第4話
「で、これ、なんですか?」
今、イベイジョン、もとい、佐々は、所長と二人きりで秘密基地にいた。
そして、今後、彼は、戦うことを面倒くさがる二人の女ヒーローたちに代わってより積極的に悪の軍団と対峙せざるを得ない状況に追い込まれているということを小一時間かけて所長から説明を受けた末、イベイジョンとして新たなヒーロー衣装を提供されていた。
「それが、新しいヒーロー、我が秘密基地の誇るニューエース、イベイジョンの姿だ!」
所長が誇らしげに言う。
本来、ヒーロー衣装というのは、変身によって拡張現実技術により、ヒーロー本人が強く意識した姿を映し出すことによって構築される訳であるが、今回、佐々に用意された衣装は所長自らがその独自の美的センスを最大限に発揮し一からデザインを仕上げ拡張現実で表現できるようにと組み上げた代物であった。
しかしながら、その衣装には問題があった。
「いや、それはいいんですよ、それはいいんです。別に、俺も前の姿は適当であって、そこに大したこだわりはないですし、何より、俺自身、ヒーローに大したこだわりがあるって訳じゃないですからね……」
「そうか、そうか、満足してくれたかね」
いいや、佐々は決して満足などしていない。
「なんですか、これは! 所長、あなた、いつの時代の人ですか!? 今は、二十二世紀ですよ、二十二世紀の日本ですよ。確かにね、ヒーロー番組──いわゆる、特撮と呼ばれた番組が過去の時代にあったのは知ってます。学校でも習いました。そのー、これ、この服、教科書に載ってるような──この色合い!」
佐々の身にまとう服は、赤、青といった過激な色をちりばめた、とても独特なそれはもう目立ちに目立つ色の衣装。
「いいだろ?」
「良くないですよ! なんですかこの西暦二千年にも達してないような色合いは。古典ですか? 古典的なヒーローを俺にやれっていうんですか? 必殺技ですか? 必殺技名が必要なんですか? 空中からキックしないとだめですか!?」
「当たり前だろう。ヒーローの原点だぞ。安心しなさい、色々と秘密機能をつけておいたから」
はぁー、と大きくため息をつく佐々。彼は、目立ちたくないのだ。彼はあくまで生活のためにヒーローをやっているのであって、市民にキャーキャー言われたいからやっているのではない。
もっと言ってしまえば、もし、あの時、目に入った求人広告が悪の組織のものであったのならば、もしかしたら、そっちに行ってしまっていたかもしれないほどに、どちらでもよかったのである。心のどこかでは、まぁ、どうせやるなら、正義かな、とくらいは思っていたし、職務において、悪いことをしようなどとまでは考えていなかったが、あくまでそれらの動機は、なんとなく、に過ぎない。
なんとなく、ヒーローをやっているのである。
であるからして、このような、まさにヒーローですと声高らかに宣言するような衣装は気が引けるし、それ以上に、何と言うか、あまりにマニアックな色合い、格好。
「大体、これ、なんですか。何で顔は口だけ出てるんですか? いいじゃないですか、全部出しましょうよ。いや、もしくは、全部隠しましょうよ。なんで一部なんですか? チラリズムとかいうやつですか? 変ですよね!」
佐々は、彼の言う通り、口の部分だけ開けてある顔部分の、口だけをごもごもと動かして所長に精一杯の抗議の声を叩きつけるが、所長に動揺する様子はまるでない。
「格好いいでしょう? いやぁ、これはね、古典的なヒーローの歴史、いや、日本のヒーローの元祖と呼んでも過言ではない数々のヒーローたちのデザインを踏襲して私自らが考案したデザインなんだ。三日三晩寝ずに考えたんだ。三日三晩」
そこには所長の何を言われても絶対に変えないから覚悟しとけよ若造、という強いメッセージが込められているように感じ取れたため、佐々は諦めの気持ちを強くする。
「まぁまぁ、ということだから、今日から出撃時はその衣装で頑張ってくれ! いいね!」
所長のにっこり笑顔に、佐々は苦笑いを返す。
それだけで終われば、よかったかもしれない。佐々もあきらめがついたかもしれない。しかし、非常に残念なことに、佐々にとってこれ以上にショッキングな出来事が発生する。これは、いわゆる、タイミングの問題というやつである。
奇跡的なタイミング。奇跡的といっても、それはもちろん良い意味でではない。佐々にとっては、最も悪いタイミング。
この時点で、佐々は諦めがついていたのだ。確かに、少しセンスに疑問を感じるデザインかもしれない。時代錯誤なデザインかもしれない。とはいえ、所長が三日三晩寝ずに考えた案であるとのことだし、ヒーローの歴史からみれば、こんな姿は断じてありえないといわれるほどのものでもない、はずだ。
そのはずだった。
しかし、残念なことに、それはあくまで佐々が必死に築き上げた自己防衛的な思い込みに過ぎなかった。
この秘密基地にこのときいたのは、佐々と所長のみ。
しかし、ガチャリと秘密基地の扉が開く。入口から人が現れる。入ってきて数歩進んだ彼女は、佐々の姿を目撃する。彼女の表情はみるみる歪み、苦笑い、そして、含み笑い、続いて、信じられないものを見ているといった驚愕の表情へところころと変化を遂げ、最終的には、やっぱり苦笑いで落ち着く。
東野はそして、つぶやいた。
「ダサ……」
と。
その一言は佐々の胸を三回、四回、貫通し、佐々の膝を折ってしまったのである。
しかしながら、佐々はそのメンタルをどうにかこうにか立て直し、赤と青などの原色だらけ、口のところだけ露出している衣装に身を包み、今日もまた出撃を余儀なくされていた。
決して、美夢や東野の出撃回数がゼロになった訳ではない。しかし、基地に常駐している時間が極端に減ったのである。無論、彼女たちが好き勝手やっているからなのであるが、価値観の変わった彼女たちを無理に動員するのは危ないと所長が判断したらしく、代わりに出撃するのは残る一人の佐々となった訳だ。
「あー、なんだーお前ー、もうさー、やめろよ、こんなことー」
例の衣装を見に纏い、対峙するのは悪の組織所属の悪人。短パン、半袖、むきむきの筋肉、太い眉、ごっつい男は後ろに数人の少年たちを連れてランニングしていたところを佐々に止められる。
「なんだ! 貴様は!!」
「正義のヒーロー、イベイジョンだよ、ほら、後ろの君たち、もう帰っていいから。帰りなさい、帰っちゃいなさい」
短パン男の後ろにいた小学生か中学生かの少年たちは、佐々を見るや、ようやく解放されたとばかりに一目散に走り去る。
「な、なんてことをしてくれたんだ! 悪の手先だな、貴様は!」
のたまう男に、佐々は反論する。
「悪の手先はお前だ! えーっと、なになに──」
所長曰く秘密機能として佐々の衣装の腕に備え付けられた携帯デバイスを確認し、敵の正体を読み上げる。
「報告によると、近隣の小学校、中学校に通う少年たちを勝手に鍛え上げている……なんてはた迷惑な奴だ……」
呆れた顔で敵を見る佐々。こいつがいわゆる悪の組織に所属する人間らしい。
「迷惑とは何か! いいか、いつ、この地に悪が訪れるとも限らない。そのためには、小学校、中学校の頃から少年たちを徹底的に鍛え上げ、強い体をつくらないといけないんだ! 教師たちがやらないから俺が代わりにやってやるんだ! 文句あるか! これの何が悪か! 分からないというのなら、こうだ!」
一気に言い切ると、体育会系の男は佐々に向かって突進してくる。佐々は持ち前の回避力で相手の攻撃を回避し続ける。
「時代だよ、時代が大事なんだ、おじさん。ほ、ら、無駄だ、無駄、俺に攻撃は当たらない。諦めろ、諦めて悪の組織を抜けるんだ」
「このっ! このっ! これでもかっ!」
体育会系の男は佐々をしつこく攻撃するが、全くもってあたらない。汗がどんどん噴き出て、男の体力は徐々に徐々に削られていく。
「く、くそっ! 何故当たらない! 男なら戦え! 男なら拳で語り合う、そうだろ!? 違うのか!?」
「はっはっは! 甘いな! 勝てばいいのさ、勝てば!」
まるで正義の味方とは到底思えないセリフであり、過去、日本国に生まれたヒーローたちが聞いたら真っ先に叩き潰されるのはどちらか分からないやり取りを繰り返しつつも、ついに、体育会系の男の気力が切れる。
「く、くそぅ……も、もうだめだ、体がついていかない」
「ふっふっふ、諦めたらどうだ。そもそも、俺のようなヒーロー相手に、体力切れするような大人が、純粋無垢な子供たちを教育しようっていうのが間違いじゃないのか? えぇ?」
適当に考えついたセリフをもっともらしく言い放つ佐々。無論、そこに大した正当性はないのだが、長い長い運動、それにより消耗された体力の中で、体育会系の男が冷静な判断、思考を行うことは難しかった。
結果、彼は、コクリと小さく頷き、その場を去ることになる。
ある時は、また別の戦いへと出撃する。
「あー、なんだーお前ー、もうさー、やめろって、こんなことー」
例の衣装を見に纏い、対峙するのは勿論、悪の組織所属の悪人。今度の相手は、動物愛護の精神のもと、虫を踏みつぶしたという理由やその他、生物の命を粗末にしたという理由で色々な人々に食ってかかり、しまいにはその人の生活全てを監視することを生きがいにする悪人らしい。
「なんだ! 貴様は!」
「正義のヒーロー、イベイジョンだよ、ほら、そこをどきなさい。水族館に入りたい人が通れないだろう」
肩に木製の看板を二つ装備し、全身に掛札をぶら下げた男はギラギラ光った目を佐々へと向けて反論する。
「なぁにぃ!? 水族館はな、海の動物たちの自由を奪い、そこに束縛する超極悪組織だ! そんなものの存在を許す訳にはいかぁああああん!」
怒鳴る看板男を無視して、佐々は水族館の前に並んでいた人たちを誘導する。
「はーい、いいですよ、この人無視して入ってってください~」
市民を誘導する、というのもまたヒーローの仕事であり、それによって感謝されるのもまたヒーローの仕事である。地域密着型なのだ。しかし、それを見て怒り狂うのはもちろん看板男。
「き、貴様ぁ! よ、よくも、俺の高貴な生物愛護活動を……! 悪の手先だな、お前は!」
のたまう男に、佐々は反論する。
「悪の手先はお前だ! いいか、物事には加減ってものがある。生き物を大切にする気持ち、結構なことだ、だけどな、これはやり過ぎだ!」
「うるさいうるさいっ! 覚悟しろ!」
看板男は怒りをあらわにすると、背中に掲げている大きな看板を両手に持ち、佐々へと殴り掛かってくる。ぶん、ぶんと大振りに振り回される看板を見事な動きでよけ続ける佐々。看板男の攻撃はまるで当たるとは思えない。
何度も見たような光景がひたすら続く。
水族館へ向かう市民たちが、少しだけ足を止めてその様子を眺めるが、彼らは最初に佐々を指さし、衣装の派手さにコメントを残しはするものの、さほど長い時間は留まらない。ひたすら避けるだけの佐々には、ヒーローとしての魅力はあまりないからだ。
「くそぅ! 当たらない、なんてすばしっこいやつだ! 避けてばかりではなく、自分の手で戦ったらどうだ! 卑怯者!」
ついに悪の組織の人間にまで卑怯者呼ばわりされる佐々であるが、彼は戦闘スタイルを変えるつもりは一切ない。変えるつもりがないというより、変えることができないというのが正しいが。
そうこう言っているうちに、看板男の体力が尽きてくる。
「くそ、くそっ! もうだめだ、腕が、腕が上がらないっ」
「ふっふっふ、諦めたらどうだ。そもそも、自分の体力が追い付かないような状態で果たしてお前は生き物としての正しい道を歩んでいると言えるのか? ここにいるたくさんのお魚さんたちに顔向けできるのか? えぇ?」
これまた適当に考えついたセリフであったが、もっともらしく言い放つ佐々。勿論のこと、ここに大した正当性などある訳もなく、市民からは不安の声が漏れ出ていたが、そんなことは関係ない。看板男の体力はすでに尽き果てており、その意見に反論する元気など残っていなかったのだ。
結果、看板男は、コクリと小さく頷き、その場を去ることになる。
と、このように、佐々は何とかヒーローの役割を果たしていた。