#1038 ヘーパイストス覚醒
俺とヘーパイストスが洞窟を先に進んでいくとそこには鍛冶場があった。そして鍛冶場の炉から火の粉が吹きあがると人の姿になる。
「君たちをずっと待っていたよ。僕の名前はアドラノス。炎の神だった者だ」
「だった者?」
「そう。何せ僕はゼウスとテューポーンとの戦いに巻き込まれて死んでしまったからね。流石にもう神としては名乗れないのさ。でもね。僕の力を託すことは出来る」
アドラノスは鍛冶用のハンマーを手にする。
「このハンマーには僕の炎の神としての力が宿っている。これをヘーパイストス、君が手にすれば新たな炎の神として覚醒することが出来るだろう」
「え? 僕が神様になるってことですか?」
「そうだよ。君を覚醒させることをヘラがどう思うかは分からないけど、僕としては炎の神を君に受け継いで欲しいと思っている。君ほど、鍛冶を愛する神様は早々いないだろうからね」
どうやらヘーパイストスが神様である設定はちゃんとあったらしい。ここで俺はヘーパイストスのこのゲームでの設定を聞くことになった。
まずヘーパイストスの誕生は神話の通りでヘラが産んでいる。するとヘラはヘーパイストスの顔が気に入らず捨ててしまう。ここも神話の通りだ。ここからはゲームのオリジナル展開となる。
天界から落とされたヘーパイストスはヴァインリーフに落ちて、そこで育てられることになった。後は知っている設定で鍛冶師として成功するため、トレントの森へとやって来て、俺たちと出会った。まさか今頃になって、ヘーパイストスの事を知ることになるなんて予想外過ぎる。
「僕が女神ヘラの子供…」
「そう…神格としては間違いなく上級神になる条件を君は持っている。ただ天界から落とされた時に神格が失われてしまった。しかしその神格はまだ君の中で眠っている。僕の力が君の中に入ればその力を目覚めさせることが出来るはずだ。後は君が決めるといい」
「それは神様にならなくても、そのハンマーは使えると言う事ですか?」
「そういう事だね。ただ作る武器してはもちろん質は落ちる。神様になれば神石は自在に作り出すことが出来るし、神としての自分のスキルを武器に宿すことも出来る。また君なら自分が欲したスキルを武器に宿すことまで出来るかも知れない」
鍛冶の神様だからな。それぐらいはやってのけても可笑しくはない。しかし選ぶのは俺ではなく、ヘーパイストスだ。
「…僕は新しい炎の神になろうと思います」
「そっか…良いんだね? 人としての幸せはもう手に入らなくなるよ」
「はい…ただアドラノス様が望んでいるような神様にはなりません」
ヘーパイストスは俺を見て来る。
「鍛冶師として成長が出来たのもここまでこれたのも全てタクトさんたちのお陰です。だから僕はタクトさん達の武器を作る鍛冶の神様になろうと思います」
これを聞いたアドラノスは大笑いをする。
「あははははは! 君程の神格が人間のしかも個人の神様になるのかい?」
「はい」
「迷いはないみたいだね。でも、良いのかい? 君を捨てたヘラに復讐する機会が無くなってしまうかもしれないよ?」
神話ではヘーパイストスはヘラに復讐をしているからな。するとヘーパイストスが答える。
「僕は女神ヘラに感謝をしています。だって、僕を捨ててくれたお陰で僕はタクトさんたちと出会う事が出来たんですから。それに僕はタクトさんの専属鍛冶師なんです。それは神様になっても変わらないし、神様になったから契約を破棄するなんて神様がすることじゃないと思います」
そういう流れになるんだ。嬉しいじゃないか。
「君の覚悟はよくわかった。君が選んだ道を僕は祝福しよう。さぁ、覚悟が決まったならこのハンマーを取るといい」
ヘーパイストスは深呼吸してからハンマーを手に取る。するとハンマーから炎が燃え上がると炎がヘーパイストスの身体の中へ吸収されていく。そして次の瞬間、ヘーパイストスから膨大な神気が一気に放たれる。
「これで僕の最後の役目は終わった…ヘーパイストスをこれからも導いてやって欲しい」
「分かりました」
俺がそういうとアドラノスは消えてしまった。そしてヘーパイストスは身体とハンマーから炎を滾らせて言う。
「…行きましょう。タクトさん。皆さんが待ってます」
俺たちが出口に行くとセチアとルーナが召喚した精霊がテューポーンの拳に潰されて消えている所だった。更にみんなの大技が次々放たれるがテューポーンは全くと言っていいほど相手にしていない。
どうやらアジ・ダハーカとケツァルコアトルが消えて、テューポーンの相手をすることになっているらしい。するとディアンの重力球が放たれ、空からヒクスが光球を落とす。
「くだらん。ふん!」
二つの球はテューポーンに握りつぶされてしまった。更にヒクスも爆発し、召喚石に戻る。
「どんだけー」
本当に訳が分からないと自然にこういう言葉が出るものだ。呆然としている俺の横をヘーパイストスは堂々と通り過ぎて洞窟の外に出るとテューポーンはヘーパイストスを見つける。
「貴様も忌々しい星の神の者か!」
「あなたは僕が倒します。神技! アドラノス・ラヴァ!」
テューポーンの全体が炎に包まれるとテューポーンの身体が熔解した鉄のようになる。これが覚醒したヘーパイストスの力か。
「この程度で俺と戦うつもりか?」
テューポーンの衝撃波で熔解した鉄を吹き飛ばす。その結果、俺たちにこれが飛んで来る。
「へ?」
「ばか! 避けろ!」
俺はヘーパイストスの服を掴んで洞窟の中へ逃げる。こんな形でクエスト失敗とか笑えなさすぎる。
「危なかった…何しているんだよ」
「いえ…なんとなく倒せる気がしたんですけど…ダメだったみたいです」
いや、俺もテューポーンを倒す流れになると思っていたけど、ヘーパイストスにテューポーンが倒せるならゼウスは苦労しない。
「今度は放置したりせず殺してくれるわ!」
とんでもない魔力の高まりを感じると地面ではなく、この空間全体が揺れる。ポセイドンの必殺技に匹敵、いやあれを超えるかも知れない攻撃が来る!
「なんかやばいことになっているぞ!? ヘーパイストス!?」
「僕に言われても困りますよ!」
「喧嘩を売ったのはヘーパイストスだろ!」
最後の最後になんてオチだ!とにかくヘーパイストスを連れて帰らないとクエストクリアにならない訳だな。ならさっさと撤退させて貰おう。
『リオーネ! 生きてるか?』
『ニャー!』
『よし! お前の最大の必殺技をお見舞いしてやれ!』
リオーネにありったけの宝石をばら撒くと宝石解放を使用する。この瞬間、テューポーンは宝石解放のダメージを受ける。そしてテューポーンが洞窟の中を見るとそこには既に俺たちの姿は無かった。目くらましの間にテレポーテーションで逃げさせて貰った。更にリリーたちも召喚石に戻して撤退完了だ。
「おのれ…おのれぇえええええ!」
テューポーンの怒りに呼応して大噴火が起きて、火山島全域に膨大な雷が落ち、洞窟内が激しく振動する。
「滅茶苦茶怒っているぞ」
「みたいですね…今更ですがとんでもない敵に攻撃してしまったと後悔してます…」
「小僧共! 必ず見つけ出してこの俺をコケにしてくれたことを後悔させてやるぞ!」
「小僧共って、俺も入っている!?」
「みたいですね…あははは」
笑いごとじゃない!ヘーパイストスが攻撃したせいだろ!あのまま覚醒して帰っていればこんなことにはならなかったはずだ!俺もアテナと契約しているから絶対とは言えないけど!さて、リリーたちの無事を確認しよう。
再召喚するとみんなボロボロでイオン、セチア、イクス、リビナ、リアン、和狐、アリナ、燎刃、黒鉄、ヒクス、ルーナ、伊雪、クリュスが倒されていた。そしてボロボロのリリーたちから当時の状況を聞いた。
「アジ・ダハーカとケツァルコアトルがいなくなっちゃって、上の方にいたみんなが狙われたんだよ。タクト。和狐ちゃんも式神召喚と一緒に挑んでくれたけど、ドラゴンクローで黒鉄と一緒に一撃だったよ」
ある程度、生命力が削られていたと思いたいけど、テューポーンの一撃の凄まじさが伺えるな。和狐を褒めてあげよう。しかしアリナまで倒されるとは思ってなかった。それの原因も教えて貰った。
「雷轟は常時使って来ていたぐらいでした。それに翼を動かしただけでアリナさんでも吹き飛ばされる暴風が吹き荒れました。そしてドラゴンたちの目の魔眼で動きも封じられまして」
「ほとんどの皆さんは素手でやられちゃいました…」
「セチアたちは尻尾の一撃だったわね…」
動きを強制的に封じるスキルに巨体のパンチや尻尾の一撃は洒落になっていないだろうな。というか黒鉄でも耐えられなかった一撃を他のみんなが耐えられるはずがない。寧ろ被害がこれだけに留まっただけ凄い事だと思う。
「「「「シャー…」」」」
ディアンとストラは生命力も魔力もほぼない状態だ。この二人が相当頑張ったみたいだな。それからテューポーンに与えたダメージについて聞いてみる。
「スキルの攻撃はどれも効果は大したことなかったわ。一番効いたのは武器での攻撃だったと思うけど、それも微々たる差よ。潰した頭も強くなって復活したしね」
「試してないのは魔法だけど、使えなかったよ。タクト」
「そっか…色々調べて貰って、ありがとな。みんな」
テューポーンを討伐出来ればきっとアジ・ダハーカと同じようになるはずだ。そうなるといつか討伐することになるかも知れない。その為にリリーたちには色々探って貰ったんだが、結局物理攻撃が一番有効だと言う事になったか。
伝説ではゼウスは雷霆や金剛の鎌でテューポーンと戦っている。それで追い詰めているから武器で戦う事はファリーダの言う通り有効なのだろう。後はテューポーンが負ける最大の原因となったのが無常の果実という果実だ。元々は勝利の果実を食べようとしたのだが、ギリシャ神話の運命の女神モイラたちに騙されて、無常の果実を食べてしまい力を失うという話がある。これがテューポーン攻略の鍵になるはずだ。
そのモイラたちがいそうなのがこのゲームではケルベロスが守っているヘルズゲートの先にある冥界エレボスなんだよな。ただメルたちから発見の報告は無い。ここで生き残ったみんなが何故かヘーパイストスを取り囲んだ。何やら怒っていらっしゃる。
「えーっと…どうかしましたか? 皆さん?」
「どうかしたじゃないよ! ヘーパイストスの攻撃がリリーの頭に当たったよ!」
「あたしは尻尾です! ほら! ここです! 禿げちゃってるじゃないですか!」
「「ガウ!」」
どうやらテューポーンの衝撃波で飛んできた熔解した鉄のような液体は全員に被害を出してしまったようだ。グレイと虎徹は直撃した毛を主張している。他にもブランの羽、ユウェルは丸くなった結果、首に直撃したみたいだ。
「えぇ!? あれは僕のせいじゃ」
「「「「ヘーパイストスがあんな攻撃しなければこんなことにはならなかったよね?」」」」
「…そうですね。すみませんでした」
オリュンポス十二神が謝ってますよ。こうして改めて見るとシュールな光景だよな。するとサイクロプス三兄弟がやって来る。
「本当に手に入れたんだなぁ」
「いや、あの化け物から生き延びるだけでも大したもんだぁ」
「アドラノスはなんて言ってただぁ?」
ヘーパイストスが説明する。
「そうかぁ…それじゃあ、あんたが新しい炎の神になったんだなぁ?」
「はい」
「それじゃあ、おいらたちをあんたの弟子にして欲しいだぁ」
「えぇ!?」
そういう流れになるよな。元々この三人は神話でヘーパイストスの弟子になっているから。ん?という事は武器生産力が上がるんじゃないか?というかこの三人はゼウス、ポセイドンの武器にハデスの隠れ兜を作っている。相当の鍛冶の生産能力が上昇するんじゃないか?
「えーっと…どうすればいいんでしょうか?」
「弟子にすればいいんじゃないか? この三人も悪い奴には見えないし、オリハルコンの鍛冶経験もある。それにこの鍛冶場も使わせてくれるよな?」
「もちろんだぁ」
「う、うーん…確かにそれは魅力的…僕の背じゃあ、作れない物もあるし…分かりました。三人を弟子にします」
ここで纏めてインフォが来る。
『特殊イベント『ヘーパイストスの覚醒』をクリアしました』
『ヘーパイストスが神様として覚醒しました。これによりパンドラも神様として覚醒しました』
『アドラノスの鍛冶場が使用可能になりました』
『アルゲス、ステロペス、ブロンテスが仲間になりました』
『職業召喚師のレベルが上がりました。ステータスポイント3ptを獲得しました』
『職業召喚師のレベルが上がりました。スキルポイント3ptを獲得しました』
『杖のレベルが50に到達しました。杖【マジックバスター】を取得しました』
『杖スキルが上限に到達しました』
『セフォネの吸血鬼魔法のレベルが10に到達しました。吸血鬼魔法【ブラッティサークル】を取得しました』
『ファリーダのレベルが20に到達しました。成長が実行可能です』
『ユウェルの竜技のレベルが30に到達しました。竜技【ドラゴンホイール】を取得しました』
『クリュスの槍のレベルが40に到達しました。槍【スクリューランサー】を取得しました』
ん?パンドラも神様として覚醒しただと!?俺が驚いているとユウェルがサイクロプス三兄弟に自分が先輩だと主張しているのを見て、落ち着く。まずはステータスからだ。ステータスポイントは俊敏性に回して、残りのスキルポイントは166ptとなった。
改めてオリハルコンの武器を注文しようと思っているとヘーパイストスが提案して来た。
「今すぐ鍛冶することは出来ますけど、先に僕の力が宿った鍛冶のハンマーを作った方がいいと思います。ただ一つしか作れませんけど」
あ、鍛冶職の人に予防線が張られた。流石にほいほい手に入るようにはしないか。クロウさんたちにはクエストを頑張って貰うか。ヘルメスチケット、聖杯などでゲットして貰うしかないな。そしてユウェルは緊急事態に気が付く。
「むむ! それなら師匠の鍛冶のハンマーはわたしが貰うぞ!」
「そうですね。では、ユウェルに」
「パンドラに何も言わずに決めるなんてお父さん失格だぞ。ヘーパイストス」
「う…」
ユウェルは残念そうにしているが最悪聖杯かヘルメスチケットを使う事を約束して、納得して貰った。
「それじゃあ、速くパンドラに無事な姿を見せるとしようか」
「そうですね。それじゃあ、帰りますか」
「あぁ。俺たちの家にな」
こうして俺たちは一度帰ることにした。さて、覚醒したパンドラはどうなっているのか?楽しみだ。




