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堕、堕、堕ッ!!  作者: 上野衣谷
エピローグ
20/20

第20話

 イベイジョンとセロの強さの差は圧倒的だった、はずだった。

 拡張現実を用いた戦闘において、その強さは、基本的な身体能力は勿論のこと、精神力、気力、やる気、そういった様々な呼び方を許される思いの力によって決められるからだ。セロは、後者において、イベイジョンと圧倒的な差をつけていたはずだった。何故なら、彼は、多くの市民の思いの力を自らの体に取り込んでいたからである。その人数が何人なのかは定かでないにしても、それはとてつもない精神エネルギーだったのだ。

 では、何故、佐々がそのセロを相打ちとはいえ倒すことが出来たのか、セロをあれ以上暴れさせないという足止めを行うことができたのかといえば、佐々もまた、セロに匹敵する力を手に入れたからという事実によって説明できる、と所長は言う。

 曰く、佐々がその最後の瞬間まで気力として扱ってきたエネルギーは、回避に対する思いから来たものであったらしい。それは、佐々も理解できる。そのエネルギーの源がどこから来ているかということについて、具体的に触れるとなると、佐々の人生を一から全て遡らなければならないが、いずれにせよ、佐々はイベイジョンというヒーローとして、それまで、回避するという能力を最大限に発揮して活躍してきたのであるから、それは当然の事実と言えよう。

 しかし、その最後の瞬間。セロが最後に佐々へ攻撃を仕掛けようとしたその瞬間。佐々のエネルギーの源はそれまでの方針とは百八十度変わったものになった。それは、エネルギーの方向転換だ。

 通常の人間が、ゼロの状態からやる気を出せば、それだけ純粋にプラスになる。

 ところが、佐々の場合は話が少し変わってくる。佐々は、回避という考えから、攻撃という考えへ完全にシフトしたのだ。ゼロからプラスになるよりも、マイナスからプラスになる方が、その振れ幅の大きさ当然ながら大きくなる。それこそが、佐々がセロを戦闘不能状態に追い込めた理由。


「──という訳だ。分かったかな、佐々君」


 所長の長い長い話が終わる。秘密基地内にいるのは佐々と所長だけだ。


「……全然分からなかったです」


 佐々の返答に、所長は目を細めて佐々を見る。


「そうか」

「そうですね」


 そんなことより、と佐々は前置きをして、所長に尋ねる。


「二人はどうなったんですか? 二人は」


 佐々が言うのは、勿論、美夢と東野のことだ。


「さぁー……」

「さぁー、って! 大丈夫なんですか!? 二人がこのまま警察に捕まってたら──」

「それについては大丈夫、らしい」

「らしいって」

「今回は事態が事態だったしね。セロが大暴れしたこともあって、市民へ手を出したことに対するお咎めはなしで済んだようだよ。多少の事情聴取はされたみたいだけど」

「えっと、だったら──なんでいないんですか?」


 そう、佐々はあの一件以来、二人に会っていなかったのだ。そりゃあ佐々だって心配する。しかし、所長はその佐々の質問に明確な答えを返すことはなかった。


「まぁ、それは、そのうち、分かるよ」


 とだけ言って。一方で、


「でも、今は、セロの一件が終わって悪の組織の勢力が相当戦力ダウンしてるみたいで、俺一人でも何とかなりますけど……勢い戻ったらやばくないですか?」


 というもっともな問いには、所長は自信満々にこう返答する。


「何を言ってるんだ! 私がいるじゃないか!」


 と。




 エンペラーセロの一件は、重大なニュースとして日本全国に報道された。

 世論もそれを大きく騒ぎ立て、正義の組織や悪の組織の存在意義について再び見直されるいい機会となった。やれ、国の責任だ、やれ、制度の責任だ、等々の意見が、一般人や専門家を巻き込んで広く繰り広げられ、マンネリ化していた一連の制度に対する注目が良い意味でも悪い意味でも集まる結果となった。

 しかしながら、これも世の流れか、それらのニュースは数日経つうちに次々と形を変えて行き、人々は興味を失っていく。それでも報道は一定の執着を見せ、市民たちの興味を惹くために、人々が熱狂するであろうエンペラーセロの過去やら、悪の力を手に入れたヒーロー二人やら、面白おかしく報道を繰り広げた。

 結局のところ、それらも数週間で、余程興味を持つ人しか熱心に議論することはなくなり、結局、エンペラーセロの一件によって制度が見直されたかと言えばそんなことはなく、せいぜい警察の警備体制の強化だとか、そんなやっているのかやっていないのか分からないような影響だけを市政に与えるに過ぎなかった。とはいえ、世間の注目が再び正義の組織と悪の組織に向いたというのは、それらの組織にとっては良い事であり、戦闘の様子の放映によって得られた広告料だのなんだのが上昇したとか、なんとか、という噂を耳にしたり、耳にしなかったり──。

 では、当事者のエンペラーセロはどうなったかといえば、彼は、弁明の余地なく警察に身柄を拘束される結果となった。同時に、重要な共犯者としてレイジーが連行されていったりもする。これは妥当な結果といえよう。とはいえ、彼らは彼らで釈明の余地は残されており、エンペラーセロの言う主張にも世論のある程度の人々が同調しているということもあって、彼らに対して日本の法律がどのように対応するのかは、まだまだ一部の市民の注目の的であった。

 ちなみに、エンペラーセロの姿形は佐々が戦っていたそれとまるで変わらないものであったが、ネットの海に溢れる嘘か真か分からない情報源によれば、レイジーの姿は──これは、多くの人の夢を壊す結果であるかもしれないので、特記する必要はないだろう。

 さて、そんな大きな事件であったエンペラーセロ事件であるが、それによって佐々が住む街の街並みが破壊されたことは紛れもない事実である。その復旧が進む街並みを佐々は今バイクに乗って走っていた。


「あー、久々だな、この感じ。だけど、初めてだ」


 彼が向かっているのは、悪の組織が現れたと連絡があった場所。所長からの命令に従い、その地点へ向かっていたのだ。

 ちなみに、バイクは、所長が得た臨時収入とやらで特注したらしい。やたら派手な格好だが、まぁ、ないよりはあった方がいいので佐々は大きな文句を言うことなく受け入れた。

 そして、今回の出動は、佐々がイベイジョンの名を捨ててから初めての出動である。風を割いて走る佐々は、まだ復旧しきっていない街並みを見て、特に何を思うでもなく、しかし、胸を高鳴らせる。

 エンペラーセロや堕の魔女王レイジーがいなくなった後のこの辺りの悪の組織は一体どうなったのかと考える。妥当なところでは、まぁ、戦闘員の多少強い奴らが新たに幹部となり、勢力を貯えたり、なんなり、していたのだろう。故に、復活までに一定の時間を要したのだろう。もっとも、その間、佐々はずっと長い長い休日を味わっていたので、佐々としてはとてもありがたい限りであったが。


「ん? 待てよ、でもなぁ」


 そんな独り言をつぶやきながら、もう一つの可能性を思い出す。ああ、そういえば、フリーダムとリバティなんていう奴らもいたじゃないか、と。コテンパンにやられはしたが、あいつらは一応警察のお世話にはなっていないはずだ。

 となると、彼と彼女がトップに立って、悪の組織を盛り上げなおしているのかもしれない……。

 そんなことを考えているうちに、問題の現場に着く。市民たちが集まっていることから、十中八九そこで何かが起きているのだろうということが分かる。


「はい、どいて、どいて~」


 バイクを道端に止め、その現場に向かって市民をかき分け歩いていくと、そこには思わぬものがあった。

 ステージだ。

 道路の真ん中を占拠して、簡易ステージが組立られていたのだ。さほど大きい道路ではないのせよ、大迷惑には変わりない。


「なんだ、これは……」


 ステージの上には誰もいない。ざわざわとざわつく市民たちから一つ抜けて、佐々はステージへと上がる。確かにこの場所で悪の組織が活動していると聞いたのだから、このステージが悪の組織の手によって組み上げられたものだということは間違いないだろうと考える。

 その時だった。

 ジャジャーン、と大きな音が鳴る。ステージの両脇に設置されたスピーカーから放たれた音だ。同時、ステージの両脇から、佐々を取り囲むようにして、戦闘員数名が出現してくる。


「なんだ、なんだ……? ヒーローショーでも始まるのか?」


 しかし、佐々が本当に驚かなければならないのは、次の瞬間だった。



「やぁやぁやぁ~」


 そういって両脇から現れたのは──


「美夢さん!? 東野さん!?」


 かつて、仲間だった二人の登場に息巻く佐々。

 二人は、カツカツとステージを踏みしめて戦闘員たちの後ろに立つと、彼女たち二人の後ろからついてきた人間をそれぞれ四つん這いに座らせて、その背中へ腰かける。


「……えっと」


 絶句しつつ、佐々はその様子を右へ左へ顔を忙しく動かして見守る。


「あ」


 それはちょっとした驚きだ。何故なら、美夢と東野が腰かけた二人の人間は、フリーダムとリバティであったからだ。


「ふっふっふー、久しぶりだね~、佐々正義くぅん~」


 ニヤリィと不敵な笑みを浮かべて言うのは美夢。腕を組んで、脚まで組んで、下のフリーダムがとても不機嫌そうな顔で人間椅子になっているのなんてまるで気にしない様子で話す。

 その不機嫌そうな様子は、東野が腰かけるリバティもまた同じようで、当然ながら、二人とも自らすすんで二人の下というポジションにいる訳ではないようだ。しかし、この光景からしても、彼らの上下関係は決定的に明らかで、そこに何らかの憶測を持ち込む必要など皆無だった。


「えーと、一応、一応聞いておくぞ」


 佐々はコホンと咳ばらいをして、市民の誰もが気になっているであろうことを代わりに聞く。


「えーっとだなー、美夢! 東野! お前たち、悪の組織に寝返ったというのかっ!」


 ビシッと一応格好を付けて、二人を同時に二つの手で指さす佐々。美夢も東野も立ち上がることなく、気味の悪い笑みを浮かべて返答する。


「その通りです、佐々くん。……というか、もう、エンペラーセロとかいうおっさんがあなたと戦っている辺りで悪の組織に鞍替えしてますケドね」

「そうだぞぉ~正義くん~! いやぁ、でも、時間かかったよー」


 一体何が、という疑問に暗に答えているのは、美夢と東野の椅子たちの表情である。その表情、まさに悔しさにじみ出る悲し気な表情。見ている佐々がつらくなるようなその表情に、佐々は思わず目を背ける。


「悪の組織っていうのも意外と大したことなかったですよね、美夢さん」

「そーだよね~、でも、まぁ、怖かったなぁ、ばったばったと敵をなぎ倒していく彩夏は~。この二人は前逆らったから下僕にするぅって言ってきかなかったし……」


 おいおい、マジかよ、と佐々はびびる。びびりちらかす。じゃあ、それだったならば、もうこいつら二人が最初から悪の組織ぶっつぶしてくれれば自分はエンペラーセロと激闘の末、相打ちしなくてもよかったのではないか、とちょっと憤る。ついでに、フリーダムにリバティよ、それでいいのか君たちは、という心のツッコミも忘れない。


「じゃー、まー、もう一つ聞いとくぞ。何故だ、何故、悪の組織なんかに……!」


 その今更過ぎる質問にも、美夢たちは嬉々として答えてくれる。とても丁寧な敵さんだ。

 立ち上がり、フリーダムとリバティをグリグリとその足で無意味に踏みつけつつ。これはあれだ、悪っぽい演出、ということだろう、恐らく。


「良い質問ですねぇ」


 ふふふと東野。


「それはねえー、簡単、簡単っ! だって、みゆは強いからねぇ~」

「そう、そういうことなんですよぉー、ごめんなさーい、佐々くん~」


 本来ならば、彼女たちが堕ちてしまったその時に繰り広げられるべき会話が今の今になって行われていることに、市民の方々はがやがやとざわめきつつ、それでも佐々はどよめかない。


「なるほど、なるほど」


 そんな悪の組織の頂点に立ってしまった二人に対して、自分一人で果たしてまともに渡り合えるだろうか、そんな疑問を思い浮かべると同時に、額に冷や汗を浮かべる佐々。

 しかし、彼はやらねばならぬ、やらねばならぬのだ。

 悪の組織に属している人間と戦うのが正義の組織に属する者の使命であり、佐々が選んだ道であるからだ。

 佐々は負けられない、負けてはならぬのだ。


「──例え、昔の仲間が相手でも、容赦はしないっ!!」


 そして、この声は、佐々が言ったものではない。


「とうっ!」


 そのちょっと低めのおっさんボイスと共に、ステージ上にどこかから飛び降りてくる者がいた。その衣装は、いやにカラフル、いやに派手、正義の味方とは彼の事。

 あっ、と察するのは、美夢、東野、佐々の三人であり、


「だ、誰だっ!?」


 と、今登場したおっさんの待ち望んでいたセリフを言ってくれるのはフリーダムだ。


「ふっふっふ……この私が誰かだと?」


 そして続く、決まり文句。


「風吹き、花咲き、変わりゆく──諸行無常と人は言う。しかし変わらぬ正義在り──。マスクヒーロー、正義マン!!」


 ドォオオン、と派手なエフェクトが炸裂し、この場にいる誰よりもど派手な演出で名乗りを終える正義マン。まさに彼のために用意されたステージだとでも言わんばかりに佐々の前に陣取り、決めポーズを決めて見せる。

 そして、


「はいはいー、終わりー!」


 美夢がものの数秒のうちに、正義マンを場外ホームランよろしくステージ外へ吹っ飛ばす。ナイスショット、ホールインワン。正義マン、無念、破れたり……。フリーダムとリバティだけが何が起きたのかまるで理解できず、佐々は頭を抱えて、やっぱり俺しかいないじゃん、と愚痴を言う。

 正義マンの圧倒的な敗北が合図となり、本当の戦いの火蓋は切って落とされた。

 佐々も、美夢も、東野も、縦横無尽にステージを、そして、街中を舞う。戦いは互角。二対一の戦いなれど、佐々は互角に渡り合う。

 その顔には、僅かに笑み。けれど、それは決して余裕から来る笑みではない。それは、楽しいからこそ溢れ出る笑みであり、面白いからこそ溢れ出る笑みである。

 取り残された正義マンは、しゃがんだフリーダムとリバティに見下ろされ、


「大丈夫?」

「大丈夫です?」


 等と心配され、つんつんされる。そして、はっ、と目を見開き、二人の正体を問う。


「なんだお前たち」


 バチィン、ドォオン、と戦闘音らしき音がそこら中で鳴り響く中、フリーダムとリバティは、どうもフリーダムです、リバティです、と名乗りを上げる。


「……なるほど、いい名前だ……」


 それだけ言って、正義マンはばたりと力尽きた。そんなものは知らぬとばかりに、佐々と美夢、東野は戦いを続ける。


「いい戦いをするようになったじゃんかぁ~!」


 美夢の悪そうな笑顔。


「まぁ、少しは、らしくなった、といったところですかね」


 東野の冷たい笑顔。


「そりゃそうだ、なんたって、俺は、佐々正義だからな!」


 そして、佐々の、満足気な笑顔。

 三人の戦いは、まだまだ続く。

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