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堕、堕、堕ッ!!  作者: 上野衣谷
第二章「自由の使者の最後だっ!!」
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第9話

 二人の姿が変わった訳ではない。けれども、その二人の雰囲気は見るからに変わっていた。纏う空気がピリピリと張りつめているのだ。


「あなたたちは、二つ、大切なことを忘れてます。そして、それを優しい優しいお姉さんたちが教えてあげましょう」


 東野が低いトーンで言う。突如変化した雰囲気に、フリーダムらはたじろぐ。


「まず一つ──あなたたち二人は、私たちのパンツを盗んだという事」


 続けて美夢がにっこり笑って言う。


「そして、もう一つは──君らはみゆたちに勝てないー、ってことだヨ」


 怖気づいてしまうフリーダムたちであったが、それでも彼らは健気に、気丈に振る舞う。


「そ、そんなこと、やってみなくちゃ分からないだろ! 1%でも可能性があれば僕たちは諦めずに戦うんだ!」

「そ、そうよ! フリーダムの言う通り! 私たちは、私たちの夢を諦めない。私たちの夢に立ち向かわなくちゃいけないんだもの!」


 正義の味方っぽいセリフを吐いてはいるが、忘れてはならない、彼らは頭にパンツを被っている。

 再び開始される戦闘。続く攻防は、けれども、一方的なものになっていく。フリーダムとリバティは避けるのに精一杯という状況にどんどん追い詰められていったのだ。

 そして、ついに、その時は訪れる。


「ついに──か」


 佐々の呟き。彼は回避のプロである。回避とは最大の防御であり──最弱の防御でもあるということを知っていた。回避行動を取るという事は、それ、即ち、攻撃が当たることを想定しないということである。

 回避は最大の防御である。しかしながら、回避ができなかった先にあるのは、攻撃の直撃という事実でもあるのだ。

 だから、佐々は呟いた。徐々に遅れていくフリーダムたちの回避行動。その先にあるのは、命中。

 ズドン! という鈍い音が住宅街に短く響く。まるで電信柱を殴りつけたかのような低い音は、美夢の攻撃がリバティに命中する音だ。直後、


「うっ……」


 という、誰にも聞こえない悲鳴を漏らしたリバティの体は、物凄い勢いで吹き飛ぶ。どこまでも飛んでいくのではなかろうかというくらいの早さで吹き飛ぶ打たれた野球ボールと化したその身体は、近くのブロック塀に直撃してようやく止まる。

 衝突のエネルギーは凄まじい、しかし、リバティは、唸りながら、ふらふらと立ち上がる。


「リバティっ!!」


 フリーダムが振り向く。しかし、それは間違いなく取ってはならない行動だった。何とかギリギリのところで回避し続けられていた東野からの攻撃が、その動作によって、躱し切れずにフリーダムの服を割く。かすり傷に過ぎない。けれども、それで十分。

 何も言わずににこりと微笑んで攻撃を止める東野。


「……うっ」


 東野の能力は、毒クラゲの能力。即ち、それは、物理による相手へのダメージが目的ではない。彼女の攻撃は、当たりさえすればいいのだ。当たりさえすれば、何も問題はない。例え、物理的にダメージが与えられなくとも、相手の体へ、毒の攻撃をかすらせることさえできれば、もうそれで必殺。


「安心してください? まだまだ、地獄ような苦しみを味わった後にしか、命は奪いませんから」


 にんまりと笑って、フリーダムへ、一歩一歩近づいていく。その様は、服装の毒々しさも相まって、まるで命を奪おうとする死神にさえ見える。勿論、命を奪うことは許されていないし、拡張現実の世界で起きていることは、実際に起きていることには違いないにせよ、ダメージは全てあくまで脳がそう感じているというだけのことであり、体へ直接のダメージは伝わっていないのであるが、東野のこの様子は、そうと分かってはいても、もしかしたら、脳があまりのダメージに死を認識してしまうのではないだろうかという技術的にあり得ないことまで想像させるほどに、恐怖心を抱かせた。

 フリーダムは動こうとする。しかし、その身体は徐々に自由を失っていく。最終的に、這って逃げるように動く。


「ふふふ、ふふふふ」


 東野はそんなフリーダムにゆっくりゆっくり近づいていく。走ればすぐだ。まともな歩調で迫ればすぐにでも追いつけるほどにフリーダムの動きは弱り切っているのだ。けれども、彼女は一気に追いつこうとはしない。目の前の獲物が必死に這っている姿を見るのが楽しくて楽しくて仕方がない、そんな笑みを浮かべながら這うフリーダムに追いつくと、蹴り上げ、踏みつけ、さらに逃げるフリーダムを見て、また笑う。


「……悪魔だ」


 誰にも聞こえない声で佐々は呟く。さらに考える。正義って、なんだろう、と。

 さて、そんな佐々の心境など知る由もない東野たちによるフリーダムとリバティへの嗜虐行為はなおも続く、残念なことに。

 頭にパンツを被った少年は、もう一人の仲間、リバティの元へとようやくたどり着こうとする。


「おっ」


 にんまり笑う美夢は、フリーダムが寄ってきた姿を確認すると、これ見よがしにリバティを踏みつける。ピクリ、ピクリと動くリバティ。


「や、やめろっ……!」


 フリーダムは叫ぶ。

 どう見ても、これは、アレである。それはもう、悪い悪い人たちが、正義のヒーローをぶっ飛ばし、そのヒロインを痛めつけ、ニヤリと笑って、ヒーローの体のみならず、心までも痛めつける、アレである。

 悪いことをやったらどこまで叩いてもいいのか、いやいや、待て待て、そんな小難しいことを考えなくても、多分きっと、歴代のヒーローたちはこんなことをしてこなかったのではないか。少なくとも、これは無難ではないのではないか、などなど、それはもう色々なことを考え、色々な感情に板挟みにされながら、佐々は頭を抱える。そろそろ止めに入るべきだろうか、入らざるべきだろうか、入るべきだ、入るべきに違いない、と目の前で残虐の限りを尽くすもはや正義のヒーローとは思えない二人を目の前に決心する。


「おーい!」


 東野と美夢に、一定の距離を取ったまま叫んで話しかける。これは、勿論、佐々が怖いからではない。決して怖いからではないのだ。いや、少しくらいは、そういった感情が佐々になかったとも言えないが、まぁ、何と言うか、無理矢理理由をつけるとするならば、二対二の戦いに三人目が登場するのはアンフェアかなと思ったから、ということくらいだろうか。


「あぁん?」

「なんですか? いいところなのにぃ」


 恐ろしい二人の極悪人、もとい、正義の味方からの目線にたじろぐ佐々だったが、ここは負けちゃダメ! 正義のヒーローとして、目の前で行われようとしているとっても恐ろしい恐ろしい、それはもう恐ろしい出来事を止めないといけないんだからっ!

 しかし──佐々の心配は必要なかった。いや、必要なくなった、といったほうがいいだろうか。


「フリーダム!」

「リバティ!」


 二人が突然、立ち上がり、その手を天にかかげ出したのだ。


「何を……!」


 驚くヒーロー三人。フリーダムとリバティの二人が、叫ぶ。


「僕たちは!」

「私たちは!」

「絶対に、負ける訳にはいかないっ! 意志の力は無限大っ! パンツの力は、自由の力は、無限なんだっ!」

「天にかかげる、この手の平を。天にかかげる、この、パンツをっ!」


 何を思ったのか、二人は夜空目がけてまたどこからか取り出したパンツを高々と掲げる。何だか格好いいポーズで格好いいことを言っているが、その手にしているものはパンツである。紛れもない、下着である。我々人類が、股間部に装着する布である。唖然とするヒーローたちの前で、何故か勝ち誇ったように、フリーダムらは続ける。


「お前たちは、たかが布だというかもしれない。だけど、この布は僕たちの夢を紡ぐ布」

「夢を紡ぎ、自由を手に入れる。そのために、私たちは決して負けるわけにはいかないっ!」


 次の瞬間、二人を高密度のエネルギー波が包みこむ。まぶしい光に包まれ終わった二人の体は、ピンピンとして、まるでダメージなどなかったかのようにもう一度東野と美夢に対峙する。


「な、なんなんだ、一体……」


 呟く佐々に二人は言う。


「「これぞ、自由のパワー!!」」


 二人の手にたなびくパンツ。佐々は、心の中で、一つ確信する。それは、自由のパワーじゃなくて、変態的なパワーだ、と。

 二人のエネルギーは精神力によって補完されたのである。先述のように、戦闘によって身体へのダメージは発生しない。発生するのは、脳によるダメージだ。故に、二人が強い強い並外れた精神力をひねり出せば、体は自然と動くようになる。

 この原理こそ、正義の組織のメンバーが窮地に追い込まれた時、熱い挽回劇を演じることができるという点で、演出的にも非常に重要な点なのであるが、それはもう残念なことに、今、ここで起きていることは、パンツパワーによる挽回劇である。

 フリーダムとリバティが動けるようになってしまったことに、佐々は焦りを覚えた。東野と美夢はあれだけ長い時間、戦闘を続けていたのである。であるとするならば、今、相手が、完璧な状態がどうかはさておき、復活してしまったということは、東野と美夢にとっては大きな負荷、ショックとなるのではないか、という焦りである。

 けれども、佐々にとっては幸運なことに、そして、フリーダムとリバティにとっては、不幸極まりないことに──東野と美夢は気落ちするどころか、むしろ、とてもとても嬉しそうであった。その理由は、もちろん──


「また、いたぶって、いいってこと、ですよね?」

「やったー! 嬉しいぃ~」


 ということから来ている。

 それから行われたのは、正義のヒーローの行いと呼ぶにはあまりに熾烈で、良い子のお子様には見せられないのではなかろうかというほど一方的なものだった。

 フリーダムとリバティは立ち上がる。何度も何度も立ち上がる。

 しかし、彼らはそのたびに心を折られるのだ。東野と美夢の圧倒的な力は、それぞれ悪堕ちしたことによって得られたものである。故に、容赦などない。いや、それだけではなく、彼女たちは自分たちのパンツを奪われたという事実にそれはもう憤っていたのだ。いや、というか、それだけにひたすら憤っていたのだ。街の平和などというのはただの表向きの理由であり、彼女たちが、フリーダムとリバティを徹底的に攻撃したのは、ただひたすらに彼女たちのパンツが盗まれたという一点によるのである。

 恐ろしい惨劇の果てに、フリーダムと、リバティはついに白旗をあげる。


「あー、なんというか、まぁ……大変、だったな」


 それでもなお追撃をしようとした佐々が何とか東野と美夢を止めて、泣きじゃくるフリーダムとリバティを慰める。

 何で自分が子供をあやさないといけないのかという大きな疑問を抱えつつ、もしかして、これが正義のあるべき姿なのだろうか、と少し哲学的なことを考えたりなんかしちゃったりする佐々。


「は~、足りないわぁ、足りないなぁ~、拳がぁ~、うずいて、うずいて、たまらないよぉ~」


 猫なで声で、フリーダムとリバティを慰める佐々にすり寄る美夢は、まさに恐怖である。恐怖そのものが迫ってくるのである。ガクガクと震えるフリーダムとリバティ。彼らはきっともう悪いことをしようだなんて思わないことであろう。いや、それどころか、もうパンツを見るのさえ怖くなってしまうかもしれない。何故なら、彼らは、戦いの後、東野と美夢によって手にしているありとあらゆるパンツを奪い取られ、全てのパンツにありったけの怒りをぶつける二人の悪魔の姿を見せ続けられたからだ。

 怯える二人に代わり、佐々はなんとか美夢を止めようと試みる。


「み、美夢さん、や、やめてください。あの、待って、俺、こいつらの仲間じゃないですから、その手を降ろして、その手を……」


 彼は思った、この二人を戦いに駆り出すのは、もうどうしてもどうしても自分の手には負えない相手が出てきたときだけにしよう、と。

 かくして、ヒーロー顔負けの根性を見せ続けたフリーダムとリバティの二人であったが、東野と美夢との激しい激しい戦闘により、悪の組織を退団させられてしまったのである。

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