第8話
先に口を開いたのは少年の方だ。
「よく来たな……えーっと、なんだっけ」
こそこそと二人で相談を始める。
「そう、イベイジョン! とその手下たち!」
どうやら悪の組織の間ではいつの間にか佐々がリーダーと言うことになっているようだ。最近戦っているのが佐々しかいないということと、美夢と東野がレイジーによって悪堕ち未遂の状態にあるということから分析したのだろうか。
「だけど、残念ね──」
次に口を開くのは少女の方。
「あなたたち三人は、今日ここで、敗北するの!」
佐々はぽかーんと聞いているが、まだ話の途中っぽいのに早くも駆け出す二人がいる。そう、血気溢れる二人、美夢と東野だ。
「よくわからないですけど、あなたたち二人とも、敵ってことですよね?」
にっこり笑って腕を振る東野、その先から放たれる攻撃は冷たい色をした光であり、それに振れることは、東野の毒クラゲの能力により攻撃を受けることを意味する。
「わぁ! 危ないなっ!!」
寸でのところで避ける少年は、ぷんすか怒りながら怒鳴る。
「ま、待てよ! お前ら仮にもヒーローだろ! なにやってんだよぉ! もっとこう、盛り上げないとダメだろぉ!」
それとは別に、今度は少女に向かって繰り出された美夢の拳をこれまた回避しつつ言う。
「そ、そうよっ! それでもヒーローなの!? ちゃんとドラマを見せなさいよ、ドラマをっ!」
悪役にしてはもっともなことを言うじゃないかと感心する佐々は、もちろん、ただ一人見ているだけである。目の前で行われている激しい戦闘風景を見ながら、元気だな、あいつら、とのんきなことを考える。
「自己紹介! 自己紹介しましょう! 自己紹介!」
「そうだぞ、ヒーローはそんなこともできないのかっ! 野蛮だなぁ!!」
二人がしつこく言うので、美夢がようやく攻撃を止める。アイドル的な活動をしてちやほやされたい彼女からすれば、敵がこれだけ話し合いをアピールしているのに攻撃し続けることは、この戦闘を映像で見ている人たちからの支持が得られなくなる可能性があると考えたのである。
美夢が攻撃を止めたとあっては、東野もいったん攻撃を中断せざるを得ない。ようやくおとなしくなったヒーロー二人に対して、悪役さんは演説を再開する。
「僕の名前は、自由の使者フリーダム」
少年はそう名乗る。黒髪短髪、服装は軽快なもので、活発そうな印象を受ける。名前に負けない、といったところだろうか。
「私の名前は、自由の使者リバティ」
少女はそう名乗る。こちらも、フリーダムと同じく短髪の黒髪だが、耳が隠れている等、髪型だけでも女の子とわかる容姿だ。
二人とも、活気溢れる様子が見て取れる。佐々はそこでハタと思う。自分たちが探している相手は本当にこいつらなのか、ということを。相手が自分たちを待ち構えていたのは、単なる悪の組織の攻撃行動であって、今回の下着泥棒の事件とは全く関係ないんじゃないか、と考え始める。
相手は、拡張現実によって変身をしているといっても、そう大幅な変化を加えることは珍しい。そう考えれば、この二人が極端に年を取った人間ではないだろうということは明らかで、年齢的には比較的若いであろうということも予想できる。さらに言えば、かっこいいし、かわいい。そんな二人が下着泥棒をする理由が果たしてあるのだろうか、という冷静な分析をしていた。
しかし、佐々のその心配は杞憂に終わる。
フリーダムとリバティは、懐から何かを取り出そうとする。東野がその動きに機敏に反応する。彼女は、この二人が武器か何かを取り出し、奇襲攻撃をしてくるのかと警戒し、攻撃行動に入ろうとしたのであるが、二人が取り出したものは、東野が予想だにしないものだった。いや、東野どころではない。佐々も、美夢も、そんなものがこの目の前の少年少女の懐から出てくるとは思わなかったのである。
出てきたもの、それは──パンツ。少年フリーダムは男もののパンツを、少女リバティは女もののパンツをガバと懐から取り出し、高々と見せつけるようにして天に掲げる。
彼らは、唖然とする佐々たちを見て、ふふ、と笑う。しかし、佐々たちが唖然とするにはまだ早かった。動けぬ佐々たちを差し置いて、彼らはともに叫ぶ。
「「そーうび!!」」
何が起こるのか。
そんな疑問が映像を通して見ているとても多くの市民たちから聞こえてくるようであった。
だが、起きたのは特別派手なことではない。パンツと少年少女たちが合体ロボのように合体することもなければ、ど派手な爆発音と共に大地が揺らぎ渾身の演出がなされ地球の神秘が見られる訳でもない。
しかしながら、それら特別ど派手な現象が起きずとも、佐々らの目に飛び込んだ光景はそれに匹敵するようなとんでもない光景であった。
装備。この単語の意味はそのまま、何かを体へ身につけるということ。
必然、パンツを手に持った二人がそう叫んだということは、そのパンツこそが装備品だということ。
二人はそれぞれパンツを頭に被り、佐々たちへと向き直る。そして、言う。
「これこそが──」
「──自由っ!!」
静まり返る街。佐々らから注がれる驚愕の視線。けれども、彼らは全く動じることなく続ける。
「自由が奪われて久しい時代……ただ、考えるだけで罰せられる。犯罪率完全ゼロ社会、結構なことじゃないか。だけどね、僕は思うんだ。パンツを被って街を歩くことは犯罪なのか? ってね」
佐々は心の中で突っ込みを入れる。知らねーよ、と。
「私も思うわ。こんな息苦しい社会に誰がしたの? 私たちがパンツを盗むのはパンツが欲しいからでも、パンツを頭から被りたいからでもないわ──」
佐々は再び心の中で突っ込みを入れる。真面目なトーンでパンツパンツ言うなよ、と。
「そう、僕たちがパンツを盗むのは、自由のため。いや、もっとわかりやすく言おう」
「私たちがパンツを盗むのは、人間が生まれもった姿で生きるため。分かるかしら? 私たちはパンツをはいて生まれてこなかった」
「だから、パンツなんていらない。パンツは必要ない」
「自由のための第一歩。そのために、私たちは今日もパンツを盗み続けるっ!」
バン、と決めポーズをとる二人。風にたなびくパンツ。格好良くはない。二人の顔は、決まった、そう物語っているようであったが、もちろん、決まっていない。なんとなく言い方が格好良さそうに見えただけで、言っていることは無茶苦茶である。
何を言っているのかいまいち理解に時間がかかっている美夢と東野に代わり、佐々は反論すべく身を乗り出す。
正義の組織、口論担当、佐々。今、ここに立ち向かわんとす。だが、佐々がここで言わなければならないセリフはただ一つ。この美夢も東野もぽかんとしている現状を打破するためのセリフはただ一つしかないのだっ! 佐々による渾身の一言、それは、
「そんな訳ねぇだろ!!」
否定。全身全霊、全力を込めた、否定。真っ向からの全否定。小難しい理屈など必要ない、彼にできることは、ただ目の前の相手をきれいに否定しきることだけなのだ。
おどおどするフリーダムとリバティ。そこへようやく二人の発言の意味不明さを理解した美夢と東野が加わる。
「全然わからないけど、とりあえず、お前ら二人をぶっ飛ばせばいいってことだよね~?」
パン、パンと拳と手のひらを合わせる美夢に、
「意味不明過ぎですけど、とにかく、あなたたち二人は再起不能に追い込まれたいってことですよね?」
ようやく暴れていいのか、とにたりと笑う東野。
ビクビクとひるむフリーダムとリバティだったが、ひそひそと二人で話し合って、何か決まったように自信のこもった声で言う。
「ふふ、やはり、お前たちのような何も考えていないような連中に、僕の崇高なる自由への思いは分からないんだな!」
「そうよ、フリーダム! 所詮は正義の組織の人間。私たちこそが、この国の人たちを自由にしてあげられる、そのことの意味を分かっていないの!」
いちいち、ポーズを取りながら、どこにあるかもわからないカメラを意識して話す二人。
「だから、やるしかないんだなっ」
「そう、やるしかない」
フリーダムとリバティはコクリと頷く。まるで、最後の戦いに赴く正義の戦士のように。そして、立ちはだかる三人に向き直る。
これはもう戦闘だ、戦闘の気配しかしない、そう察した佐々は、誰にも気づかれることなく、さりげなく、さりげなく、後退する。心の中で、自分が戦闘に参加しなければ二体二でちょうどフェアだからいいだろうと自分を正当化しながら。
戦闘開始の合図は、待ちきれなくなった美夢のスタートダッシュからだった。
美夢が駆け出し、攻撃をしかける。当然、二人同時に相手にすることはできないため、必然的に片方と戦うことになるが──美夢はどちらを選ぶつもりもなかった。彼女は、大きく腕を振り回し、目の前に立つフリーダムとリバティ両方を薙ぎ払おうとしたのだ。防御行動をとらずに直撃すれば即戦闘終了の一撃は、けれども、どちらに当たることもなく、振り回した右腕の勢いそのままに、美夢が対峙した相手は少年、フリーダム。
「さぁ、やろう、僕と自由のための戦いを!」
格好いいことを言っているが、この少年、頭にパンツを被っていることを忘れてはならない。
「やろっかぁ~、パンツくん!」
にっこり笑う美夢。
同時に、東野が戦う相手も決まる。対峙するは、少女、リバティ。
美夢や東野が繰り出す攻撃は、なかなか当たらない。美夢も東野もその攻撃速度は決して遅くない。彼女たち相手に回避をし続けることができるのは今まで彼女たちが会った中では佐々一人くらいだろう。
フリーダムとリバティの顔には余裕の笑みが浮かんでいた。大丈夫だ、勝てる、彼らは徐々にその余裕を、勝利への確信へと変えていく。
回避運動をしながら、フリーダムもリバティも反撃を開始する。小さい攻撃、威力は弱いが、彼らは中距離で美夢たちに攻撃する。光の弾丸のような中距離用の飛び道具は、拡張現実を利用した戦闘だからこそなせる技。ごく一般的な、悪の組織の下位に位置する戦闘員たちが行うような威力の低い攻撃ではあるが、解離能力の高い二人が行うからこそのメリットがある。
それは、小さい威力であり、一撃必殺など到底狙えないが故の、攻撃による負荷の小ささ。回避行動を取りながらでも、それに支障をきたすことなく同時に行うことが可能なのだ。
戦闘を続ける四人を照らす街灯が、まるで四人が舞台上で戦っているかのような演出にさえ見える。その舞台の上で、四人は戦闘を繰り広げる。
フリーダムらの攻撃の威力は低い。美夢も東野も、いくら攻撃をしながらとはいえ、防御くらいなら容易にできる。重たい重たい一撃ならば、回避しなければならないだろうが、中距離からの攻撃で、尚且つ大した威力もないものであれば、簡単な防御で十分だ。このままいけば、いつか、美夢たちの攻撃が当たって、その時点で勝負は決まる。
しかし、フリーダムらは勝利を確信していた。理由は実にシンプル。彼らは、美夢たちが疲れ果てるまで攻撃に当たらない自信があったのだ。この重たい攻撃ならば回避し続けられる、そう考えたからこそ、にこりと微笑んだし、勝利を確信したのである。
ジャリジャリと地面を蹴る音、徐々に荒くなる両者の息、攻撃が飛散する音、それら空気の振動が空間を支配する。
併せて、緊迫感が佐々を襲う。もしかしたら、このまま彼女たちは徐々に押されて押されて負けてしまうのではないか、という不安だ。それは即ち、残る自分に攻撃が集中することとなり、その先に勝利など見えるはずもない。かといって、ここで自分が出て行ってもできることなどあるわけもなく、佐々は、ただ祈るしかできない。
「ほらほら! やっぱり、僕たちの自由こそがこの世界に求められているものなんだ! 世界が味方しているんだ!」
「そうね、フリーダム、私たちは、ここで勝つ。勝てば、あの方の──」
リバティの言葉はけれど、そこで途切れた。何故なら、突如、美夢と東野の動きが止まったからだ。
「……諦めたのかしら?」
リバティが息を少しだけ荒げながら言う。
「うるさいですねぇ、雑魚は」
「ちょこまか、うっとうしいんだよねぇ……」
美夢と東野は、はぁー、と大きくため息をつく。そして、
「面倒くさいけど──」
「本気、出しちゃおっか?」
そのセリフが意味するのはただ一つ、これまで、二人は本気で戦っていなかったということ。二人は、叫ぶ。
「「ハァーーー!!」」
それは叫びであり、雄叫び。同時、二人を中心にして、拡張現実空間に一閃のエネルギー波が飛ぶ。それは回避不可能な速度で、フリーダム、リバティ、そして、佐々へさえもぶつかり、彼らの皮膚をビリビリと痺れさせる。攻撃ではない──これは決して攻撃ではない。単なる、合図。そのエネルギー波は、美夢と東野が力を出すという宣言をしたというだけに過ぎないのだ。