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堕、堕、堕ッ!!  作者: 上野衣谷
第四章「さようならイベイジョン」
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第16話

 セロの動きは単調で、佐々の積み上げてきた戦闘経験により簡単に予想できた。いや、予想せずとも、佐々は自身の体が反応するがままに避けることができた。ほとんど思考することなく、本能に任せるだけでセロの攻撃を回避することが可能であったのだ。

 故に、佐々の体力はほとんど消耗することはない。涼しい顔をして、セロと対峙し続けることができる。

 となると、佐々にとっては珍しく、勝機が見えてくる。佐々にとっての唯一の勝ちパターンは、強烈な一撃で相手を葬り去ることでもなく、避け続けた末にカウンターを決めて相手をノックアウトすることでもない。佐々の戦闘における勝ちパターンは、相手の攻撃を避けつつ、隙を見て相手にジャブを撃ち続けることにあった。

 単純な物理攻撃であり、そのダメージは小さい。市民相手でも、何度も攻撃しなければ戦闘不能に追いやれないほどの小さな威力。しかし、その攻撃は確実にセロにダメージを与えていく。

 佐々の華やか過ぎる彩の衣装が縦横無尽に戦場を動き回り、セロの攻撃を完全に回避しつつ、それに加えて着実にダメージを蓄積させていく。佐々の表情には徐々に余裕が出てくる。誰がどうみても、佐々が有利に立ち回っているように見えた。にもかかわらず、佐々には不安が過る。

 相手の表情があまりに余裕過ぎる。いくら佐々の攻撃の威力が弱いとはいっても、こうまで単調に攻撃を避けられ続け、逆に、攻撃を当てられ続けているとあっては、いつかはその体力は底をつくはずである。それでも、セロの表情には一切の焦りはなく、逆に、この状況を楽しんでいるどころか、退屈に感じているかのように見られた。


「はぁ……」


 しまいには、ため息。攻撃を放ちながら、そして、佐々の攻撃を受けながら、ため息をついて見せたのである。これはおかしい、佐々の疑念は確信に変わる。攻撃を止め、けれども、繰り出される攻撃を避けながらセロに問う。


「どういうつもりだっ! エンペラーセロ、お前、何か、隠しているな?」


 佐々の頭によぎるのは、この戦闘以外に彼が何かを企んでいるのではないかという疑惑。もし、エンペラーセロの目的が、この戦闘に勝つことだけではないとしたら……。


「ん? ふふ、えらく余裕があるようですね、イベイジョン」


 セロは佐々への攻撃を止め、口の端を上げて言う。


「しかし、そんなことを心配する必要はありません。私の目的は最初から変わってなどいない。私、エンペラーセロの目的はただ一つ、この日本の価値観を今一度崩壊させること。停滞を破壊し、さらに上のステージへ上昇するために。それ以外に何もない……そのために、イベイジョン、君を倒すというただそれだけのことです」


 佐々は、息を切らすことなく立ち止まるとそれに答える。


「正直言ってな、俺だって別に戦いたくてお前と戦ってるんじゃないんだよ」

「……ほぉ」


 黙って続きを待つセロ。


「今、そうせざるをえない状況だから、戦ってるんだ。迷惑なもんだ、全く」

「ふふ……なるほど。それはそれで、ありかもしれませんね」

「分かったようなことを」


 セロは、コホンと一つ咳ばらいをする。そして、両手を天にかかげた。


「しかし、私はエンペラーセロ。使命を持つ者──そろそろ終わらせましょう。イベイジョン、君は厄介な存在だ。いや、厄介な存在だった。しかし、今のやりとりで良く分かりましたよ。もう十分。そろそろ本気でいきましょう」

「何を」


 それは始まるの合図。セロが本気と呼んだその行動は佐々の目から見て訳が分からなかった。目の前で何かが起きている、ということは理解できる。けれども、何が行われているのかということについてはまるで分からない。

 何かの準備をしているのだろう。

 セロのくたびれたスーツがたなびく。それにより、彼の周りに何かしらの力が働いているということが分かる。目を細めなければ見えないような、淡い、青白い光が彼の周りを覆っている、いや、彼の周りへ、雪崩れ込んできているのだ。


「な、何をっ……!」


 佐々は迷う。この隙をついて攻撃すべきか? いや、それでどうなるという訳でもあるまい。佐々の攻撃はあくまで単純な、威力の低い、物理攻撃。いくら相手が何かの準備をしていて防御できなかろうが、悪の組織の戦闘衣装を身にまとっているであろう敵に対して一撃で損傷を与えられるほどの威力はない。

 下手に動けば、返り討ちにあう可能性が非常に高い。そのリスクを冒してまで、今、敵に攻撃をする必要があろうか? それほどのリスクを冒すくらいならば、まずは、様子を見て、これから自分へ降り注ぐであろう敵の攻撃に備えた方が良いの出はないか。佐々は脳内作戦会議の末、行動せず、敵の行動を見守り、観察するに留まるという結論を導き出す。

 セロの周りの青白い靄は、セロの体に取り込まれているように見えた。それだけならば、佐々も何が起こったのかまるで分からないで終わったが、ことはそれだけでは済まなかった。


「ぁ……」

「ぅ……な、なんだ」


 呻き声。佐々からでも、勿論、セロからでもない。それらを発するのは、佐々やセロの周りに居た市民たちだ。ある者は頭を押さえうずくまる、ある者はばたりと膝をつき、またある者はそのまま倒れる。異様な光景だ。彼らは力なくその場から動かなくなってしまう。


「こ、これは」


 佐々は戦々恐々とする。これらが、セロによって行われたことはセロと対峙していた佐々にはすぐに察知出来た。


「何をした!」


 怒りの表情で問うと、セロは、堪えきれないといった様子で、低い笑いを漏らす。そして、隠すこともなく、両手の平をまるで指揮者のように空に向けて言う。


「せっかく最後まで残ってくれたイベイジョン、そして、これを見ている全ての日本人に教えましょう! 私の能力は、人の思いを吸収する力! 拡張現実を利用した戦闘とは、即ち、気力の戦い。思いの力というのは、確かに存在する。それを人々は気力、やる気、元気、勇気──と呼びますが、呼び方などどうだっていい。とにかく、私はそれらの力を手中に収めることができる」

「なん……」


 まるで夢物語のような話に、佐々は驚きつつも、言葉を失う。


「イベイジョン──君は私にはもう勝てない。いや、正しくはこうですね、イベイジョンを含めた日本に居る全てのヒーローは、私にもう勝つことは出来ない……」

「そ、そんなこと、やってみないと分からないだろ!」


 佐々は、失ってしまった自信を取り戻そうと躍起になる。


「第一、セロ。お前が言うことが仮に本当だとしたら、それはすごいことだ。だけどな、じゃあ、それだったら、俺から直接気力を奪えばいい、それだけの話じゃないのか? それをしないっていうことは、やっぱり、お前が言っていることは嘘だ、っていうことだろ!」


 的確な指摘であったが、それでもセロはその余裕の表情を崩すことはなかった。


「ふふふ、そう早まることはないじゃないですか、イベイジョン。そう、ご指摘通り、私の能力は万能じゃない──私はあくまで一人の人間だ。神じゃない。私は人間であるからこそ、この神様が支配する国に立ち向かっているのだからね。おっと、話が逸れてしまったね。私の吸収する力は、万人の気力を吸収出来る訳ではない……私が吸収できるのはあくまで、この私、エンペラーセロに心を近く置くものの気力のみ。そう、例えば、レイジーとか、ね」


 佐々はその一言で感付く。


「この大規模な市民の蜂起は、レイジーじゃなく、セロ、お前の仕業だったってことか!?」


 セロはその問いにコクリと頷いた。


「ああ、勿論──レイジーは私の考えによく同調してくれた。しかし、彼女は傷を負っていた。だから、私が直々にその力を吸収し、使わせてもらったという訳だ。もっとも、私の力はさっきも言ったように万能じゃない。吸収された気力が回復するには、何日か、あるいは、何週間、何か月か……月日が必要になってしまう。効率は悪いと言える、だが、やむを得まい。歯向かうものがいるのだからな」

「身勝手なっ!」


 直感的に嫌悪感を覚え、叫ぶ佐々だが、セロの表情は相変わらず変化がない。まるで変わらぬ、一変の動揺さえないその姿には、自信が満ち溢れているように見えた。


「さぁ、そろそろはじめましょうか。私と、イベイジョン、君との戦いを。そして、君は負けるのです。正義、悪などくだらない……そのことを私が教えてあげますよ」


 ヒュゥと佐々の頬を風が通った気がした。

 佐々はそれだけのことしか感じることができなかった。

 それは、けれども、風が通った感覚ではない。

 もう既に、佐々が始まったと思った時には、いや、始まったと思うよりも前に、勝負は決してしまったのだ。

 佐々が頬に感じた風の感覚は、セロが佐々の横を通過したことによって発生した空気の動きであり、セロが通過したということを認識するよりも前に、佐々はセロにより攻撃を受けていたのである。

 避けるだとか、防御するだとか、それら一連の身を守るために必要な動作をしようとも思えない、するきっかけさえ与えない、凄まじい速度での攻撃。それは佐々に直撃し、佐々は動けなくなった市民が転がっている道路の上に転がり込むようにして跳ね飛ばされる。


「ぅ、ぐっ……」


 佐々は腹部を抑えて目を見開いた。精一杯目を見開いているはずなのに、視界はチカチカと点滅し、視覚がうまく機能しない。それがセロによる攻撃のせいだということに気づくには数秒の時間が必要で、さらに、何とか視覚を取り戻し、視線を地面から宙へ上げ、セロを視界へ収めるまでには数秒の時間を要した。

 その間に、セロはとどめを刺すことが十二分に可能であったであろう。だが、あえて彼はそれをしなかった。佐々はすぐに次の攻撃が来ると考え、身構える必要があった。セロは佐々が何とか体制を取り戻すまでの間、優に十数秒の間、佐々への追撃をしなかった。

 それは、セロが慈悲深いから出もなければ、セロが佐々に対して情けをかけた訳でもない。

 セロはしっかりと認識していたのだ、この戦いが、放送されているということを。この戦いを、多くの市民が目にしているということを。そして、市民らが、ヒーローが完膚なきまでに叩きのめされたこの瞬間を目にしているということを。

 だからこそ、セロは待った。その決定的瞬間を市民たちの目に、脳裏に焼き付けるために。自分の力は正しい力であると顕示するためとも言えよう。セロは、自らを正しいと考えているのだから。正しいと考えているのだから、見せる必要がある。知らしめる必要がある。己を。セロ自身を。


「どうです、これぞ私だ。エンペラーセロなんです。イベイジョン──もう諦めなさい。もう分かったでしょう。圧倒的な力の差、戦う意味もない、君はある意味賢い。であればこそ、今、何をどうするか、これまでの自分になぞらえて考えてみればいい」


 セロが待ったのにはもう一つ目的がある。今、まさに佐々に行っていること、即ち、説得。この戦いを見ている市民の中には、勿論、正義のヒーローを応援して見ている者もいれば、そこに感情移入して見ている者もいる。であるとすれば、それらをセロ側の陣営に組み込む方法は実に簡単。佐々を納得させればいい。圧倒的な力で、佐々を。

 佐々は、痛みから何とか立ち上がり、呼吸を整える。まだ戦える、と自分の体の調子を分析する。一撃は受けた。あまりにも早い一撃。身構えていなかったから躱せなかったが、次は、避けられる、避けられる、はずだ……。

 しかし、不安という感情は一度発生してしまえば後は大きくなるばかりだった。

 いや、身構えたからといって、本当に避けられるのだろうか? 相手は、今、待ってくれている。わざわざ、ご丁寧に、待ってくれている。しかし、連続で攻撃されたらどうだろう? 避けられるか? 避けられる訳がない。あまりにも早く、あまりにも強い。さらに言えば、避けてどうなる? 勝てるビジョンは見えるのか?

 佐々の中の感情はどんどん負の方向へ膨らんでいく。

 そして、セロが発した最後の一言が、じわじわとボディーブローのように佐々の心を責め立てる。こんな時、いつもなら自分はどうしていただろうか? というところへ佐々の思考が及ぶのだ。

 どうしていたか? 答えは簡単だ──。


「あ、ぁあ、そう、だな……」


 簡単。佐々は別に正義のヒーローに命をかけている訳じゃない。別に、これといって命をかけて押し通したい正義がある訳でもない。第一、このセロという相手は、悪の組織の活動を越えて悪事を行っているということは誰の目に見ても明らかなはずだ。だとすれば、これはもう自分の仕事じゃないんじゃないだろうか? ああ、そうだ、警察だ。後は警察がどうにかしてくれるはずだ……。自分がやらなくても、誰か他の人が同じことをしてくれるんだから、何も、そんなに必死にならなくたっていいだろう?

 セロの口端がニヤリと上がる。

 佐々が、降伏の言葉を発するために、息を吸った、その時だった。

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