#1146 欲しい未来を勝ち取る
ホームに帰って来ると空気が重い。俺はなるべくいつもの感じで声を出す。
「ただいまー」
「「「「…お帰りなさい」」」」
ダメだ。こりゃ。元気印のリリーや恋火の声が聞こえない時点でもう精神状態がどん底に落ちているのが分かる。
「ヘーパイストスはいるか? 見て欲しいものがあるんだが」
「…鍛冶場にいると思います」
はい。また火山島に逆戻り。流石にそれは嫌だな。急ぎじゃないし、ちょっと休憩しよう。
「休憩が終わった後、アテナと戦うつもりでいたんだが、どうする?」
「タクトが戦いたいなら戦うよ」
いつものリリーの声の大きさがない。まるで別人だな。
「そっか。それじゃあ、後回しにするか」
「否定してますよ。タクトさん」
こんな状態でもツッコミを入れてくれるイオンはありがたいな。
「こんな状態でアテナと戦っても勝てないし、がっかりされるのがオチさ。だから今日はやめておくよ」
ここで戦うようならきっとアテナの俺への評価は地に落ちると思う。少なくとも俺がアテナの立場なら戦いを挑んできた相手に失望する。
「そんなに酷い状態ですか?」
「あぁ…昔の俺程でもないけどな」
「昔のタクトお兄ちゃんですか?」
全員が興味を持った。そういうところは落ち込んでいても変わらないんだな。しかしこれは立ち直らせるきっかけとしてはチャンスだな。
「そうだ。あれは俺が子供の頃…えーっと…リリーたちが召喚したての頃と思ってくれたらいいのかな? まぁ、それぐらいの時に俺は父親と母親を同時に失っているんだ」
「「「「え!?」」」」
俺の告白にリリーたちは驚いた顔で俺を見た。俺は続ける。
「あの頃の俺はそれはもう酷くてな。俺のせいで親が死んだとか何度も考えたし、それが終わると世界や神様を恨んで果ては死のうと何度も考えた時期があった」
「え…タクトが死ぬなんて絶対にダメだよ!」
「そうですよ! タクトさんが死んでしまったら、会えなくなるじゃないですか!」
「あぁ…落ちつこうな。昔の話だ。今はそんなことこれっぽちも考えていないよ」
あの時、死んでいたら、佳代姉たちとの出会いも無かったし、海斗たちとも出会えていない。もちろんリリーたちともだ。だから俺は過去の俺にはっきりと言える。死なない道を選んだのは正解だったと。
ひとしきりみんなが怒るとリアンが聞いて来る。
「でも、どうして今、そんな話をするんですか?」
「みんなに聞いて欲しいと思ったからだよ。俺は失うことの喪失感をよく知っている。ましてや俺の場合は本当に突然何の前触れもなくやって来た。あの平和だった日常が一瞬で壊れた絶望感は半端じゃなかった。世界が真っ暗に染まって、世界がひび割れたような感覚がしたのをよく覚えている。だから俺はもう二度とあんな思いはしたくないと思うし、リリーたちにそれを味わってほしくないんだろうな」
自分が味わったからこそ好きな子たちには味わってほしくないと思うのは普通の事だと思う。
「タクトはその後、どうなったの?」
「俺の師匠と出会ってな。そこで強制的に思いっきり暴れされて貰った。そしたら、色々すっきりしてな。そこから剣術を習って、色々な考えを教えて貰ったよ。例えばまだリリーたちに教えていない言葉にこんなものがある」
リリーたちは興味を示して尻尾が動く。ちょっとは元気になったみたいだな。
「現実はいつも厳しい。上手くいかないことがほとんどだ。でも、自分が望んだ未来は確かに存在している。それならどうすればいいのか? 答えは簡単だ。望んだ未来の為に厳しい現実と戦うしかない。そして欲しい未来を勝ち取るしかないんだ」
「欲しい未来を」
「…勝ち取る」
「望んだ未来の為にですか…」
これを聞いたみんなの目に力が宿った。
「それともう一つ教わったことがある。一人の人が背負える数は決まっている。だけどな成長することで背負える数は増えるし、背負う人が増えれば例え一人じゃ背負えない数を背負うことがあっても背負うことが出来る。俺たちの今までの冒険がそうだったようにな」
俺が最初の頃のままだったら、きっとリリーたちを守れることは無かっただろう。魔王たちとの戦いでもプレイヤーやNPCの仲間がいなければ勝てない戦いが沢山あった。だけど、俺たちはその戦いを乗り越えて、今も一緒にいる。運営が用意した厳しい現実に勝ってきたからだ。
俺はみんなを見る。
「世界が終わるのが嫌ならそれと戦って、勝つしかないんだ。その為には力がきっと必要で俺たちはそれを求め続けるしかないんだと思う」
「タクト…そうだね!」
「私もそう思います! 折角結婚したのにそれを台無しにするとか許せるはずがありません!」
「全くじゃ! あの大魔神とか名乗った者は空気を読めという話じゃな!」
言われてるよ。父さん。まぁ、楽しい時間を見事なまでにぶっ壊してくれたのだ。父さんにはリリーたちに責められる権利があると思う。
「その様子だともう大丈夫みたいだな」
「うん! くよくよしている時間なんてないよ! タクト!」
「…ん!」
「女神様に勝って、あの大魔神をボコボコにしてやるの!」
「某たちのマリッジバーストの力を見せて上げましょう!」
みんなの盛り上げりを見て、これならアテナに挑んでも大丈夫だと判断した。
「それじゃあ、後もうちょっと休憩してから行くか」
「うん!」
「「「「ダーイブ!」」」」
みんながソファーでくつろいでいる俺に跳びかかって来た。
「ねぇ。さっきの話が事実ならタクトが望んだ未来があるってことだよね? それはなんなの?」
リビナの質問に俺は答える。
「俺は昔にリリーたちとずっと一緒にいると約束していてな。その約束を守れる未来の為に戦うつもりだよ」
「そういえばそんな約束をしたことがありましたね」
「覚えていてくれたんだ…タクト」
リリーとイオンの熱視線を諸に受けて、妙に恥ずかしい。頭を撫でて、熱視線を無効化して話を逸らすことにした。
「これだけ元気になったならもう一緒に寝る必要は無いな」
「「「「え…しまった」」」」
みんなが落ち込もうとするがもう遅い。笑顔が溢れる平和な時間を過ごした俺は気力は十分。リリーたちは望む未来が決まり、もうブレる事はないだろう。今の俺たちはきっと物凄く強いぞ。アテナ。




