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終わらない話(いじめについての考察) 作者:斉藤めぐむ
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中田祐

 異常も日常。日常も異常。

 夏休みが明けた教室は、普段よりも騒がしい。宿題やったか、どこに出かけたか、何を買ってもらった、あれがおいしかった。矢継ぎ早に話題が変わり、全体の音は蝉が鳴くよりもうるさく、雑音でしかない。わー、わー、わー。
 閉じていた目を開けると大口を明けるクラスメイトたちの顔が迫ってくるようだった。机の上に並べた絵日記と計算ドリル、国語ドリルが肘に当たる。
 斜め前に座っている白麦が振り返って、しきりと何かを言うが遠くて聞こえない。
「だから、お前、どっか行った?」
 首を振ると白麦は得意になって夏休みの間の日々を話しはじめた。
「お父さんの方のじいちゃんの家に行ったんだけどさ」
 カブトムシを捕ったり、川で釣りをしたりと、嬉しそうに話す。適当に相槌を打ちながら、教室内の顔を見回す。どの顔も日焼けしている。そうでなくても頬が赤らんでいた。
 その中で教室の真逆、斜め向こうの少年だけが不健康なほど青白い顔をしている。
「聞いてるか、中田」
 不満そうな白麦がよく動く口を尖らせた。中田祐はその無邪気な顔を見返して、頷いた。白麦のことを友人として好きなわけではない。ただ席の近さから話すようになっただけだ。好んで一緒にいるわけではなかった。しかし、最近、グループから離れて白麦が小林、無口な同級生にやたらと話しかけていることを快くは思っていなかった。なんとなく、自分たちが邪険にされているようでむかつく。
 そして、白麦があの少年に嫌がらせをしているのを中田は知っている。誰もいなくなった体育授業前の教室で少年のランドセルにゴミ箱から紙くずを入れるのを、少年の靴を隠している白麦を見た。ときおり、顔一杯を歪ませて少年のことを罵ることもあった。お調子者の永井は一緒になっていやがらせをしているようだが、自分は参加する気にはなれなかった。
「お父さんが車を運転してさ」
 自慢好きの白麦の話はまだまだ続きそうだった。視界の端で小林が立ち上がった。少年に近寄ると隣の葉山の腕を掴んだ。葉山は小林を睨み、少年は俯いていた。
「止めろよ」
 恐い声を出した小林にクラス中の注目が集まる。よく見れば、葉山の手には鉛筆が握られ、少年の手の甲には鋭い物で刺された赤い痕がいくつも残っていた。
「葉山さん、いい加減にしないと」
 小林に凄まれ、葉山は無言で手を引いた。白麦を見れば、目を輝かせて嬉しそうに小林を見ていた。自分が助けられたようなその顔に中田は気持ち悪さを感じた。
「中田、僕さ」
 話しかけてくる白麦から視線を逸らした。一方的に話しかけられるのを頷きもせずに聞き流した。静まっていた教室にもざわめきが戻る。
「お前、気持ち悪い」
 肘に顔を埋めながら、中田は呟いた。
「え?」
 凍り付いた顔で白麦が聞き返す声に、頭を掻きながら顔を上げた。
「気持ち悪いわ、お前」
 はっきり言ってから、窓の外へ視線を向けた。夏そのままの日射しはまぶしく、永遠にこの熱さは終わらないように思えた。
「なんで?」
 答えないといつまでも、何度でも聞いてくる声に中田は眉を顰めた。
「あいつらのことも、そういうとこも、全部だよ」
 あいつら、のところで少年と小林を顎で示し、うろたえる白麦の顔を見返した。
「だから、なんで」
 はっきり言ってやろうと思ったところで教師が教室へ入ってきた。白麦はまだ聞きたそうにしていたが、前を向いた。肩が上がったままだったがどうでもよかった。

 一人きりでいることは平気だった。暗闇の中でも目を閉じてじっとしていれば困ることがないように、一人でも何もしようとしなければ困ることもない。
 しかし、中田は一人ではなかった。白麦と中田のことを何も言う前から察した永井は白麦を無視して、中田に話しかけるようになった。二人の会話を聞いていたのか、他のクラスメイトたちも白麦を無視して、中田にばかり話しかけた。
「白麦ってきもいよな」
 あからさまに白麦の背中に向けて言うこともあった。そういうときは永井が率先してはやし立てる役に回り、中田は黙って話を聞いていた。同じグループ内の者も笑ったり、頷いたりする。
 別に白麦をグループから外したかったわけもなかったが、中田は止める気もなかった。白麦と会話せずに済むならなんでもよかった。あの気味悪い笑みや自慢話、少年への意味不明な嫌がらせから離れられるなら。
 少年のことは庇う小林もなぜか白麦のことには無関心だった。白麦への憎悪はクラス中にあっと言う間に広がり、白麦に話しかける者はいなくなった。
 一人だけ、話しかける者はいた。白麦が答えないだけだ。相手はあの少年だった。小柄で大人しく、他の生徒には話しかけない少年が白麦には話しかける。
 俯く白麦におずおずと近づき、声をかける。耳を済まさなければ休憩時間の喧噪の中では声も聞こえない。
「白麦君」
 これ以上はなんの言葉も出て来ない。会話ではなく、名前を呼ぶだけの一方的なやりとりだが、丸めた白麦の背中が教室にいられるのは彼のおかげかもしれない。小林は彼の背中を遠くから見ているだけだ。片方の目を歪めて二人の姿を見ている。椅子に座ったまま、小林は小さな拳を握りしめていた。
 母親たちのそっと入ってくる気配に数人が振り返る。まれに父親の姿を見つけると声を潜めて話し合った。あれは誰それ君のお父さんだよ。
 授業参観は、長い夏休みの後のたるんでいた教室内を引き締めるのにちょうど良かった。中田は決して来ることはない両親の顔を頭の中で塗りつぶしながら、教師の普段よりも明るい声に耳を澄ました。
 永井が手を挙げて椅子の上で跳ねるのを、教師が眼を細めて笑い、過剰なほどの笑いが溢れるクラスで永井は振り返って母親に手を振っていた。中田にもよくしてくれる、ふくよかで優しい笑みを浮かべる人だ。
 斜め前の白麦の背筋も今日は伸びている。彼の両親は授業の始めから、窓際に立っていた。大人しいのは葉山も同じだ。少年との間で行われる陰湿な気配も笑い声に吹き飛ばされたように葉山を押さえつけていた。
 浮かれた空気が教室を溢れさせる。窒息しそうになりながら中田は自分の親指を見た。ささくれができている。でこぼこの爪を撫でると心が落ち着いた。
 壁一面に張り出した絵を親たちは楽しそうに指差し合い、白麦の両親は特に嬉しそうに教師の評を聞いていた。葉山の両親は戸惑った顔をしていたが、教師が褒めれば頬を和らげた。
 親が来ていないのは中田と少年だけだった。親指を撫でる。小さい頃、中田は親指しゃぶりがなかなか止められなかった。口に含んでいると安心できた。口をつけ、舌ででこぼこの感触を確かめたいのを我慢しながら、中田は自分の絵を見上げた。
 校舎を外から描いただけの絵だ。暗い空の下で、汚れたコンクリートの壁を画面一杯に伸ばした姿は迫ってくるようで、不気味だった。こんなものを描く気でいたわけではなかったが、でき上がってみればコンクリートの化け物が画用紙を埋めていた。
 しかし、自分の絵を見ているのは中田だけだった。だれも中田の絵を見る者はいない。教師ですら素通りした。自分も気味が悪いと思っているものを他の人間が注目するわけもなかった。
「中田君」
 授業の終わりに話しかけてきたのは白麦の両親だった。彼らの隣で白麦が戸惑った顔でいる。はい。返事をすると笑顔の優しそうな顔がいっそうほころんだ。
「空芽といつも仲良くしてくれているのよね。ありがとう。これからもよろしくね」
 屈託のない笑顔に中田は数秒放心していたが、すぐに頷いた。反射運動だった。大人に聞かれれば思わず頷くようにできている。安堵の表情が二人に広がった。白麦は中田の顔を凝視していた。よく見れば、白麦の両親はかなり年齢が自分の両親よりも上であることが中田には分かった。目尻に皺を寄せ、白麦を振り返った彼らは白麦に囁く。
「よかったね、空芽。いいお友達ができて」
 白麦の眼はまだ中田を見ていた。視界の端で永井が誘いに来たのを見つけた。立ち止まって、こちらを見ている。常に浮かぶ笑顔がなかった。
 ドッヂボールでもしようというのだろう。休憩時間には校庭へ遊びに出ることが多い。保育園から一緒の者も多いから気心が知れているメンバーを誘ってボールを投げ合うのだが、白麦はここのところ参加していなかった。いや、誘っていなかった。
 永井は白麦を誘うべきか悩んでいるのだ。
 中田は永井に小さく頷くと白麦の両親を見た。
「みんなでドッヂボールをするんで」
「あら、いいわね、そらめちゃん」
 彼の参加は絶対条件になった。白麦は中田をまだ見ている。中田は背中を向けて永井へ近づく。白麦が付いてくるのが分かったが、黙っていた。

 
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