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堕、堕、堕ッ!!  作者: 上野衣谷
第四章「さようならイベイジョン」
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第15話

 レイジーが逃げて行った方向へ進む、静まり返っていたと思っていた周囲から、騒音が聞こえ始めた。佐々の耳に届くのは、人の叫び声や、ガラスの割れる音、はたまた、警察の車両のサイレンの音……。


「一体どうなるっていうんだ……」


 走っても走っても、建物のガラスはところどころ割れており、平穏無事な家屋などほとんど見当たらない。この辺りに住んでいる住民はとっくに避難しているのだろう。そして、暴徒たちは動き続けているのだろう。

 徐々に騒ぎの音が大きくなる。

 そして、ようやく、ちらほらと人影が見え始める。佐々に向かって走ってくるのは、間違いなく市民だ。佐々は自分が取るべき行動を決めていた。市民を無力化するしか、今、この場で前に進める方法はないのだ。

 手早く市民を片付ける。所長が言うには、市民の暴動にはそれなりの理由があるはずだという。当たり前な分析ではあるが、可能性として、レイジーが大きく関わっている立ろうということ、そして──。



「あの方──か」


 悪の組織の大本にいるであろう、黒幕。その黒幕を倒すことこそ、今の佐々に与えられた使命だ。

 今回の事件には、明らかに黒幕がいる。堕の魔女王レイジーという敵の出現、それによって引き起こされた、市民を巻き込んだ戦い。フリーダム、リバティの二人が口にしていたあの方の存在。佐々は思う、燃える展開じゃないか、と。

 後は、その敵に巡り合うだけだ。

 しかし──進みながら、現れる行く手を阻む市民と戦いながら、佐々は一つの不安を抱く。

 その敵に出会えたとして、どうすればいいのか。

 答えは見えている。その敵を倒せばいい、という明確な答えは。しかし、同時に、であるからこそ大きな不安が過るのだ。自分で勝てるだろうか、自分にやれるだろうか、自分が負けたらどうすればいいだろうか、自分では勝てないのではないだろうか……。そんな不安は徐々に大きくなり、佐々の頭によぎったのは、


「……一旦、基地に戻った方がいいんじゃないだろうか……」


 というあまりに自分勝手なもの。だが、すぐに、その考えを佐々は捨て去る。それじゃあ何も変わらない、と思い直す。

「いや、やるんだ! くっそ、どこにいやがる! 親玉! おーい! おーい!」

 叫んだところで現れる訳がない。そう思っていた。しかし、それは、佐々のそんな予想に反して、現れた。

 佐々は、その現れた男を、フラリと、どこからか現れた市民の一人、最初はそう感じた。


「──誰だ!」


 しかし、すぐにそれは違うと分かる。気配が違ったのだ。佐々は、気配に敏感である。それは、彼の回避能力の高さの一因をなしている能力である。故に、敵の強さをその気配のみで感じ取ることができるのだ。詳しく言えば、それは、その人間の息遣いであったり、歩き方であったり、そういった些細な誰も気に留めないようよな部分の異常を感じ取ることによって敵の攻撃を回避する。

 けれど、そんなこと、今となっては、それこそ些細なことである。佐々が感じ取った違和感。その男は、ごくごく普通の服装で、群衆の中に混ざり込んでいた。群衆の誰もがその存在に気づかず、逆に、佐々が声を上げたことによって佐々の存在に気づき、佐々の周りに集まってくる。


「……あぁ、気づきましたか。もうこれだけ注目を浴びてしまったら、仕方ないですねぇ」


 低い、少ししわ枯れた、貫禄を感じる声。

 群衆の中から一人出てくる男の外見は一言で表現すれば初老。恐らく拡張現実による処理をほとんど加えていないのだろう。顔にはしわがあり、髭が少し。髪は少なく、決して整っている訳でもない。サラリーマンと見間違えるようなそのスーツは、少々くたびれている。身長こそさほど高くはなかったが、背筋がピンと伸びていることが彼の体を大きく見せる。

 男は佐々から数メートル先の距離に立つと、腕を組んで、首をほんの少しだけ傾ける。ふぅ、と小さく息を吐く。

 佐々は身構えた。確かに、一見、戦闘とは無縁の外見だ。しかし、人を外見で判断してはいけない。拡張現実を用いた戦闘が行われる今、例え相手が百歳を超える老人であったとしても、油断など決してできない。精神力の強さは能力に比例し、故に、歳を重ねているとしても、その身体能力の衰えを補える可能性があるのが拡張現実を用いた戦闘だ。

 じり、じりと、佐々は足を動かす。意識して動かしている訳ではない。体が勝手に動いてしまう。それだけのプレッシャーを感じているのだ。

 敵の力量は分からない。戦って勝てる見込みは、薄いだろう。しかし、見つけてしまった。いや、見つかってしまった、と言った方がいいのかもしれない。佐々がそんなことをうっすらと思い浮かべていると、男が続ける。


「いやァ……正直、見つかる前に、トドメを刺そうとしたんですけれどね、いやはや、意外に、敏感で」


 何がおかしいのか、くくく、と小さく笑い声を漏らす。


「おっと、失礼。申し遅れましたね、私こそが、悪の組織リーダー、エンペラーセロ。後はイベイジョン、貴方さえいなくなれば私の計画を邪魔できる可能性をもっているものは全ていなくなる……」


 この男──セロは間違いなく敵。そして、この男こそが、悪の組織のリーダー。

 佐々の頭には色々な思いがあふれだす。何故自ら現れたのか、目的は一体何なのか──そういったものは勿論あった。しかし、それ以上に、佐々は、この男に腹を立てていた。何故なら──こんなことは、聞いても、仕方がないのかもしれない、佐々はそう思いつつも、佐々の口からは自然と語気の強い言葉が溢れ出る。


「何故、こんなことをする! 市民を巻き込んで、関係のない人を巻き込んで──そして、必死に戦う立派な部下を裏切るようなことを……!」


 口にして、ようやく佐々は気づく。自分があの時、レイジーの部下、戦闘員二人に抱いていた感情を。彼らは、大きな大きな存在の下で操られているに過ぎないんじゃないかということを感じていたということを。それは、言い換えれば、戦闘員二人は無駄に傷を負ったということだ。少なくとも、佐々はそう感じていたのだ。

 けれど、セロは怪訝な顔をして、佐々を見る。まるで言っている意味が分からないといった様子だ。


「何故──巻き込んで──部下──? 話が見えないですね、イベイジョン。君は何が言いたい?」

「何って……」


 そう言われても、佐々は答えることができない。

 セロは、数秒佐々を見つめていたが、佐々がそれ以上言葉を発しないことを察すると、宙を見て言う。


「まぁ、いいでしょう。せっかく、悪の組織と正義の組織の対決であるということなら、これも広く市民の方々に放送されているはずなので、私の計画を教えてあげましょう」


 市民たちの注目も集まる。必然的に、佐々も注目せざるを得ない。このセロという男の強さを佐々は肌でヒリヒリと感じていた。どうせ奇襲なんてかけたところで、勝算はないのだから……。


「私が悪の組織のリーダーとして成し遂げることはただ一つ……。価値観を破壊するための存在として暴れまわること」


 周囲がざわつく。


「私はね、この政府によって認められた正義だ、悪だ、そんなものに囚われていては悪など成し遂げられないと思うんです。それは、他の地区の悪の組織だって一緒です。こんなもの、おままごとに過ぎない……」


 セロは、悔しさを思い出し、唇を噛みしめる。険しい表情を浮かべ、不条理に嘆くように、そして、世界に呼びかけるように続ける。


「こんなことをやって何になる!? 国の政策、大いに結構。だが、我々はそれで何を得た? 生きがい? やる気? 否、何も得ることなどできなかった。最初こそよかった。しかし、今やこんなものはただのコンテンツに過ぎなくなってしまった。何と嘆かわしいことか!」


 拳を握りしめ、悔しそうな表情を浮かべるセロ。彼はどこにあるかも分からないカメラに向かって語り掛けているようだった。いつの間にか口調が演説口調になっていることに彼は気づいているだろうか? いいや、気づいていまい。

 熱くなりやすい人なんだなぁ、と冷静な表情で彼の演説を見守る佐々に、もうセロは関心を示していない。


「政府は何故、悪の組織の存在を認めたのか。停滞を打開するためではないのか? 悪には様々な形がある。その一つが変化だ。人は変化を嫌う。しかし、変化しなければ未来はない。悪の組織が生まれたのは打開のはずだ……それが、今やどうだ!? そんなもの、カケラも残っていない……嘆かわしい! 実に嘆かわしい! いつの間にか境界線を引き、立ち入ってはならない領域を決め、それを呪いのように守り続ける……そんなものの何が悪か、何が正義か!」


 セロは目を見開く。


「であるからして! 私は、今、ここから! この国のありとあらゆる価値観をゼロに還すことを目的と宣言する! 即ち──破壊だ! この退屈な社会を破壊せよ!」


 わあぁ、と歓声があがる。拍手、喝采。こんなもの、しかし、けれども、認める訳にはいかない、と佐々は強く感じる。


「そんなもの、そんな一方的なことを、国が許すと思っているのか!」


 糾弾。けれど、セロは、全くひるむ様子を見せない。


「何を、そんな、何百年も前にあったことをもう一度やろうだなんて、無駄だ、無駄だろ、そんなこと!」


 セロはこの場でたった一人逆らう男、佐々をジロリと見る。そして、静かに言う。


「お前は──それでも正義のヒーローなんですか……?」

「ど、どういうことだ。お前のやろうとしていることは間違っている──だから、止めろ、と言ってるんだぞ!」


 セロは、ため息をついた。そして、短く言った。


「それは誰が決めたのですか?」

「……っ」


 佐々は反射的に答えようとした。けれども、佐々の口から言葉は出てこない。何も思い浮かばないのだ。当然のことだとして、答えようとした答えが、佐々の口からは出てこなかったのだ。誰が決めた? 国か? それとも、市民か? 皆が嫌がるから、やってはいけない、佐々はそう思った。ところが、その考えはすぐに否定される。何故なら、自分を取り囲む市民は誰一人としてセロの言うことに反対していないのだから。


「だ、だからといって、戦う意志のない一般人を洗脳して操るなんて……」

「何か、勘違いをしているみたいですね」

「どういうことだ!」

「洗脳……というと、少し語弊がある。レイジーの能力は、あくまで人の奥底に眠る価値観を呼び出すための手伝いをするに過ぎない。これは洗脳ではないんですよ。人々が、本当は、どこかで、望んでいたこと」

「だからって、そんな、呼び起こす必要もない感情を呼び起こして、こんなことをやって、そんなこと、許されるわけが……!」


 苦し紛れ出た言葉も、


「許す……? 誰に」


 セロはにやつく。


「誰に許される必要があるというのです。私は悪の組織のリーダー。許される必要などない……さて、それでは、そろそろ、君にも退場していただきますか」


 セロは、一歩、二歩と佐々との距離を詰めてくる。それを邪魔する存在は誰もいない。

 佐々は覚悟を決めなければならなかった。

 戦うのか、逃げるのか。ここにきて、逃げるなんていう選択肢はなかろう。しかし、佐々は逃げたかった。勝ち目のない戦いにしか思えなかった。戦って勝てるなんて万に一つもあり得ない。どうせ戦って負けるのなら、最初から逃げてしまった方が痛い思いもしなくて済むじゃないかとひどく合理的な思考が佐々の頭によぎる。

 だからといって、佐々に逃げるという選択肢を選ぶことはできない。彼は、色々な思いを背負ってここまでやってきた訳だ。ここまで来て、逃げるだなんて、そんなことが許されるだろうか?

 ここに自由はない。

 佐々は選ばない。選ばないということは、即ち、目の前に現れた選択の道に進むということ。

 それ即ち、戦いへの道である。

 最初に行動に入ったのはセロだ。これにより、必然的に、佐々は防御へ回ることとなる。佐々の戦闘スタイルはあくまで回避。そもそも、真っ向勝負をほとんどしてこなかった佐々だが、一応策はあるにはある。

 今回、佐々にとってこの上なく幸運だったのは、市民からの攻撃が入らないということだろう。また、入る隙もない。市民たちが攻撃をしようとしても、セロと佐々の戦闘はスピードが速すぎて入ることができないからだ。

 セロの攻撃は、思ったよりも単調だった。


「こ、これくらいなら……!」


 佐々は、セロのパンチ、キックを綺麗にかわし続ける。確かに速い。速いが、避けられない速さではない。美夢や東野と比べたら、セロの戦闘は実に基本に忠実で、特別何かの能力が働いているとも思えないもの。基本は大事だ。しかし、基本に忠実であればあるほど、佐々にとっては避けやすく、都合が良い。

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