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堕、堕、堕ッ!!  作者: 上野衣谷
第一章「登場! 堕の魔女王レイジーだっ!!」
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第3話

「こ、こうなったら、我自らが……!」


 うぅおお、と唸り始めるレイジー。しかし、それを止める者がいた。


「お待ちください、レイジー様!」

「早まってはいけません、レイジー様!」


 それは、レイジーの下につく戦闘員たち。どこから湧き出てきたのかは疑問だが、彼らは神出鬼没なのだ。


「な、何を言うか、お前たち。ここは我自らが繰り出し、この悪の理を知らない不届きものたちを成敗せねばならんのだ!」


 憤るレイジーに、しかし、戦闘員らは反論する。


「えぇ、それは、もう百も承知です! ですが、ですが」

「ですが、何卒、ここは一旦退却下さい! ここはレイジー様が出るような幕ではございません!」


 止める戦闘員たち。いざこざを見守る一般市民、そして、佐々他正義のヒーロー及び悪堕ちしたヒーロー連中。そんな観客など関係ないとばかりに言い合いは続く。


「何をぉ! お前たち、よもや、この我にこいつらを倒すことができないと、そう考えている訳ではあるまいな!?」


 おどおどする戦闘員たち。


「お、恐れながら、その、ですね……」

「ええ、と、あー」

「なんだ! はっきり言え!」


 もめ事が起きている最中に倒してしまうというのはどうだろうと考える佐々であったが、まぁ危険を冒すことなく敵が空中分解してくれるならそれ以上楽なことはないと考え直す。


「ええ、そうです! レイジー様! あなたは洗脳を初めとして敵に悪堕ちさせるための要素を組み込むことなら右に出る者はいません! しかし、レイジー様!」

「レイジー様! あなた様自体はその辺の子供くらいの戦闘力しか持っておらず、よって、この三人のヒーローどもに勝つの不可能だと、断定します!」

「なっ……!」


 再び、ガクリと膝をつくレイジー。


「そ、そうだ、った……! って! お前たち! それは超超超重要な機密事項だろ! な、なな、なんてことを!」


 その秘密事項とやらを聞いて、一人、超超超気合を入れる者がいた。他ならぬ佐々である。とてもいいことを聞いたとばかりに飛び出し、レイジーの目前へと迫る。

 そう、この男、その情報を聞いた途端に今こそ勝機と飛び出したのである。これが人々が尊敬する理想のヒーロー像なのかはさておき、彼はレイジーへと宣戦布告する。


「よぉーし! いいだろう! 勝負だ、そこの奴ら!」


 それに反応したのは戦闘員とレイジー。しかし、彼らは戦闘する準備をするどころか、あろうことか、


「お、覚えてろよ! 覚えてろぉ! もっと、もっともっともっと強力なヒーローを絶対に悪堕ちさせて連れてきてやるからなぁあ!!」


 などと、とってもとっても悪役っぽいセリフを吐き捨てて、一目散に逃げ去っていってしまったのである。




 ヒーロー三人は、一応、とりあえず、表立った面においては、堕の魔女王レイジーを撃退した。無事撃退したことに対しては市民からの沢山の感謝の声が送られてきた訳だが、今、秘密基地内はそんな市民たちの喜びの声に素直に喜べないような状態になっていた。

 基地内、ソファーに座るは二人の女子たち。普段、せわしなく動き回っている美夢は、非常に行儀悪く半分以上寝転がっているような姿勢でソファーに座っているし、それこそ、普段、ソファーに座ることなんてほとんどなく、任務さえ終わればすぐに自宅に戻る東野は、ソファー一つを占領するかのようにだらしなく寝転がっている。

 その二人を腕を組んでみているのは所長であり、どうしたものかと立ち尽くしているのは佐々だ。

 変身が解かれた後の美夢と東野を前に佐々が立ち尽くすのには理由がある。一つは、見ての通り、あまりにだらしない姿勢でソファーを占拠してしまっていることから、自分がソファーに座るスペースが奪われてしまっているということ。そして、もう一つは、その二人の姿にある。

 東野については、普段、高校帰りなどに来ていることから制服を着ていることが多いが、その制服のデザイン等が明らかに変わっているのだ。具体的に言えば、スカートが極度に短くなり、よく見れば耳飾りを付けているのである。これはもう校則違反ぎりぎりの線を突き走っているのではないかとみているこちらが心配になる軽い服装と化していた。

 美夢に至ってはさらに過激。彼女は、変身前、これまでは日本人に比較的多い髪色である黒から茶色といった髪色を保っていた訳である。しかしながら、今の髪色はといえば、何と、変身後と同じピンクブラウンに変化していた。何とまぁ過激な髪色である。大学生であるので、そのくらいは問題ないといえば問題ないのだが、これまでの彼女と比べればその変容っぷりはあまりに激しく、落ち着いた配色がなされている部屋内に突如として出現したピンクオブジェの存在感はあまりにも大きい。


「さて」


 所長が口を開く。


「どういうことか、説明してもらおうかな?」


 その攻撃ともとれるやや怒りを孕んだ言い方は、どうやら、この事態の責任が佐々にあるのだとでも言いたげなものであり、そんなことを断じて認める訳にはいかない佐々は、驚きの声を上げつつ反論する。


「ど、ういうことかといいますとですね! 俺が、いいですか、俺が現場に到着していた時には既に、既にですよ! 既に、この二人の心は悪に蝕まれ、こうしてだらしなくソファーに座るヒーローとしてあるまじき姿を基地内とはえ堂々としてしまうような、つまるところ、怠惰に溢れた人間に変わり果ててしまっていたんですよ! 敵が言うには、美夢には力を、東野には新しい価値観を授けた、とかなんとか言ってましたけど、そんなこと知ったことじゃない。これはもう絶対相手のせいですよ、相手のせい!」

「う~ん、でもなぁ~」


 納得いかない様子の所長に、佐々はこのまま責任を自分に押し付けられてはたまったものではないと、さらに続ける。


「いやいや、でもなぁ、じゃないですって。所長! あんたの技術力ならなんかこう悪いものをばーっと吐き出させて、元の二人に戻すことくらいできるでしょう? ねぇ、やっちゃってくださいよ! ほらほら」


 勿論、佐々は本気でそう信じていた。所詮、拡張現実の力によって何らかの力が付与されたに過ぎないのだから、その力が二人の私生活まで変えるというのはいくらなんでもおかしいと考えたからだ。しかし、所長の様子は煮え切らない。


「話を聞くにね、二人が何か特別な洗脳をされただとか、そういった、言うなれば、拡張現実においてのみ効力を発揮することをされた訳じゃないっていうのが問題なんだよ」

「ええぇと、ど、どういうことですか?」


 進行する佐々と所長を傍目に、当事者であるはずの二人は、携帯デバイスを弄ったり、うとうと眠りにつこうとしたり、それはもう自由奔放である。


「分かりやすく言うとね……いくら、拡張現実の世界で起きたこととは言え、それは現実に二人の脳が経験したことに他ならないということだよ。いいかい、拡張現実の世界というのはかつてバーチャルリアリティーの技術が仮想現実──即ち、没入型のテクノロジーによって発展を遂げてきた時──」

「待って! 待て待て待て、所長! ステイ!」


 話の一割を理解するにも至らなかった佐々が慌てて止めに入る。


「待ってください、もう全然、それ分かりやすくもなんともないですって! いつの時代に生まれてきたんですか。拡張現実が現実にリンクしているっていうくらいは分かりますけど──もっと、こう! そう! 俺にも分かるように、俺にも分かるように言ってください!」


 理解のおぼつかない佐々に、所長は、満面の笑みを返す。


「その言葉を待っていた! 君にも分かるように簡単に言うとだね──無理、ってことだ!」

「……なるほど」


 どうせ反論してもさっきのようなものすごぉく長い長い話を聞かされるだろうということを悟った佐々は、反論することを諦める。かといって、目の前の二人をこのままにしておくわけにもいかないだろう。そして、それは所長も同じようだった。


「あー、それにしてもね……今回のこの結果、私は一つの原因に辿り着いたよ」


 話が進む中、どこから持ち出したのか分からないスナック菓子を頬張りながら、そのスナック菓子を掴んだ手で携帯デバイスを操作する東野。そんな彼女に目を向けて、所長が言う。


「東野くん!」

「……はい?」


 何とか返事をするという要素は残しているようだった。


「君が、このような価値観によって人間性が変わってしまったのは、きっと、君が、自分とヒーローとを一体化させて考えてしまっているからだ。そう、分かりやすく言うと──」

「はい所長ストップ! どうせ分かりやすくないでしょ!?」


 すかさず佐々の突っ込みが入る。失礼な、と所長は言いなおし、では要件だけ言おう、と再び口を開く。


「佐々正義くん! 君が同じような末路を辿らないように、君にはヒーローとして重要なものを授けよう!」


 話の飛び方にしどろもどろする佐々だったが、授けられるなら、まぁ、いいだろうと特に反論などはしない。


「君にはヒーロー名を授ける!」

「えぇっ!」

「そうだな──よし、今日から君は、イベイジョンだ! イベイジョン! いいね!」

「えぇっ! って、そんな訳の分からない話の飛び方で納得できると思いますか!?」

「よし、分かった、では、分かりやすく言うとね……東野くんが悪堕ちしてしまった理由、それは彼女が自らの本名を使ってヒーローの活動を行っているからだ」

「ふんふん」

「本名を使ってヒーローの活動を行ったことにより、その活動はヒーローとしての自分ではなく東野彩夏としての活動として行われ、アイデンティティの──」

「分かりました! はい、分かりましたから、所長、もう大丈夫です!」


 こうして、所長の必殺適当に長いことを話せば若者は大体分かりましたといって納得してくれるのさこれぞ力押し説得術、によって佐々正義はヒーローイベイジョンとして活動せざるを得なくなる。

 しかし、これによって、東野と美夢の件が解決したのかといわれれば全くもって解決しておらず、事態は一歩も進展していない。しかし、


「はぁ~、じゃあ、私、もう帰りますね~」


 その事態の中心にいた東野がソファーから気だるげに立ち上がってしまう。乱れた姿勢で座っていたことによって乱れた服装を正そうともせず、ふぁ~、とだらしなくあくびをして背伸びをする。時計を見れば時刻は既に夜八時近く。普段、彼女が家に帰っている時間と比べるとあまりにも遅すぎる。


「あー、えーっと」


 止めようとする佐々に、東野は視線をチラリとも寄越すことなく、


「さようなら、ヘタレヒーローの、なんだっけ、インベーダーさん」


 と、ジャブどころかストレートとなりうる口撃を放つ。反論のスキも与えずスタスタと去っていってしまった東野。ぽつんと取り残されたように居る所長と佐々の耳に次に入ってきたのは、


「プッ、はっ、ははは、はっー、あー、ウケるー」


 などと、大して笑ってもいないのにわざとらしく佐々に聞こえるように言う美夢の声。


「さー、てとぉ~」


 続いて美夢が立ち上がる。これまた東野と似たように、ふぁ~、うあぁ~、ああ、と唸り声のような声をあげながら背伸びをする。


「まさか、美夢さんまで帰るなんて言わないですよね!?」


 佐々の講義の声。しかし、美夢は佐々の講義に対して、


「あぁ!?」


 と怒りの声を上げる。今にも飛び掛かってきそうなドスの利いた声を吐き出しつつ、佐々の目前へと迫ると、その小さな体には似ても似つかない人を蔑むような目つきで佐々を睨みつけると言い放つ。


「み、ゆ、め、さ、ま、だよねぇ!? あのさぁ、正義くんさぁ、君、年下でしょぉ? 分かってるぅ?」


 勿論、恐らくわずかな差とはいえ美夢が年上であるからこそ、佐々はさんとつけて呼んでいたし、さらに言えば、これまでそれによって美夢から何かしらのお叱りを受けることはなかった訳であり、この怒りの声は佐々にとってそれはもう物凄く不可解なものであったが、ここは大人しく従っておくことにする。何故なら、彼女の物理パワー、もとい、ラブパワーはとてもとても恐ろしいからである。

 そして、その美夢からの攻撃は留まることを知らない。


「後ねぇ、彩夏のこともね、東野さん、って呼んだ方がいいと思うなぁ~だって、ねぇ、逃げちゃったしぃ~」

「ぐっ……!」


 佐々は思う。ああ、昔は違ったのに、と。確かに、東野と絡みは然程なかった。だからといって、佐々が何もしないことに対してあんなにも強い軽蔑を示すことはなかったし、美夢であってもそう。それなのに、それなのに、と大してある訳でもない昔の思い出を必死に脳裏に思い浮かべて、うぅ、うぅ、と涙が出そうになるのを何とか堪える。


「んじゃ、ま、そういうことで! みゆ、これから用事とかあったりしちゃうからさ~、そこのおっさんとかにも構ってる暇ないんだよね~。てことで~バイバイ~」

「おっ、さ……」


 佐々が様々な罵倒を浴びせられている中、これは口を出すとロクなことにならないと賢明な大人らしくそれはもう賢明な判断をし、口を閉じていた所長であったが、残念ながら、所長にも心無い一言が浴びせられたことによって、この場の男性陣二名は、美夢が去る姿に何かしらの抗議を行うことはもう無理なのであった。イベイジョンという一見かっちょいい名前を貰ったヒーローは放心状態になっているのだ。

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