表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
来夏(らいか)  作者: 三千
5/10

花ちゃんの恋人

「ああ、俺何やったあぁ」


ホテルに戻って、シャワーを浴びると、俺はようやく正気を取り戻した。ベッドの上で、のたうち回る。

俺はいつも花ちゃんと会った後は、いつもこんな風にして、何かをやらかして後悔しているような気がする。あれから俺は何度も「間違えたんだ、ごめん」などと、あわあわしながらそれを繰り返すという、馬鹿みたいな態度を取って、花ちゃんを困らせた。


二回も間違えるかよ、ってか、間違えてキスなんかするかよ。


頭を抱えたまま、俺はベッドの上で、でんぐり返しをした。ああ、でんぐり返しなんて、何年ぶりにやっただろう。それ程までの、俺の失態と言ったら。


謝ろう、メールで直ぐに。いや、マネージャーが明日の新幹線の時間まではオフだと言っていた。謝りに行こう、直接。


けれど、俺は花ちゃんを前にすると、おかしくなっちまうんだよ。どうしたら良いんだ?


俺はそれから何も考えたくなく、ビールを煽って直ぐさまベッドに入って眼を瞑った。

瞼の裏側で、花ちゃんのきょとんとした顔が宝物のように浮かぶと、キスなんて久しぶりにした、そう思ってまたのたうち回り、けれどそれを繰り返しているうちに眠ってしまった。


朝、早目にホテルを出て、うろ覚えの道をひたすら歩いていく。マネージャーに確認すると、タイムリミットは午後二時だと言われたので、時間はたっぷりあるし間に合うはずだと思ったけれど、念のため朝のうちに荷物もまとめておいた。


写真館は何時に開館するのだろう。さすがに十時には開けるだろうと予測して、その時間に間に合うようにホテルを出る。うさぎ書房を横目に通り過ぎる。タクシーでぐるぐると回ったので、最初にここに来た時には距離感は掴めなかったが、その日の帰りに歩いてみたら、意外とホテルから近いことが分かった。


うさぎ書房はまだ開いてないようだ。


俺はあの、花ちゃんに馴れ馴れしかったイケメンの男を思い出した。彼氏だったらどうしよう。いや、彼氏でも関係ない、その時には俺が花ちゃんを奪うまでだ。


そう、何かの恋愛ドラマみたいな台詞が頭に思い浮かぶ。


そうだ、と思い出す。恋愛ドラマで二度、相手の女優とキスしたなあ。俺の中では、それはキスのうちに入っていないことが認識できた。今の今まで、思い出しもしなかったんだからな。


花ちゃんとのキスは、ふわりと軽いものだったのに、俺はあれから何度も思い出してはうっとりしている。


「あの驚いた顔、可愛かったな」


呟くと、俺の身体は途端に軽くなり、足取りも軽くなった。


花ちゃんに会ったら、まずは昨日のことを謝って、それからうさぎ書房の彼が彼氏じゃないことを確認して、東京に帰るけどまた会いにくると伝えよう。それまでは、誰とも付き合わないで、は、まだ早いか。


そういう事を考えている内に、あの写真館の十字路に出る。


「ちゃんと覚えているもんだ」


そして、写真館の中を覗く。ドアを押すと鍵はかかっておらず開いたので、遠慮がちにそっと押してみる。カラン、と音がすると、はあい、と返事がした。


「こんにちは」


店の中には誰も居ず、奥から、ちょっとお待ち下さいと聞こえてきた。

俺は店内をぐるっと見た。

やはり不思議なことに、写真が一枚も飾られていない。写真館なら見本の一枚くらいは飾ってあってもいいはずなのに。


いや、そんなことより今は、花ちゃんに会って謝罪する責務があるんだから、それを忘れちゃだめだ。


「お待たせしました、あ」


あ、と言う花ちゃんに向けて、精一杯の笑顔を作る。けれど、多分、それは完成していないだろう。変な顔になっている、とその顔の筋肉の感じから、一応自覚は出来る。


俺はどきどきと昂ぶる心臓を感じながら、


「き、昨日はごめんね。間違えたと言ったけど、そうじゃなくて、君にキスしたかったんだ」


花ちゃんは首を傾げると、

「キス、」

と、言った。


「うん、了承を取るべきだったんだけど、つい、」


言葉を濁すようになってしまうのが、本当に意気地なしだ。


「その、君が可愛くて、つい」


「つい、」


俺の言葉を反復する。


「でさ、この前のうさぎ書房の菅さんっていう人、君の彼氏なのかな?」


「え、あ、うん」


え、ちょっと待て。うん、だって?


「か、彼氏なの?」


「え、うん」


ここで再度、ダメージを喰らう。


「付き合ってるの?」


「うん」


俺がここへ来るまでに頭の中で何度も繰り返したロールプレイングはここで終了した。


「と、突然来てごめんね」


やっとの事で、絞り出せた言葉がこの一言だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ