表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
堕、堕、堕ッ!!  作者: 上野衣谷
第二章「自由の使者の最後だっ!!」
6/20

第6話

 正義のヒーローたちと秘密基地所長は、秘密基地にて作戦会議を開いていた。

 テレビの前にホワイトボードを引っ張り出して、簡易的な話し合いの為のスペースを作成する。司会を務めるらしい東野の手によりホワイトボードにはキリリとした文字で、下着泥棒犯人の特定に向けて、と文字が記載される。


「所長、どうでもいいんですけど、何で未だにホワイトボードなんて使ってるんですか? 電子版じゃダメなんですか?」


 佐々の質問に、


「なんでも新しいものを取り入れればいいというものじゃないんだよ、佐々君……ホワイトボードにはホワイトボードの良さがある。それは、我々が見つけなければならない失ってしまったもの、違うかな?」


 そう答える所長であったが。直後、


「あー、安い、とかねー。ぶふー」


 美夢によってあっさりと浅い発言であるということを見抜かれる。


「所長……」


 佐々の憐みの視線を無視して、所長は咳ばらいをする。


「さぁ、で、そもそも、あの犯人が悪の組織の仕業なのか、ということだが……」

「当たり前でしょお? 今の世の中、悪の組織に所属しない一般人が法を犯すだなんて無謀にもほどがある──し、その前に、逮捕されるでしょ? 余程、頭の中身がすっかすかでもないとムリっしょぉ~」


 すかさず反論する美夢。


「確かに」

「そうですね」


 これには、佐々も東野も同意する。美夢の言う通り、今の日本社会においてはそれは不可能に近い所業だと言えよう。偶発的に、発生することはあり得るかもしれない。しかし、それが続けばすぐにでも逮捕される。警察の監視の目は非常に高度化しており、悪の組織に所属せずに法を犯す行為をすることになれば、その前に逮捕されるということさえあり得るのだ。


「うーん、まぁ、じゃあ、そういうことかぁ。つっても、あっちから堂々と名乗り出てこない限り、こっちは何もできないよなぁ。探偵って訳でもないし」


 佐々の言葉に、所長も同意する。


「うむ、佐々くんの言う通りだ。ここは、悔しいかもしれないが、そろそろ相手も名乗りを上げるだろうし、一つ、辛抱するという作戦ではどうだろうか?」


 ところが、これに賛同しないのは女性陣二人であった。


「あのさぁ! いぃい? みゆと彩夏のパンツが盗まれてるの。分かる? 分かるよね? これってさぁ、とぉ~っても、とぉ~っても、許されざる行為なんだよぉ?」


 美夢の顔は笑っているようで笑っていない。それに東野も便乗する。


「美夢さんの言う通りです。この秘密基地の総力をあげて捜索をするべきです。いや、この秘密基地どころじゃない……国──国も巻き込んですぐにでも犯人を見つけるべき……そして、えぇ、見つけた暁には──そうですね、ここで口にすることも躊躇われるような屈辱を与えるべきなのです……ふふふ」


 こちらも当然笑っているようで笑っていない。どうやら、二人は相当な怒りのパワーをため込んでいるらしい。しかし、佐々としては、その調査こそ無駄に思われた。いや、普通に考えれば無駄と考えられるべきだろう。そもそも、正義の組織は悪の組織に対してのみ戦闘する権力を有するが、一般人に対しての権力はなんら有さない。犯人が悪の組織に所属する人間であろう確率は高いだろう。しかし、それを悪の組織が公表していない以上、名乗り出ていない以上、まだ正義の組織が出られる幕ではないからだ。さらに言えば、今の時代、人力で人を探す、それも、いつどこに現れるのか分からないような相手を探すというのは、あまりに非効率的であるという点も挙げられる。

 以上のことから、佐々は至極冷静に、実に客観的な立場に立った上で反論する。


「いや、でも、やっぱり、まだ早いよ。相手が出てきてから──」


 ドォン、という音。それは、美夢がホワイトボードへ、壊さんばかりの勢いで手の平を叩きつけた音であり、東野がテーブルを殴りつけた音だ。

 そこに居るのは二人の女ヒーロー──いや、その姿を誰がヒーローと認識できようか……。鬼神。鬼神である。いや、悪魔という言葉が相応しいかもしれない。そこにあるのは、それ以上の異論は認めないという断固たる意志であり、それ以上口を開くなと物語る目は佐々のことを虫けらのように見ていた。


「あー──そっかぁー……」


 美夢が囁く。

 一歩、二歩、佐々へと歩み寄ってきて、そのゆらりゆらりした動きとはまるで対極的な力強い腕力で佐々の胸元を掴みあげて、無理矢理にでも佐々を起立させる。立ち上がってしまえば、佐々の背は美夢よりも余程高いはず。であるからして、美夢からは威圧感などが放たれる訳もない──というのは佐々の願望に過ぎなかった。

 掴みあげられた姿はまるで狩人が獲物を捉え、高々とその事実をアピールするかのような格好となる。


「もしかしてぇ~──やった?」


 美夢から、佐々への問いかけである。問い、やった? 佐々はこの問いに対しての答えを持ち合わせていないどころか、そもそも、その問いが何たるかを理解していなかった。故に、答えは沈黙であり、何を答えていいのか分からない、戸惑った表情を見せるしかない。

 ところが、これがまずい。


「あー……なるほどぉ」


 東野が何か分かったかのように呟く。東野は、美夢が放った問いの意味が分かってしまっていたのだ。


「いや、待て待て、待ってくれ! 一体何をやったって言う──あっ!」


 ここ来て、ようやく佐々は今自分が追いつめられている事態の重要さに気づく。そう、佐々は罪を問われていたのである。美夢の問いは、佐々が今回の下着泥棒をやったのかという問いである。今回、この秘密基地で起きた女性陣二人の尊厳を踏みにじる壮絶なる悪事は、佐々によって行われたものではないのかという佐々にとって命と引き換えとでもいうべき問いなのである。

 であるからして、この美夢の問いに対しては、即座に、ノーを提示せねばならなかったのである。ノータイムで。

 残念なことに、この男、佐々は、その選択を間違えてしまったのだ……。


「いやいや! 待て! 違う違う。大体、俺がなんでそんなことしないといけないんだ!」


 美夢はようやく佐々の胸倉を掴んだ手を放す。しかし、


「今なら許してあげなくもないんだけどなぁ~? 土下座して、床に顔を付けて、すみません僕は床です、床になりたいです、って言ったら、だけど」

「あ~、いいですねぇ、不本意ではありますけど……それができたら、考えないこともないですねぇ~」


 言いたい放題言う美夢と東野の目は、もはや完全に犯人を佐々と決めてかかっているよう。鋭く突き刺さすような視線は佐々の額から脂汗を垂らすのに非常に有効に働く。


「だから、俺じゃ、ないって、いや、本当に。本当なんだ……信じてくれ。俺じゃないんだ……」


 腕を組んで佐々に迫る二人。


「だって、彩夏。信じれる?」


 互いに顔を見合わせて、ニヤリと笑う。


「うぅ~ん、そうですねぇ……真犯人が、見つかったら……信じれるかも、しれませんよねぇ~」


 にやにやと笑う。

 ここで佐々、気づく。そう、これは完全なる計略である。佐々は動揺しているうちに、女二人の完全なる計略の内に嵌ってしまっていたのである。二人は、間違いなく、目的があるのだ。佐々に、下着泥棒の犯人を捜す派に寝返らせるという完璧な目的が。

 しかし、それに気づいたところで時すでに遅し。もう既に、この構図は完全に二人対一人。追いつめられているのだ。となれば、と佐々は考えつく。もう一人いるじゃないか、この場に。そうだ、所長、所長の力を借りよう! 所長なら男である自分に味方してくれるに違いない!

 そう思って笹は所長を見る。


「所長」

「…………」

「所長ー……」

「…………」


 交差しない視線。女性陣二人のなんとコンビネーションの整ったことだろうか。ああ、あれには叶わないんだ。あの強敵二人の前に自分は完全なる無力なんだ、という絶望が佐々の頭に覆いかぶさる。

 所長は、まるでどこ吹く風。いや、そうじゃない。佐々に手を差し伸べたら、今度は自分が疑われるのではないか、言いがかりをつけられるのではないか、と子犬のように震えているのである。何と情けないことか。けれどもこれは事実。佐々の周りにもう佐々を助けようと駆けつけてくれる仲間は一人たりともいないのだ。包囲網は、ここに完成したのだ。


「ねぇ、どうするの? 自首する? 自首しちゃう? それとも、頭下げちゃう? 情けなぁ~く、膝をついてぇ、頭を下げてぇ、そんで、お巡りさんに行っちゃうぅ?」

「はぁー……幻滅しました。元からですけどね、まさか、ここまで落ちぶれているだなんて、はぁ」


 ねっとりとまとわりつく二人の視線。獲物を捕らえたかのようなその目つきは、続いて、捕えた獲物の息の根をとめる作業へと入る。

 冤罪、これはまさしく、完璧なる冤罪である。佐々になんら罪はなく、彼の唯一の間違いといえば、美夢の「やった?」という問いに対してとっさに返事をできなかったことであろうか。しかし、その間違いさえも、果たして間違いであったのか、今となっては大きな疑問である。そもそも最初から、一番最初の最初から、佐々に逃げる術など用意されていなかったのであろう。残念なことに、悲しいことに。


「あー!!」


 佐々は叫んだ。これぞ、肉食獣に捕らえられた草食獣、最後の叫び。けれども、肉食獣たちの攻撃の手は緩まない。情け容赦などない。彼女たちはもうあの頃の優しい女の子たちではないのだから。


「何言ってるの?」

「はぁ、この期に及んで……」


 佐々に残されたこの場を脱却する術はもうただ一つ。全面降伏。完全なる白旗。即ち、彼女たちの要求を全て受け入れるということだ。


「分かった、分かりました。はい、協力します。見つけましょう。自分たちの力で、にっくき犯人を見つけましょう。絶対に見つけます。全力でやります、やらせていただきます。それでどうにか俺にかかっているこの誤解を解いていただけないでしょうか?」


 低姿勢で交渉する佐々の様子が気に入ったのか、美夢も東野も、にんまりと笑みを浮かべて言う。


「最初からそう言えばいいの」

「もうこれに懲りたら逆らったらダメですよ?」


 まるで動物のしつけのようにすんなりとご褒美の言葉をかける二人。こうして、秘密の基地メンバー一同は、美夢と東野のパンツを奪い去った犯人をつきとめるために動きだすことになったのである。




 佐々、美夢、東野が徘徊するのは夜の街。

 人気はほとどない。それもそのはず、夜十二時を回れば開いている店は限られてくる訳で、それらが存在するのは都会だけ。佐々らが住む住宅地においてはそういった店の営業は認められておらず、人通りといえば、帰路につく人たちくらいなものだった。

 勿論のこと、そもそも、夜遅い時間の徘徊についても、目的がなければ認められていない。けれども、そこは正義の組織権限。彼らがうろつく理由は、パトロールという名目だけで十分であり、それによって、警察などから咎められる心配はない。

 逆を言えば、そのような特別な事情があるか、もしくは、帰宅途中など、確かな理由がなければ、夜遅い時間に住宅街をうろついているというのは十二分に不審者として扱われても仕方がないとも言える。


「大体、こんな時間に目的もなくうろついたら、それだけで犯罪者予備軍として更生施設行きなんじゃないか?」


 佐々は住宅地に響かないくらいの小さな声で美夢や東野に話しかける。暗に、こんな時間に自分たちがパトロールする必要なんてどこにあるんだとも言いたげであるが、そのニュアンスは二人には伝わらない。


「そんなことは関係ないんです。いいですか、佐々くん? 私は、プライドを汚された。それだけでパトロールの理由は十二分なんですよ」

「そうだよぉ、正義くん~。みゆたちの秘密基地は三階にある。だから、そもそも夜じゃないと人目について外から登ってくるだなんて無理でしょ? だから、夜にパトロールする、て決めたじゃない。話聞いてなかったの? 頭がすっからかんなの?」 


 勿論、佐々は話を聞いていたのだが、もう何を言っても二人の決定に異を唱えることは難しいことを悟り、反論せずにうやむやに誤魔化す。

 佐々の胸にはもやもやがたくさんあった。そもそも、こんな非効率的なパトロールに何の意味があるのかということを初めとして、もうそろそろ風呂に入って寝たいだの、テレビの前でぐぅたらしたいだの、まぁ、そういったとにもかくにも、今の行動に果たして意味はあるのかという強い疑問の気持ちが渦巻いていたのである。

 が、しかし──。

 幸か不幸か、その意味は偶然にも訪れた。確率的なものだ。これは奇跡なんかじゃない。目の前に事実として起きているのである。

 佐々たち三人が、人通りの全くない、一本の道に足を踏み入れたその時。三人の視線の先には、一人の、それはもう、怪しいです、僕は怪しい人間です、というオーラを出しまくっている人物がいた。そして、まさにいま、その人物は一軒家の塀の中に侵入しようとしていたのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ