#971 サウィン祭
時計塔の針が二十一時を指すと鐘の音が町に響き渡る。それはまるで何かが始まる合図のようで全員が一斉に警戒すると異変はすぐに起きた。
綺麗な満月だった月が突如赤色に変化し、一斉に町に灯りが消えると怪しげな霧が発生した。そして空から沢山の声が聞こえて来た。
「「「「サーウィン! サーウィン!」」」」
全員が空を見るとそこには困った顔の面をしている昔ながらの死神がたくさんいた。
サウィンリッパー?
? ? ?
いきなり第五進化の死神がご登場かよ。しかしなんというかテンションが高い死神だな。とても困っているようには見えない。サバ缶さんが聞いてくる。
「どうしますか?」
「取り敢えず様子を見てみよう」
「そうですね」
俺たちがサウィンリッパーを警戒していると今度は霧の中から沢山の橙色の灯りと人影が現れた。俺たちが警戒していると現れたのがこちら。
ジャックオランタンLv20
召喚モンスター 非討伐対象 ノンアクティブ
サウィンドルイドLv50
通常モンスター 非討伐対象 ノンアクティブ
サウィン祭はドルイドの祭りだから登場してもおかしくない。問題は二人とも非討伐対象となっていることだ。つまりこいつらには攻撃出来ない。すると俺たちをスルーして町の建物の入り口をノックする。そしてハロウィンでお馴染みの台詞を言う。
「トリックオアトリート!」
これを聞いたリリーが質問してくる。
「タクト。トリックオアトリートってなーに?」
「お菓子か悪戯かって意味だったかな? そこからお菓子をくれないと悪戯しちゃうぞって意味になっている」
「「「「トリックオアトリート!」」」」
「言うと思ったよ。ほら、あめちゃんをあげよう」
がっかりするリリーたちである。そんなことをしているとサウィンドルイドたちがこちらにやって来た。ただ仮装している俺たちはスルーでわざと仮装していない人たちに言う。
「「「「トリックオアトリート!」」」」
仮装していない人たちがお菓子を挙げるとお菓子もあげる人に分かれる。お菓子を貰ったサウィンドルイドはお菓子の種類によって、満足したり満足しなかったりした。どうやら合格基準はパンプキンクッキーらしい。
バームブラック以上はまさかの拒否だった。
「このお菓子嫌いなのかな?」
「まぁ、指輪とか入ってますからね」
「食べるには抵抗ありますよね」
リリーたちが色々意見を言っているとやはり仮装せずお菓子も上げなかったサバ缶さんに動きがあった。サバ缶さんがジャックオランタンに捕まり、連れていかれる。
「「「「討伐対象になった!」」」」
みんながジャックオランタンに襲い掛かる。当然だが、一撃で倒してサバ缶さんが解放される。
「ふぅ…助かりました。皆さん。っ! 後ろ!」
助けた全員が突然の投げナイフの奇襲に反応するが弾き飛ばしたと思ったナイフは武器と障壁を擦り抜けプレイヤーに命中すると即死した。そして霊化で隠れていた存在が姿を見せる。
ジャック・ザ・リッパーLv30
召喚モンスター 討伐対象 アクティブ
日本では切り裂きジャックの名前で知られている実在した連続殺人犯だ。ロンドン繋がりで登場したんだろうけど、ジャック・ザ・リッパーの犯行現場はホワイトチャペルである。
このゲームではカボチャ頭にナイフを持っている子供の姿で登場している。ただこのイベントのジャック・ザ・リッパーは召喚されるジャック・ザ・リッパーとは異なる点があった。それがナイフだ。
「気を付けろ! あのナイフは不死殺し、加護無効、魔力切断、神魔毒があるぞ!」
透過と霊化、即死はジャック・ザ・リッパーが元々持っている能力だ。これはもう専用装備と言っていい武器だろうな。みんなが警戒しているとジャック・ザ・リッパーは何故か動かない。
「ぐえ!?」
サバ缶さんの首に鎖が巻き付くとサバ缶さんが空にいるサウィンリッパーの元に引き寄せられる。ここで動いて来るか。
「タクトよ!」
「どうした!? セフォネ!」
「あの鎖付きの鎌欲しいぞ! 格好いい!」
「タク! わたしも欲しいぞ!」
まさかの鎖鎌の登場にセフォネとユウェルが目を輝かせていた。余裕あるな。しかし事態は悪化する。
「あれ見ろ! 町の人が!」
「俺に優しく微笑んでくれたお菓子屋のお姉さんが拉致られている~!? 今、助けます!」
「みんな! 落ち着きなさい! カイ君! 先走らないで!」
「…すまない。ここは任せる」
サバ缶さんがいないからルインさんが大変だ。するとセチアが発見する。
「タクト様! お店の女の子も連れていかれてます!」
やっぱりそうなるなよ。助けに行きたいがどうしたものか。俺が考えているとリリーたちが言ってくる。
「タクト! リリーたちに任せて!」
「救った人が狙われるのなら私たちの出番です!」
「こういう時にあれこれ考えるなんてらしくないよ? タクト」
確かにこういう時の俺は気持ちのままに動いて来たかもな。
「分かった。頼む。ブランはサバ缶さんを助けてやってくれ。銀たちは攻撃せず、連れ去られた人たちがどうなるか確認して欲しい。セチア、イクス、和狐、ユウェル、グレイたちは悪いけど、待機しててくれ。この結果がどうなるか分からないからさ」
「はぁ…確かに町人をほっとくのはいいことだとは思えないわね。タクト君のように分かれましょう。足が速い戦闘職は町人の救出。生産職は保護よ!」
「「「「その言葉を待っていた!」」」」
全員が一斉に動いた。みんなノリノリだな。そして町のあちこちで戦闘が勃発する。俺は現時点で一番強敵と思われるサウィンリッパーとブランの戦いを見守る。
「その人を解放しなさい。さもなくば主から授かったこの槍がお前を貫くぞ」
ブランの警告にサウィンリッパーは聞く耳を持たない。
「警告はしました! ブリューナク!」
サウィンリッパーにブランはブリューナクを投げる。するとサウィンリッパーにあっさり命中し、サウィンリッパーは橙色の光となって消滅する。その結果、サバ缶さんは鎖で拘束されたまま地面に落下していく。
「え?」
『気を抜くな! ブラン! 第五進化がこれで終わるはずがない!』
『は、はい! 主!』
俺の言葉は正しく橙色の光が集まり、サウィンリッパーは蘇生する。そしてサバ缶さんを縛っている鎖鎌を握った。これでサバ缶さんはバンジージャンプのような形となり、鎖だから物凄く痛そうだ。
「なんだ? あの蘇生?」
叡智を発動させるがサウィンリッパーの蘇生が見抜けなかった。明らかに普通じゃない。その後もブランが攻撃するがサウィンリッパーは蘇生を繰り返すだけだ。しかも周囲を見ると他のモンスターたちも同じ蘇生が発動していた。
「どうして攻撃してこないんだ? あくまで町の外に連れ出すのが目的か?」
「不気味ですね…」
「マスター、リリーお姉様たちが帰ってきます」
「随分手こずったな」
俺がリリーたちの方を見ると沢山のサーウィンリッパーに追われていた。おいおい。こっちは思いっきり攻撃されているぞ。女の子を連れているせいか?
「イクス! ユウェル! 援護してくれ!」
「イエス、マスター!」
「任せろ! タク!」
イクスとユウェルが援護して時間を稼いだ。その隙にリリーたちが俺の所にやって来る。
「タクト! この子をお願い! これで戦える! やぁああ!」
「おっと。女の子を投げるなよ。ごめんな」
「お兄ちゃんとお姉ちゃんはどうしてこんなことをしているの?」
「どうしてと言われてもな。流石に連れ去られている子を黙って見ているわけには行かないって」
俺の答えに女の子は薄く笑う。
「優しいんだね。でも、こんなことをしても意味ないよ」
「意味がない?」
「うん。これは仮装するためのカボチャもお菓子も用意出来なかった私の罪。罪は償わないといけないんだよ」
なんだ?この寒気は?何かやばい予感する!そう思った瞬間、地震が発生する。女の子が告げる。
「ほら。やって来たよ。ウィッカーマンが」
「ウィッカーマンだって!?」
俺がその名前に驚いている間にも事態は進行する。リリーたちや戦闘を行ったプレイヤーたち、更には救出した町人の足元に魔方陣が描かれる。
「く! はぁ! 何!?」
俺は近衛で魔方陣を斬り裂こうとするが斬れなかった。そして女の子が俺に言う。
「無駄だよ。お兄ちゃん。罪を犯した人はウィッカーマンから逃げれないから」
そう言うと女の子は俺の目の前から姿を消した。転移魔法か。するとリリーたちから通信が来る。
『タクト~! また閉じ込められた~』
『脱出出来ません! 何なんですか!? この木の巨人は!?』
「グレイ!」
「ガウ!」
俺はグレイに飛び乗り、足が速い皆を連れて、サウィンリッパーたちが向かったほうに走ると謎の紫色の光の柱が発生していることを確認する。
「何の光だ? あれ?」
「ガウ!」
グレイが叫んだ方を見ると皆を見つけた。
ウィッカーマン?
? ? ?
俺の目に時計塔の二倍以上あると思われる木で作られた巨人が二体いた。どうやら男女で分かれているらしく、胸の部分に皆がいることを確認するとウィッカーマンが炎に包まれる。間に合わないと思った瞬間、声が聞こえた。
「早くこっちに来たまえ! 魔女の裁きが来るぞ!」
ダンディなおじさんがマンホールから顔を出していた。何やらやばそうだし、考えている暇はないか!俺はグレイとマンホールの中に飛び込み、入れないグレイたちと置いて来たセチアたちを召喚石に戻す。するとセチアと和狐は戻せたけど、ウィッカーマンに捕まったリリーたちは戻せなかった。
俺が逃げ込んでいる間に事態は進行し、ウィッカーマンは更に燃えながら捕まったみんな諸共巨大な火柱となって消滅すると橙色の光が天に上がっていく。そして光が消え去ると次の瞬間、天から町に向けて特大の橙の光が落ち、町が消し飛ぶのだった。
 




