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堕、堕、堕ッ!!  作者: 上野衣谷
第四章「さようならイベイジョン」
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第17話

「あ、あれは……?」


 市民の誰か一人が呟いた。もはや、どこを見ることなく、仰向けで寝転がっていたからこそ、彼はその異変に気づくことが出来たのだ。彼が見たのは、空から降ってくる黒い点。それは、太陽の光を背後に徐々に大きくなる。何かが落下してきているのだ。

 その市民の呟きの意味を、佐々やセロが理解するのは、その何かが着地した時であった。着地の衝撃は、コンクリートを砕かんばかり。二つの黒は、佐々から見て──希望だった。

 毒々しい衣装、それは、正義のヒーローにはまるで見えない。けれど、佐々は希望と受け取る。


「ほう」


 セロは、眉をピクリと動かす。二人の名は、美夢みゆ、東野彩夏。二人はセロと佐々の間に立つ、そして、佐々をチラリとだけ振り返ると、続いてセロを睨みつける。


「驚きましたね……警察に連れていかれたと思っていましたが……」


 セロは、佐々が疑問に感じていることを代わりに問うてくれる。美夢は、邪悪な笑みを浮かべ、片手を宙に放るようなポーズを取りながら言う。


「あー、警察ぅ~? 下らない、下らない、あんなの。なぁにが規則よ、私はね、私のやりたいようにやるの」

「──という訳です」


 話す二人に、今度は佐々が疑問をぶつける。


「ってことは、まさか……」


 その佐々の予想は当たっていた。


「そのま、さ、か。いやぁ、まぁ、市民もぶっ飛ばしちゃったし、今更それが一人や二人増えたところで変わらないかな~ってねぇ~」


 ぬふふぅ、と笑う美夢。青ざめた表情をしている佐々だったが、すぐに表情を改める。


「ま、まぁ、それは、それとして──そいつだ! そいつが、エンペラーセロ、俺たちの最後の敵だ!」


 佐々はセロを指さして言う。

 確かにセロは強敵だ。自分一人では到底倒せる相手ではなかっただろう。しかし、今は違う、そう確信していた。今は、美夢と東野という二人の仲間がいる、仲間が帰ってきてくれた。


「俺も、や、やるぞ、やろう……!」


 佐々は、しびれる足に鞭を撃つ。大丈夫だ、歩ける、進める、戦える、脳に激しい指令を何度も送る。

 二人の頼れる勇姿をその両目に入れて、佐々は三人で協力してセロを倒すぞと息を整える。しかし──


「くく、ふふふ」


 笑い声。くぐもった笑い声が、佐々の耳に届く。見れば、笑っているのは、セロだ。


「ふふ、ふふっふ、あははは、ははははは! これは、面白い! これは面白い! 私も何十年も人生を過ごしてきました。この国に絶望し、この国の人間にも絶望した。しかし、どうやら、やっぱり、それは間違っていたらしい! 人に罪はない──罪は罪でしかないんですねぇ」


 何を言っているんだ、と佐々は言葉を発しようとした。発しようとしたが、それは、言葉にならなかった。

 佐々の前に居た、二人の背中は、二人のヒーローは、何故か、佐々に背を向けていなかった。二人が背を向けたのは、佐々ではなく、セロ。

 美夢みゆ、東野彩夏の二人は、セロに背を向け、堪えきれない笑いを顔に浮かべて、佐々と対立する。


「な、何をやって──」

「何をやっているんだ、って言いたそうな顔ですねぇ」


 ふふふ、と東野が笑う。その笑みは、心の底から楽しそうで、彼女の身体はその愉悦故に、震えているように見えた。

 彼女は恍惚な表情で、両手を組み、佐々を見下し、続ける。


「私、言いませんでしたっけ。私は、ただ、私のために戦う、って」

「あー、そうそう、みゆも確か言ったはず~」


 邪悪な笑みを浮かべた美夢も、東野に同意する。


「私は、別に、正義のヒーローをやりたかった訳じゃないんです。私は、ただ、私の利益になるから──学校の成績がね、良くなるんです、そのために正義の組織に入っただけ……でも、分かったんです。それを突き詰めたら、分かったんですよ。私はね、自由を手に入れたい」

「そーね、そうそう。正義なんてクソくらえーってね~ぷっふふ」


 何とも軽い様子で同調する美夢。

 佐々は、訳の分からない事態を何とか理解しようと頭を働かせる。働かせた結果、言いようのない絶望を覚える。彼女たち二人の思いがどこでどのように、どういった経緯を含んで、そうなったのか、佐々には知る由もない。


「ふふ、なるほど、なるほど」


 セロは、美夢と東野の言葉を聞き、満足そうに頷く。

 佐々には、二人の思いなど知る由もなかったのだとこの時ようやくそれをよく理解したのだ。

 理解したところで、情況は変わらない。変わらないどころか、それは不変の事実として佐々をさらに追い詰めた。一度希望を持ってしまったが故に。


「ああ、そ、そうか、そうだよな」


 けれど、その希望を持ってしまったということこそ、自分の思い込みであるということも同時に理解する。

 今度こそ、もう降参するしかないじゃないかと佐々は決心しようとした。しかし、同時に、やり場のない怒りが心の中に湧き上がる。


「馬鹿にしやがって」


 その呟きは誰に聞こえたでもない。そして、その佐々の呟きは、セロに向けて発せられたものでもなければ、美夢に向けて発せられたものでもなければ、東野に発せられたものでもない。

 誰に言ったのかも分からないが、佐々はそう感じたから、そう呟いた。ただそれだけのこと──。


「さぁ、イベイジョン。三体一だ。どうする?」


 セロの問い。

 佐々は答えようとする。答えようとして、躊躇う。いや、本当にいいのか? 本当に──。

 悩みが帰結するより前に、またもや、予期せぬ事態が降り注ぐ。


「おーっと! すまないなっ! どいてくれっ!!」


 拡声器で発せられたような大声。それは、文字通り、拡張現実によってセロ、佐々、その他ここら一帯に居る人間たちに伝えられた言葉。

 ほんの数秒──ゴォオオという轟音と共に一台のバイクが突っ込んでくる。もうこの日本ではコレクション用くらいにしか現存していないと言われている大型バイクが佐々たちのいるところへ突っ込んできたかと思えば、そのバイクは投げ出され、ビルへと突っ込んでいく。

 けれども、バイクから飛び出る影は、バイクとは進路を別に、地面へ着地。人だ。その人は、両手を天に伸ばしながら、着地すると、辺りを三百六十度見渡して、


「ハッ!」


 と短く声を発する。同時、激しい爆音が何度も鳴り響き、赤、緑、青の煙幕がド派手に辺り一帯から天に向かって放たれる。それは攻撃ではない、演出である。彼がこの場に降臨したという事をより多くの人間に強く印象付けるための演出だ。


「な、何だっ!?」


 佐々が驚きの声を上げる。もくもく一体をつつんでいた煙が徐々に晴れ、その男の正体が明らかになる。


「……ん? え、誰」


 その呟きは誰があげたでもない。四人の悪の組織、正義の組織の人たちがそれぞれあげる。その男の正体は、明らかにならなかったのだ!

 何故なら、その男の格好を、佐々も、美夢も、東野も、勿論、エンペラーセロも全く見た事がなかったからだ。

 男は、腕を組んで堂々と立っていた。

 その顔には謎のお面。何故か角が生えている。目は多分、見えるようになっている。全身にそれっぽいど派手な配色の衣装を纏い、腰には装飾の施されたベルト。足にはブーツ。

 あえて、それらをこの場にいる人物で表現するのならば──まぁ、誰が見ても、佐々ことイベイジョンの兄弟みたいな奴。


「えーっと……」


 誰が言うでもなく、指をさす。そして、問う。


「誰?」


 この超絶緊迫した場において、この訳の分からない乱入者。誰もが怒るでもなく、悲しむでもなく、ただただ困惑の表情を浮かべるが、その男の勢いはとどまることを知らなかった。


「ふっふっふ……この私が誰か、だと?」


 ある程度年を取ってそうな男の声。それは佐々にとってもとても聞き覚えのある声であり、そもそも、その衣装のセンスから言って、何となくこの男の正体に感づいていた佐々はつい口を開く。


「あ、所ちょ──」


 が、佐々が言い終えるよりも前に、佐々が何を言おうとしたのか感づいたその正体不明の謎の男は、


「ハーッ!」


 と一際大きく叫ぶと、再び登場時の爆音プラスカラフルな煙による演出を行う。謎の男は力技で佐々の発言を封じ込めたのだ。


「ふっふっふ……この私が誰か、だと?」


 もう一回やり直しが行われていることに感付いた佐々他四人だったが、ここで余計なことを言うと話が進まないだろうと察し、その言葉の続きを待つ。


「風吹き、花咲き、変わりゆく──諸行無常と人は言う。しかし変わらぬ正義在り──。マスクヒーロー、正義マン!!」


 どぉおおんと一際大きい爆発音。この場にいるありとあらゆる人間の脳を衝撃が襲う。爆発音によってではない、その身なりに加えて正義マンというこれ以上ない最高過ぎるネーミングによってである。

 ついでに佐々は、俺、そんな格好いい感じの登場セリフ持ってないのに、と二重の衝撃を受ける。

 もちろん、拡張現実によるものなので、実際に爆発は起きていないが、佐々は耳を抑えて面倒くさそうな顔をして、誰かが言わなければならないことを呟く。


「……所長、もうちょっといい名前なかったんですか? 後格好も、何か、俺とかぶってません? 大体、それ、俺の名前……」


 佐々正義の呟きなどどこ吹く風、所長──いや、正義マンはさらに続ける。セロ、美夢、東野を指さし、マスクで全く動きの見えない表情のうち視線を合わせても意味がないため、顔の向きをセロに合わせる。


「まさかセロ、お前がこんなことをしているとはな……」


 急に始まったとてつもない急展開に、名指しされたセロ以外──佐々、美夢、東野は互いに顔を見合わせて、もはやこれまで見守るしかないだろうと敵味方の国境線を越えて頷きあう。これはとんでもないやつが来てしまったぞ、と衝撃を共有しあう。


「正義マン──か、らしい名前ですね」

「エンペラーセロ……それこそ、お前らしい名前じゃないか」

「ふふ、ありがとう。しかし、こんなところに何をしに来たというんです? ヒーローは卒業したんじゃなかったんですか?」

「何、お前が出てきたと聞いたから、出てきたまで。お互い様よ」


 おっさん二人が勝手に繰り広げるドラマ。

 舞台背景は何となく手に取るように分かるが、それをいきなり目の前で繰り広げられてはおいそれと手を出す訳にもいかない佐々たち。


「……さて、観客もいるみたいだし、そろそろ始めるとするか」

「しかし、一線を退いた男が私と戦えるんでしょうか?」


 首を傾げるセロに、所長、もとい、おっさん、もとい、正義マンは自信満々に返す。


「ああ、大丈夫だ、心配ない。すまないな、正義くん。君の出番はここで終わりだ。ここまでよく戦ってくれた。そして、よく一人で頑張ってくれた。だがもう大丈夫だ。後はそこでただ見ていてくれさえすればいい」


 ものすごぉく頼もしい言葉を佐々に投げかける正義マンだが、佐々は、何言っているんだ、このおっさん、という目で見るしかない。

 けれど、無情にも、美夢、東野、佐々を目の前にして、戦いは始まる。

 そして──終わる。


「え、終わったんすか」


 完敗である。

 なんてことはない。セロの攻撃は姿かたちだけはそれっぽい正義の味方こと正義マンの体に直撃し、


「あ」


 という言葉を呟く暇さえなく、正義マンは建物の壁にその体を打ち付け、ぐだっと脱力してしまう。その間、ほんの数秒。え、弱っ、とさえ思う暇がない。戦闘ではない。これはもはや戦闘でさえなかった。

 あれだけの演出と、あれだけの格好いい感じの言い回しをしまくった事に対して、世の中の多くの人は金返せと叫び続けるであろう。誰も金は払っていないが。


「えーっと」


 あまりの出来事に反応さえできなかった佐々は、どこをどう見ていいのやら、それさえ分からない。


「えーっと」

「……えーーっと」


 美夢も、東野も同じであり、


「あー……えっと、ですね」


 正義マン曰く、昔からそれなりに因縁があり、それなりに対立して来たであろう相手のセロもまた同じであった。


「ふふ、ふふふ」


 正義マンは、肩を震わせ、プルプルと顔を上げる。そして、唐突に語り出す。


「こうなることは、はじめから、分かって、いた──ぐふっ」


 なら最初から出てくるなよぉお、おっさぁぁあん! という佐々の心の底からの全力の突っ込みは、正義マンんの心の届くことなく、正義マンの言葉は続く。


「しかし──いいか、よく聞け……」


 誰がだよ、誰に言ってんだよ、と心の中で叫ぶ佐々。そして、


「イベイジョン──」


 俺だぁああ、と頭を抱える佐々。


「私は、選んだのだ。私は負けると分かっていても、こうせざるを得なかった。いいか、イベイジョン」

「えー、と、はい」


 佐々は一応頭を抱えながら返事をする。


「イベイジョン──君は、今、イベイジョンを止めねばならない。イベイジョン──君は、選ばなければいけないんだ……! では」


 では、と言って、正義マンは脱力する。別に死んだ訳ではない。休んでいるに過ぎない。が、恐らく、気絶に近い状態へと追い込まれたのは確かだろう。

 颯爽と登場し、颯爽と去っていった正義マン。

 彼の参戦は、戦況としては、佐々にとって全くのプラスにならなかった。だから、佐々は吐き捨てた。


「なんだよ、余計な事しやがって」


 セロたちが佐々へ視線を移す。構わず、佐々は、うつむいたまま吐き捨てる。


「全くの無駄じゃねぇか。所長、別に俺はあんたを恨んでもいないし、尊敬だってしていない。本当に、余計なことを、正義マンっていう名前らしいことをしてくれちゃったな……」


 佐々の口から出た呟き。そして、セロは何かに気づく。

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