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来夏(らいか)  作者: 三千
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キミを手に入れたい

「お疲れっしたあ」


色んな人から声を掛けられる。


「ありがとうございました、お疲れ様でした」


その都度、俺も律儀に返す。今夜の撮影で全てが終わり、明日には東京へ帰る予定になっている。


その事実を突きつけられ、俺ははあっとため息を吐いた。


珍しく、最近彼女を作った友達の話が脳裏を掠める。


「好きになるとさあ、彼女のいる町まで行ってさ、同じ空気を吸いたくなるんだよ」


馬鹿になっちゃうんだよ、そう呟いた横顔が印象に残っている。だって、結婚は絶対しねえと言ってたやつがだよ。


けれど、今ならお前の気持ち、分かるぞ~と、この丘から漆黒の森に向かって叫びたい。


花ちゃんに初めて逢って、写真を撮って貰った、この丘で。君の空気を吸いに来たんだよ、それぐらい馬鹿になってんだ。


撮影が終わって、いつものようにほっとすることもなく、俺はタクシーでここへと足を運んでいた。


寒さで、今にも手がかじかみそうだ。白い息が暗闇に溶け込んでいく。思い出のマンホールを踏む俺は今、無性に会いたい人がいるんだよ、悪いか。


けれどもう、普通には会いに行けない。というか、合わせる顔がない。会いに行く、理由も探し出せない。


携帯を持っていないことを、きっと馬鹿にされたと思ってる。きっと、そう思ってる。俺は返事を間違えた。リアクションを間違えたんだ。


「あー、怒ってんぞ、絶対。何やってんだろうな、俺はあ」


叫びたかった気持ちが擦り替えられて、小さく呟く。はああ、と大きな溜息まで出てきやがる。

けれど、その時。


「誰かを、怒らせたの?」


背後で声がして、直ぐに振り返る。嘘だろ、おい、花ちゃん‼︎


こんな古い外灯一つの薄暗がりだし、相変わらずマフラーをぐるぐると巻いているから、顔が半分埋もれていて、その表情は見えない。


「は、花ちゃん」


本当に会えるなんて、本当に会えるなんて。


「しゃ、写真を撮りに来たの?」


俺は何を言ってるんだ、こんな事を聞きたいんじゃない。


「ううん、さすがにこの明るさじゃ」


そうだよな、そうだよな。俺は焦る気持ちを抑えて、何を言おうか考える。ぐるぐるぐるぐる。


「桐谷さんに会えるかなと思って来てみた」


「え、」


嘘、だろ。思いも寄らない言葉で、俺の心臓は完全に撃ち抜かれた。


「ここで会えなかったら、ホテルに行ってみるつもりで」


「そ、そうなの」


花ちゃんがポケットから何かを出す。


「これ、携帯。買ったから」


何だそれ、何だそれは。本当に良いのか、期待してしまうぞ、期待しても良いのか?

撃ち抜かれて、躍り上がる心臓を身体のどこかで感じる。


「この中に、私の電話番号入ってるらしいので、調べて貰っても良い?」


使い方が分かっていないのか、って事は、じゃあ俺が登録の一番目なのか?


俺がおろおろと迷走している様子を見て、花ちゃんは勘違いしたのか、


「あ、もう要らないかな、」


俺は慌てて遮って言う。


「要らなくないっ!欲しいっ‼︎」


欲しいんだよ、君の何かが。何でも良いんだ、一つでも多く。俺はまだ、君が撮った写真一枚しか手に入れてない。


俺が大声を出した所為で、花ちゃんは少し驚いた様子で言った。


「そ、そう。じゃあ、これ」


スマホを渡してくる。初めて逢った時は、この大きな手袋には、大切そうに宝物のようにライカのカメラが収まっていた。けれど、今日はそこにスマホが埋もれている。俺は、震える手で、それを受け取った。


「大丈夫⁇ 震えてる、寒いんだね」


すると驚いたことに、俺の左手をその大きな手袋のまま、ぎゅっと握った。ふわりとした暖かい感触。さっきよりも近づいた花ちゃんの顔を見る。ああ、やっぱり好きだなと思う。何だろう、独特の雰囲気がある。見ようによっては、花ちゃんの顔は好きっていう人と、苦手っていう人とに分かれるかもしれない。


けれど、俺には。


「触って良い?」


俺は花ちゃんを見つめて言った。


すると花ちゃんは、上目遣いで俺を見て、少し微笑むと、


「良いよ」


と、言ってくれた。


だから俺はキスをしたんだ。触って良い、その言葉に誘われて。


俺の唇に触れた花ちゃんの唇は、外気に冷やされて、とても冷たかった。


「び、っくりした」


瞳を真ん丸に見開いている。あれ、俺、今何やった?


「触って良いって、す、スマホのことだと思ったから」


俺は慌てて、


「ご、ごめん。俺も、スマホのつもりだったのに。ま、間違えた」


その言葉を聞いて、花ちゃんは、ふふ、と一度だけ笑って、


「そっか、間違えたんだね」


可笑しそうに笑ったから。


俺はもうそれで、たまらなくなって、もう一度キスをしたんだ。


すると、花ちゃんは俺が惚れた、きょとんの顔をした。大好きなんだ、その表情が、たまらないんだよ。


それから俺は、夢見心地でホテルへと戻った。ポケットに手を入れる。こつんと指先に当たった俺の携帯には、花ちゃんの番号が登録されている。俺はようやく愛しい人の二つ目を、手に入れた。

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