#1135 五つ星シェフ昇格試験・スープ、魚料理編
スープ料理で選んだのは魚のあらを使ったお吸い物。魚のあらとは魚を降ろした時に残る頭、中骨、かま、頭などのこと。次の魚料理で使う魚のあらから出汁を取ることで食材を無駄にしない。これも料理人には必要な心掛けだ。
それにこれはコース料理だ。料理の流れをしっかり考えないと行けない。例えばここでカレーを出した後に寿司、焼き肉とか来られたら、引く人が結構いると思う。なのでここでメイン二つの料理に繋げる料理として口直しの料理を選ばせて貰った。
こだわりはつくね。普通はつみれ汁にするのだが、イオンとの思い出を優先してつくねに拘ることにした。ネギトロでもできるので、アブラハヤでもワンチャンあると思うが流石に実験していない料理を出す訳にも行かないので、今回は次の魚料理で使う魚の余った身をすり身にして作った。
後は三つ葉とお麩、蒲鉾を入れるのだが、お麩も手作りだ。これが知らなくてわざわざ調べた。材料は小麦粉と水を混ぜ合わせて、抽出することで作れるグルテンともち米粉。グルテンの抽出は専用の道具があり、非常に助かった。
因みにこのグルテンがパスタやうどんのもちっとした食感やパンのふわふわ食感を与えているとされている。なので配合が重要だ。俺はわざわざお寿司を教わった店長に連絡をとって、専門家に教えて貰った。
後はオリジナリティーを蒲鉾で出す。
「どうぞ。イオンのお吸い物です」
「綺麗な黄金色の出汁だな」
「次の料理で使う魚のあらから出汁を作りました。こちらのつくねに使ったすり身も同じです」
「これはなんですか?」
やはりお麩は知らないよな。
「これはお麩といいます。グルテンともち米粉で作ったものです。出汁を吸って、美味しいですよ」
「「「「ほぅ」」」」
審査員の人たちが飲む。
「おぉ…美味い」
「優しい味付けですね…このお麩というのも確かに出汁を吸って、美味しいです。それに色々な形を作れるのは面白いです」
どうやら成功したらしい。このお麩が一番難しい所だった。
「この蒲鉾は観客席にいる彼女ですね?」
「はい」
蒲鉾でイオンの顔を作って見ました。これを聞いたイオンはなんとか見ようとしている。しかしあの様子では見えないみたいだな。透明の壁を悔しそうに睨んでいる。
「あなたの気持ちが込められていることは分かりました。しかしシンプルなスープとも言えます。なぜこの料理を選んだのですか?」
「前回はシチューを作り、味を濃くして次の料理を出しました。ここが個人的に反省点だと考え、次の料理をより味を楽しんで貰うためにシンプルな味付けにしました」
「なるほど。コース料理を意識して、この料理を選んだわけですね。そういうことならこの料理の評価は次の料理と合わせて、評価しましょうか」
「賛成だ」
審査員が全員賛成し、この判断は次の料理と一緒に決める事になった。
そして俺が魚料理として勝負をするのがちらし寿司だ。もちろんただのちらし寿司ではない。今回もリリーたちの顔をちらし寿司で描く。リリーの場合だと髪の毛に玉子焼きを使ったりしている。
ただこれだと魚のメインの料理にはならない。そこでリリーたちの顔の下に刺身を引く仕掛けをした。ただこれだと食べたい刺身の順番がある人のリクエストにこたえることが出来ないのでどこにどの具材があるのか説明する。
この説明の間にリリーたちはなんとか見ようとあちこち飛び回っている。頼むからじっとしていて欲しい。
「ヒラメを使ったのか」
「はい。寒い時期は油があって美味しい時期ですし、お吸い物の出汁とも相性がいい魚なので選びました」
「他の魚の目利きも捌きも完璧だった。いい師匠に恵まれたみたいだな」
これは俺ではなく、師匠に伝えたいな。因みにちらし寿司に使った刺身はマグロ、サーモン、鯛、ヒラメ、ハマチだ。これに海老やカニ、イクラなども飾り付けに使っている。もちろんアレルギーで禁止されたサバは使っていない。
もし青魚のアレルギーならここが大幅に変更することになっていた。お吸い物の出汁にも影響があったし、本当にギリギリセーフだったと思う。
「見た目もボリュームも十分ですね。後は他の料理までちゃんと調理出来ているか…頂かせて貰います」
「はい」
全員が選んだちらし寿司を食べる。
「この玉子焼きは先程のお吸い物の出汁を使ってますね?」
「はい。皆さんの好みに合わせて、少し味付けも変えています」
リリーのは甘く作ってある。別に俺が甘くしているからというわけではないがリリーのイメージ的に甘くした。食べ終わった審査員たちがまたお吸い物を飲んで、箸を置く。
「飾り付けに使われた食材にも工夫が見えたな」
「ただ客ごとに味付けを変えるのは大変ですね」
「もしこのコースを注文される場合は数量限定で出すことになると思います。それでお客様の一人一人が美味しいと言ってくれるならありがたい事ですし、次に来る時は別の味付けを楽しみたいと思ってくれるお客様もいるかも知れません。自分はそういうコース料理を目指して作りました」
「なるほど」
ここで審査員の二つの料理の評価が出される。するとみんな悩んでいるリアクションをする。そういうのはテレビだけでいいよ。頼むから早く発表してくれ。後、運営は謎のドラムロールを流すな。
結果は全員がお吸い物とちらし寿司に合格をくれた。
「料理自体はあなたらしさもあり、どれも星五シェフになるに相応しい料理でした。しかし我々が悩んだ理由が分かりますか?」
「魚が隠れていたところだと思います」
「正解です。説明はしてくれましたがやはりお客様は自分で食べたいものを見てから食べます。また隠れている食材にワクワクする気持ちは確かにありますが逆に言うと怖さもあるんです」
確かに変な食材が隠されていたら、怖いだろうな。
「お前さんの場合だと事前にわさびのあるなしとか聞き、味付けもそれぞれ合わせてくれたから安心は出来たがそれが出来ないお客様の視点に立つことを忘れないようにしておけ」
「はい」
かなりギリギリでの合格だったみたいだ。ただお吸い物からのお寿司という判断と材料を無駄にしない心掛けに加えて事前に説明したことでセーフとなったっぽい。
本当に勉強になると思うよ。このクエスト。さて、次はリリーが一番楽しみにしている肉料理だ。




