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終わらない話(いじめについての考察) 作者:斉藤めぐむ
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少年

このようなものに、お付き合いいただきありがとうございます。
 居場所を間違えただけの子か、元々虐められやすい子だったのか。こんな言い方はどうかとは思う。しかし、実際のところ子どもたちの中にはどうしてもいじめの対象になりやすい子どもがいる。
 彼ら、彼女らは似通った顔つきや特徴を持っている。それは虐められたからなのか元々持っていたのかは分からない。だが、特徴が見られるのは事実だ。
 行動に問題があった子もいる。虐めた子どもが責められるのは当然としても虐められた彼らにもその特徴があるなどと言っておとしめるのはどうかとは思う。
 が、いじめ防止という観点から考えると、これは大変興味深い。
 そうだとしてどうやっていじめを防止するのか。美容整形は無理だ。子どもたちに罪はないし、顔の善し悪しは決めるべきではない。
 行動についてはどうか。止めることはできるが、それをすべて予めリストアップし子どもに覚えせることは不可能だ。観察していちいち手を出して止めるのも難しい。
 虐められやすい子だけを一クラスにまとめるという手もある。しかし、やはりいじめは起きるだろう。よりいじめやすい子どもを見つけ出し、またいじめは起きる。
 ではどうしたらいいか。

「みなさん、こんにちは」
 明るい笑顔に緊張気味だった子どもたちは視線を上げて自分たちを担任する教師を見上げた。よく磨かれた黒板の前、教卓の後ろに立っている溌剌とした男は白い歯を見せて子どもたちに大きな声で挨拶するように仕向けた。
 一言、一言区切って喋る男の胸元で白い紐に結ばれたフォイッスルが揺れている。子どもらは男の言う通りに返事をする者もいれば俯いたまま黙っている者もいた。
 色とりどりのランドセルを机に乗せて、子どもらは大きな声になるまで挨拶の練習をさせられた。大声を張り上げる者が一人現れるとようやく担任教師は満足した。
「ようし、じゃあ。自己紹介をし合おう」
 隣同士で自分の名前を教え合うように担任が指示すると子どもたちは恥ずかしそうにしながらも隣の席に身体を向けた。男女で隣り合って座っているため、僕の隣は女の子だった。伏し目がちにしながちらりとこちらを見つめて彼女は自己紹介をした。二つ結びにした髪は初めての授業で気合いを入れたのかピンクのリボンが結ばれていた。
 学校中に木の香りが漂う。新築した校舎は子どもたち同様に真新しく輝いていた。どこもかしこもピカピカで、日射しを受ける度に嬉しそうに微笑んでいるように見えた。新しい教育方針を取り入れた地域にも子どもたちにも優しい校舎は隅々にまで工夫が凝らされている。たとえば僕がそうだ。
 まだ試験段階だが、僕は形を変えて新入生クラスのすべてに導入されている。子どもと寸分違わぬ見かけをしたAI。電子端末として、子どもたちと対応する僕はその目を通して見守る大人たちに子どもたちの様子を伝えている。僕の生みの親である研究者たちが今も固唾をのんで見守っているはずだ。
「あなたのお名前は?」
 舌足らずながら結子ちゃんは僕に小首を傾げて尋ねた。一拍置いて僕は答える。登録されたいくつかの名前の一つを。
 結子ちゃん、葉山さんが僕を避けはじめたのは入学式から三日も経たない頃からだった。男子には口をきくまいと決めたのか、単に僕が嫌だったのか分からない。視線を合わそうとしても、声をかけようとしても顔を背けられ、無視されてしまう。
 彼女が落とした消しゴムを拾ってあげても受け取ろうとしない。
「はい」
 出した手を眉間に皺を寄せてみられたかと思うと顔を背けられた。
「要らないの?」
 聞くが答えなはない。僕は仕方なしに消しゴムを僕の机と彼女の机の境界線ギリギリに置いておいた。
 僕の機能のほとんどは子どもたちの観察に重点を置かれているが本当の目的は違う。彼女が周りの友人とともに僕の悪口を言い出したことに僕は自分の役割が遂行されていることを確認した。
 数年前から虐められた子どもたちの特徴や行動について調査が行われている。彼ら、彼女らの小さな、ほんの小さな特徴がいじめを引き起こす要因になっていることを確認した研究者たちはそのデータの精査を始めた。そして、一つの人格を浮き上がらせる。何の変哲もない人格だが、子どもたちの集団において劣等した立場におかれやすい性格、そして見かけをしたそれを彼らは人工知能として完成させた。
 いじめをする子どもは歪んだ顔に反応する者、匂いや身体的特徴に反応する者、突発的な奇行に反応する者と様々だが、それらを統一した僕らは唯一無二の虐められ役となるAIだ。
 健全なる少年少女の健やかな生活を守るために僕らはいじめが行われる際にはその対象となり、万が一他の子どもがその対象となる時には速やかにその兆候を捉えて大人たちに報告する役目が任されていた。大人が出てくることはないが、僕らにどう行動するべきか指令が出る。穏便に解決する方法を探るための手足となるのだ。
 結子ちゃんは友達と僕の悪口を言っている。こそこそ話しているが視線を捉えたセンサーが音声を拡大する。内容は予定の範囲内だ。同情の眼差しを向ける子どももいるが大体の子どもたちは興味も示さない。
 教師たちは僕の存在を知っているため、無視を決め込んでいる。もしくは僕のことを煙たく思っている。彼らは神聖なる教室に監視ロボットを入れることに最後まで反対していたそうだ。授業内容に文句をつけられるのを怖れていると学者たちはからかう口調で話していた。僕のセンサーがその様子を危うい兆候として捉えたがそれを報告することを止めておいた。
 教師と学者は仲が悪い。問題が生じることを願っている教師たちは僕の動作が子どもらしく見えることに気味悪さを覚えるようだった。
 二つ結びにした結子ちゃんの髪が揺れる。
「ね、なんか臭くない?」
 僕の隣を過ぎて行く時に大げさに叫ぶ。
「え?」
 僕の方を振り返った女の子が目を丸くしてから笑って頷いた。
「うん。なんか匂うよね」
 鼻を摘む仕草をする。おどおどしているように見えるように僕は顔を俯ける。憎悪のこもった結子ちゃんの目とその友人たちのおもしろがる目という目。センサーが敏感に反応する。いじめの発生が確定された。
 クラスの中でにわかにできはじめた仲良しグループの最大派閥となったのは結子ちゃんたちのグループだった。僕はどこにも属していない。
 僕は他の僕がいるクラスとのリンクを繋げて様子を探る。どうやらいじめらしい兆候はまだないようだ。僕らの視線カメラは結子ちゃんたちに集中する。これはいじめの発生のメカニズムとその凶暴化へ繋がる経過を探るための貴重な資料となりうる絶好のチャンスだ。これ以上のいじめを生み出す土壌はなかなか育たない。
「何よ、何か言いたいことでもあるわけ?」
 柔らかい微笑みを浮かべて僕の名前を聞いてきた女の子とは別人のような結子ちゃんが鋭い目つきでこちらを睨んでいた。
 葉山結子ハヤマユイコ、いじめの中心人物。即座に打ち出された情報が研究者のデータフォルダに送られる。いじめは傷害事件に繋がる第一次犯罪予示項だ。結子ちゃんは容疑者となった。
 僕には感情もないし、痛点もない。悲しくはないが、こんなにも早く役に立てることにご褒美メーターが加速して僕の頬を赤く変色させる。
「なに、気持ち悪い」
 少女たちは顔を歪めて去って行った。微笑んでいた頬に手を当ててから僕は自分の机に静かに顔を押し付けた。メーターが通常値に戻るのを待った。他のロボットよりも優位性があるために選ばれたという訳ではないはずなのだが、そこにはロボットがやりがいを持つために喜びの感情が植え付けられている。僕は笑みを消して悲しそうに見える表情を作り出した。
 しかしそれ以後、結子ちゃんたちは僕に近寄らなくなってしまった。明らかに僕はしくじったのだ。微笑みは消さなければならない。僕は新たにデータ内に書き込んだ。他のロボット共有のデータに保存する。これで二度と間違うことはないだろう。
 学者の一部には僕らがいじめを誘発しているという意見が根強くある。だけど、いじめ対象になりやすい子どもを模しただけで僕らは虐めるように仕向けている訳ではない。いじめの矢印がだれかに向くのであればそれを僕らに向けようという考えに過ぎない。しかし、彼らの懸念はなかなか払拭できないようだ。いわゆるおとり捜査だという話だ。目の前に怪我した獲物を置いてライオンにかぶりつかせ、後でライオンを罰することと同じ。それでは犯人を増やすだけではないかと彼らは言う。
 だから、僕らは虐められるように仕向けるわけにはいかない。できるだけいじめが起きないようにするのが最善だ。
 結子ちゃんは僕を相変わらず避けている。でも口をきかないだけであからさまな態度は取って来ない。しかし物足りなさから結子ちゃんに嫌われるような行動をとることは禁止されている。僕はあくまでも彼女と仲良くしたいと思っている必要がある。少なくともそう見えるようにしなくてはならない。
 じっと見つめて来る結子ちゃんの目には何の感情も伺えなかった。僕は微笑みを浮かべてみる。ふいと視線は逸らされて僕は目線を落とした。どうやら僕は失敗したようだった。


ありがとうございます。
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