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終わらない話(いじめについての考察) 作者:斉藤めぐむ
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7/7

永井英太

これで最後です。尻切れとんぼです。すみません。
 こいつには敵わない、と思う相手がいる。どれほど努力してもああはなれない。

 投げつけられたボールを両手で受け止めるために一歩踏み出す。結局クラスのほとんどを巻き込むことになったドッヂボールは女子も含めて、大人数だ。仲間はずれを嫌う親たちが自分の子どもたちも参加するように圧力をかけたようだ。
 教師に言われるまま、不満に思いつつも永井は、悪くもないかと思いはじめていた。大人数の方がドッヂボールは面白いし、逃げ惑うだけの雑魚は当て易い。それに女子に褒められるのは悪くない。
 受け止めようとしたボールが腕から溢れた。あっと思う間もなく、隣にいた中田が拾ってくれる。涼しい顔でボールを掴む中田は片手でボールを掴むことができる。
「ありがと」
「いいって」
 顔を正面に向けたまま中田はボールを外野に投げる。すでに当てられた女子たちが外野にいるが、ボールを捕れずに後ろにそらしてしまう。参加していないのは少年だけだ。陣地の外でしゃがみ込んでいる。向こうのチームには小林と白麦、夢木がいた。
 ボールを捕れるのは夢木のグループの数人と中田と永井、小林ぐらいだ。他は逃げてばかりいる。葉山も実は捕れるのではないかと思うが、彼女は積極的に行動する気はないようだ。親たちが見ているから仕方なく参加している。少年の方を睨む眼が恐い。なんであれほど怒っているのか、少年は葉山に何をしたんだろうか。
 高く飛んで来たボールを両手で受け止めると永井は白麦を狙って投げた。身体をかわすのに舌打ちする。永井は白麦が嫌いだった。入学して間もなくからずっと。彼の話す内容は、薄っぺらくて胡散臭く、尊大だった。その上実際の白麦は小心者である。永井はそうした者を特に嫌っていた。それに比べて隣の中田は言葉少なだが、大事なことはきちんと伝えることができた。
 初対面で少し会話した後、すぐに永井は中田と友達になろうと決めていた。白麦は中田と席が近いせいで永井よりも先に彼と友人になっていた。永井にとって白麦は中田のおまけでしかなかった。しかもかなり迷惑な部類のおまけ。
 投げたボールは鋭い角度で白麦に向かったが、間一髪で避けられた。身体を曲げて頭を下げる姿は、逃げるのだけはうまい白麦らしい仕草だった。
 地面にボールが跳ね返ると急いで永井は背後へ退いた。相手の陣地ギリギリまできていた仲間の身体が退いていく。ボールを掴んだのは小林だった。小林の目が一瞬鋭く尖ったのを永井は見た。彼が見ているのは中田だ。
 狙われる。永井は中田へ向かって振り下ろされるボールの軌道を横目で見ていた。中田は無用に逃げることを止めて、小林に向かって構えた。
 鈍い音ともにボールは一直線に中田の身体に当たった。中田の胸に当たったボールは腕を逃れて高く上がる。それに向かって永井は駆け出していた。落ちて来たのを受け止めると、小林を見返した。彼はまだ投げたままの姿勢で中田を見ていた。身体が誰かにぶつかった。腕にしたボールを離すまいと力を込めるほど、ボールは逃れようと腕から滑る。
 ぬっと現れた手がボールを掴んで小林へ素早く投げる。地面から浮き上がった足が見えると、逃げ切れていなかった小林の足に当たって、ボールが外野に跳ね返った。
 顔を上げた永井は中田の力強い背中を見上げた。中田には後ろ暗いところが何もないように見えた。まっさらで真っすぐなそれに永井は羨望の視線を向ける。
 勝てないとそう思う。勝てっこない。
 永井たちは結局負けた。最後まで白麦が逃げおおせたのだ。
 水道の蛇口を逆向きにして、水を顔に浴びる。日は短くなったものの、まだ風は生温い。少し走ればすぐに熱くなってしまう。
 ドッヂボール中に転んだとかで葉山が保健室に運ばれると教師は青ざめていたが、葉山の親たちは文句を言うことはなかったようだった。少年と小林、白麦が一緒に歩いている姿が見えた。西に日が傾き、黄色みを増した日射しが校庭を変える。
 結局のところ、白麦は小林と仲良くしたかったのだから、これでよかったのかもしれないと永井は口を拭いながら、三人の後ろ姿を見て、中田にそう言った。
「そう思わねえ? これでよかったんだ」
「小林はそうは思ってないかもな」
 大人びた中田はあまり喋らない。特に肝心なこと以外は。すでに白麦のことなど永井の関心から離れている。
「それよか、帰ったら俺んちに集合な。今日は対戦、負けねえから」
 手を振り上げると水しぶきが上がる。中田はそれを振り払って、頬を緩ませた。自分の家にいたがらない中田は、永井が家に誘うと嬉しそうにする。中田はゲーム機も持っていないし、マンガも持っていないことを永井は知っている。だけど、言わない。友達だから。中田が言われたくないようことは言わない。
 ランドセルをカチャカチャ言わせながら交差路で二人は手を振り合って分かれた。両親は先に家に帰っていた。永井の両親は中田に優しい。呼べば、決まって明るい声で話しかけ、何かれと世話を焼く。
「今日、中田来るって」
「お夕飯、一人分追加ね」
 台所にいた母親は大声で返事をし、授業参観の感想を後に続けた。ランドセルを机の上に乗せ、居間に戻ってくると机の上の林檎に齧り付いた。まだ早い時期の林檎は酸味が強く、歯ごたえがある。
「宿題、中田君が来るまでにやっちゃいなさいよ」
 母の声を無視して永井はテレビを点けた。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

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