夏が来たら、一緒に。
膠原病の内の一つ、レイノー症の説明を聞く。原因の不明なこの病気で気をつけなければいけないことは、まずは絶対に冷やさない。あと、紫外線にも気をつける。そんな日常の注意事項を一つ一つ聞きながら、俺はメモを進めていく。けれど、俺のこの不服そうな顔もどうやら気に入らないようで、神谷先生が花ちゃんばかりを見て、俺の存在を明らかに無視しているのが、ちょっとムカつく。
「花、薬はちゃんと飲んでいるね」
「はい」
「自己判断で、止めてはいけないよ」
こくっと頷く。
神谷先生が主治医だと聞いて、俺は花ちゃんの病気を少しでも理解しようと、診察についてきて説明を頼んだ。
花ちゃんが診察料を払っている時、先生がすいっと寄ってきて、
「まさか、『友達』にしてやられるとは。思ってもみなかったよ」
そう言うもんだから、俺は対抗意識丸出しで、
「花ちゃんにちょっかい出すの、もう止めて下さい。俺らもう、恋人同士なんです」
と、宣言する。
「でも芸能人は、何かと色々大変でしょう。花を幸せにできるのかなあ」
嫌味を込めるのがお上手ですが、ご心配なく。
「大丈夫です、幸せにしますから」
「あと、君に言っておきたいことがある。花の病気は悪くなる一方で、それを治したり進行を抑えたりする事が出来ないんだよ」
言葉を考えている。頭の中に並べて、慎重にどの言葉を使うか選んでいる。
「他の膠原病が併発する可能性もあってね。二つも三つも、病気を抱え込む事が、」
少し言い淀んだけれど、はっきりと言う。
「まあ、その可能性が高いんだよ」
「はい、」
「花はそれを恐れている」
先生は一呼吸置いて、続ける。
「自分の面倒を、他人に掛けてしまうことを」
先生のそれらの言葉は、俺の心の裏側に、紙に書いてピンで留めておいた。
「俺が居ます」
そう言うと、神谷先生もおどけて言った。
「俺も居るけどね~」
そして、真顔に戻って、やっと俺を見る。
「膠原病が完治する日が来るように、医学の進歩を願ってやまないよ」
✳︎✳︎✳︎
個人院だけれど、それなりに立派な待合室で、他の患者や看護師がざわざわとしている。俺が神谷先生と話している内に、俺がどうしてここに居るのか、話題になっていたらしい。
「花ちゃん、桐谷さんと知り合いだなんてえ。どういう経緯で知り合ったの? 教えてよ」
俺が花ちゃんの横に並ぶと、
「き、桐谷さん、お仕事頑張ってください! 応援してますう。やだ、カッコ良い!」
そう言って、わいわいと騒いでいる。
花ちゃんはそんな周りの様子を自分とは関係ないような体で、マイペースに進んでいく。病院を出て、写真館に戻る道すがら、俺は花ちゃんに対して力説していた。
「花ちゃん、俺、東京戻るけど、絶対浮気しないから」
だから、花ちゃんも浮気しないでね。特に、神谷先生に気をつけて。
「休みが取れたら、会いに来るし」
だから、待っていて欲しい。
花ちゃんは、こくっこくっと顔を縦に振るだけだけど、俺はそれだけでもう満足で、心がどんどん満たされていく。
写真館に着くと、幸せな気分でドアを開ける。写真館に入るや否や、花ちゃんはポケットから手を出して、上着を脱ぐ。
すると、こうなっちゃうのと言って、手のひらを広げる。みるみるうちに、指先が白く、白く変化していく。短時間で、ほとんどの指が真っ白になってしまった。
手のひらはまだ赤みがあるから、白い指がその付け根をラインにして、それは取って付けたような別の物のように見える。
俺は直ぐに、手を握った。
「温めないと」
「うん」
熱いお湯を蛇口から出す。桶に湯を張って、手を入れる。少しすると、真っ白だった指に血が巡り始め、今度はどす黒い紫色へと変化していった。この変化についても、神谷先生から聞いている。
その時にじわりと痛みがあるらしい。花ちゃんが顔をしかめた。
俺は花ちゃんを後ろから抱き締めた。気を少しでも逸らせて、痛みが和らぐと良い。
「あ、き、桐谷さん」
「うん、花ちゃん好き」
「う、」
見ると、耳がほんわりと赤い。可愛くて、もっとそんな花ちゃんを見たくて、何度も好きだと言う。
俺、こんなキャラだったか? 馬鹿になるって、こういう事だな。
「桐谷さん、帰る前に写真撮らせてもらっても良い?」
濡れた手をタオルで拭きながら、花ちゃんが遠慮がちに言う。花ちゃんの手は、元の状態に戻っていた。
「良いよ、俺と離れるの寂しい?」
俺は本当にどうかしてんな。
「え、うん。写真見て、頑張る」
やばい、抱き締めてキスしたい。
「夏にね、」
俺は花ちゃんの言葉を遮るようにして、おでこに軽くキスをしてから聞く。
「うん、夏?」
「夏は指、白くならないの」
「うん、」
「だから、夏には私、解放される」
うん、と頷いて、もう一度キスをする。今度は頬に。
「自由になったら、色んな場所に行きたい」
「俺も一緒に行く」
ふふ、と笑って、花ちゃんは言う。両腕を回す俺から、すいっと逃げていって、カバンをごそごそと探りながら。
「だから、いつも夏が待ち遠しいの」
「そうなんだ」
俺は手持ち無沙汰になり、両手をポケットに入れる。けれど、こうやって君を見ているのも良い。
花ちゃんが愛用のライカを構える。
「今年の夏はもっと待ち遠しい、桐谷さんがいるから」
ねえ、花ちゃん、俺はカメラの中の、君のその瞳にやられちゃったんだよ。
そして、笑った。俺に笑いかけてくれている、君が好きなんだ。




