつける。
「私は確かに落ちこぼれでした。それでも主様とブランお姉様たちが強くなれる事と仲間の大切さを教えてくれました。個々で動き、死ぬ前の自分から成長しようとしないあなた達には負けるつもりはありません」
確かにエインヘリヤルたちは一斉に戦いを挑んで来たが連携がダメダメだった。これは他のプレイヤーとの戦いでもそうだったらしい。結構個々の勝負に執着する傾向があるみたいだ。プレイヤー側からすると乱戦になり辛いので、非常に戦いやすかったとメルが言っていた。
「言ったな! 英雄技! エインフォース!」
ドラゴンフォースのエインヘリヤルバージョンか。エインヘリヤルに虹色のオーラが発生する。
「これこそ真のエインヘリヤルだけが使える英雄技の奥義だ! 終わったな! お前たち!」
俺たちは一斉に溜息を付く。こいつは何もわかっていない。それをリースが証明してくれるだろう。
「行くぞ! 死ね! んだば!?」
飛び出した瞬間にリースのカウンターの盾がエインヘリヤルに顔面に入る。更にリースは追撃して盾で地面に落とそうとするがこれは姿が消えて、躱される。そして斬撃が来るがリースはギリギリで躱して、盾でまたぶっ飛ばされた。
どうだけ強化しても戦闘スタイルを変えないと今のリースにはまずエインヘリヤルは勝てはしない。それを証明するようにリースは何度も盾でエインヘリヤルを返り討ちにして、エインフォースの時間切れとなる。
「な!? 馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 何故俺があんな落ちこぼれに負けるんだ! あり得ないだろう!?」
聞かれてもね。あり得ているから今の結果があるんですとしか俺は言えない。ここで天空から光の柱が発生する。来たか…ここからが本当の勝負が始まる。




