第14話
「……まだ、だ」
呟き。戦闘員の呟きだ。
「まだ、終わってないぞ」
二人は声、吐息を漏らす。けれど、二人の身体は動かない。もう二人の身体は限界だからだ。いや、正確には、二人の脳がもう完全に身体は動かないものだと認識してしまっているからだ。佐々は言葉を漏らす。
「もういいだろ! もう勝負はついてる。もういい、美夢さんも、東野さんも、こいつらを置いて、レイジーを追おう! 他のところで市民を洗脳されでもしたらまた同じような暴動が起きる可能性があるんだ!」
佐々の言っていることは、市民の暴動をこれ以上引き起こさせないという観点から見れば間違いなく正解であっただろう。
「口を出すな! 逃げてばかりのイベイジョン!」
「俺たちは、まだ戦える、そう言っているんだ!!」
佐々の制止は、けれども、この二人の戦闘員にとっては、侮辱を意味していた。自分たちの覚悟に対して、情けを掛けられるかのような発言。戦闘員Aも、戦闘員Bもそれに耐えることはできなかった。だから、二人は再び立ち上がった。
佐々は、半ば呆れる。呆れながら、マジかよこいつら、と呆れた驚きの声を呟く。何が、マジなのか付け加えるとするならば、何でお前らその辺のヒーローより数倍ヒーローっぽさ出してるんだよ、である。
さて、そんな正義のヒーローイベイジョンの驚愕に答えるようにして、戦闘員AとBは再びファイティングポーズを取る。まだ彼らは戦闘を諦めていないのだ。
とっくに戦闘員二人の脳は活動限界を示しているに違いなかった。立っているのがやっと、という段階を超えているのである。それでもなお、彼ら二人は立ち上がったのである。
それを見て、にっこりと笑っていた東野の笑みが消え、同時に、美夢の顔も、キリリと表情を整えなおす。
「……本気ですか?」
問うたのは東野だ。低い、威圧するかのような声。様々な意味を込めて問う。それ以上やって、勝ち目があると思っているのか、それ以上やって、脳が異常をきたすかもしれないとは思わないのか、それ以上やって──一体、何の意味がるのか。それらを全て含めて、問うた言葉。その言葉に、戦闘員二人は答える。
「当たり前だ」
「俺たちは、戦うんだ」
もはや、そこに立っているのは、あの良く分からないアホそうな戦闘員二人ではないとさえ思えた。佐々の心の中で、何かが揺れ動いた気がした。だから、佐々は、戦闘員たちに再び、今度こそ最後の攻撃を仕掛けようとした美夢と東野の前に立ちはだかった。
美夢と東野は戦闘員へ放とうとした攻撃を寸でのところで止める。そのまま攻撃を放てば、戦闘員と美夢らの間に物凄い速さで立ちふさがった佐々に攻撃が当たってしまうからだ。
美夢は、その表情を無にして、いつも浮かべている笑顔をゼロにして、佐々に問うた。
「どういうつもり?」
その声は低く、恐ろしいものだった。東野の表情もそれと同じだ。
佐々は震えつつ、答える。
「もう、もういいだろう。もう十分だ。こいつらは戦えない。もう戦えないんだよ。俺は、俺は──」
「どういうつもり、という質問は間違っていたね。どけ」
美夢が低く言う。そして、立ちはだかる佐々の両脇を、美夢と東野がゆらりと通りすぎる。美夢と東野は戦闘員たちにそのまま迫る。そして、歩きながら美夢は言った。
「正義君、君がしたいことを全て否定しようとは思わないよ、だけどね、これは、そいつらが自分がした選択なの。だから、相手がどんなにかわいそうでも、ボコボコにしなきゃいけないの。それが、選択をした相手への礼儀ってもんでしょう?」
東野が、通り過ぎ様、佐々の肩をポンと叩く。
「か、かかってこい!」
「や、やってやる!」
戦闘員A、戦闘員Bがゆらゆらと拳を放つ。その拳は、けれども、どこへ届くこともなく宙を行き、行きついた先は途中で終わり。美夢から放たれた、重たい腹への一撃と、東野によって放たれた毒クラゲの能力による一撃で、二人の戦闘員は今度こそ、動きを止めた。
勿論、死んだ訳ではない。これは、拡張現実の技術を用いた戦闘だ。しかし、もうそこにいる二人の戦闘員は動かなかった。それこそ、まるで、死んだように。静かに二人の戦闘員は、今度こそ全身を地面に預けたのである。
「くそっ」
佐々は誰にも聞こえない小さな小さな声で悪態をつく。それが、何を考えての野次だったのか、それは佐々自身にも良く分からない。戦闘員二人が負けたことに対するものなのか、自分の行為が美夢たちに盛大に咎められたことに対するものなのか、はたまた、そのどちらでもないのか。その答えは、佐々の心の奥底にある計り知れない何かだけが知っていた。
戦闘員の二人が倒れたことによって戦闘は全て終了した。市民たちも、もうほとんどまともに動ける者は残っていない。暴徒らによって破壊された街並みの中で、辺りが静寂に包まれているというのはあまりにも異様だ。
晴れ渡る空の下、立っているのは、佐々、美夢、東野の三人だけ。勝利した、と言えよう。レイジーはもう逃げてしまったが、それでも、一応は、戦いには勝利した。
しかし──そう思えたのも束の間だった。
静かな街に、サイレンの音が鳴り響く。その車両は白と黒。その配色は、大昔、かつて日本に走る車が白ばかりだった頃、一目で警察の車両だと分かるように黒を入れたことから来ているのだが、この場にいる誰もがその理由など知りもしない。ただ黙々と受け継がれてきた事実。
警察が到着したということは、今回の件は、単なる悪の組織と正義の組織の戦いでは処理されないということを意味していた。
そして、二台の車両から降りてきた警察官たちは、美夢と東野の元へと駆けてくる。
「これは、あなた方がやったんですね?」
問うてはいるが、もう彼らはその事実をしっかりと把握していた。当たり前だ、警察官どころか、画面越しにこの戦闘を見ていた一般市民は誰もが知っている事実。言い逃れなどできる訳がない。
何回かの確認の末、佐々は一般市民に手を出していないということから何も咎められなかったが、美夢と東野、そして、戦闘員二人は警察によって連れ去られていく。
「じゃあな!」
「後はよろしく頼みますね……まだ、終わってないみたいですから」
意味深なセリフを吐く東野。
「え、終わってないって、何が──」
しかし、佐々の問いに答えるだけの時間は彼女たちには残されていなかった。警察官に遮られ、残されたのは佐々だけ。
「……まぁ、そうたいしたことにはならんだろうけども……」
一応、事態が引き起こされた原因は、全てレイジーにある。それにより襲ってきた市民を攻撃したというのは、正当防衛と言っても差し支えはないだろう。最も、今回の場合、明らかにやり過ぎでもあると言えよう。彼女たちの処遇がどうなるのかということについて、佐々にもはやできることは何もない。
それにしても、気になるのはやはり、東野の言葉だ。一体何が終わっていないというのか……。
その答えは、所長からの通信により明らかになる。
『佐々君! 佐々君! 聞こえるかね!』
佐々の耳に、所長の言葉が届く。
「なんですか? こっちはようやく──」
返答する佐々を遮り、所長は慌ただしく言う。
『それどころじゃないんだ! 全体だ! 全体! この辺り一帯、全体で暴動が発生したんだっ!! ただ事じゃ済まないぞ……。この辺りの地区の警察だけじゃ済まないだろう。それだけの警察を集めるまでに、街がどんな姿になってしまうか……!』
だからか、と佐々は気がつく。これだけ重大な出来事がこの場で起きているにも関わらず、駆け付けた車両はたったの二台。何か他に事が起きているに違いないのだ。東野が言っていたのは間違いなくこのことだろう。彼女は何かを感じていたのかもしれない。あるいは、レイジーが逃げたことにより、予感していたのかも。
どちらにせよ、佐々は、驚きの声をあげる以外にできることはなかった。
「な……! そ、それは、レイジーの仕業なんですか!?」
しかし、それには所長も言葉を詰まらせる。
『いや、それは、分からない……。しかし、彼女が関係しているのは確かだろう。それで、今、レイジーはどこに?』
「それが──」
佐々は、戦いが終結したこと、そして、レイジーは取り逃がしてしまったということを告げる。所長は少し言葉に詰まったが、すぐに続けた。
『逃げている方向は分かっているんだろう? どちらにせよ、今、佐々君がいるところにとどまっても何も手がかりは掴めない。敵の大本を叩かなければ、悪の組織の大本が、必ず姿を現すはずだ。そして、レイジーもきっとそこにいる……となれば──』
導き出される、佐々が今、目の前で取るべき行動はたった一つだ。
「追います。追いますよ」
面倒くさいけれど、やるしかない。振りかかってくる火の粉を振り払うために、もうこの場から帰ってしまって、後は警察に丸投げ、ということもできるだろう。けれど、佐々にその選択はできなかった。
『行ってくれるか……!』
佐々の心には、もやのような何かが、ふわふわと視界を遮るようにして覆いかぶさっていたからだ。そのもやどけるには、何でもいいから、とにかく、目の前のものに飛びついてみるしかない、佐々は本能的にそう感じたのである。
もやもやがいつから現れたのかといえば、恐らく、きっと、戦闘員と美夢と東野の戦いを見てからに違いなかった。余りに一方的な戦いだった。しかし、佐々には、言えることがある。それは、少なくとも、今の自分は、戦闘員の二人よりも格好悪いであろうということだ。
単なる感覚に過ぎない。ひどく曖昧な、根拠のない、誰が言ったでもない、自分の中にふつふつと湧き出た形のない思いに過ぎない。だが、ここで一歩先に踏み出すことは、その気持ちの悪い感覚を少しでも拭い去れるということに近づくと思えた。だから、佐々は、レイジーの後を追うことに決めた。
所長との通信を切り、佐々はレイジーが逃げていった方向へと足を進める。
「こんなこと、昔の俺なら絶対にやらなかったな」
ふふ、と笑う。笑いが零れてしまう。
何故やらなかったのかといえば、その答えは実にシンプルだ。佐々は、回避するのが得意なのである。わざわざ、自分から、暴徒と化した市民の中へ向かっていくだなんて、無謀な真似はしなかったに違いないのだ。
「さてと、まぁ──」
佐々の頭に思い浮かぶのは、戦闘員二人が美夢と東野にボコボコにされる光景。そして、それを防ぐべく戦闘員二人の前に立ちはだかった自分の姿。
今でも、佐々は、自分の行動が間違っていたとは思っていない。そして、それは、確かに、百パーセント間違っていたとは誰にも言えないであろう。彼が取ったのは、同情といってしまえばそれまでだったかもしれないが、けれど、そこには確かに慈愛の精神があったとも言えよう。
であるからして、佐々は、その自身の行為を思い返しこそすれ、やらなければよかったとは決して思わなかった。それもまた、かつての佐々とは違う思いかもしれない。
「行きますか」
佐々正義は足を進める。待ち受ける最終決戦へ向けて、足を進める。まだ彼は気づいていない。その先にある戦いが、日本を変える大きな要因の一つとなるという事実を。
そして、彼はまだ気づいていない。彼自身を変える大きな要因の一つとなるという事実にも。




