ホッカイロの忘れ物と先生の存在
写真、凄く良かった。感動したよ、ありがとう。
そんな風にしかメールに返信できず、俺は軽く落ち込んだまま、カレーライスにスプーンを突っ込んでは口に運び、を繰り返していた。
持っていない携帯を買い、操作を「先生」と呼ばれる誰かに習い、俺と友達になるためにそこまでやってくれたんだからと、自分で自分を慰めている俺。
「美味しいよ」
そう言うと、華ちゃんが笑った。
「良かった、口に合って」
正方形のテーブルに四人が向かい合って座っている。ちらと右隣を見る。花ちゃんは食べることに一生懸命の様子だ。そんな俺を、真正面から菅くんが見ている。俺は慌てて、正面に向き直る。
「ごめん、この前は断ったけど、写真撮って良いよ」
俺がそう言うと、菅くんはやったーと両手を上げて喜んだ。
「じゃあ、華と三人で撮って良いですか?」
こくっと頷くと、再度やったーと腕を突き上げる。
「芸能人って、大変ですか?」
「そうだね、大変だけど、どんな仕事も大変だと思うから」
すると、花ちゃんが顔を上げた。
「歌とか歌うの?」
「俺は俳優だから、歌は歌わないかな。下手だしね。ドラマとか映画とか、あとバラエティーにもたまに番宣で出たりする」
「ばんせん?」
「映画とかドラマの宣伝だよ。皆んなに見て下さいって宣伝するんだよ」
「花は見ないけど、私は見るよ、テレビとか。『翼の行方』面白かった」
華ちゃんがそう言ってくれると、何だか俺の演技も褒められたみたいで、少し嬉しくなった。
「ありがと、あれ脚本が良かったから、それに結構助けられて」
「でも桐谷さんの『和彦』良かったですよ」
菅くんがカレーライスを頬張りながら言う。
それに合わせて、華ちゃんが言う。
「そうそう、最後にうわあっ叫ぶやつ、何て言ったか忘れちゃったけど、凄い感情移入してたよね。『薫』とキスしてたっけ。あ、桜井穂花ちゃんって、やっぱりいつもあんなに可愛いの?」
うわあ、こんな時にそれ?
俺は右隣をちらと見てから、まあそうだね、と相槌を打った。
「良いなあ」
「あ、菅くん、良いなあって言ったあ。桜井穂花とキスしたいんだ」
「ち、違うって。芸能人って、芸能人に会えるから良いなって言っただけ」
「そんなの当たり前でしょ、芸能人なんだから。バカなこと言ってら」
二人の遣り取りは、若い恋人同士のそれで、とても可愛いなと思うのだけど、俺は花ちゃんが桜井穂花とキスしたことを、気にしていないかどうかが気になった。
やきもち、やいてくれないかなあ、とか。それは無いか。直ぐに否定。
二人の遣り取りを前にして、俺は苦笑しながら、花ちゃんを見た。すると、カレーライスがもうさらえてある。早っとは思ったけれど、さっきから何も喋っていないから、それで早いんだと思い直す。
そこで、カランとドアが開いた。お客さんかと思い、振り返って見る。
背の高いがっしりとした男が入ってきた。
「はな、」
耳の奥まで響くような低い声。それは声優でもやれるんじゃないかというような、良い声だった。
「神谷先生」
どっちのはな、だろうと思っていたら、花ちゃんが立ち上がって言った。
「お前、忘れ物だよ」
差し出した手には、ホッカイロが二つ乗っている。使い捨ての、普通のカイロだ。
「気をつけないといけない」
「先生、ごめん。ありがとう」
男が俺をちらと見る。
「この人が、友達?」
じゃあ、あんたが花ちゃんにスマホの使い方を教えた先生とやらか。
俺は打ちのめされ、愕然としていた。先生って、普通はもうおじさんだったりしないか?それは、俺の偏見なのか?
まだ若い、どの角度から見ても、イケメンにしか見えない辺り、俺は負けたと思わざるを得なかった。何だ、この敗北感は。しかも先生って、何の先生だよ。
「うん、そう」
「良い人そうだね、君、花と仲良くしてやってくれ」
何様だ、花ちゃんの父親か、そう思う頭を下げて、俺も言う。
「分かりました」
そして、カランと音をさせて出て行った。それだけか? カイロなんて忘れたって、わざわざ持ってくるもんでも無いだろう。
「先生、花には本当に甘いねえ。カイロなんて、捨てちゃえば良いのにね」
華ちゃんの言葉で、俺は全身に入っていた力を抜いた。そうだよ、カイロなんて使い捨てなんだから捨てれば良いんだよ、わざわざ持ってこなくて良いんだよと、賛成意見を頭の中で乱暴に思う。
「でもまあ、花ちゃんにとってはカイロ、」
菅くんが、そこで言い淀む。
それと同時に、花ちゃんが両ポケットにホッカイロを仕舞った。そしてそのまま、手を出さずにポケットでもぞもぞとやっている。俺はもう、それだけで、その神谷先生が花ちゃんの特別じゃないかと邪推してしまった。大事そうに、ポケットに手を入れているから。
俺はあと一口残ったカレーライスを口に放り込むと、わざと大袈裟に咀嚼した。




