第5話
このような佐々の活躍っぷりは、勿論、世間にも取り上げられる。ヒーロー対悪の組織の戦いは、ほとんど自動化されたシステムによって、インターネットやテレビを通して全国民がリアルタイムで視聴することが可能なのだ。
それらの周知によって、人々は正義と悪が戦う様を見る。エンターテイメントとして、はたまた、政府がその奥に狙う、無気力社会の脱却のための動機付けとして。
佐々がそうして、世間への露出を望んだか、望んでないかに関わらず、ヒーローとして活躍する以上は、必然的に、有名人となる。いや、なってしまう。結果、佐々は、今、秘密基地にて、所長にその愚痴を言っていた。
「あー、めんどくさいっすね、こういうの、意外に。どうにかならないんですか? 所長」
しかし、所長の返事はつれない。
「それがヒーローというものだ。表に立ち、人々の心を揺さぶる。それこそ、今、君が、生活資金を得られている理由なんだよ」
「……あー、まぁ、そういうものですかね」
「そういうものなのだ」
「そういうものです。もっと格好良くしたらどうなんですか?」
所長と佐々の会話に割り込んできたのは、東野。彼女は、一切秘密基地に顔さえ見せていないという訳ではなく、それはヒーローの義務だから、ということで、一日に一度はこうして顔を出している。佐々と違って帰る家がある彼女は、何もここにずっと篭っている必要はないのである。それは、今ここに姿を見せていない美夢についても言えることであり、他都市にある他の秘密基地に所属するヒーローについても同様である。比率から見れば、佐々や所長の方が珍しい所属の仕方であると言えよう。仕事は仕事、生活は生活、過去流行った言葉で言えば、ライフワークバランスというやつが重視されていたりするのだ。
「待って、東野さん、あの衣装は俺が考えた訳ではなくて所長が……」
しかし、佐々の抗議は東野には決して届かない。
「へぇ~、そうなんですかぁ~。まぁ、そのこと知ってる人、いないから意味ないですけどね」
はぁ、とため息をつき、佐々はテレビのリモコンを取る。大して選択肢のないチャンネルのボタンを特に選択することもなく、テレビが任意に選択し、映し出されている映像を何も考えることなく見る。
しかし、次の瞬間、そこには実に見知った顔がいた。
「あっ、また美夢、さんだ……」
とはいえ、もう、その光景は当たり前のものになっていた。
「ホント、目立ちたがり」
東野が呆れたように言う。美夢は、彼女の言葉通り、目立ちたがりであった。それは、彼女が悪堕ちしてから変わったということではない。彼女は、それ以前から、ヒーローという立場を利用して、世間にアイドルのような活躍っぷりを見せていることで有名であったからだ。テレビの中の美夢は、なんとまぁ、ご立派なことに今度新曲を出しますとかなんとか言っていたりする。
「所長! いいんですか? あんなの! 俺がこんなに必死に頑張っているというのに……」
「うぅ~ん、まぁ、彼女、個人の時間の使い方は自由だし……」
煮え切らない様子の所長に憤りを覚えた佐々は代わりに叫ぶ。
「あんなのヒーローとして失格だ! 全く! 何を考えているんだ、彼女は。あれじゃあただのアイドルじゃないか! ヒーローはアイドルじゃあ、ないっ!」
直後。
「うるさーい!」
佐々の頭部めがけて、物凄い速さで何かが突っ込んでくる。何かの接近、及び、自身の危機を悟った佐々は即座に回避行動に入り、何とか自分に向かって突っ込んできた何か──いや、美夢の攻撃を回避することに成功する。
「うるさいなぁ、ホントに、正義くんは~! いいでしょぉ、みゆの勝手じゃん~」
平和的解決の姿勢を微塵も見せることなく肉弾的交渉を挑んできた美夢の登場に、テレビを指さし、驚きの声を上げる佐々。今あの画面に映っているじゃないかとでも言いたげな表情をする佐々に美夢は説明する。
「あのねぇ~、あれは録画。何をそんな低知能なことを言ってるのぉ? それにさぁ、正義くんさぁ、君こそ、毎度毎度、悪の組織の人間を訳の分からない理屈で退治してさぁ、情けなくないの? ヒーローだったら、もっとガツンとやっつけなよぉ~」
ぶんぶんと腕を振り回す美夢。悪堕ちによってパワーアップした彼女の素振りは空を切る音を発し、その攻撃が直撃すれば気絶は免れられないであろうことを誇示する。
『続いて、ニュースです。一か月に渡り、市内で下着が盗まれる事件が相次いでいます──』
しかし、東野と美夢の二人を含む四人が一斉に集合した秘密基地においては、テレビのバッドニュースも大きな危機感を煽ることはできない。賑わいを増す秘密基地内では、かつては聞かれなかったような唐突な罵り文句が飛び交う。
「逃げ犬ヒーローさんさ、ほら、出番でしょ、このニュースの犯人見つけて来なよ、ぷふ」
嘲笑する美夢に大して、佐々も僅かな抵抗を見せる。
「君たち二人だってヒーローなんだぞ、三人で探そう、探そうじゃないか」
しかし、次に、佐々に立ちはだかる敵は、女子高生東野。
「えぇ? なんで私まで含まれてるんですか? 嫌ですよ、二十を超えたおじさんと共同で仕事だなんて……」
東野が喰いついたことにより、もう自分の役目は終わったとばかりに、美夢はにやつきながらその場をさっさと去っていってしまう。
「おじ──東野さん、君だってヒーローなんだろ? 何のために正義の組織の所属してるんだ!」
自分にばかり仕事が振りかかってきている佐々は、今こそ好機と東野にも食ってかかるが、彼女の返事は冷たいものだった。
「何のため、って……正義の組織に所属してると学校からいい評価貰えますし。ていうか、それだけ?」
他に何かあったかしら、と宙に視線をさまよわせるが、やはり他にはなかったようで、再び佐々へと視線を戻すと、うん、と頷く東野。
「しょ、所長~」
助けを求める佐々であったが、残念ながら、所長は、苦い顔をして、佐々を助けることはなかった。
ところが、何も解決せず、再び佐々一人で悪いやつをこらしめに行くんだということで決着しそうに思えたその時、
「ぎゃー!!」
まるでお腹を押しつぶされたかのような壮絶な悲鳴が秘密基地内に響き渡る。
「なんだなんだ!?」
慌てて声がしたところへと駆けつける佐々他所長、東野の前に居たのは、わなわなと怒り震えている様子の美夢であった。
「これぇ! これっ!!」
美夢が指さすのは、ベランダの物干しざお。佐々の服が大半を占めているが、その片隅にある何もない──正確には、何もかかっていない物干しハンガー。
「ハンガー……」
呟く佐々と所長。しかし、もう一人、東野の様子はまるで違った。
「ぎゃー!!」
美夢と同じく、可憐な乙女があげるにしてはあまりに壮絶な野太い叫び声を秘密基地内に響き渡らせる。一体何が問題なのだと未だ事態を理解できない佐々を差し置いて、所長は二人に続いて事態を理解する。
「ま、まさか──!」
「「盗られた!!」」
わなわなと怒り震える二人の少女。指さす何もかかっていないハンガーには、その二人の下着が干してあったのである。いや、干されているはずだったのである。
二人はここで生活をしている訳ではない。帰る家がある。しかしながら、ヒーローの仕事は事と次第によっては激務であり、その事情から下着を洗濯する機会がないことはない。ここが秘密基地だということは当然、他には知られていない。一方で、そのカモフラージュの意味も含めて、基地ではそれなりに生活している感を表に出している。それ故に起こった悲劇、盗難。
すぐに、盗難にあった二人の中で、先のニュースと記憶が結びつく。
「……いい度胸じゃない」
どすの利いた声で東野が呟く。ゾワリと佐々の背筋が凍る。
「……ヤっちゃおっかなぁ~」
にっこり心では全く笑っていないただ顔にはべりついたような笑顔で美夢も呟く。所長の背筋が凍る。
こうして、幸か不幸か、佐々は下着盗難事件解決に向けて二人の協力者を得たのである。いや、得てしまったのである。